第2話 入学手続き
カーナクス王国魔法学園。
創立五百年の歴史を持つ由緒正しき学園である。
魔法の国カーナクスの中でも最先端の魔法を学ぶことが出来、国外国内問わず、優秀な魔法使いの卵が集まる。
実力主義という建て前だがその実体は権威主義であり、学園に通う者は貴族もしくは王族が中心で貴族同士のネットワーク構築の場の側面を持つ。
そのため学園に通う平民は少数に限られ、肩身の狭い思いをしているのである。
◆◇◆◇◆
入り口で入国手続きを行ったメルゼスは真っ直ぐ宿に向かい、今日の宿泊場所を押さえるとその足で目的であったカーナクス王国魔術学校に向かった。
「学園の編入書類が欲しい」
手続き窓口で開口一番にそう言うとどっかりと椅子に腰を下ろす。
この態度に困惑したのは窓口の係員だった。
学園に編入が許可される平民は大きく分けて二つ。
一つが有力貴族の紹介状持ち。
二つ目がAランク冒険者である。
一つ目はその殆どが大きな商会の跡取りである。
彼らは魔法を学ぶ必要は無いものの、将来的なツテを必要として学園に入学してくる。
そのため実戦訓練など行ったことはなく、皆ひょろひょろとした細い子供ばかりなのである。
二つ目のAランク冒険者。
だがこれは記載されているだけで入学してくる者は皆無である。
Aランク冒険者は冒険者ギルドのギルドマスターがその実力と人格を認めた者を指す。
ただし、Aランク冒険者になるのはその殆どが40代、早くても30代後半と相応の年齢になる。
この年になってから魔法学園で学び直そうと考える者などおらず、当然入学してくる者などいない。
目の前の青年は素人目に見ても鍛えているのがよく分かる。
どう考えても商会の息子ではない。
しかし、Aランク冒険者にしては若すぎる。
入学条件を知らない若手の冒険者かな、と予想して話し始めようとしたところで係員の目の前に冒険者の身分を証明する冒険者カードが差し出された。
「え、Aランク!?」
そこに記載されていたのはメルゼス=ドアの名前とAランクの文字。
係員は慌てて学園長に相談するために飛び出していった。
メルゼスが待つこと10分。
係員がフラフラの足取りで戻ってきた。
「み、3日後に編入試験を行いますので、同じ時間帯に学園に来て下さい」
「分かった」
最低限の受け答えだけするとメルゼスは学園を後にした。
◆◇◆◇◆
メルゼスが学園を後にした半日後、ある部屋の一室。
そこにカーナクス王国魔法学園の教師たちが集められていた。
五十人を超える教師の数に部屋の中の空気は熱気に包まれていた。
「校長、編入希望者が来たというのは本当ですか?」
「その者が平民というのは?」
「試験を行うと聞きましたぞ」
矢継ぎ早に疑問を投げかける教師たち。
それだけ彼等にとってAランク冒険者の編入生というのは興味を引く話題だった。
「本気で試験など行うつもりか? たかが平民如きに」
一人の男の言葉に熱気に包まれていた室内に静寂が訪れる。
「しかしカイラス殿、学園の編入条件にAランク冒険者はきちんと記載されているのです。なのに我等がそれを破っては対外に顔向け出来ないでしょう」
カイラスと呼ばれた男はでっぷりと肥えた腹の上で手を組むと、悠然とした表情を浮かべた。
「たかが平民ですぞ。突っぱねても別に問題ないでしょう。それに言ってやれば良いではないですか、ここは平民の来るところではないと。正しいことを教えてやるのも教師の勤めでは?」
「しかし、それは……」
「大体、卑しい血筋の平民が神からの恩恵である神聖な魔法を使うことすら耐え難いというのに、増してや高貴な貴族と同じ環境で学ぼうと考えるなど常識を疑いますな」
気分が悪いと表情に出るほど顔をしかめる。
更に他の教員が反論しようとしたところで、沈黙を保っていた校長が口を開いた。
「皆の言いたいことはよく分かる。不満もあろうと思う。が、規則は規則。予定通り試験は実施する」
「試験内容は如何いたしましょう」
「筆記試験、口答面接、実技試験の3つとする。それぞれ100点満点で採点、200点以上を合格とする」
校長が示した試験内容と配点に小さくないどよめきが広がる。
つまり、どの科目でも平均70点近く取らなければならない。
毎年行っている入学試験の平均合格点が180点前後であることを考えれば、これはかなり厳しい基準だ。
校長以外の教員たちは校長に編入生を合格させるつもりがないのでは、と思い始めていた。
「皆の言いたいことはわかる。だがこれは冒険者という条件を加味したものなのだ」
どの教員たちも校長の言ったことを理解できずに、周りと顔を見合わせている。
「Aランク冒険者ということは戦闘力はかなりの物と予想できる。同然実技試験は高得点が予想される。逆に口答面接における礼儀作法は苦手であろうから点数は低くなる。そう考えれば、実技試験と口答面接を足して2で割った位が平均点になるはずだ」
「なるほど。後は筆記試験、純粋な知識力ということですな」
「うむ。実力を示せれば良し。ダメなら儂が不合格と判断しよう……それで良いなカイラス?」
カイラスと呼ばれた男は不機嫌そうに顔を歪めながら頷いた。
「では、3日後。予定通り試験を行う。試験官は儂が務める」
「校長自らですか!?」
「うむ。この学び舎で貴族と一緒になってでも魔法を学ぼうとする者の顔を見てみたいのでな」
校長の顔には新しい玩具を与えられた子供のような笑みが浮かんでいた。