第10話 入学試験
魔法学園入学試験当日。
先日の反動から何とか回復したメルゼスは手早く準備を済ませると、宿で出された簡単な食事を取り、学園に向けて歩き出した。
メルゼスの魔法の暴走で出た被害は家屋に集中しており、幸運なことに死人は出なかったそうだ。
王国は犯人を「闇の使徒、暗黒神の加護持ち」として指名手配したようだが、如何せん手がかりが少なく、調査は難航しているらしい。
(あの女、俺のことは黙っていたようだな……)
メルゼスの脳裏に浮かんでいたのは栗色の髪を持つ美しい少女の姿だ。
やはり思っていた通りメルゼスのことは黙っていたようだが、こうも思い通りだと逆に気味が悪い。
(……まあ、もう会うこともないか……)
心の内に奇妙な淋しさが浮かぶが、メルゼスはその感情を無視すると、見えてきた学園の入り口に佇む門番に入学試験に関する書類を手渡す。
前もって話が伝わっていたのだろう、すぐに門番はメルゼスを学園の中に通すと、試験場まで案内する旨を伝えてきた。
特に断る理由もなかったために門番に案内を頼み、学園に入ると、学園の中には多くの少年、少女が存在していた。
見たところ、最も若い者で10歳前後~一番年上で17、8と言ったところか。
ほぼ全員が貴族、もしくは金持ちの商人の子供なのだろう、明らかに身に付けている物の質が平民とは異なっている。
メルゼスの服は高レベルな魔物の素材を材料としているので金額的にはそこいらにいる貴族の服よりも遙かに高いだろうが、実用性を重視しているために煌びやかさとは無縁である。
つまり傍目には小汚い服を着た平民にしか見えないのである。
「アンタ、平民なんだってな」
周りから向けられる奇妙な者を見るような不躾な視線に、鬱陶しさを感じていたメルゼスに前を歩く門番が話しかけてきた。
「ああ」
「何でまた学園に? ここは貴族ばかりでとてもじゃないが、平民に居心地が良いとは言えないだろ」
「魔法を習えればそれで良い。周りが貴族だろうと平民だろうと俺には関係ないことだ」
「へーっ。アンタ変わってるな。ここに来るのはプライドが高い貴族やら、ゴマすり精神性の商人の子供ばっかりだから、アンタみたいなのは珍しい」
貴族を侮辱する発言を堂々とする門番。
「魔法学園の門番を任せられるってことはアンタも貴族だろう? 良いのか? 貴族を侮辱するような発言をして」
「貴族っていっても男爵家の三男じゃ、平民と変わらないさ。それに平民でも強い奴は強いし、貴族でも弱い奴は弱い。大事なのは権威じゃなくて、実力だろ……おっと、ここだ」
メルゼスたちが案内されたのは校舎と思われる建物のすぐ隣にある体育館のような施設だ。
「実践訓練用の施設だ。中で試験官が待ってる」
「ありがとう、助かった。名前を聞いておいても良いか?」
門番は少しだけ目を丸くすると、名乗った。
「クロード……クロード=クロスフィールだ」
「メルゼス=ドアだ」
「頑張れよ、メルゼス。平民の合格者なんて滅多にいないからな」
「ああ。全力を尽くすさ」
メルゼスはクロードと握手を交わすと、訓練場の扉を開いた。
中には訓練場を取り囲むようにして教師がおり、扉を開けたメルゼスに一斉に視線が注がれる。
訓練場の中央に立つ初老の教師の下まで歩くと、三メートルほど距離を開けて立ち止まる。
「ようこそ、アルトノーク王国魔法学園へ。儂は校長のアイザックじゃ」
「メルゼス=ドアだ。宜しく」
彼の礼を失した態度に周囲から鋭い視線が突き刺さるが、本人はまるで気にした素振りはない。
「ふむ。一応此処での態度も試験内容に含まれているのじゃが?」
「悪いが、今まで礼儀、作法と無縁の生活だったんでね。急に取り繕ってもボロが出るだけなら、開き直った方が良いかと思ったんだが」
「まあ、良い。それでは試験の説明に移ろう。試験は、筆記試験、口答面接、実技試験の3つ。100点満点で採点する」
「了解だ」
「それでは試験に移ろうか。まずは筆記試験じゃ」
そう言うとメルゼスは裏手にある教室に案内される。
こうしてメルゼスの入学試験は始まった。
◆◇◆◇◆
メルゼスが筆記試験と口答面接を終えた後の教員室。
中では教員たちが集まり議論を交わしていた。
「うーむ。流石の儂もこの結果は少々予想外じゃな」
「確かに」
「冒険者の彼が筆記試験でここまでの点数を取るとは……」
教員たちが驚くのも無理はない。
メルゼスの筆記試験の成績は100点満点中96点。
編入時の試験は通常の入学試験よりも難しくなる傾向にあるが、メルゼスの成績は今年行われた新入生全員と比較してもトップ。
つまりメルゼスは今年の新入生、ーー英才教育を小さな頃から施されている貴族の子供ーーよりも優れた魔法知識を持っていることになる。
「彼の答案を見ましたが、どの回答も非常に明瞭で分かりやすい。出来るなら私の助手に欲しいくらいです」
そう言ったのは魔法陣学を担当する30歳程の女性教師。
問題の中で最も難しいと言われていた魔法陣学の問題もメルゼスは全て正解している。
魔法陣学は正教員でも全問正解出来るか分からない超難問。
人手不足で困っている魔法陣学の教師からしてみれば、学生の助手は喉から手が出るほど欲しいだろう。
「何を仰っているか!! あんなふざけた態度の平民を入学させるおつもりか!?」
そう叫んだのは肥えた教員、カイラス。
そして彼の言ったことが校長であるアイザックの頭を悩ませていた。
メルゼスの筆記試験の成績は100点満点中96点。
文句なしの好成績だが、逆に口答面接は100点満点中21点。
学園創設以来、最も低い点になった。
「まともな敬語も使えず、態度もおざなり。しかもこの私に向けて「ブタ?」などと聞く始末……」
カイラスは後半になるにつれ声が小さくなり、最後は肩を奮わせて怒りを露わにしていた。
実は彼は口答面接の際の試験管の1人だったのだが、彼を見たメルゼスはあまりに彼が太っていたために無意識に「ブタ?」と聞いてしまったのだ。
メルゼスに悪意はなく(?)、素の行動だったのだが、高位貴族の出身であるカイラスにそのような振る舞いが許せるはずもなかった。
ブツブツと親指の爪をかじりながらメルゼスへの呪詛をつぶやき続ける彼の姿は狂気的で周りから浮いてしまっている。
……因みに侯爵家の出身であるカイラスは他の貴族同様、貴族至上主義と言ってもおかしくない思想を持っている。
振る舞いも自分よりも身分の低い者には高圧的で、身分の高い者にはへりくだるなど、当然高位貴族出身でない他の教員たちからは脱兎の如く嫌われており、メルゼスが「ブタ?」と聞いた際に普段から誰もが思っていたこともあって、吹き出す教員も少なくなかった。
「……まあ、事情はどうであれ、後は実技試験を残すだけか……」
「筆記試験と口答面接合わせて117点ですか……合格点が210点だと考えると、かなり厳しいのでは?」
「仕方あるまい。試験は試験。手心を加えてやるわけにもいくまい」
「……礼儀作法に問題があるとしてもあれだけの魔法知識を持つ生徒を不合格にするのも惜しい気がしますが」
校長のアイザックは腕を組んで背中を椅子に預けると苦笑いを浮かべた。
「まあのぅ。儂も不合格にさせるには惜しい人材と思うわ。じゃが……案外自力で何とかするやもしれんぞ?」
「まさか。実技試験で93点以上を取らなくてはならないんですよ? いくらAランク冒険者とはいえそれは流石に……」
実技試験で90点以上など、魔法学園の歴史を振り返っても記録にない。
つまりメルゼスが合格するには史上最高点を叩き出すより他にないのである。
「ふふ。まあ、どうなるか楽しみにしておこうかのぅ」