3. 小人とネズミのおいしい日々
「お、できてるできてる〜」
私は一昨日仕込んでおいた豆を藁包みから取り出した。
良かった、雑菌の繁殖もなくきちんと発酵できたみたい。
醤油が欲しい所だけどないので、代わりに砂糖と塩を少々ふって味付けした。人間用ティースプーンを使ってよくかき混ぜる。
うん、粘りもバッチリ。早速ファネスのもとへ持っていこう。
「ファネスー、できたよっ!」
「どうしたのレミ……ん?何この臭い……」
可愛い顔を軽くしかめ、鼻をおさえるファネス。
「ほらこれ、この前とってきた豆で作った私の故郷の食べ物だよ!『納豆』っていうの」
「え?これがあの豆……?これ食べられるの?すごい臭いだけど……」
「大丈夫、腐ってないよ!発酵してるだけだから!さ、食べてみて」
私は数粒の納豆を盛った皿をずいっと差し出した。
「う、うん……」
ファネスがおずおずと手を伸ばし、一粒持ち上げると……ツーっと白い糸を引く納豆。うむ、よい粘り。
「わあすっごくネバネバしてるよ!?大丈夫?ねえコレ大丈夫なの!?」
「何も問題ないよ!大丈夫きっとおいしいから!」
……人によっては、だけどね。ふふ、ファネスはどうかな?ちょっとワクワク。
私に再三進められ、ファネスは納豆を恐る恐る口に運ぶ。
「……!」
口に入れた瞬間、ファネスの全身の毛がぶわりと逆立った。つぶらな瞳は限界まで見開かれている。
あら、やっぱりお口に合わなかったかな。だが毛が逆立った姿もカワイイ……
「……っおいしい!!」
あれ?
「え、ほんと?」
「うん!『納豆』って臭いと見た目はちょっとつらいものがあるけど、すっごく美味しいね!病みつきになるよ!」
そう興奮気味に言ってパクパク食べる。あっという間に平らげ、満足そうに一息ついた。
「ふ〜おいしかった!ねえ、どうしてこの腐ったみたいな豆が美味しいの?どうやって作るの?発酵ってお酒作る時にやるやつ??」
琥珀色の瞳をキラキラさせ、今度は私を質問攻めにしてきた。
結局豆を蒸かすところからレクチャーすることとなった。
……こんなに気に入ってくれるとは予想外だったけど、喜んでもらえたようで何よりだ。
フムフム言いながら納豆の説明聞いてるネズたんキャワイイ。
その後納豆は朝食に欠かせない存在となった。
心なしかファネスの毛つやも更に良くなった気がする今日この頃だ。
*****
「レミ、僕これからちょっと森に野イチゴ摘みに行ってくるよ。後でおやつに食べようね」
「うん……ねえ、今日は私も一緒に行っていい?」
「え、いいけど……脚は大丈夫なの?そこそこ歩くよ?」
「最近は歩いてもほとんど痛まなくなったよ。それに、そろそろ庭だけじゃなくて外まで出かけてみたいの」
「そうか、わかったよ。でも無理はしないでね」
「うん!」
久々の外出にウキウキしながら支度を整えた。
「それじゃ、魔法をかけるよ。『万物を司る精霊よ、仇なすものの眼から我らを隠し給え』」
愛くるしいネズたんのお口からこんないかめしい呪文が唱えられるのって、何度聞いても違和感たっぷりだな……
今ファネスは私たちに姿隠しの魔法をかけた。これで私たちを食べたり、害をなそうとするものの目に私たちは一定時間映らない。
猛禽類に喰らわれそうになった経験から小人やネズミが森をウロウロするなんて危険!とんでもない!!なんて思ってたけど、ファネスはいつもこうやって安全に外出してるんだよね。そりゃそうか、ゴブリンにできることが我らが可愛いスーパーネズミ∞のファネスに出来ないはずがないのだ。
「ららららーらーらーらーらー♪」
野イチゴを入れる大きな籠を持って私たちは森を歩いた。ファネスとの初めての外出に気分も弾む。つい熊と少女が森で邂逅する歌なんか歌っちゃった。
「え……その歌どういうことなの?何で熊さんは逃げなさいって言ったの?すぐ追いかけてるけど。その熊さんは自分の中から溢れ出しそうな封印されし闇の力を抑えながら最後の力で女の子に逃げるように言ったとかなの?その後女の子はどうなっちゃうの??」
「……どうなんだろうね」
言われてみれば私もよくわからない。けど……その発想には驚いた。
「わあ……!いっぱいなってるね!」
40分ほど歩くと目当ての野イチゴが群生している場所についた。真っ赤に熟れて美味しそうな野イチゴが鈴なりになっている。
「とっても美味しそうだねファネ……」
もきゅもきゅもきゅ。
ファネスをの方を振り向くとすでに野イチゴを食べていた。手と口の周りが赤くなるのもかまわず、一心不乱にかぶりついている。……いや、可愛いけども。採集して持って帰るんじゃなかったの?
「ファネスー?」
「はっ!ごめんっ、野イチゴがあまりに美味しそうで見つけた瞬間つい齧りついちゃったよ……」
「もー……食いしん坊だよね、ファネスって」
「えへへ……でも僕この野イチゴは納豆と同じくらい大好きなんだ。本当に美味しんだよ。ほら、レミも食べてみなよ」
そう言って私に新しくもいだ野イチゴを差し出してくれたのでパクっと一口食べてみる。その瞬間、野生の果実としては考えられないほどの甘みと抜けるような爽やかな酸味が口の中いっぱいに拡がった!こ、これは……!
「……おいっ……しー!!本当に美味しいねこれ!つい食べちゃうのもわかる!」
「でしょ?」
これは本気で美味しすぎる。手を伸ばして頭上の新たな野イチゴをもぐ。やばい食べるのが止まらない。
それから私たちは満足いくまでひとしきり野イチゴを味わった。
「あ〜美味しかった!」
満腹になって休んでいると、隣で休んでいたファネスと目が合う。
「ふふふ……僕たち手が真っ赤だね!あ、レミ、顔にもついてるよ」
そう言ってあまり汚れていない前足の甲で赤い果汁を拭ってくれた。ポヤポヤ生えている柔らかい毛が頬に触れてちょっとくすぐったい。
「ありがと。でもファネスの方こそ口周りがどうしようもないくらい真っ赤だよ!」
「えっほんと?全然気付かなかったー」
私たちは顔を見合わせてくすくす笑った。
もちろんその後、籠いっぱいに野イチゴを摘んで持ち帰るのも忘れなかった。
「ねえ、行きもチラッと見えたけど、あそこにあるのって泉?」
「そうだよ。ちょっと寄っていこうか?」
「うん!」
私たちは美味しい湧き水が飲めるという泉に立ち寄って行くことにした。泉って言っても私たちから見たら湖くらい大きいんだけどね!
「わあ〜きれい!」
少し歩くと、限りなく澄んだ水をたたえた今にも中から女神が出てきそうな雰囲気の泉があった。
その透き通った水を手ですくって飲んでみる。
ぷはーっ、美味しい!生き返る!
ファネスは……お、直でいった!水面に直接口をつけ、コクコク飲んでいる。ついでに口周りも洗えて一石二鳥だね。
その姿を見て私もいいことを思いついた。
「ファネスー、ここで水浴びしていってもいいかな?」
ファネスの部屋では魔法でお湯も使えるので決して体が汚れてて洗いたいってわけではない。でも今日は天気がよくて結構暑い。体感では30度近くありそうだ。
これはもう、水浴びするっきゃないでしょう!
「え……別にいいけど……わっ!」
私は即行で服を脱ぎ捨て、バシャバシャと泉に入った。
「ひゃー冷たーい!気持ちいいっ!ファネスも入ったら?」
「僕はいいよネズミは濡れると風邪引きやすいから!それよりいきなり脱がないでよ!」
慌てたように言って全裸で水浴びを楽しむ私から目をそむけるファネス。私は思わず首をかしげた。
「え?何で??ファネスだって常に全裸じゃない。何をそんなに驚いてるの?」
「え……あれ?本当だ……そうだよね、僕は何を言ってるんだろう……」
ファネスは不思議そうな顔で首をひねりながらこちらを向き……
数秒後また目をそむけた。
なぜっ!?
*****
今日も元気にキッチンで食事の準備。庭からとってきたキャベツっぽい野菜を鼻歌を歌いながら包丁でトントン刻む。
ちょこちょこ動き回って作業していると、いつの間にか脚が全く痛まなくなっていることにふと気づいた。
……ファネスは未だ私を大きくする方法を探して頑張ってくれてるけど、そろそろ一度家に帰るべきかなあ。書き置きしたとはいえフローラ達も心配しているだろう。歩いて帰るには姿隠しの効果時間が足りなくて危険だろうから、ここら辺の鳥に協力してもらってしばらく飛行訓練して……
でも……
「レミ!ちょっとこっちに来て!」
料理の手を止め思いにふけっていると、バタンっと勢い良く開いたドアからファネスが顔を出し、興奮気味の声で私を呼んだ。
あっちは外に繋がっているドアだ。ファネスは庭で魔法の実験をしていたはずだけど……どうしたのかな?
「こっちこっち。ほらみて、これ」
庭の小さな畑に出た私の目に入ったのは、料理にもよく使っているブロッコリーに似た野菜…………ただし、木みたいな大きさだ!
「え……これって……」
「魔法で大きくしたんだ!とうとう方法がわかったよ!もう少し実験は必要だけど、これでレミも大きくなれるよ!」
そう弾んだ声で話すファネス。
「……っすごいファネス!本当にこんなことができるなんて……ファネスは立派な魔法使いだよ!頑張ってくれてどうもありがとう!!」
「えへへ……」
ファネスの前足をきゅっと握ってお礼を言う私に、ファネスは照れくさそうな笑みを反した。
うっ……可愛い!ファネスの可愛さは成層圏を突破したっ……!
思わず私も笑顔になる。
そう笑顔。
だけど……
心のどこかにモヤがかかったみたいな気持ちに、私は気づかない振りをした。