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第12話 黒蝶の舞踊

 編入試験最終科目ーー魔法実技。

 アルトノーク王国魔法学園において第三訓練場と呼ばれる施設では編入生メルゼス=ドアと学園教師カイラス=ヒュージが中央で睨み合っていた。



「死ね、冒険者風情が!」



 試験官とは思えない気迫。

 いや、寧ろ彼の頭の中に自分が試験官であるという自覚が残っているだろうか。

 自分を侮辱した冒険者ゴミを排除しようと召還したゴーレムに指示を出す。



「行け!」



 カイラスの僕たるゴーレムたちは忠実に彼の命令に従う。

 ゴーレム10体による時間差を含めた挟撃。

 そして更にカイラスはゴーレムを作成するのと同時に準備を初めていた火の系統魔法を放つ。



「赤い猟犬レッド・ハウンド!」



 彼の目の前に大きな炎の塊が現れたかと思うと、それは狼の形を取る。


 火系統中級魔法ーー『赤い猟犬レッド・ハウンド』。

 野生の狼の形を模したこの魔法は火の中級魔法の中では威力が低い分類に属する。

 だが最大の利点はこの魔法は自動追尾効果を持つことにある。



「焼き殺せ、レッド・ハウンド!」



 カイラスの命令に従い火の狼は高速で地を駆けると、ぐんぐんスピードを上げていく。

 すぐにゴーレムたちを追い抜くと、メルゼスに襲いかかる。




 ゴーレム10体に挟撃させながら追尾効果のある火炎魔法での即時攻撃。

 魔力コントロール、適切な魔法選択、呪文の詠唱速度、どれを見ても文句の付けようのない一級の腕前。

 何よりもゴーレム10体を操作しながら中級魔法を発動するその技量が間違いなく彼が一級の魔法使いであることを証明していた。



「ーーー『夜のゾディアック』ーーー」



 だが中級の火炎魔法にゴーレム10体が襲いかかって来ている状態でもメルゼスは動じない。

 両の手の上に球体状の真っ黒い魔力球を作り出すと、おもむろに左手の魔力球を『赤い猟犬レッド・ハウンド』へと投げつける。

 まるで餌でも与えられたように黒い魔力球に噛みつくレッド・ハウンド。

 しかし次の瞬間、火の狼の身体が膨張したかと思うとパンパンに膨れ上がり、内側から弾け飛ぶ。



『なッ!?』



 中級魔法が一瞬で消滅する事態に周囲の試験官たちから驚きの声が漏れる。

 カイラスが使った『赤い猟犬(レッドハウンド)』は完璧だった。少なくともすぐに列挙されるような弱点は見られない。

 その魔法が一瞬で消滅したことに試験官たちは少なくない驚きを受けていた。



「今のは一体……」


「火の系統をああも容易く打ち消すということは水の系統魔法ではないのか?」


「馬鹿を言うな。それなら水によって火が消えることはあっても内側から魔法が弾け飛ぶなどという事にはなるまい。少なくとも水の系統ではない筈だ」


「もしかすると風の魔法では……」



 激しく議論を交わしあう試験官たち。彼らの知識の中に魔法を内側から弾き飛ばす魔法などというものは存在しない。

 それは対戦相手であるカイラスも同じであり、彼も内心、激しく動揺していた。



(馬鹿な私の魔法を……)



 彼は上位貴族であり、優秀な魔法使いである。故に今まで好敵手と呼べるような相手は存在せず、杖を交えた相手―――この場合の『杖を交える』は剣士で言うところの『剣を交える』と同義―――で特に苦戦した記憶がある者もいない。

 教師として魔法学園に在籍しているのもキャリアを積み、カイラス=ヒュージという人間に箔をつけるためであり、将来的には魔法学園の校長に収まり、王宮に召し上げられお抱えの魔法使いとして名を馳せるのが彼の将来像(プラン)であった。

 優秀な魔法使いであるはずの自分が編入生、しかも平民の冒険者程度に苦戦する、この事実はカイラスという人間を激しく動揺させた。



(ありえん……そんなこと、あって良い筈がない!)




 内心の動揺を押し殺すと、制御下にある戦力であるゴーレム10体に全力で魔力を流し込む。

 変化は劇的だった。鎧を付けた一般兵と言った装いのゴーレムたちは、足元の土を大きく吸収すると一瞬にして10体全部が身長2メートルを超える巨兵のゴーレムへと変身する。



「馬鹿な!? あれは巨石の騎士(ジャイアント・ナイト)!? カイラス殿の最強魔法ではないか!」



 巨兵ゴーレムの10体同時操作。

 それがカイラス=ヒュージ最高の魔法であり、彼の人格が悪くとも周囲の教員たちから一目置かれる理由でもあった。



「行け、ゴーレムたち! 奴を叩き潰せ!!」



 重量1トンに迫ろうかという巨兵ゴーレム10体の同時攻撃。

 既にカイラスが使用している魔法は試験の枠組みを超え、現実的な戦闘でも通用するものになってきている。

 間違いなく編入生―――生徒に向けるものではない。

 流石のアイッザクも危険性が許容範囲を超えたと判断し、試験中止の合図を出すために声を張り上げようとする。

 しかしそれよりも早く、メルゼスが右手に残っていた球体状の『夜の王(ゾディアック)』を発動する。



「―――黒蝶の舞踏(バタフライ・コール)―――」



 黒い球体の表面に波紋が生まれたかと思うと、そこから一匹の真っ黒な蝶が生まれ出る。


 フワリ、フワリ。そんな擬音が聞こえてきそうな程優雅に蝶はメルゼスの頭の上を飛び始める。


 誰もが突然現れた蝶に視線を奪われる中、メルゼスの手の黒い球体からは次々に黒い蝶が姿を現すと空を舞い始める。


 1匹…2匹……10匹……20匹……100匹。



 空を埋め尽くす勢いで生まれ出た蝶たちは優雅に空を舞い続ける。

 青い空を飛ぶ黒い蝶の群れ。

 不気味なほどの美しさに、何か不吉を予感させる黒い蝶。

 現実離れした風景に誰しも言葉が出ない。


 誰もが目を奪われる中、1匹の蝶が足を止めてしまったゴーレムの頭の上に降り立った。

 音も無く、重力も感じさせない軽やかな着地。

 すぐに2匹…3匹と他の蝶たちも集まり始め、ゴーレムの上半身に群がり始める。



「ーーー崩壊コールーーー」



 メルゼスの言葉に呼応したように蝶たちの体が崩れる(・・・)。

 まるで形を得た魔力が元に戻るように全ての蝶たちが崩れると、蝶だった黒い魔力はお互いに結び付きゴーレムの上半身を覆う大きな球体になった。



「ーーー消失カイナーーー」



 ゴーレムの上半身の黒い球体が消える。

 そこに残ったのはスプーンで抉られたような滑らかな断面のゴーレムの下半身だけだった。



「な、何が……」



 自身の最強の僕であるゴーレムが一瞬にして消滅したことに動揺を隠せないカイラス。

 しかし彼に落ち着くような間は与えられない。

 未だに上空を飛んでいた黒い魔力製の蝶たちが残ったゴーレムに殺到し始める。



「な、げ、迎撃しろ! 打ち落とせ!!」



 主の命令に従って自分たちへと迫る蝶へ手に持つ剣や槍で攻撃を加えようとするゴーレムたち。

 数匹の羽を切り裂き、胴を串刺しにして消滅させるも数の差が違いすぎるために全てに対処しきれない。

 元々鈍行なゴーレムだ。俊敏な動きは苦手としていることもあって、1匹倒す内に5匹、10匹と体に群がられ、見る見る内に上半身を黒く染められてしまう。



「あ、あ……あ…」



 既に結末が見えた状況にカイラスの口から諦観を帯びた声が漏れ出る。止めてくれ、止めてくれと心の中で叫ぶも口から出てくるのは言葉にもならない音ばかり。

 既に当初の傲慢さは消え去り、怯えたような縋るような視線をメルゼスへと投げかける。


 そしてカイラスが目にしたのは



 ーーー微かに口元をつり上げたメルゼスの姿だったーーー



「あ、」


「ーーー消失カイナーーー」



 果たして最後にカイラスが口にしようとしたのは何だったのか。

 メルゼスが決着の言葉を口にした瞬間、ゴーレムたちは全て消失し、一度に失った魔力の多さに、カイラスの意識は闇へと消えるのだった。


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