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短編置き場  作者: 駄文製造機
1/3

言霊使い

 牛飼い少女のモウラは困惑していた。

 牛達を放牧させている最中に、妙なものを見つけたからだ。

 いや、ものではない行き倒れの青年である。


「――み、水をくれ」


 青年の声は滲んでいた。


 ***


「いやあ、助かったよ久々に飲む水がこんなにおいしいとはな!」


 青年はモウラからもらった水を飲みほし、先ほどとは別人のような明るい口調を発する。


「……い、いえ」


 モウラは、返答しつつも自身のしでかしたことに困惑していた。

 青年は、明らかにこの辺りの住人ではない、衣服が黒く、右目の周囲に不可思議な模様の入れ墨がある。

 見れば見るほど危うそうな人物である。


「俺の名前はソラ、言霊使いだ。お嬢ちゃんの名前は?」

「も、モウラといいます。えっと、言霊?」

「おや、言霊を知らないのかい? せっかくだし言霊を使って恩返しをするよ。何か困っている事はないかい?」

「え、えーと、じゃあ……放牧させている牛達を集めるのに難儀してます」

「よーし! じゃあ、その問題を解決させよう! ――牛達よ集まれ」


 ソラの口調が突然、水を要求したときと同じ滲んだものになる。のだが、


「……んっ?」「……ソラさん?」

「――牛達よ集まれ、――集まってくれ、――集まってください」


 ソラの言葉に牛達が応える気配は無かった。

 ある牛は野草を食べ続け、ある牛は緑のじゅうたんに寝そべったままである。


 ――ピューィ

 

 モウラが口笛を鳴らす。すると、牛達がよってきた。


「……な、なんだ。牛を集めることできるじゃないか」


 ソラは、悔しそうな表情でモウラに言う。


「この方法では、近くの牛達を集める程度です。お母さんは、角笛を使って遠くの牛達も集められたんですが……」


 モウラの表情が曇る。ソラは、その変化を見逃さなかった。


「――母親さんに何かあったのか?」

「……お母さんは、このまえ亡くなりました。いつもの日常、牛達を放牧させている最中に、領主の兵に連れていかれました。お母さんがもどってきたのは息絶えた姿で……ぅ……」


 モウラは、言葉に詰まった。


「……すまない事を聞いた。だが、君に恩を返す方法を思いついたよ」


 ソラは、小高い丘の上にある建物を眺める。

 他の建物とは大きさが比較にならない館の上部には、この地方の領主を象徴する刻印が記されていた。


 ***


「おい! 新しい奴隷はまだか?!」


 領主の声が館内に響き渡る。図体も声も大きい領主。

 周囲の者達は、下手な発言をして仕置きされるのを恐れ、ただ沈黙する。

 彼を止められる人物は国王ぐらいであろう。その国王も暴君という噂があり、もはや打つ手がなかった。


「旦那さま、あたらしい奴隷をつれてまいりました。今までの奴隷達とは比較ならない美女です」


 老齢の執事が口を開いた。


「ほう、いたぶりがいがありそうだ。ここに連れてこい」

「いえいえ、旦那様。既に連れてきて私の隣におります」


 誰もが目を疑った。執事のよこにいるのは、女などではなく男であったからだ。


「右目周囲に古代文字の入れ墨! 貴様、ソラか?!」


 領主が、特に反応した。


「おや、俺を知ってるのかい?」

「馬鹿者! なぜ、罪人をここに連れてきた!?」


 領主は、執事に罵声をあびせる。


「執事さんは悪気があったわけじゃないよ。俺は美女だって言ったら、そう見えちゃったようでね」


 ソラは、嘲笑しながら言う。


「言霊というやつか! 王都の伝者から聞いたが貴様は、それを悪用して国王側近の重臣達に害を与え、世を混乱に陥れたそうだな!」

「俺は、王都の腐敗した輩を取り除いていただけだよ。ところで、執事さんから聞いたけどあんたは、この地方の民を勝手に奴隷にしていたぶる趣味があるそうで? 奴隷になったものは、半月も生き残れない。地方にも腐敗したのがいたとはね」


 ソラの表情は一変し、領主をにらみつける。

 その冷え切った視線は、肉食獣が獲物を見つけたそれであった。


「こ、こいつは、多額の賞金首だ! 遠慮はいらん、首をはねよ!!」


 領主の号令に応じて、ソラの周りを衛兵が囲む。

 袋のネズミ……だが、ソラは再び嘲笑する。


「――衛兵さん達の武器、すごっく重いよ」


 ズンッ


 衛兵達が握っていた物は、先端に鉛の塊がついたかのように重くなった。

 各々が振り上げようとするが、それは地面から離れる気配を見せない。


「ぶ、武器にこだわるな! 相手は細身だ。腕っぷしで何とかしろ!!」


 領主の命令に応じ、衛兵達は武器を手離し素手でソラを捕えようとする。


「確かに俺は、筋力に自信がねえ。なので、――俺が正面ドアから逃げるのを衛兵達は目撃する」

「……! ソラが逃げるぞ! 追え!」


 衛兵の一人が叫ぶ。それに呼応して、衛兵達は正面ドアの向こう側へと走り去っていった。

 他の置いてかれた者達は、状況を理解できず口を半開きにしている。領主も例外ではない。


「さてと、領主さん。あんたを守る奴らはいなくったようだが?」


 ソラの冷たい視線は、再び領主に向かう。


「そうだな、――領主は、裏口からまっすぐ逃げる」

「ひぃぃいいい!!」


 領主は、ソラから逃れるため椅子から転げ落ちながらも裏口へまわり全力へ駆け出す。


 バシャーン


 領主はプールに飛び落ちた。

 彼は混乱した。裏口のすぐ先がプールになっていることなど承知のはずなのに、それは単なる水浴び場ではなく溺れる奴隷を鑑賞するための底深き水溜めであることを、


「――領主の体は重い。いや、その脂肪たっぷりの体は実際重そうだけどな」

「き、貴様、こんなことをして……また賞金が上がるぞ!! ……助け……!」


 だが、ソラは動じない。ただ沈みゆく領主を淡々と見ている。

 領主の声は、ついに聞こえなくなった。


「……それじゃあ、館内を物色をしましょうか」


 ソラは、つぶやいた。


 ***


「――牛達よ集まれ、――集まってくれ、――集まってください」


 ソラの言葉に牛達が応える気配は無かった。

 ある牛は野草を食べ続け、ある牛は緑のじゅうたんに寝そべったままである。


「あのソラさん、無理しなくていいですよ」


 モウラは、少々冷え切った目線をしながらソラに言った。


「おかしい! 本気で言霊使っているのに! 人間以外には、効きづらい弱点があったとは!」

「ソラさん、牛達に人間の言葉は意味ないですよ。ほら、牛の鳴き声に似た音をだせば……」


 モウラが口笛を鳴らそうとする。


「ちょっと待った。せっかくならこれで鳴らしてみてよ」


 ソラは、モウラに角笛をわたした。


「これは、お母さんが使っていた角笛! これをどこで!?」

「野暮用で、領主の館に行った際に見つけてね」

「ありがとうございます! これさえあれば遠くの牛達も集めやすくなります! ああ、何とお礼をすればいいか……」


 少女は、興奮のあまり目がうるむ。


「いいや、先日もらった水で十分だよ。俺は、お礼もできたし出発するよ。王都の方で急ぎやらなくちゃいけない予定があるのでね」

「またきてください! 次回は、お水ではなく元気に育った牛達から採った牛乳を差し上げますよ」

「ああ、楽しみにしているよ」

「ソラさん、さようなら! 次は、行き倒れないでくださないね!」


 ソラは、手を振るモウラを背にして西へ歩んでいった。


 プォオ――――


 ソラは、振り返る。モウラが角笛を使って周囲の牛達を集めている光景が見えた。

 その美しい音色は、牛以外の動物にも響き渡った。ソラも然りである。


「言霊使いも魅了させるとは末恐ろしいね」


 ソラは、頬を緩ませつつ再び西へ歩み始めた。

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