2. 小人はモフモフのとりこ
「……ぅ……?」
気付くと私は見知らぬ部屋でベッドの上に寝ていた。
ここは……?
痛む体を起こして辺りを見まわす。
家具は少なく簡素だが、落ち着いた雰囲気のある過ごしやすそうな部屋。間接照明がこじゃれた雰囲気を醸し出している……ってこの光なに?火ではないよね。……電気?そんなわけないか。
……
いやいやいや。そんなことより……
私が寝ているベッド。サイドテーブル。その上にある水差し。タンス。
その全てが……私サイズだ!!
これはどういう状況だろうか。ゴブリンはこんな人間みたいな家で暮らさないし……まさかここは幻の妖精王国!?
……いや、それともドールハウスが趣味の人間に拾われたとか……?
よし、まずは現状把握だ。あそこのドアから外に出てみよう。
そう思いベッドから降りようとした私だが……
「痛っ!」
床につけた足がズキリと痛んだ。
そういや木から落ちたんだっけ……
全身痛いがどうやら命は助かったらしい。幸運だった。
足を見ると包帯がカッチリ巻いてある。この部屋の主が手当てしてくれたのだろうか……?
そんな風に考えていると、ガチャッと音がしてドアが開いた。
「あ、気が付いたんだね」
現れたのは……
すごく…………モフモフです。
ふわふわの茶色い毛皮にチョロリとのびたフサフサのしっぽ。琥珀色のきゅるんと円らな瞳でこっちを見る愛くるしい動物……ネズミだ。
…………あれ?私鳥以外の動物とは話せないよね?
てことは……
「シャ、シャベッタァァァ!?」
ね、ネズミが喋ってる!しかもすごい文化的な生活してるー!?
「あ、うん。僕は人間の言葉がわかるんだ。ねえ、それより君は何の種族?妖精?妖精なの?羽根はどうしちゃったの??」
喋るモフモフはキラキラした瞳でグイグイ迫ってくる。
か、可愛い!超モフりたい!!
……いや落ち着け、まずはお礼と自己紹介だ。
「いえ、妖精ではなく小人です、人間の小さいバージョンです。レミと言います。助けて頂いたようで、ありがとうございます」
ペコリと頭を下げる。
「どういたしまして!え、妖精じゃないんだ?小人なんて種族初めて聞いたよ~!世の中には僕の知らないことがまだまだたくさんあるんだなー」
後足で立っているネズミが前足を組み、うんうんと頷いている。
やばい何これ……可愛いすぎる!なでくり回したいっ!!
「ここは僕の家だよ。木の実をとりに行った時に君が倒れてるのを見つけて、連れてきたんだ。怪我が治るまでゆっくりしていくといいよ!あ、僕はファネス。魔法使い目指して修行中のネズミだよ。よろしくね……って、え、何?」
もふ。
……っつべー!無意識のうちにモフモフのお腹に手が引き寄せられてしまった!
何やってるんだ私は!
「……すすすみません!何でもないです!……あのっ、お言葉に甘えてお世話になります、よろしくお願いします!!」
こうして私の……モフモフの誘惑との闘いの日々が始まった。
*****
……なーんて思っていた時期が私にもありましたが。
勝敗はあっさり決していた。
「あ~フワフワ!フカフカ!モフモフ!!最高だよ~……」
私は床に文献を広げて読んでいるファネスの背中をモフりまくっていた。
「もーレミ……確かに毛皮に触ってもいいとは言ったけど、そんなに撫でられたら集中できないよ」
ちょっと困った顔をして私に言うファネス。そんな表情もキュートだねっ!……おっと、いかんいかん。
「はーいゴメンね!」
私は名残惜しくも毛皮……ファネスから離れた。
元来フワフワした小動物が大好きな私。しばらくは体が痛くてあまり動けなかったし、お世話になっている身として失礼のないように我慢していたが、どーしても毛皮に触ってみたくなり恐る恐る触ってもいいか尋ねてみたところ「別にいいけど?」と寛大にもOKしてくれた愛らしいネズたん、ファネス。
だが一度お腹の柔らかい毛をなでくり回して以来お腹は触らせてくれなくなった……
まあ野生(?)の小動物としては当然の反応かもしれない。
だけどそれでもまたいつかは触らせて欲しい。お腹の毛こそ至高!!
そんな野望を抱きながらも、私はひょこひょこと片足を引きずりつつキッチンへ向かった。
ネズミなのに文化的な生活を営んでいるファネスは、自作の家具やキッチンを備えた部屋に一匹で住んでいる。
他のネズミたちと一緒に暮らしていたこともあったそうだが、「何だか合わなくて」とのこと。
そりゃね。だって明らか知能レベルが違うもん、普通のネズミとは。
しかも魔法使いとかね。そんなネズミがいるとはいくら異世界とはいえ私もビックリだよ。
そう、魔法使いの卵であるファネスは、なんと魔法が使えるのだ!
部屋を照らす光や、やたら精密にできている家具なんかはファネスが魔法で作りだしたり、加工したものだ。
……なんていうかもう魔法使いって名乗ってもいいのでは?と思うが、本人的にはまだまだだとか。
ファネスが魔法を使えると知ってまず尋ねたのは、私が人間サイズになる魔法が存在するかどうか。残念ながら今のところファネスはその方法を知らなかったが、恐らく方法はあるだろうとのことだ!
私の事情を聞いたファネスは今、一生懸命文献を調べてくれている。
見ず知らずの私のために頑張ってくれているファネスには本当に感謝がつきない。……そして人間サイズの文献をせっせと広げる様子はとにかく可愛い。可愛さがあふれ出して止まらない。
そんなファネスに少しでも恩を返そうと、動けるようになってからは私が食事を作るようになった。
だが実は理由はそれだけではない。ファネスが作ってくれた料理はほぼ「焦げている」「甘ったるい」「よくわからない何か妙な味がする」のどれかだったのだ!
最初は普段調理しないネズミが人間に近い私のために慣れないことをしてくれているのかと思ったのだが、聞けばそんなこともなく、前から料理はしていたそうだ。
それとなく生で食べないの?とか聞いてみたが「え、そりゃ木の実とかはそのまま食べることもあるけど、生で食べられないものだってあるし、料理したほうがおいしいでしょ?」
……いやいや、これ生の方がましなレベルだよね!?
こんな料理じゃファネスの寿命が縮まってしまう!そう懸念した私は食事作りを買って出た。
それからは素材の味を生かした薄味の料理を作るようにしている。
子供の時から何かと作る機会が多かったから、料理は結構得意なのだ。
「このスープとってもおいしいよ!」
「そう?良かった〜」
ファネスは私が作る料理をいつもおいしそうに食べてくれる。柔らかいほっぺをモキュモキュさせて咀嚼している様子は見ているだけで癒し効果抜群だ。思わずニヤけてしまう。
「いつもありがとね。レミに会うまでこんなにおいしい料理があるなんて知らなかったなあ。これって小人族だけが知っている何か特別な方法で作ってるのかい?」
いやいや、ファネスの料理がアレなだけだよ……
「……そんなことはないよー。これはどっちかと言うとこの辺の人間たちがよく作ってるような家庭料理だね」
「そうなの?じゃあレミの故郷ではどんな料理を食べるの?」
「うーんそうだなぁ、基本的には似たような感じなんだけど……調味料が違うかな。豆を使って作った調味料を色々な料理に使うね」
私は久しく食べていない和食を思い返した。ああ、白いご飯とお味噌汁が懐かしい。お米はこっちにもあるにはあるけど、パッサパサで何か違うんだよね。
「へぇ、それはぜひ味わってみたいな!ねえ、その調味料はうちにある豆で作れるの?」
「うーん、作れるとは思うけど、実は私もその調味料の作り方よく知らないんだ。……あ!でもアレなら作れるかも!豆を使った私の国で有名な食べ物。それでよければ後で作ってみるね」
「わあほんと?レミの国の食べ物、楽しみだな!」
私はちょっとしたいたずら心で、日本人でも好き嫌いが分かれるあの伝統食を作ってみることにした。
昔自由研究で何回も作ったから作り方は大体憶えてる。
好き嫌いなさそうなファネスだけど、どんな反応するのかなー、ふふ。
「あ、そういえば豆切らしてたんだった。取りに行かなきゃ」
「それじゃあ後で一緒に行こうか。ちょうど僕も新しい資料を取りに行こうと思ってたんだ」
昼食後、私たちは『調達』に出かけることにした。
作業道具を入れたリュックを背負い、手には大きめの袋を持って私たちはドアから出た。
しばらく細い道を上ってゆくとファネスがギリギリ通れるくらいの穴があり、潜り抜けるとそこは広い空間……人間の住居内だ。
そう、ファネスの部屋は人間の家の床下にあるのだ。こんなところはネズミらしいんだね。
そしてこの家の住人はというと……なぜかファネスも見たことがないらしい。
数か月前にファネスがこの家の床下に棲み始めて以来一度も姿を現していない人間。家具や生活用品、食料などをそのまま残して一体どこへ行ったのか……
そんなことを考えつつも私たちはそれぞれ調達作業にとりかかることにした。
小人の世界で言うところの『借り』ですね。私たちは借り暮らしの小人&ネズミなのだ。
…………つまりこの家の食料やら何やらを勝手に使っている。まだ見ぬ家主さん、ごめんなさい。小動物と小人なので多めにみて下さい。
私は床に置いてある大きな紙袋に以前ファネスが開けた穴から、せっせと豆を取り出す。
大豆に似た薄い黄色の豆を、持ってきた空の袋がパンパンになるまで詰めた。
これでよしっと。じゃあファネスの方手伝うかな。
……あれ?ファネスどこ?
「ファネスー?」
「チュー……助けてレミー……」
どこかからファネスのか細い声が聞こえる。
今「チュー」って言った!?かわい…………じゃないや!
「ファネスどこにいるの!?大丈夫!?」
「本の下……」
辺りを見まわすと、床に落ちた何冊かの本の隙間からファネスのしっぽが覗いていた。
ああああファネスがぁー!
足を軽く引きずりながらもできる限り急いでそばに寄る。
「ファネス!待ってて、今どかすからね……うー、よいっしょぉ!!」
足を怪我しているため普段の力は出せないが、それでも精一杯力を込めて本を押すと、隙間ができたらしくファネスが本の下からのそのそと出てきた。
「ふぅー助かった~」
「大丈夫!?怪我は!?」
尋ねながらファネスの全身を見まわす。
「うん、ちょっと背中が痛いけど大丈夫だよ。うまいこと本の隙間があって。レミ、助けてくれてありがと……うっ!」
私は倒れこむようにドンッとファネスに抱きついた。
「ファネス~!!よかったー!もう、本を取るときは気を付けてってあれほど言ったでしょー」
「ごめんね、どうしても読みたい魔法書を見つけてつい……レミが居てくれて助かったよ」
そう言って私の背中をポンポンたたく。
ファネスは本を取るとき、かぎ爪をつけたロープを投げ、本に引っかけて本棚から落とす。いつもなら一度テーブルに上ってから本を落とすのに、読みたい本に目がくらんでついつい床からロープを投げて自分の上に落としてしまったらしい……
なんておバカな。おバかわいい……と言いたいところだけど、危ないので本当に気を付けて欲しい。
ファネスは魔法のことになると没頭しすぎてちょくちょくこういう事をやらかすので、ハラハラすることが結構ある。よく今まで無事だったよな……
「でもこの本にレミが大きくなるためのヒントがありそうなんだ!」
抱きつきついでにお腹の毛のフワフワ感を楽しみ始めていた私から離れると(残念!)、よいしょと本をめくって目次を見るファネス。そう、ファネスは文字まで読めちゃうスーパーネズミなのだ。魔法も使えるわけだからスーパーネズミ3くらいのレベルかも。
ちなみに私は文字を読めない。なぜか言葉は通じるのに文字はだめだった。「文字が読めると便利だよ~」と言うファネスに今教えてもらっている最中だ。
この国の識字率はあまり高くないらしく、フローラ達も文字は数字くらいしか読めない。というかそもそも一般家庭に本なんてない。本は高価なものなのだ。
この家はどちらかというと質素な作りなのだが、壁の一面はすべて本棚になっており、本が所狭しと並んでいる。そして普通の本よりさらに値の張りそうな魔法書がその多くを占めている。ファネスもここにある魔法書を読んで、魔法使いを目指すようになったとか。
恐らくこの家には高名な魔法使いが住んでいたのだろう。
……というかたぶんここ、青い鳥が言ってた魔法使いの家だよね。魔法使いよどこへ行った……
「あった!よし、ここを持って帰ろう」
ファネスが明るい声を上げる。そしてその高価な魔法書を……ビリビリ破り始めた。
……うん。
ここで本を読むよりも研究がはかどるということで、ファネスはいつも本の必要なページを破って部屋に持ち帰っている。魔法使いさん、ほんとごめんなさい。
どんどん本を無残な姿にしていくファネスから目を逸らした私は、先ほどファネスを下敷きにしていた本の一冊に目をとめた。
「これって……」
たまたま開いていたページに載っていたのは、どうやら地図のようだ。
以前見慣れていたものとは似ても似つかない形の大陸が4つほど描かれている。
「よしっと。お待たせ―、準備できたよ……ん?何見てるの?」
「ねえ、これってもしかして世界地図?」
「そうだよー。あ、ほらここ、僕たちがいるセルラド王国だよ」
「へえ~!」
おお、私結構大きい国に住んでたんだなー。知らなかった。
「レミの故郷があるのは何て国なの?どこら辺?」
「あーっと……」
一瞬なんて説明するか迷ったが、正直に言うことにした。信じてもらえるかはわからないが……
「私の国はこの地図には載ってないの……実は私、異世界から来たんだ」
「え!異世界!?」
しっぽをピンと立て、大きな目をこれでもかと見開いて驚くファネスに、私はこの世界に来た時のことを語った。
ある日突然この世界にいたこと。自分は小人ではなく異世界の人間で、向こうでは皆このサイズであることなどを。
ファネスはどう思ったかな……
ちらりと様子を窺うと……
「レミ、大変だったんだね~」
私の手をがしっと前足で握り、ウルウルした目でうんうんと頷くファネス。
普通に信じた!すごい素直!疑うことを知らない清らかさ!!
……ちょっと心配になってくるよ。
「それにしても異世界なんてあるんだね。でもそれじゃレミ、本当は大きくなるよりも元の世界に帰りたいんだよね……?」
「ううん、それはもういいの。最初は確かにびっくりしたけど、今はこの世界が好きだから」
「そう……それならよかった。僕、レミとこうして出会えて嬉しいよ」
そう言ってにっこりするファネス。
……可愛い。すさまじく可愛い。可愛さのエベレスト登頂。
「……っ私もっ!」
私は再びモフモフボディに飛び込むのだった。