第7話 強襲
この世界においては多神教が認められている。
それは様々な神の存在が確認され、人々に認知されているからである。
人が神を実際に目にした訳ではないが、人は神から与えられる『加護』にその存在を感じるのである。
『加護』は人に神の力の一部を分け与えたものとされ、『加護』を与えられた『加護持ち』と呼ばれる者たちは例外なく強力な魔法や特性を持つ。
神は大きく分けて幾つかの系統が存在する。
『聖霊神』『豊穣神』『武神』『獣魔神』『暗黒神』
最も多いとされるのは『聖霊神』の加護。
此処には火・水・風・土・聖などの属性を司る神が分類される。
次に多いのは『武神』の加護。
これは戦闘を司る神から道具や武具の作成を司る神が分類される。
『豊穣神』『獣魔神』は今回説明を省く。
最後に『暗黒神』の加護。
この加護は今まで紹介してきた中でも異端の加護である。
『暗黒神』以外の加護が人への祝福、つまり一方的に力を授けるのに対して、『暗黒神』系統の加護は力を授ける代わりに何か対価を要求される。
その分、『暗黒神』系統の加護は強力で、特殊な者が多く、『暗黒神』の加護持ちの中には一騎当千と言えるような実力を持つ者も少なくない。
だが、『暗黒神』系統の加護を与えられる者はその殆どが力の大きさに魅了され、犯罪に荷担することが多い。
よって『暗黒神』系統の加護を持つだけで犯罪者扱いされることも多々あり、人々からは『悪魔の手先』『邪神の使徒』として迫害されている。
◆◇◆◇◆
無言のままメルゼスとリスティアーナの2人は狭い路地を歩く。
前にメルゼスが後ろにメルゼスの黒コートを頭から被ったリスティアーナが続く。
途中絡んでくるチンピラたちをメルゼスが撃退するという工程を数度繰り返した後、2人は無事に大通りに出ることが出来た。
「……此処までだな」
「は、はい……ありがとう、メルゼス」
「いたぞ!!」
声がした方を振り向くと、3人の騎士。
その顔に怒りの表情を浮かべると、騎士の1人は腰の鞘からロンクソードを引き抜き構える。
「よくもリスティアーナ様を!! この誘拐犯!」
「……は?」
突然の誘拐犯宣言にポカンと呆けるメルゼス。
彼に言わせれば、寧ろ誘拐犯から守ってやったんだが、である。
これに慌てたのはリスティアーナだ。
いくら性格が悪かろうと、自分の恩人を身内の者に侮辱させるのはマズいと口を開く。
「ち、違うんです。私が勝手に…」
「リスティアーナ様、ご安心下さい。すぐに我々が助け出して見せます!」
「い、いえ、だから誤解…」
更に熱弁を振るい始める騎士A。
逆にメルゼスは冷静に騎士Aの言葉と今までの状況とに思考を傾けていた。
(……やっぱりどっかの貴族の令嬢だったか)
チラリとリスティアーナに視線を向ける。
あわあわと慌てた様子が何とも面白いが、あんまりのんびりやっているわけにはいかなそうだった。
(……下手するとマジで誘拐犯扱いされそうだからな。最悪、この人の良さそうなお嬢様が話してくれれば誤解も解けるだろうが、学園の入学試験を控えた状態で面倒事は後免被るぞ)
誤解が解ければ入学試験は受験可能だろうが、犯罪者まがいは入学させられない、という口実を相手に与えることになる。
メルゼスは自分が平民であり、魔法学園において不利な存在だと自覚している。
少しでも危険を減らすためにメルゼスはこの場を強制的に離れることに決めた。
「……俺は行くぞ。犯罪者扱いは後免だからな」
「そ、そんな。きちんと話せば…」
「悪いが、それはお前がやっておいてくれ。俺にも予定ってモンがあんだよ」
「……分かりました」と少し残念そうに答えるリスティアーナ。
既に周りは仲間の騎士がメルゼスたちを取り囲むように包囲していた。
大通りを通っての逃走は不可能と判断したメルゼスは建物の屋根伝いに逃げようと、飛び上がるために四肢に力を込める。
「!? させん! 『聖魔領域!』」
騎士Aの呪文と供に突き出された掌から濃密な魔力。
メルゼスとリスティアーナの足下に巨大な魔法陣が出現したかと思うと、2人を中心に半径20メートルの半円形の結界を形成する。
そして次の瞬間、メルゼスの身体に強烈な圧力がかかり、立っていることが出来ずに膝を着く。
「ガ……グゥ…」
「その苦しみよう……!!……貴様まさか、闇の眷属か!?」
光の上級系統、領域型拘束魔法『聖魔領域』。
対象を展開した結界内に拘束する魔法であり、相手が暗黒神の加護持ち、もしくは魔物のような闇属性を持つ、存在に強力に作用する。
この時不運だったのはメルゼスが暗黒神の加護を持たないまでも、闇属性の魔法性質を持っていたことだ。
事実、否定しようにも身体にかかる圧力が強過ぎてメルゼスは口を開く余裕すらない。
「やはり闇の眷属。よくもリスティアーナ様を誑かしたな!!」
「違うんです! 彼は私を助けてくれたんですよ!」
魔法陣から飛び出し、『聖魔領域』の発動を止めるために騎士Aに縋ろうとするリスティアーナ。
しかし、魔法陣から出たところで他の騎士にその身を捕まえられてしまった。
「や、止めて! 離して!!」
「大事な巫女様だ。丁重にお連れしろ」
(……巫女?)
騎士Aの言葉に引っかかるメルゼス。
しかし、そんな余裕も他の騎士たちがメルゼスに重ねて『聖魔領域』をかけてきたことで失われてしまった。
「…グガァ……ガ」
「どうだ、苦しかろう。闇の眷属よ」
(コイツら……まさか全員が神殿騎士!? 馬鹿なこれだけの魔法を発動できる神殿騎士が…一体何人いる!?)
神殿騎士とは文字通り神殿に使える騎士たちである。
普通の騎士と違うのは全員が魔法と剣の両方の扱いに長けたことである。
彼らは『加護持ち』や神殿の要人警護を主な任務としており、その戦闘力は1人で普通の騎士5人分にも相当すると言われている。
その神殿騎士が少なく見積もっても10人。
明らかに過剰戦力だ。
(クソッ…推測は後だ。 ……此処から脱出するのが先……だッ…)
メルゼスは途切れそうになる意識を唇を噛み切った痛みで繋ぎ止めると、自分が持つ唯一の魔法を発動させるために魔力を全身へと循環させる。
すぐに夜よりも深く濃い黒色の魔力がまるで陽炎のように彼の全身から吹き上がり始める。
「馬鹿め! 10以上の拘束魔法だぞ、破れるわけがなかろう!」
男の言い分は正しい。
常識的に考えれば、神殿騎士10人以上が重ねがけした『聖魔領域』の強度は既に個人で破れる限界を超えている。
それはAランク冒険者であっても例外ではない。
ただし、それにはメルゼスは除くという注意書きがつく。
メルゼス=ドアの魔法は「破壊」に特化している。
回復も支援も出来ない代わりに、「破壊」という目的においてのみ、メルゼスの魔法はその真価を発揮する。
「……!? 馬鹿な、個人で破れるはずが!?」
メルゼスの全身から吹き出した魔力が結界内を侵蝕するにつれ、『聖魔領域』が軋み始める。
一番内側の結界にガラスがひび割れるような音を上げながら亀裂が入り始める。
周囲の騎士たちも異変に気付き、拘束力を上げるべく魔法発動を強める。
メルゼスは周囲に十分な魔力が拡散したのを確認すると、魔法を発動させる(・・・・・・・・)ために魔法名を唱えた。
(……夜嵐!……)
メルゼスの周りに滞留していた魔力はメルゼスを中心にしてゆっくり回転し始めると、それは小規模な黒い竜巻になり、結界内で暴れ始める。
「た、隊長!」
「結界が、これ以上は!!」
「もう維持し続けられません!!」
「馬鹿な!? 何人分の魔法だと思ってる! ……それが破壊されるなど……」
「隊長!?」
騎士たちの悲鳴のような叫びを合図に黒い竜巻が最初の結界を突き破ると、威力を増したように次々と重ねがけされた結界を破り始める。
ものの数秒で10以上の結界全てを破ると、直径20メートルを超える竜巻は周囲に莫大なエネルギーをまき散らし始めた。
「グッ……」
「キャーッ!」
「な、何か近くの物に……」
「うわあぁぁぁぁ……ッ!」
爆発的に生じた風が辺りに暴力となって襲いかかる。
ありとあらゆる物を吹き飛ばし、なぎ倒し、建物の側面すら削り取る。
(……グ、ウウ…グッ……)
メルゼスは凶暴な獣のように暴れ回ろうとする魔法を必死に制御する。
その甲斐あって黒い竜巻はそれ以上の拡大を止める。
(……流石に…限界だ……ッ)
メルゼスは強制的に魔法の発動を止めると、脳内に激痛が走る。
主人からの魔力供給を切られた黒い竜巻は徐々にその勢いを失っていくと、ただの風に変わり始め、ゆっくりと周囲に拡散していった。
誰もが混乱で慌てている中、メルゼスは重たい身体を引きずるようにして人混みに紛れ、その場から姿を消した。