第9話 夢の中の囁き
気付けば真っ暗な空間の中に1人佇んでいた。
どちらが上で下なのか、右で左なのかも分からない何もない夜の空間。
「あら、ひさしぶりね。此処に来たってことは私の力を借りる気になったの?」
ーー冗談じゃない。何度も言うが返答はNOだ。
「連れないわね。この私が力を与えると許可した人間なんてこの500年、1人もいないのよ?」
ーー俺には関係ない話だ。
「まあ、良いけど。でも私の力無しで貴方の魔法は制御しきれるの? 貴方の『夜の王』を」
ーー。
「変な占い師にも1人じゃ無理って言われたんでしょ?」
ーー見てたのか?
「ふふ。私を誰だと思っているの?。その程度は朝飯前だわ」
ーー覗きとは趣味が悪いな。
「あら、此処にずっと居るんですもの。楽しいことを見逃すはずがないじゃないの。……まあ、でも分かったわ。強制するつもりは無いし、力が欲しくなったらまた来なさいな」
ーーいつも思うが、やけに物分かりが良いな。
「ふふ。私が誰に対してもそうだとは思わないことね。私はそんなに軽い女じゃないわ。貴方だから私は力を与えようかと言っているの」
ーー。
「貴方のその力はとても興味深い。人の身でありながら、神の一端をその身に宿す」
ーー……何だと?
「ふふ。いえ、何でもないわ。少なくとも今は」
ーー。
「だけど急ぎなさい。貴方の『夜の王』は日増しに力を強めている。今でさえ貴方は完全に『夜の王』を制御しきれていないのだから、何時までも手をこまねいていればやがて貴方自身をも消滅させてしまう」
ーー……分かってる。
「そう。なら、良いわ。あまり私を落胆させないでね」
ーーああ。
「じゃあ、今日はもう帰りなさい。どうせ目を覚ましてしまえば全て忘れてしまうだろうけど、幸運を願っているわ、メルゼス」
◆◇◆◇◆
「……帰ったようね。しかし人間でありながら無意識にここまで来れるなんてね」
美しい女性だった。
全身を包むのは真っ黒なドレス。
肩や背中は大きく開き、健康的な肌色が覘いている。
そして並みの男であれば一目見た瞬間で目を奪われ、襲い掛かるであろうその美貌。
この世のものとは思えない、むしろこの世のものでは無いと言われた方が納得できる美貌。
自分の美貌に対して絶対的な自信を持っているこの女性は先程までの訪問者が自分に対して全く劣情を抱いていなかったことに少々頬を膨らませた。
「むーっ。性欲でギラついた視線に晒されるのは好きじゃないけど、全く反応がないのもそれはそれで何か嫌ね」