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第0話 ―旅の始まり―

「はぁ……」


 レックス・シヴィルはゆっくりと長いため息をつく。

 レックスは今、荷造りした荷物の確認をしていた。

 雇われ剣士の悲しい性だ。契約更新が無い限り、毎年この荷造りをしなくてはいけない。


「次は……っと、アークランドか」


 今いる場所、ニューナルザは小さい王国だ。

 それに比べてオークランドは比較的大きい、中堅の王国である。


「最近小さなとこばっかり巡ってたからなぁ、でっかいとこでビビらないようにしないとな」


 レックスは一人、誰もいなくなるアパートの部屋を見渡しながら、独り言を漏らした。

 大きな家具や荷物はオークランドが手配してくれた業者にすべて渡した。あるのはかごいっぱいの衣類、携帯食料、そして旧式で少々かさばるテント。多い衣類はオークランドが手配した業者が衣類の詰まった箱を積み忘れてしまったためである。安く引き受けてもらったし、文句は言うまい。


 レックスはかごを簡易的なキャリングカートに括り付け、外へと通じるドアを開けた。

 雲一つない真っ青な空だ。雨が降る心配もないだろう。

 そう思いながらレックスはアパートの鍵を大家に返し、ニューナルザ王国を後にした。


   ○ ○ ○


 暖かい日差しが心地よく、レックスはおよそ三十キロメートルほどあるアークランドへの道のりを歩いていた。


 突然だが、国の外には魔物がいる。

 強い魔物、弱い魔物。怖い魔物、愛らしく人懐こい魔物。様々なものがいた。

 剣士は一般市民を魔物を含む、この世の『悪』とされるものを討つ使命を持っている、と言うのはあくまで表向き。実際は軽く剣が扱えるだけでへなちょこなヤツばっかりなのが実情だ。


 そんな剣士の世界だが、レックスは強かった。つい先ほどまでいたニューナルザのどの剣士よりも頭一つ分、いや数十は飛び抜けて強かった。

 しかし……レックスは身分が低かったのだ。剣士の階級はやはりどうしても身分が高いものほど上になっていく傾向が強いのである。

 また、下級剣士は給料、身に付ける衣服など全てが違う、『国認定の剣士』になることはほぼ不可能なのだ。国認定でない雇われ剣士は安い給料で安いアパートしか与えられないくせに、仕事はハードという割に合わないものであった。


 そんなものでも、レックスは剣士というものに誇りを持っていた。


 困っている子どもを助けてあげる、地域の方々と交流を深め、より良い生活になるように手助けする、街に迷い込んだ魔物を外に出してやる。

 そんな人のために、皆のためになるこの仕事が、レックスは好きだった。だから、ひどい扱いを受けても、未だに雇われ剣士であっても辞めることをせずに日々の勤めを果たしているのだ。


 次の街は腕の立つ剣士も多いと聞く。レックスはそれを楽しみにしていた。

 誇り高き剣士は、相手と鍔を競り合うのも、また好きなのだった。



 朝に街を出て、数時間。太陽は真上からレックスを暖かく照らしていた。


「ふぅ、ここいらで昼にすっかな」


 お腹が空いたレックスはニューナルザで旅立ちの日に、定食屋の主人から貰った弁当を食べることにした。

 ニューナルザは濃い目の味付けが主流だったが、なかなか美味しい料理が揃っていた。


 レックスは木陰に腰掛け、弁当の蓋を開ける。

 鯖の味噌煮、だし巻き玉子、エビと肉団子の炒めもの、などなどレックスが定食屋でよく頼んでいた食べ物が詰まっていた。


「定食屋のおばちゃん、俺が好きなのよく全部覚えてたな……」


 レックスはそう呟きながら弁当を食べ進めていった。

 食べながら一年あったことを思い出す。

 今まで行ったところの中でどこよりも忙しかったが、とても楽しかった。思い出、良い仲間がたくさん出来た。町を出るときも泣いてくれた。その涙は、友人としてみてくれている何よりの証拠だった。


 満腹になったレックスはよいしょ、と立ち上がる。


「次の街でも、楽しいことがたくさんあればいいな……」


 レックスは大荷物を持ち直し、再び歩き出した。



 夜になると少し開けた場所にテントを貼り、近くに落ちていた木を拾って火を起こし始めた。


 ここには剣士という職業だけでなく、魔法使い、という職業もがある。レックスは剣士の一家だったため魔法は使えないが、ニューナルザを始めとする各地に魔法使いがいるのだ。

 魔法使いと一口に言ってもそれには沢山の種がある。例を挙げるなら、炎、風、水、吹雪、禁忌とされている死の魔法、一部の魔物のみが使える闇などだ。


 魔法使いも剣士と同じ様に雇用性を採っているが、剣士と違い雇い入れる人数が少ない。そのためか、あぶれた魔法使いは人道を踏み外してしまうことが多い。

 そんな悪に染まった、『悪魔使い』と呼ばれる魔法使いを追い捕まえ牢獄に入れるのもレックス達剣士の仕事だった。


 彼ら彼女らを牢獄に閉じ込めるとき、レックスはいつも思う。

 折角火を起こしたり、風を起こしたりできるのに魔法使いという職がないだけでどうしてここまで堕ちるものなのだろうか、と。皆を楽しませる芸を己の持つ力で編んでいけばいいのではないかと。

 そして今、レックスは猛烈に魔法を欲しがっていた。


「火ィつけやぁああああああああああああああああ!!!!!!!」


 レックスの叫びも夕暮れの森に虚しく響いただけだった。

 こすれどこすれど火は点かない――とそこで嬉しい変化が起きた。


「よっしゃぁ煙出てきた!」


 ずっとつらい作業をしていただけに変化があっただけで凄い喜びようだった。

 持ってきていたわらを足でたぐり寄せ、煙の起きているところに寄せると、赤い炎がちろちろと見え始めた。

 レックスは玉になった汗を拭う。

 わらは少しづつ燃え広がっていく。

 燃える火に枝をくべると更に大きく燃え始めた。

 一人で見るたき火ほど寂しい物はないとレックスは感じていた。

 段々と煤れていくたき火の木と共に、疲れたレックスはゆっくりと眠りについた。



 次の日の昼。レックスはアークランド領の森に入った。

 といっても景色に変わりはなく、ただ木が広がっているだけだ。

 レックスは肩に食い込む大荷物を担ぎ直す。


 その時どこかでドサッという音が聞こえた。


 レックスは周りを見る。レックスのすぐ左に、木ではない、明らかに大きな生物がそこにいた。


 魔物だった。


 油断していたレックスに二足歩行をする魔物は飛びかかった。

 レックスはとっさに伏せた。

 その攻撃はどうにか躱せたものの、レックスは失態に気づいた。

「(荷物が邪魔して剣が取れねぇ……!)」

 伏せた時に衣類を詰めた荷物が剣に引っかかり取り出せなくなっていたのだ。

 そのことに気づいたのか、魔物は舌なめずりをするかのようにレックスの方へやってきた。

 じりじりと、這いながら下がっていくしかないレックスは木に追い詰められた。

 魔物は一気に間合いを詰め、雄叫びをあげながらレックスめがけ飛びかかってきた。


 ――終わった。


 レックスはそう感じた……その時。


「魔物よその身燃えなさい、《撃墜の炎柱(フロア・テネトレート)》っ!」


 ごうっ、という音と共に赤い炎の塊が魔物の身体に突き刺さる。

 ぎゃん、という大柄な身体に似つかわしくない鳴き声とともに、魔物は白い粒子となって消えた。

 いきなり起きた事に、呆気にとられているレックスに少女は手を差し伸べた。


「お怪我……ないですか?」



 彼女は自身をリネット・ヴィータと名乗った。


「さっきはありがとう、えっと――ヴィータ」


「どういたしまして。あ、あとリーネと呼んでください、そっちのほうが呼び慣れているので」


 少しくせっ毛なショートカットを揺らしながらリネット・ヴィータ――リーネはレックスにそう言った。


「それでレックスさんはなぜここに――あっ、剣士さんでしたか」


 リーネはちらりとレックスの腰にある剣を見て言う。


「あぁ、アークランドに所属が変わることになったからな」

「あ、それじゃあ一緒ですね。私もアークランド所属の魔法使いなんですよ?」


 リーネは性格に比例した慎ましやかな胸を少し張るようにして言う。


「なるほど、だからここに居たのか」


 炎系魔法を使う魔法使いはよく護衛を任せられる。

 その理由は魔物に属性があるからだ。

 詳しいことは省くが、魔物は住む場所によって属性が変わる。

 例えば、森にいる魔物は木属性になり、湿地帯にいる魔物は水属性になる。

 リーネは炎系魔法の使い手にだから、森で魔物と出くわした時にも効率良く倒すことができるのだ。

 リーネはレックスの言葉に頷く。


「まあ悪い魔物なんてほとんどいないんですけどね」


 でも、さっきのは別ですけどね、とリーネは付け足し、言葉を続ける。


「折角だし、一緒にアークランドまで行きませんか?」


 リーネの提案をレックスはありがたく受け入れることにした。


「そうしてくれるとありがたいよ。右も左も分からないところで迷子になりたくないからな」


 そういうレックスにリーネはクスっと笑う。


「じゃあ、行きましょうか」


 すこし笑って手を差し伸べてくれる女の子と共にレックスは再びアークランドへの道を歩み始めた。


  ○ ○ ○


 ここはアークランド城内。アークランドに着いたレックスは荷物を預かってもらい、アークランド騎士団団長、セドニア・フランクからアークランド騎士の任命書を貰うことになっていた。


 レックスは騎士団団長室に入り、フランク団長に姿勢を整えた。

 団長室には椅子に座った男、そして秘書のような男が二人横に立っていた。


「レックス・シヴィル。ようこそ、アークランドへ」


 思っていたより若い――二十代後半くらいだろうか――団長はレックスを歓迎する言葉を述べた。


「さて、レックスよ。私は忙しい。なので手短に任命式をするが、良いかね?」

「はい、フランク団長。構いません」


 レックスは団長の目を見た。

 若さからは想像もつかない、凄みの効いた目、だった。


「それでは、任命式を始める! 一同、礼!」


 団長室にいる四人は一斉に敬礼をした。


「任命書、レックス・シヴィル! 本日付で右のものは――」


 騎士団団長から言い渡された命令はあまりにありえないことだった。


「――アークランド公国認定二級魔法少女、リネット・ヴィータと共に地界に赴き、魔物を生み出し続ける魔王を殺害もしくは討伐せよ、以上の特別任務を任命と共に与える!」


 何が何だか分からなかった。


 魔王を討伐? 更にリーネと共に?

 もし、言っていることが本当であるのなら……レックスは俗にいう『魔王退治』のためにアークランドに呼ばれたことになる。


「以上を以って、任命式を終了する」


 任命式を終わろうとする団長にレックスは口をはさむ。


「ちょ、ちょっと待ってください、団長! この任命は一体どういうことですか!?」

「貴様の剣の強さをしっかりと考えた上の任命だが文句があるのかね?」


 口調は至って変わらない物だったが、目は相手に有無を言わせないまでの強烈な凄みを放っていた。

 それと、と団長は言葉を続ける。


「魔王討伐の暁には、ここ、アークランドでの正式雇用――公国認定剣士一級の称号を与えよう」


 それはレックスにとって、それはとても大きな物だった。

 安定した給料、暮らし。

 それらはやはり、必要な物だ。

 レックスの心が揺らぐ。

 あの好印象な優しい魔法使い、リーネと共に魔王討伐。

 リーネがなぜ共に行くのか、それも聞きたかったレックスだが、団長の強い眼力で何も声に出なかった。


「では、改めて。――以上を以って、任命式を終了する! 礼!」


 レックスを除く三人は敬礼をし、団長室を出て行く。

 団長は去り際、レックスの耳元に口を寄せる。


「団長室の外にヴィータ二級魔法士を待たせている。出発前にしっかりと交友を深めるように」


 そう言い残し、団長は団長室を出て行った。

 レックスは団長室を出る。

 そこには団長の言うとおり、リーネが立っていた。


「どうも、レックスさん。リネット・ヴィータって言います。リーネ、って呼んでくださいね」


 リーネは少し照れながら笑い、言葉を続けた。


「さっきあの森に居たのは、実はレックスさんを待ってたからなんです。私のパートナーってどんな人なんだろ……って思って」


 隠れてたのに魔物に邪魔されちゃいましたけどね、と付け足す。


「そうか……知ってたのか、俺のこと」

「すいません……。あと、私のことは団長から軽く聞いたと思いますけど……敬語とか、そんなことしないでくださいね? 気軽にしていただけると嬉しいです。あ、私のこの口調はいつもの癖なんです、なので気にしないでいただけると……」


 色々言いたいのに言葉がまとまっていないのか、あわあわとし始めるリーネを見て、俺はなんだかおかしく思った。


「まぁ、落ち着けよ。これからしばらくは一緒に旅をするわけだし、ゆっくり話していけばいいよ」

「あ、そうですね……。あ、あと重要な事で、フランク団長からレックスさんに言うように言われてることがあって……」

「? 団長から?」


 さっきまで会ってたんだから、一緒に言えばいいのに、と思いながら、話の続きを促す。


「来たばっかりなのにホント申し訳ないんですけど……出発が三日後らしいんです」

「そりゃぁ……また急な話だな」


 フランク団長はどうやら行動力はあるが、他の人を考えてはいないようだ。


「ですから今日、明日と私に街案内させてくださいませんか?」


 見上げるようにレックスの顔を見るリーネ。

 断る理由もない。3日しか居ないが、覚えておいて損はないし。

 リーネとのコンビも築け合うのだから、一石二鳥である。


「んー、そうだな。確かに街をひと通り見ておきたいかな」

「じゃあ、行きましょ! 時間はあまり無いですから!」


 嬉しそうにレックスの手を掴み走りだすリーネ。慌てて同じ様に走りだすレックス。



 彼達の物語は始まったばかりである。




続く

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