魔拳の魔法使い
私は魔法使いである。魔法を使えるのならば、基本的に誰でも魔法使いを名乗れる。そう、例え華やかな王都にて『落ちこぼれ』だの『愚か者』と蔑まれ、辺境の田舎に逃げ出した私でもだ。
当時20歳の私は、私の秘儀を馬鹿にし、貶めた者達への恨みしかなかった。いつか私の編み出した魔法『魔拳儀』を以て鼻を明かす事しか考えていなかった。
幸い辺境の狩猟で生計を立てる人たちは、意外なほどあっさりと余所者の私を受け入れてくれた。また彼らの余暇に魔法や文字などを教えると先生などと呼び、慕う者が多く現れた。
もう少し疑えよと思うのは、私がギスギスした人間関係が普通の王都出身だからだろうか? 正直彼らが都会に出たら、数日で身包み剥がされるんじゃなかろうか?
まぁ私の目的は己の秘儀の有効性を証明する事だ。私の秘儀がこの辺境の地に広まり、その力を示す事だ。
魔法を教えている少年たちの中で、それなりに素質のある者数名に私の魔拳儀を教えると、普段から森林を駆け巡る生活をしてるせいか、全員かなり飲み込みが早い。
私の魔拳儀とは魔法の基礎中の基礎である、自身の体内を巡る魔力を操作を更に突き詰めたもの。
魔法とは発動に失敗すると、魔法を発動しようとした方向の真逆に噴出する性質があり、発動に失敗し反動で吹き飛ぶのは修業時代誰でもする。
だから一人前がこれをするのは恥ずべきことであり、嘲笑の対象となる。しかし私はこの現象を失敗なのではなく、魔力の性質の一つと捉え、研究し、窮めた。
要するに魔力が逆に噴出する性質を利用して、常人には不可能な駆動を可能としたのだ。まったく、鉄より硬い外殻を持つ巨大昆虫型の魔物に、逆噴射衝撃を内部に浸透させ、一撃で絶命せしめたと言うのに何故認めないのだ。
ただちょっと殴った私の手も砕けた程度で、欠陥秘儀扱いとは度し難い愚か者どもだ。
私の魔拳儀は狩りを生業とする少年たちと実に相性が良いようで、彼らは自分たちなりの工夫を凝らし、より高みへと至らんと日々切磋琢磨している。
そうだ、それでいいのだ弟子たちよ。それでこそ我が秘儀の有用性が、強さが証明されるのだ。
溌溂とした笑顔で巨大な魔物を素手で打ち倒す少年たちの姿に、不覚にも涙が零れた。私が魔拳儀を教え出してから数年、村は少年たちの働きにより、瞬く間に豊かになり弟子入り志願者が毎日列をなした。
ふふふ、そうだ、これこそあるべき姿だ。王都で私を馬鹿にした連中に、多くの若者に先生と敬われる私の姿を見せびらかしたいものだな。
とは言え流石に私一人では面倒見切れない。最初に教えた少年たちも分別のある青年へと成長したので、彼らに指導を任せ見どころのある者には、私が指導する形になった。
ある日弟子の一人が都会へと腕試しに行きたいと言い出した。ふむ、野心ある若者としては当然の感情だろう……良し! 今こそ我が魔拳儀を辺境ではなく王都に知らしめる時だ!
待ってろよ私を馬鹿にした連中め、我が弟子たちの強さとくと思い知るが良い! 私は都会に興味のある弟子たちに声を掛け王都へ乗り込んだ。
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王都には巨大な闘技場がある、これは才ある者を発掘する目的で、建国王の命によって建てられた物だ。
夢見る若者たちの剣技や魔法、そして意地のぶつかり合いに多くの国民たちは魅了され、現状では見世物の賭け試合がメインなっている。
とは言え強者をスカウトする目的はまだ残っており、この闘技場の上位者には仕官の誘いが絶えない。
都会に行きたいと言った弟子は、どうやら騎士になりたいらしく、この闘技場の事を教えると目を輝かせて参加を熱望した。まぁ私が勉強を教えたから騎士でもやっていけないことは無いかな? でもお前、私の弟子なんだから魔法使いなんだぞ?
まぁ、魔法も剣も使える騎士が居ない訳でもないし、我が魔拳儀の使い手が騎士として活躍するのも悪くは無い。
魔拳儀の基本は魔力の逆噴射する現象を利用する事。闘技場に参加を決めた弟子の一人は、これを利用した空中歩行を得意としている。
その変幻自在の動きで、瞬く間に勝ち星を積み上げ。その戦い方の環境を選ばない汎用性に目を付けた者たちが挙って仕官を乞い、彼は見事王に仕える騎士となった。
念願の騎士となった彼は、送別会で泣きながら私に感謝の言葉を告げてきたが。ふっ栄達の席で泣くとは何事か、ほれ酒を注いでやろう、今宵は陽気に笑って送る席なのだぞ。
泣きながら笑うと言う地味に器用な表情をしながら、酒を飲む弟子。私も目的である我が秘儀の強さを見せつけられて大笑いしたい気分だ。
兄弟子の栄達に触発されたのか、連れてきた弟子もまた奮闘し、我が魔拳儀の名声はもはや留まるところを知らない。ある者は兄弟子と同じく騎士となり。またある者は戦乱が続く国の戦士に。またある者は国を渡り歩く戦士団に誘われ……ん?
あれ? なんか魔法使いとして評価されてない? 今の私は弟子たちが魔拳儀を広めているので、黙っていても教えを乞う者達が押しかけて来るくらい、有名な道場を構えているのだが、どうも魔法使いとして弟子入りしてる奴がいないような? なんか全員体育会系っぽい?
気になって調べた結果、王都での私の評価はこうだ。魔法使いとして従軍した魔物討伐において、魔力が尽きて絶体絶命の状況で魔力の暴発を使用した体術を会得し、それを以て強力な魔物を素手で打倒した拳士とされている。
待て、待て待て待て、私の魔拳儀は魔法の一種だぞ、何故魔法使いとして評価しないのだ! ええい、こうなったらかつて私を貶めた者達に私の権勢を見せつけてやる。
かつての古巣を訪ねたら、それはもう下にも置かない扱いだった。ふっ、かつて馬鹿にした私に媚び諂うとは情けない連中だ、我が秘儀の強さ思い知ったか。
「申し訳ない、我々は君の秘儀を誤解していた。発動の失敗を利用した術などと侮り、碌に君が目指していたモノを見ようともしなかった」
酒を注ぎ、私を侮辱したことを詫びる旧友に、胸の奥に残ってた憎しみが、春の日の淡雪のように溶けていくのを感じた。分かってくれれば良いんだ、さぁかつての事は水に流し飲もうじゃないか。
「まさか君が魔法使いでなく武闘家を目指していたなんて知らなかったんだ」
待て……
「闘技場で君の弟子たちの戦いを見たよ! 素手で武装した相手を倒し、尚且つ怪我をさせないように無力化させる戦い方を!」
いや、あれは元猟師の息子達だから、獲物が極力傷つかないような戦い方なんだぞ。
「いやぁ逆噴射を利用して全身甲冑の騎士を場外まで弾き飛ばすなんて素晴らしいね!」
「いやいや空中歩行で一瞬で相手の死角に回り込むなんて、普通の発想じゃできないよ!」
「皆分かって無いな、予備動作なくあらゆる方向に動ける。これが近接では何より有効だ!」
待て、待て貴様ら! 何故みんな私を魔法使いとして評価しないのだぁぁぁぁぁ!
読んでくれた方、ありがとうございました。