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第3話 Aランク冒険者

 丸一日宿で休養を取ったメルゼスは早めの朝食を済ませると真っ直ぐ冒険者ギルドに向かった。

 事前に宿で冒険者ギルドの位置を聞いていたために迷うことなくギルドに到着すると、いつも通りの様子で扉をくぐる。

 入り口から入ってきた見慣れない冒険者に向けられる特有の視線を全て意識から追い出し、クエストボードの前に立つ。

 その中から良さげな依頼を見つけると受付嬢のいるカウンターに向かう。



「ようこそ冒険者ギルドへ。本日は……」

「急いでいる。依頼の受理だけしてくれ」



 メルゼスは受付嬢の口上を遮ると受付嬢の前に依頼書類を複数枚提出する。

 セリフを遮られる形になった受付嬢だが、特に嫌な顔一つせず、「かしこまりました」と書類に目を通し始める。



「『ウォーレン商会への荷物配送』『カリーナ夫人への手紙配達』『スラム街の地図制作』『鍛冶屋ダスカーへの荷物拾得』『教会への物資配送』の五点で宜しいですね?」



 この受付嬢の言う「宜しいですね」は確認の意味ではなく、遠まわしに依頼を止めるように訴える意味である。

 それもそのはず、依頼の重複を行わないことが冒険者内では暗黙の了解とされているからだ。


 依頼の重複は他の冒険者に迷惑がかかるうえに依頼が正式に受理されてしまっている以上、依頼の失敗もしくは成功判定が出されるまでその依頼を受けることが出来なくなってしまう。


 緊急時に依頼の重複が必要となる場合もあるため公には禁止されていないが、限りなく黒に近いグレー行為なのだ。



「ああ。早くしてくれ」

「……分かりました」



 禁止していないがために法的な拘束力はない。

 何か文句あんのか? とでも言いたいような表情を作るメルゼス。

 メルゼスの顔に取り止める意思が無いことを悟ると受付嬢は手続きの受理に移る。



「依頼の必要ランクはE、F、D、F、Fなので必要ランクはDランクとなります。冒険者カードの提出を」



 メルゼスが無言で差し出したカードを目にした受付嬢は眼を大きく見開くと無意識で言葉を発していた。



「Aランク!?」



「は!?」「何だと!?」と受付嬢のセリフを耳にした冒険者たちに動揺が広がる。

 メルゼスは舌打ちすると、鬱陶しい、と内心一人ごちる。



「メルゼス様の冒険者ランクはAランクなので依頼に必要なランクは満たしていますが……あの、本当に宜しいんですか?」



 今度は100パーセント確認の意味で問いかけてくる受付に無言で肯く。

 この受付の気持ちは分からないでもない。

 冒険者ランクAとは例外なく超一級の強者たちであり、冒険者の至高である。

 そんな者が街の荷物運びや輸送依頼を受けようと言うのだ、動揺しない方がおかしい。

 例えるなら、一流の料理人が奥様方の料理教室で料理を習いたいと言うようなものだ。



「受ける気が無いなら依頼書など持ってこない」

「あ、はい。スミマセン……」

「気が済んだなら早く受理してくれ。急いでいる」



 苛立ちを滲ませるメルゼス。

 受付嬢は特急で必要な手続きを済ませると書類をまとめてメルゼスに渡す。



「この近くでポーションなんかの雑貨類を揃えられる店はあるか?」

「あ、はい。えっと、ギルドを出て右手の方に歩いていただくと『万屋カリブー』という雑貨屋がございます」

「そうか。感謝する」



 手短に受付嬢に礼を述べると入り口に向かって歩き出す。

 ジロジロと周囲から向けられる値踏みするような視線。

 メルゼス程若い青年がAランク冒険者と言われれば気になってしょうがないかもしれないが、それでも気持ちの良いものではない。

 これだから早く出たかったんだ、と心の中で愚痴る。

 入り口の扉まで後三メートル程と言ったところで行く手を遮られる。



「……何の真似だ?」



 目の前に現れたのは20代後半と思われる男が3人。

 統一された青を基調としたレザー装備に腰には同じ衣装が施されたロングソード。

 鎧や剣が同一規格であることから三人とも同じPTパーティーの所属なのだろう。

 鎧自体もそこそこ品質の良いものであり、彼らが加入しているPTの実力が伺える。

周りの者たちもAランク冒険者にちょっかいをかける3人を面白そうな表情でみてはいるが、止めるつもりは無いようで、静観を決め込んでいる。


 ……まあ、どうでも良いことだが……



「……もう一度聞く、何の真似だ?」

「なに、せっかくならAランク冒険者様に技の一つでもご教授願おうかと思ってよ」

「そうそう。お前みたいな餓鬼でもAランク冒険者になれる必殺技的なヤツ?」



 ギャハハハと気持ちの悪い声を上げる3人。

 メルゼスは冷めた目で3人の様子を観察する。

 多少の武術の心得は有るようだが、身体の重心はガタガタ、手は大した鍛錬の後が見えるわけでもなく綺麗なもの。

 何度も敵である自分から視線を外し、警戒している素振りはまるでない。


 ーー雑魚ーー


 当然の如く相手に雑魚判定をすると時間を無駄にしたくないために口を開く。



「雑魚ども、俺は忙しい。さっさとそこをどけ」

「……何だと?」

「聞こえなかったのか、雑魚。時間がないと言ったんだ。雑魚如きが俺の手を煩わせるな」

「……随分デカい口叩くじゃねぇの。お前丸腰、俺たちは帯剣済み、戦力差を理解できない訳じゃねえよな、Aランク様?」



 自分が提げる剣の柄を指差しながらニヤニヤと笑う雑魚3人。

 こと戦闘において武器を持つのと持たないのでは戦闘力に圧倒的差が生じる。

 3人はメルゼスが帯剣してこなかったと思い、声をかけたのだろう。

 例えAランクでも丸裸も同然なら十分やれると。



「まあ、俺たちも寛大だからよ。ギルドの中で剣なんか抜かねえよ。だが侮辱された慰謝料くらいは貰わねぇとな?」

「……」



 メルゼスは受付嬢に僅かに視線を送る。

 受付嬢は小さく首を振った。

 冒険者同士の争いは当事者同士の解決が基本であり、余程酷いことにならない限り、ギルドが介入してくることは無いからだ。


 ーーめんどくさい。

 メルゼスは鬱陶しげに息を吐き出すと足を肩幅に開く。

 彼なりの戦闘態勢である。



「実力は雑魚に、性根は屑、頭の出来は猿か。救いようのない愚か者だな」

「お前! 俺たちはな『青い鬼』の……」

「聞いてねぇよ雑魚。無闇やたらに喋るな、鬱陶しい」

「手前ぇ! 良い度胸だ!」



 様子を見守っていたギルド職員の静止を促す声も無視すると3人の内の一人がメルゼスに掴みかかろうとする。

 しかし、メルゼスは慌てることなく最低限の動きで相手をかわすと、男の腕を取って外側へ捻る。



「イダダダタタタっ!?」



 通常ならあり得ない方に腕を捻られたことで生じた痛みに膝を着き、男が呻く。



「ジーク!?」

「お前!」

「うるせぇよ。黙れ雑魚」



 言い終わるが否や相手の腕を掴んでいた右手に力を込めると腕をそのまま握りつぶす(・・・・・・・)。

 グシャリッ、という湿った音が響き、僅かに遅れて男の絶叫がギルド内に響く。



「ジーク!」

「やりやがったな、お前!」

「これぐらいで一々喚くな」



 男たちの怒りが含まれた視線も軽く無視すると、足元で喚く男の腹を蹴りつけて黙らせる。

 その行為に我慢袋が切れたのか、2人はあろうことかギルド内で剣を抜く。



「おい、お前らギルド内で剣を……」

「黙ってろ!」

「ここまで虚仮にされて見てるわけねぇだろ!」



 他の冒険者の声も無視するとメルゼスに切りかかる2人。

 十分な速度が乗った剣は寸分違わずメルゼスの肩口に向かう。

 しかし、



「雑魚」



 メルゼスはまるで散歩するかのような自然体で前に出ると、向かってくる剣の腹の部分に人差し指と中指の2本を押し当て僅かに力を込めると、剣の軌道を逸らす。



「な!?」



 剣を逸らされた男だけではなく、メルゼスたちの様子を見守っていた他の冒険者の口からも驚きの声が漏れる。

 誰もが素手で相手の振り下ろされる剣の軌道を変えるという神業に度肝を抜かれていた。


 メルゼスは剣の軌道を逸らされ、無防備となった男の肩に手を置くと、無造作に握り締める。


 ガキョッ!



「ギャア!?」



 男は肩を押さえて倒れ込む。

 メルゼスは既に用はないとばかりに男から視線を外すと三人目の男の剣を素手で受け止める。



「糞ッ! 化け物が!」



 実際は手のひらを魔力で強化しているから出来る芸当なのだが、この状況下では些細なことだ。

 男が受けとめられた剣に更に力を込めるより速く、メルゼスは男の剣を握り締めて砕く。

 自分の愛剣を砕かれ呆然とする男の手首を右手で掴み、膝を着かせると、逆の手で男の首を締め上げる



「ガフッ、ガ……あ……」



 男は酸素を求めて喘ぐがメルゼスが喉を締め付ける力が強いのか上手くいかない。



「お前……俺たちに…こんなこ……とをして」

「うるせぇ」



 メルゼスは更に指に力を込める。

 既に指は首に食い込むのではないかという状態だ。



「…俺たちが……死ねば……リーダーが…黙って無い」

「その台詞がお前の辞世の句だな?」



 首にかかる圧力が更に強まり、男は自分の命の危険を感じた。



「わ、悪かった……謝るッ」

「死ね」

「ヒィ」 



 誰もがメルゼスが男の首の骨をへし折り、命を奪うと思った瞬間、



「死ぬ覚悟もねぇなら始めから突っかかってくんじゃねぇよ」



 メルゼスが唐突に男の拘束を溶く。

 支えを失った男は床に倒れ込むが、そのままピクリとも動かず立ち上がる様子はない。

 見れば口から泡を吹き、ズボンの股間の辺りからアンモニア特有の臭いを放つ液体が広がっていく。



「……時間を無駄にした」



 メルゼスは手に付いた血を払うと、そのまま何もなかったような態度でギルドを後にする。

 後に残された者たちはメルゼスの容赦のなさと神懸かった体術に度肝を抜かれ、しばしの間放心状態だった。


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