第11話 思いがけない申し出
「では最後に実技試験を行う」
筆記試験、口答面接を終えたメルゼスは最後の実技試験に望むために最初に案内された室内訓練場に戻ってきていた。
彼の前に立つ校長のアイザックは淀みなく試験の説明をしていく。
「制限時間は無し。魔道具の使用も無し。終了は儂の合図で行う。ただし魔力が切れた場合は試験終了。何か質問はあるかのぅ?」
「試験を決闘形式に変更するのは可能か?」
アイザックはメルゼスの言葉に目を丸くする。
「……まあ、出来なくはないが、それだと勝敗も試験結果に影響することになるが良いのじゃな?」
「ああ、構わない。それともう一つ」
「何じゃ?」
「対戦相手は貴族で、家の家格と魔法の実力が両方とも高い者にしてくれ」
「「「「「!?」」」」」
静かに話を聞いていた教員一行だっだが、流石にメルゼスのこの要望には揃って驚きの表情を浮かべる。
自分が有利になる条件付けるならまだしも、わざわざ魔法が得意な者を指名して不利になる条件付け加えるなど正気を疑われても仕方ない。
「駄目なのか?」
「いや、駄目ではないが……」
「なら、それで良い。早く相手を決めてくれ」
それだけ言うと装備の確認を始めるメルゼス。
声を掛ける間もないメルゼスの様子にアイザックは仕方あるまい、と候補の相手を頭の中で探し始める。
すぐに1人の教師の顔が思い浮かぶが、相手の悪さに顔をしかめる。
しかし、その教員以外を選ぶ選択肢はない。
なぜならメルゼスが指定した条件は、家格が高く、実力のある者であり、その人物の実力は周りも認めるもの。
もしこの場でその人物以外を指名すれば、それは学園の校長がその教員の実力が低いと宣言することになってしまう。
「……カイラス=ヒュージ、前へ」
名前を呼ばれたカイラスはその顔に暗い笑みを浮かべて前に出る。
普段であれば平民を相手にすることに文句の一つでも言いそうなものだが、不気味なほど沈黙を保っている。
メルゼスも装備の確認を終えるとカイラスの様子を気にすることなく、前に出る。
円形に区切られた訓練場の中にメルゼスとカイラスは10メートルほどの距離を開けて向かい合った。
「……貴様のような下賤な者が高貴な身である私を侮辱した事、後悔させてやる」
「……まだ豚って言われたこと気にしてんのか。案外気の小さい男なんだなアンタ」
メルゼスの言葉に顔を真っ赤にして反論しようとしたカイラスだっだが、彼らの真ん中に立ったアイザックに止められる。
「カイラス、わざわざ反応するな。君もいちいち挑発するのは止めて貰おう」
「……申し訳ありません」
「……」
2人の様子に溜め息を吐いたアイザックだったが、表情を引き締める。
「良いか、一応訓練場内には結界を張ってある。致命傷と判断される攻撃を受けた場合、自動的に結界内から弾き出されるようにはなっておるが、絶対ではない。くれぐれも両者気を付けるように」
「分かっています」
「了解」
アイザックは訓練場の結界外まで移動すると大声で叫ぶ。
「それでは……実技試験、開始!」
◆◇◆◇◆
メルゼスの得意魔法―――「夜の王」。
この魔法の原理は極めて単純。
高密度で展開された魔力体をエネルギーに変換することで相手の魔法、物理体を問わず、莫大な熱量によって燃焼、消滅させる。
また理論上は通常の魔法のように発動に呪文等の詠唱を必要とせず、脳内に正確なイメージを描くことが出来れば形状、効果範囲、威力などの調節も可能と言う現代の言葉を借りるなら「チート」という表現がよく似合う反則魔法となっている。
しかし、『チート』な魔法ではあっても『無敵』な魔法ではない。当然幾つかの弱点も存在している。
まず、
『夜の王』はその性質上、集団戦闘に向かない。
一撃の威力があまりに高すぎるために味方への誤射が致命的な攻撃に早変わりしてしまうからだ。また理論上は形状、効果範囲、威力の調節が可能としたが、あくまで『理論上』であり、メルゼスは完全には『夜の王』を制御しきれていないのが実情である。
メルゼスがPTを組まずにソロで活動している理由の一つがこれだ。
次に、
長時間の発動が行えないことがあげられる。
当然であるが『夜の王』の発動には莫大な量の魔力を必要とする。
通常の発動―――デフォルトは直径5センチの球体状―――にさえ、一般的な魔法10発分の消費魔力が必要であり、ここから更に形状変化、効果範囲の拡大といった条件を加算していけば消費魔力は加速的に増大していく。
メルゼス自体の保有魔力量も一般的な魔術師と比べれば桁違いに多いがそれでも無限と言うわけではない。何時かは発動の限界が来る。
また先日の魔法行使からも分かるとおり魔法制御の失敗、強制的な発動の中断など、無理な魔法行使は脳に大きな負荷を掛けることになる。これは詠唱を不要とし、イメージによって魔法を制御している弊害であり、長時間の魔法行使が行えない最大の原因でもある。
最後に、
発動までに多くの時間が掛かることが挙げられる。
一般的な下級魔法の発動にかかる時間はおよそ10秒。魔法の難度が上がればそれだけ発動にかかる時間は増えていき、上級魔法になればおよそ一分近い時間が必要になる。
まあ、色々と裏技や抜け道はあるが、それでも魔法の難度が上がれば発動に時間がかかるという基本に変わりはない。
メルゼスの『夜の王』は大量の魔力を圧縮、エネルギーに変換という工程を踏まなければならず、基本的に一発あたり通常魔法の倍近い20秒の時間が必要になる。
普通の魔術師であれば発動までを仲間の戦士職に守ってもらうという手段があるわけだが、メルゼスはソロ。
当然発動までの時間は全て自分で稼がなくてはいけない。
すると基本的な戦闘型は戦士兼魔法使いの万能型になるのである………。
◆◇◆◇◆
「ほらほら、さっきまでの威勢はどうしたのだ!」
自身の持つ高価な杖から数十発の火の弾丸を連射しながら叫ぶカイラス。使っているのは火系統の下級魔法とは言え、一度に数十発の弾丸を作成、制御する技能は彼が優秀な魔術師である証明だった。
一方メルゼスは自身に肉体強化の魔法を施すと開始から逃げに徹している。
攻撃の手段が無いわけでは当然ない。
寧ろ、|勝つだけなら簡単なのだ(・・・・・・・・・・・)。
(……いくら勝負の結果が試験に影響してくるとは言ってもあくまでこれは魔法の実技試験。なら試験官へのアピールを含めてそれなりに魔法を魅せておいた方がいいか)
そう思い、飛んでくる弾丸に視線を向けるメルゼス。
彼は走るスピードを落とすと急に立ち止まった。
「!? 馬鹿が!」
それを好機と見たのか火の弾丸を集中させるカイラス。
対してメルゼスは足を肩幅に開き、軽く腰を落とす。腕はだらりを下げられ、手は握りこむでもなく開かれたままだ。まるで無防備に見える彼に火の弾丸が到達する瞬間、下げられていた腕が高速で跳ね上がる。
「ほう、流石はあの歳で高位の冒険者に登り詰めただけはある。身体強化はお手の物と言うわけか」
「いやいや、そこはもっと評価するべきだろう。いくら冒険者と言ってもあれほど滑らかな身体強化を長時間維持し続けるのは容易な事ではない。少なくとも内の学園で彼と同じことが出来る者が何人いることか……」
「確かに、片手で数えられるほどしか思いつきませんな」
試験官たちの視線の先ではメルゼスが火の弾丸を素手で叩き落としていた。
弾丸が到達する瞬間両の手が振るわれると、弾丸は地面に、背後に、上空に、弾き飛ばされ宙にオレンジ色のラインを描く。
迫り来る魔法に臆し、少しでも制御が甘くなれば身体強化の魔法は途端に瓦解してしまう。肉体的技量と精神的な強さ、その二つが揃ってこその神業と言えた。
(くっ……卑しい身分の冒険者と言っても流石はAランクに上って来ただけはあるようだな……ならば!)
カイラスは火の弾丸を撃つのを止めると、詠唱と同時に杖で地面を軽く叩く。
「――――作成・石人形!――――」
叫ぶのと同時にカイラスの周囲の地面が沸騰するように盛り上がると、それは次々と甲冑の形をとっていく。
手にはそれぞれ槍や剣と言った近接武器。華麗な装飾が施されているのはカイラスの趣味か、少なくとも戦闘に特化した考えの者なら作らないような造形美を追求した装飾だった。
僅か数十秒で10体のゴーレムが彼を守るように起立する。
「魔法は防げてもこれなら関係あるまい!!」
「……流石は魔法学園の教師か……」
通常、一般的な魔術師が同時に操れるのは最大5体。
これに対してカイラスが作成したのは全部で10体。ゴーレム使いの力量は一度に操れるゴーレムの数で決まると言われており、単純に考えるならカイラスは一般的な魔術師2人分に相当する力量を持つことになる。
更にそれぞれの個体に槍や剣といった武装を持たせ、ゴーレム自体も戦闘用に身体の彼方此方を鎧に似せて作ってある。
明らかに一般的な魔術師が出来ることではない。
カイラスを守るように起立した彼ら(ゴーレム)の姿が彼が学園教師の名に恥じない優秀さを誇っていることを証明していた。
「今度こそとどめを刺してくれる」
「……とても教師の言葉とは思えないが、早く終わらせたいのは心底同意するね」
睨み合ったまま動こうとしない2人。
戦闘の第二幕が上がろうとしていた。