想像Reflexology
リフレクソロジーっていう療法が世の中にはあるらしいと聞いて、「リフレクソロジーってなんだろうこういうのだ!」って思って書きました。タイトルにもあるように私の想像のリフレクソロジーですので、間違っても勘違いとかはしないようにお願いいたします。
夜。
森。
暗い。
怖い。
寒い。
丑三つ時。
・・・あれ、なんだっけ、昔そういう映画があったよな・・・、
なんだっけ・・・?
今、
なう、
その映画っぽい感じ・・・。
あれ・・・、
あ・・・、
『ブレアウィッチプロジェクト』だ!
あーあーあれだ、あれ(*´∇`*)
・・・、
(´・_・`)
あれ・・・、
今、
今、あれっぽい・・・。
私、
夜。
森。
一人。
私・・・、
・・・、
なんで思い出しちゃったんだ!私!『ブレアウィッチプロジェクト』とか!
(´皿`;)
こええべさ!
✽
私は、その時夜の森の入り口みたいなところに立っていた。なんかしらねえ山の中腹のあたりの、なんかしらねえ真っ暗い森の入り口的なところだ。
「・・・」
私はそこで一人立っていた。
真っ暗れえ。
その辺りには街灯はおろか自販機とかも無くて、明かりはその時私が持っている懐中電灯一本だけで、寒くて、一人で、時間は丑三つタイムで、だからもうそれは一言で言えば、おっかねえ状態だった。とてもおっかねえ状態だ。前門の虎、後門の狼みたいな感じ。
それどころか、前門の貞子、後門の伽耶子、右門には富江、左門には・・・、
左門には・・・、
・・・、
左門には・・・、
・・・、
・・・まあ、
まあ、とにかくそういう状態だった。
もう、おっかねえ状態だ。
おっかなすぎて、
『お母さーーーーん!』
って叫んでしまうような状態だ。
私は今そういう状態だった。今の私のこの状態もそうだし、それに呼応して私の精神状態も同じく比例してそうだった。
「・・・お・・・」
ゲージだって溜まっている。「お母さーーーーん!」って叫ぶだけのゲージは既に溜まっている。サムスピで言ったら『怒』ってなって赤くなっている状態だ。
「お・・・お・・・」
現に「お母さーーーーん!」の急先鋒『お』は先ほどから何度も口をついて出ていた。
「お・・・お・・・お・・・」
しかし私は辛うじてまだそれを叫んではいなかった。だってそれを叫んだら、叫んでしまったらもう大変だ。大変な事になる。大変な事になると思う。だってそれを叫んだ瞬間きっと、私が内包するこの現状の恐怖に対するフィルターはおそらく立て付けの悪いベランダの網戸のように外れてしまって、もうそうしたら今まで必死になって見ないように気がつかないようにしていたこの状況に取り巻くいくつもの恐怖が、もう次から次に順番も何も関係なく、どんどんと私の中にはいってくる。そう決まっている。
違いない。間違いない。
もう叫んでしまったら、私はその途端に恐怖のデパートと化してしまうだろう。
『恐怖の宝石箱やぁ~』
ってなって。
「お・・・お・・・」
だから私はまだ叫んではいない。まあギリギリ。ギリギリで、ギリギリだったけど。もう既に土俵際だったけど。でもまだ叫んではいない。
あと、これは私の自尊心の話だけど、そんなの口が裂けても叫んだらいけないと思う。「お母さーーーーん」なんて叫んだらいけないと思う。だって大人なんだから。私は。
「お・・・私は大人」
私はその山道の入り口的な所の前に立ったまま、そうつぶやいた。
「私は大人」
「アダルト」
だって大人だ。実際大人だ。お酒だって飲めるし、タバコだって吸えるし、車の免許だって持っているし、私は大人なのだ。税金だって払っているし。
私は大人。大人大人。私は大人。大人。成人。大人。大人。成人。大人。大人。成人。大人成人。大人星人。おとなせいじん。
私は呪文のように「大人」とか「成人」とかってつぶやいて、心の中に居る「お母さん」を遠くの方に追いやった。
大人、大人大人、大人大人大人、私は大人大人大人。そう、大人だ。母を叫ぶのは子供のやることだ。私は大人だ。叫ぶわけにはいかない。いかないんだぞ!叫ぶわけにはいかないんだぞ。
ぱき・・・、
・・・、
え?
・・・小枝が鳴った・・・今・・・どこかで。
どこで?
・・・、
どこで?
私の立っているこの山道の入り口的なところの奥の方から聞こえた気がする・・・。
その・・・、
あの、
落ち着いて。
うん。
小枝が鳴ったというのはつまりどう言う事だろうか?私はその真っ暗な山道の前で懐中電灯を持ちながらその事を考えた。
小枝が鳴った。つまり、誰かがそれを踏んだか、払ったかして折れたから?誰か?いや、何か?
・・・何か?
私は恐る恐る真っ暗い山道の入り口を懐中電灯で照らした。
「・・・」
真っ暗だった。そこは私が今、懐中電灯で照らさなければ、一生真っ暗のままだったのではないかと思えるほど、真っ暗で・・・、勿論そこには誰もいない。居たら困る。いない。よかった。よかった。
居ない。
誰も。
何も。
でも、それはもしかしたら、逆に・・・、
なんだろ、
その、
パラノーマルアクティビティ感・・・、
「・・・」
あ、
あ、そう、そうだ。うん。うん。そうだ。そうだそうだ。小枝と言っても『森永製菓』の小枝かもしれないし、あるいは桂小枝かもしれない、そうそう、そういうのだったら怖くないな。うん。怖くない怖くない。ほら、怖くない・・・。小枝小枝、あ、森永乳業の小枝チョコレートドリンクだったらもっt
ぱき・・・、
「・・・to、怖くないし・・・」
再びその小枝を踏み折るような音がして、私は自分の頭の中で考えているだけだった言の葉の語尾が無意識に口から出た。飛び出た。
「・・・」
ぱき・・・、
またした・・・。股下ではなくて、音が。音が、した。またした。小枝を踏む音が、またした・・・。
ぱき・・・。
ほら、また。
ぱきぱき・・・。
「・・・」
辺りは相変わらず真っ暗で、だからその山道だって相変わらず、私の照らす光のあたらない部分は真っ暗で、夜中で、丑三つタイムで、その場所は街灯も自販機もなくて、辺りには人気もなくて、私は一人で、
私は、
「・・・」
私はその時、漏らしてしまいそうだった。その場で向こう一か月分全部を漏らしてしまいそうだった。以前、テレビで観たリングの最初の貞子さんに殺された人の顔を思い出した。映画の最初のところだ。怖いところだ。
そこを・・・、
ぱき・・・、
ぱきぱき・・・、
「・・・」
懐中電灯の光が震えていた。私が震えていたから。
ぱきぱきぱきぱきぱきぱきぱきぱきぱきぱきぱきぱきぱきぱきぱきぱきぱきぱき・・・。
音が増えた。
私がそう思った瞬間だった。
私が照らす懐中電灯のライトの中に、白い服の髪の長い女が
✽
その日の朝、私は家の近くにある『リフレクソロジー』と書かれた看板のある店に行った。
以前からその店はそこにあったんだけど、でも何の店か分からないし、リフレクソロジーってなんだか分からないし、『痛み、コリ、辛いときに』って書かれいたから「まあ、マッサージの店?」くらいのことは考えていたけど、私はあまりそういうのもないし、だから近づきもしなかった。お金を騙し取られて洗脳されたら困るじゃん。
でも、
その日、私の歯が、奥歯が、左奥の奥歯、その名も『ラスト親知らず』が、突然自我に目覚めたかのように猛烈に自己主張を始めて、それがもう宿主である私を殺す勢いだった。
「おおおしにゅしにゅしんじゃゆおひょおおおお」
ので、私はそこに助けを求めに行った。走った。その店まで。ダッシュ。Bダッシュ。『藁にもすがる想い』って言うのは多分ああいう状態の事なんだと後で思った。
で、
賢明な読者の皆様に置かれましては『歯医者に行けよ!』って思われるかもしれないけど、歯医者の先生は『来週までは絶対に抜かないかんね!』と言って私の言の葉なんて一切聞かなかった。一切。色即是空。私がメスを片手に「死ぬぞ!死ぬぞ!」って言っても先生は抜かなかったし聞かなかった。私はその時先生は虫歯菌を人間にした奴なんじゃないかと思った。いや、むしろそう確信したくらいだ。
で、
あと、だからと言って別の歯医者にも私は行きたくなかった。だってレントゲン撮られるんだもん。高いんだもん。レントゲン。
だからとにかく十五日までの間を何とかする為に、私は藁にもすがる思いで近所の『リフレクソロジー』って書かれた看板のある店に行ったのだった。何の店かも分からなかったけど、もうこの際この自我に目覚めた自己主張の激しい奥の歯『ラストオヤシラズ』の痛みが取れたら何でも良かったし、なんだったら宗教でも良かった。サティアンでも良かった。その時の精神状態でマリファナとかドラッグとか勧められたら私は多分それを吸っていたと思う。
それくらいやばかった。
私は殺されると思った。
歯に。
マイ歯に。
マイハニー。
ハーマイオニー。
で、
その店に私がアクセルとブレーキを間違えてコンビニに突っ込む老人運転手のような勢いで突っ込んで、自分の出生から現在までの出来事を何から何まで、説明をして、そして助けを求めると、その店の主人だと思われる髪の長い優雅な感じの綺麗な女性の先生は笑って、
「それはそれは、お辛いですねえ」
って言った。だから、
「おおおお辛いです」
と、私は言った。で、その私の『お辛いです』は言ってみたら「もうなうすぐなんとかしてくれ死ぬ」っていう感じのニュアンスを含めた。
しかしその美人な先生は、
「じゃあ、本日は特にご予約もないので、お客様の施術を行います」
と言ってあくまでも優雅だった。その優雅!この優雅が!今優雅じゃねえ!
「あの、出来たら今すぐお願いしたいんですけど・・・」
私は言った。痛みかそれとも焦りか何か分からないけど、その時私の眉間の辺りには青筋が出ていたと思う。ミスチルの『光の射す方へ』の歌詞の最初みたいに。
「今すぐは無理なんで、とにかくここにお名前を書いてくださいますか?」
「ふぁああおおお?」
優雅先生にそういわれた瞬間、私は今まで生きてきて一回も出さなかったような声を上げた。ピクシブのR-18の即堕ち2コマシリーズの2コマ目みたいな声だ。あと冥府から地上の光を見た人はきっとそういう風に叫ぶと思う。
「施術は夜に行います」
「え?ええ?えええ?おええええ?」
パニック。
アイムパニック。
パニックアイム。
パニックルーム。
パナホーム。
この痛みを夜まで?え?それ?あれじゃないの?殺されるんじゃないの?私。死ぬんじゃないの?発狂するんじゃないの?私・・・初めて来たから分からないんだけど、リフレクソロジーってそういうのなの?
「先生!」
私は叫んだ。
「でもとりあえず夜までお辛いようでしたらこれをどうぞ」
すると優雅先生は子棚からなにかを取り出し私に差し出した。
「・・・なんですか?」
「それを飲むと痛みを和らげることが出来ます」
優雅先生は優雅に言った。ソプラノの声で。セイレーンのような声で。
「マジすか!?」
私は勿論食いついた。くい気味に食いついた。
「あああああの、そのののおお水、水を・・・もらえますでしょうか?」
「あ、水なくても大丈夫ですよそのまま飲めますから」
優雅先生がその台詞を言い終わる前に私は既にその小粒を口に含んで飲み込んでいた。したっけ、驚いた事にその瞬間即痛みが遠のいた。あの痛みが。私を殺さんともう攻撃を仕掛けてきていたあの痛みが。マックスペインがもうすげーどっか行った。遠くの方に。すげー。マジで?リフレクソロジーすげー!
「それではお名前を」
優雅先生は優雅に言った。
「あ、あ、はい・・・」
「あと髪の毛を一本いただけますか?」
「は、はい、髪の毛・・・」
なので私は言われるがまま、優雅先生に差し出された紙に名前を書いて、髪の毛を一本差し出した。
「はい、ありがとうございます」
そう言った優雅先生は相変わらず優雅だった。でも私もその時にはその優雅さが気にならない位に冷静になっていた。
リフレクソロジーすげー。
「・・・」
ただ、でも、
「・・・」
冷静になったから・・・。
ふと、思った。
施術は夜。
なんてそんな事ある?
春はあけぼの。
夏は夜。
みたいなそんな感じだったけど。
でも、そんな事、あるもの?
リフレクソロジーってそういうものなの・・・?
「あの、先生・・・あの、施術は夜って言いましたk・・・」
突然私はその場に倒れた。
そして意識はブラックアウトしながら急激に遠のいていった。あ、これあれっぽい『ゲーム』のマイケル・ダグラスの・・・、
優雅先生の姿がぼやけて、最後にそのシルエットだけが辛うじて見えて・・・、
✽
「おかあしゃーーーーーーん!!」
「あ・・・あの、驚かせてしまったんであればすいません」
深夜、何処だか分からない山の山道の入り口、そこに白装束の女性が立っていた。
「おおおおおおおおお・・・おお?」
そしてそれはよく見るとリフレクソロジーの優雅先生だった。
「おお・・・」
「あの、準備が出来たんで、呼びに来たんですけど・・・」
深夜、どこだかもわからねえ山の闇の中、突然現れた白い優雅先生は言った。先生は白くて白くてまるでパナウェーブ研究所みたいだった。
「・・・あの、その、何が始まるんでしょうか・・・」
私は恐る恐る白優雅先生に尋ねた。埋められるのかと思ったから。山に。山中に。シャベルとかで。
「何言ってるんですか。施術ですよ」
白優雅先生は言った。
「施術・・・」
埋める?埋める系?土葬系?死んだら痛みも感じませんよ的な?そういうの?そういう高度な、高度な治療?
「ど、どの、どのような・・・?」
埋めるって言われたらどうしよう。ここから走って麓まで逃げれるのでしょうか?私はそのような不穏な事を考えながら、その質問した。
「リフレクソロジーです。反射療法ですね」
白優雅先生は言った。
「・・・」
リフレク、反射・・・。
「まあ、とにかく、論より証拠です。今からはじめますので」
白優雅先生は私を見て『困った奴だな』というような困った感じの笑顔でいった。
「あ、あの、今更なんですけど、私の歯の痛みというのに効くんでしょうか?」
本当に今更だけど。
「効きます」
白先生は胸を張っていった。白装束の胸を張って。
「こ・・・こうかはばつぐんだ?」
「こうかはばつぐんだです」
「あの、じゃあ、その、お、お願いします」
先生がそのようにあまりにも自信ありげに胸をはるものだから、だから、私は、その、とにかく私は、とにかく先生に下駄を預ける事にした。私が生まれてこの方持ってこなかった自信を先生は人に分けて上げられるほど持っているのが分かったから。先生は自身の行うその施術、なんか得体の知れないリフレクソロジーっていうものに自信を持っていた。
もうありあまるほどに。
で、
私は今、まったく歯は痛くないんだけどとにかくお願いする事にした。うん。これがまだ残っている薬の効果か、あるいは、この状況に驚いて、驚きすぎて痛みすらも引いているのか、遠ざかっているのか。それはわからないけど。
「あ、でも、歯医者にはちゃんと行ったほうがいいですからね」
白優雅先生は言った。
「今から行う施術は、あなたの歯の痛みをとるだけのものですからね。それに本当は痛み出す前に行くのが大人ですよ」
「・・・」
はい、行きます。ここから生きて帰ったら絶対に行きます。
私はそう思った。
心からそう思った。
強くそう思った。
✽
カコーン!カコーン!
「●●死ねえ!」
深夜、何処だかも分からない山の中、暗い、街灯も何もない山の中、真っ暗い山の中で、そのような音と声が辺り一体にこだま・ひびきしていた。
ちなみに死ね死ねと叫ばれている●●の部分は私の名前だ。
「●●死ねえ!死んでしまえええ!」
カコーン、カコーン、カコーン。
「・・・」
私は深夜、どこだかもわからねえ暗い山の山道の入り口的なところで黙ってそれを聞いていた。複雑な気持ちだった。とても複雑な、うん。
「●●死ねえ!」
カコーンカコーンカコーン。
ちなみにそう叫んで、なんかカコーンカコーンってしているのは白優雅先生だ。あの白優雅先生だ。
「●●死ねえ!死んでしまええ!」
カコーン。
全然そう思われないんだけど、でもそうなんだ。
✽
「・・・それじゃあ、今から施術に入りますね」
先生はそう言うと持っていた鞄からろうそくやら木槌やらなんやらかんやらを取り出した。
「あう・・・」
私はそれを見て、やはり殺されて埋められるのかと思ってショックで咄嗟に「あう」って言ってしまった。ショックで。もうショックで。
「・・・」
しかし先生は私の反応など意に返す様子も無く、てきぱきと何かしら、準備を行っている。
まず白優雅先生は白い鉢巻を頭に巻いてからサイドヘッドの辺りにろうそくを差し込んだ。両側に。
そしてなれた手つきでそこに火を灯す。
それから木槌を持って、最後にカバンから藁人形を取り出した。
ワラドールを。
それから、
「じゃあ、行ってきますね」
と言って、私に笑いかけた。
丑三つタイムに・・・それは・・・。
「丑の刻参り・・・」
「あ、ご存知ですか?」
優雅先生は意外そうな顔をした。その際頭のろうそくに灯した火がちらちらってなった。
「あの、その、私もウィキで見ただけなんですけど、あの、それは、呪殺方法なんではないでしょうか?」
私は慎重に言葉を選びつつ所見を述べた。だってかまいたちの夜みたいに選択肢次第コロサレールかもしれないから。
「ええ。まあ昔はそういう目的でしたね」
先生は笑顔だ。あくまでも笑顔。それが悪魔の笑顔に見えなくもない。私のうがった見方かもしれないけど・・・いや、いやいや!丑三つタイムにその格好だったら誰だってそう思うだろ!うがってねえ。私はうがってねえ。
「・・・昔は?」
「ええ、ワンスアポンアタイム」
「ワンスアポンアタイム・・・」
・・・ワンスアポンアタイム・・・、
・・・ワンス丑三つアタイム・・・。
「でも、今の時代誰が呪いをかけるとか、そういうのはあまりメジャーじゃなくなってきています」
先生は言った。その優雅なソプラノの声で。
「は、はあ・・・」
「でも、これだって言ってみたら文化じゃないですか?いや、う~ん・・・歴史って言うのかな・・・」
「ま、まあ・・・」
文化というにはあまりにもあまりにもですけど。でもまあ、そうなんでしょうね?
「だから、私はこの文化、儀式、様式、を後世に残しつつも、その行為によって新しい何かが出来ないかと考えまして・・・」
優雅先生は垂れるろうそくの蝋のことなど全く気にしない感じでそう言って照れくさそうに頭をポリポリとかいた。
「あ、あの、先生は、そういう家系の方なんでしょうか?」
無論当たり前の話だけど、私は先生の何も知らない。知らないし、そもそもリフレクソロジーって言う事も何も知らない。私はただ、歯の痛みから逃避したかっただけ。
今は遠ざかっているその痛みから。
「そうですよ。私の家は昭和の中頃まで、そのような事を生業としてきたそうです」
「はああ・・・」
私は感嘆の声を上げた。人に歴史ありとはまさにこれか。
「で、昭和から平成にかけて、この家業は廃れていったんですけど、でも、何か可能性はないかと思いましてね・・・」
「で、リフレクソロジーに?」
「はいそのとおりです」
先生はそう言って今日一の笑顔を見せた。先生の頭のろうそくが無かったらもう少しきゅんとしていたろうに。蝋に。と思った。そういう類の笑顔だった。
✽
その後、私が歯医者で抜歯をされるまでの間、私のオヤシーは特段痛む訳でもなく、歯医者でもなんのトラブルもなく、ペンチ的なもので抜いてもらえた。
「・・・」
私は歯医者の先生が歯を抜いている間、診察台に横になってあの明るすぎるライトを見つめながら、あの夜の事を考えていた。
✽
「・・・」
カコーン!が聞こえなくなると、再びパキパキと小枝を踏み折るような音が聞こえてきて、
「はい、終わりました」
そう言って白優雅先生はそ再び山道の入口的な所に姿を現した。
「あ、あの、ひとついいですか?」
私はそのとき自分の歯の痛みとか、リフレクソロジーって本当にそういうものなのか?とかそういう細々した疑問群とかは、すっかりさっぱり綺麗に忘れていて、先生にある質問をした。
「はい、なんでしょうか?」
優雅先生は木槌とか消えたろうそくとかハチマキとかをカバンにしまいつつ答えた。
「あの、●●死ねって言ってましたけど・・・」
「はい?」
「死ねじゃないとダメなんですか?」
死ねって言われるとやっぱりさ、その・・・。
「・・・感情にも様々な種類のモノがありますね」
優雅先生はわざわざ片付ける手を停めてくれて私の事をみて、言った。
「はい・・・」
「中でもとりわけ強いのは、愛、心配、そして殺意です」
「・・・」
「で、このリフレクソロジーという治療、施術は対象の相手を思い、そしてその思いを使って対象に見立てたわら人形に釘を打ちます。リフレクソロジー、反射療法ですからね。」
「・・・はい」
「そうしてその人間にある悪い部分を取り除くわけです」
「なるほど・・・」
「ただしかしその術者というのもまた、人間です」
「先生がそうでしょう?」
「はい。だから初めて会った相手をそこまで強く愛すというのは難しいのです。それに心配もそう。心から心配するというのは初めてのでは出来ない」
「だから、殺意を使ったんですか?」
「はい、殺意が一番簡単ですから」
そう言って白優雅先生は笑った。その後、白装束から普通の服に着替えた先生の車に乗って、私は無事に家に帰ることができた。
「これであなたの歯痛はとにかく封じ込めることができましたから、あとは歯医者に行って、ちゃんと抜いてもらってください」
先生は言った。その顔がまた、素敵な笑顔だった。
だから私はそれを見てなんか、こう、キュンとした。
足裏マッサージのことらしいですよ。リフレクソロジー。でも、かっこよすぎる気がする。