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第4話 スラム街の出会い

 スラム街。

 生活困窮者や訳ありで普通の住居に住めない者たちが集う集落のようなもの。

 そこでの生活は強者が正義であり、弱者には人権は愚か、生きることすら許されない弱肉強食の場所。

 暴力、詐欺、薬物、強姦、とありとあらゆる違法行為が蔓延し、煌びやかな表世界には決して出ることのない闇が常にあり続けるそんな世界。




 ◆◇◆◇◆




 ギルドを後にしたメルゼスは依頼をこなしつつ町のあちこちを見て回る。

 そもそも高ランク冒険者であるメルゼスが低ランクの依頼を受けたのには訳がある。

 メルゼスは新しい町に到着すると、その町自体の詳細なマップを作成するようにしている。

 商店の種類・数から裏道の行き先に至るまで全てが彼の調査内容だ。

 これは自分が生活する環境ーー地理を詳しく把握するためであり、街中で戦闘になった際に、ことを優位に運ぶために行っている。


 そのついでに街中で受けられる依頼を複数受注してきたのだ。 

「最小限の労力で最大の効率と利益」が彼の座右の銘である。



「こっちの通りは道が3本、あっちは2本。裏通りに違法店舗があったことを考えると裏まで治安が行き届いてないのか、それとも賄賂で見逃しているのか……どっちにしてもあんまり治安は良くねえな」



 気付いたこと、疑問に思ったことを地図が描かれた手元の羊皮紙に書き加えていく。

 もしこの場に街の警邏を担当する騎士が居たら、メルゼスにその地図を売ってくれとすがりついただろう。

 もしくは危険人物として捕まえられたかもしれない。

 実際に出来るかどうかはともかく、それ程までにメルゼスの作るマップは精密なものだった。

 反政府組織に売りつければ、三千万ギル(=日本円で三千万円)は下らない価値があった。


 流石に一日二日で国全体の地図を作製するのはメルゼスと言えども不可能だ。

 よってメルゼスは彼の生活圏内ーー具体的にはアルトノーク王国南部の一画を中心に地図を書き加えていった。




 メルゼスは驚異的なスピードで地図を作製していく。

 詳細な地図が殆ど存在していないこの大陸に置いてメルゼス以上の速度と正確さで地図を描けるもの等存在しないだろう。

 彼が取っている宿の面する表の道の地図をほぼ作り終えたとき、彼の鼻孔を懐かしい臭いが襲った。

 しかし、それは決して良い香りというわけではない。

 生ゴミやら埃やらあらゆる汚らしいものが混じりあったような酷く人間を不快にさせる臭い。

 丸一日でも嗅ぎ続けていたら病気になりそうな不健康な臭いだ。



(これは……)



 急に足を止め、薄暗い脇道を凝視し続けるメルゼスを通りゆく者たちは訝しむが、そのまま立ち去ってゆく。

 興味をかられた彼はその臭いに従って表の道から細い脇道へと入る。

 多くの人が行き来する煌びやかな表通りとは違い、メルゼスが歩く脇道は空気が澱んでおり、ジメジメとした気候に肌が強い不快感を訴えていた。

 道の途中には怪しげな露店が並び、浮浪者たちが時折道の端で横たわっている。

 しかし、誰一人として助けようとする者はいない。

 それはメルゼスも然りだ。

 30分程歩き続けると、いきなり大きく開けた空間に出る。

 そこには端材を材料にした不格好な住居が建ち並び、所々に置かれたゴミが据えた臭いをまき散らしていた。



「スラム街か……」



 スラム街。

 劣悪な生活環境、治安と言われる言葉など全く役に立たない最低最悪な場所。

 そこは力が全てであり、平等に与えられるのは「死」のみだ。

 祖父という家族を失った後のメルゼスの第2の故郷でもある。

 そこで彼は多くのことを学んだ。

 社会の闇、人間という存在の汚さや醜さ。

 冒険者として大成できたのもその教えがあったからだと彼は考えている。

 しかし、同時に自身の胸の内に沸き上がる不思議な安心感に苛立ちを覚える。

 豪華な食事や酒、綺麗な宿を手にするよりも薄汚いベッドに簡素な食事に柄の悪い連中を見ている方が安心できるとは皮肉にも程がある。

 自身の人間性が最下層であると教えられているようで最悪な気分だ。

 ただ、このまま帰るのも勿体ない。

 メルゼスはスラム街を見て回ることに決めた。

 極稀にだが、人目を避けた有力な情報屋がこういった場所をねぐらにしていることもあるため、スラム街と言っても侮れないのだ。



「スラム街ってのは何処も対して変わらねぇな」



 スラム街の中を歩き回ってみると、僅か一時間で恐喝五回、スリに七回、客引きの娼婦に八回、強姦現場に三回、酔っ払いに十五回遭遇した。



「と言うより、今まで見てきた中でもワースト3に入る治安の悪さだぞ、コイツは」



 恐らくは発展している国が原因だろうと思う。

 光が強ければ影も濃くなるように、国が発展すれば当然それの煽りをくらう者たちがいるのだろう。



「おや、そこの若いの。この辺りではみかけない顔じゃな」



 声がした方を振り向くと、老人が水晶玉の前に座っていた。

 フード付きのローブを纏っているために、その顔までは伺いしれない。



「どうじゃ、儂が一つ占ってやろうか?」

「結構、間に合ってる。それに占いなんつうモンは信じない質でね」



 そう言って歩き去ろうとしたところで、再び老人が口を開く。



「ほほ、そう慌てなさるな。焦った所でお主の中のソレ(・・)はすぐにどうこうなるもんではあるまい」



 ピクリ。

 歩を進めようとしていたメルゼスはその動きを止めた。



「……何のことだ?」

「ほほ、まだ若いのぅ。そういうところは年相応か」

「……何を知ってる。誤魔化すなよ?」



 メルゼスは鋭い瞳を更に細めると、嘘は許さないとばかりに睨みつける。



「ほほ、慌てなさるな、慌てなさるな。どれ占いの一つでもどうじゃ?」



 メルゼスの眼光を諸共しない老人に、このままでは埒があかないと判断すると、メルゼスは老人の前の椅子に腰を下ろす。

 老人は水晶玉に手を置くと魔力を流し込み始めた。



「普段は適当に流すんじゃがなぁ、お前さんは特別に全力で占ってしんぜよう」

「……そうかい。ありがとうよ」

「うむ。では、ほれ」



 老人は空の手をメルゼスの前に差し出す。

 なんだ? とメルゼスが固まっていると老人が更に手をメルゼスの方に突き出す。



「何をしとる。占うのだから金を払わんか」

「……は!?」

「何じゃ、ただで占って貰うつもりじゃったのか? お前さん見た目と違った意外と図々しいんじゃな」



 唖然。

 至極真面目な顔で言い放つ老人にメルゼスは言葉がない。

 やがて意識を回復させると図々しいのはどっちだ! と言いたいのを我慢しながら財布に手を伸ばす。



「幾らだ?」

「うむ。お前さんは特別に五万ギル(日本円で五万円)で請け負おう」



 メルゼスが取った宿が一泊2食付きで五千ギルだ。

 それでも宿の中ではかなり高級な部類に入る。

 占い一回で五万ギルとはぼったくりも良いところだ。

 だがこのまま帰るという訳には行かない。

 何よりもさっきの言葉がメルゼスの胸に突き刺さっていた。

 自分の財布を広げてみると、奇跡的にギリギリ五万ギル入っていた。



(……このじじい、財布の中身まで分かってんじゃねぇだろうな……)



 有り得ない想像たが、先ほどの言葉といい、ついそんな事を考えてしまう。

 メルゼスは激しく舌打ちすると、ほぼ有り金の全てを老人の手に叩きつけた。



「ほほ、毎度」


(……これで適当なこと言ったらローブの下の頭、禿にしてやる)



 などと、薄げに悩む全ての中年男性を敵に回すことを考えながら、占いを始める老人を見やる。



「……むむむ、かーっ!!」

「……」

「ふむ。出たぞ。お主は……健康で後五十年は生きられるのぅ」

「……」

「金運……うむ。悪くない。今年もかなり稼げそうじゃぞ」

「……おい」

「恋愛運……うーむ。女難の相ありじゃ。女性に優しくと出ておる。ラッキーアイテムは露店のアップルパイじゃな」

「おい!」



 流石のメルゼスも我慢の限界に達したのか、勢い良く立ち上がると、机をバンバンと叩く。



「そんな事聞きてぇんじゃねぇよ! アンタ、さっき俺の中にあるモンがどうこう言ってただろうが!」

「ほほ、慌てなさるな」



 ニコニコと笑い続ける老人の占い師に「やってられるか!」と怒鳴りつけ、立ち上がるとそのまま背を向ける。

 歩き出そうとしたところで、背後から声がかかった。



「自力での改善は無し、と出ておる」

「ッ!!」



 無視して歩き出そうと決めた足が、無意識に止まる。

 嘘だ、所詮は占いだ、と頭は訴えてくるがメルゼスの胸の内には僅かに「またなのか」という思考が浮かび、それが彼の足に見えない鎖となって巻き付いていた。



「お主が何に悩んでいるのかまでは儂は分からん。だがそれは自力では解決せんようだ」


「だったらどうしろって言うんだ!」


「……」



 メルゼスの顔に浮かぶ本物の激怒。

 鋭い眼光に怒りまで加えると、本能のままに叫び続ける。



「散々やってそれでも成果がなかったからここまで来たっていうのに、改善は無しだと? ふざけんなよ!」


自力・・ではな……」


「……なに?」



 付け加えられた老人の言葉にメルゼスの動きが止まる。



「自力での改善は無し。だが協力者による改善の兆しあり、と出ておる……っ!?」

「教えろ! 協力者ってのは誰だ!」



 老人の襟元を掴むと激しく揺さぶるメルゼス。

 余裕のある普段の彼からは想像もできない必死さとあわてぶりだ。



「お、落ち着かんか。協力者が誰かまでは分からん。じゃが、協力者に問題あり、面倒事の兆しあり、と出ておるから、取り敢えず片っ端から人助けでもしてはどうじゃ? 例えば……あれとか」



 メルゼスが老人から手を離して指さされた方を見ると、頭からマントをスッポリ被った女性と思わしき人物が柄の悪い男五人に囲まれ、その内の一人に腕を掴まれていた。



「おい、俺にそんな余裕は……」



 再び老人を問いつめようと振り返ったときには既にそこに老人の姿はなく、その場に置かれていたはずの椅子も机も水晶玉も姿を消していた。

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