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暴虐の王

強い雨が降る夜だった。

全身針で刺されるような強い雨が降る中、男はそこに立っていた。



「爺さん、もう無理だって逃げよう!」



剣を片手に辺りを鋭い瞳で見渡す初老の男に縋るようにして10歳程の少年が必死に訴えかけていた。



「何で爺さんが残らなきゃいけないんだよ! 皆もう逃げたじゃないか!」


「メルゼス、誰かが足止めをしなくては直に追いつかれる。それはこの村で一番強い儂の仕事だ」



見れば男と少年の周りには20近い魔物の死体が落ちている。

少年が倒したのは僅かに一体。

10歳程の少年が魔物を単独で一体倒すだけでも驚異的だが、それは辺りに散らばる残りの魔物の死体は全て剣を握る初老の男が倒したことを意味していた。



「爺さんが十分強いのは知ってる! でも爺さんだって人間だ! いつかは体力だって切れる。それにもう若くないっていつも言ってたじゃないか!」



普段なら「まだ若いわ!」と言われて拳骨をくらうところだ。

しかし、この時初老の男は無言で少年を見つめているだけだった。

いつもと違う反応、それが少年の心に大きな不安感を抱かせた。



「メルゼス、儂はな人間なんぞクソだと思っておる」


「知ってる」


「いや、分かっとらん。いつも儂は人間はクソだとお前に言ってきたが、その百倍はクソだと思っとる。正直に言えば、あの村の奴が何人死のうと儂はどうでも良いからな」



そこで初老の男は言葉を切ると、剣を握っていない方の手で少年の頭を撫でた。



「だがなメルゼス、儂の好いたやつがあの村人の中におる。だから儂はソイツを救うためにここに残るのだ」



ゴツゴツとした硬い手で頭を撫でられる度、心の中の不安感が大きくなる。

普段ならこの男は自分にこんなことはしない。

それが最後の別れを連想させているようで、恐くてたまらない。



「他人のために命張るなんておかしい!」


「今のお前には分からんかもしれんな。だがいつか分かる。この女のためなら命も惜しくないって女に出会えたらな」



初老の男は普段絶対しないような笑みを浮かべる。

少年はその顔に動揺し、一瞬動きが止まってしまった。

男はその隙に少年の腹に拳を打ち込む。



「ガァッ!?」


「許せよ、メルゼス。まだ若いお前をここで死なすわけにはいかんのだ」

  


力が抜けた少年の身体を近くの馬に乗せる。  



「じ……じい…さん……」


「メルゼス、儂はお前に戦うことしか教えてやれなかった。それすらも完全には出来なかったが、それでも儂は楽しかったよ」



聞けゆく意識の中で少年は男の声を聞いた。

暖かく優しい声音。

普段から怒鳴り散らす声しか聞いたことの無かった少年にとって男の優しい声音は心を揺さぶる。



「お前は成長するに連れて大きく、強くなっていく。だが慢心はするな。常に上を目指して精進しろ。歩むことを止めなければ、お前という存在は何処まででも行ける」


「な……にを…い……って」



男は悲痛な表情を浮かべると再度、少年の頭を撫でる。



「儂はお前に愛というものを教えてはやれなかった。だがいつかお前を全て受け入れて認めてくれる奴が現れる。そんな奴に出会ったら全力で守ってやれ。儂の息子ならできるだろう?」


「じい……さん…ダメ……だ」



少年の悲痛な叫びも男には届かない。

男は優しげな表情を消すと、戦う戦士の顔になる。



「ゆけ、メルゼス!」



馬の尻を男が強く叩くと、馬を鳴き声をあげて走り出していく。

男は馬に背を向けると、剣を握り直す。



「さらばだ、儂の愛しい義息よ」



男のそんな言葉を聞き、少年の意識は闇に落ちた。




◆◇◆◇◆




「……嫌なもん思い出しちまった」



青年は大きく舌打ちすると、横になっていた身体を起こす。


赤毛混じりの髪に、黒い瞳。

肌が白いせいか、より髪と瞳の色が強調される。

上半身に光沢のある黒いボディスーツのような服を身に付け、下は同色のゆったりとしたズボン。

所々に赤いラインが入った上下の服は専門家が見れば、魔術的要素が織り込まれていると一目で見抜くだろう。


青年は一つ欠伸をすると、強張った身体を伸ばす。



「やっぱ馬車の荷台は寝心地最悪だな……」



運良く目的地までの馬車に乗り込むことには成功したのだが、目的地に着くまでにひと寝しようと考えたのが失敗だったらしい。

最悪な夢を見てしかも身体が痛いのでは割に合わない。


ーー胸糞悪ぃ。


青年は心の中で呟くと胸ポケットから煙草を取り出し口に咥える。



「火よ」



彼の言葉と共に人差し指から3センチほどの火が表れる。

煙草を火をつけると大きく吐き出す。

煙は一時的に辺りを漂うと馬車の揺れにあわせるように彼の後方に流れていった。



「おい坊主、もう着くぞ」



御者台から顔を覗かせた男がそう告げる。

自分のような者をタダで乗せてくれたことは感謝したいが、最初から最後まで坊主扱いだったこと少々気に障る。

礼など言ってやらん、と心に決めると前の御者台から顔を出す。



「あれがカーナクス王国だ」



見上げるほど大きな石の塀が目の前に迫る。

対魔物用に建造されたと言われるこの石の壁は厚さ5メートル。

それが国土をぐるっと沿うようにして建てられている。

見渡しても地平線の何処までも石の塀が続き、端を見ることは叶わなかった。



「最も安全にして美しい都、魔法国家カーナクス王国か……」


「お、カーナクス王国の紹介文か。確かにこの大きな塀を見ればそう言うのも納得かもな。これは中も……」



ブツブツと喋り続ける男の言葉を青年は既に聞いていない。

青年は大きく煙を吐き出すと、興味を失ったように荷台に戻った。



「何をもって安全とするのか……」


 

この世に安全な地など無い。

それが二十年近く生きてきた中で青年が培った人生観であり、この世界の掟だった。

青年は寝っ転がると再び石の塀に視線を向ける。



「俺には鳥籠に見える」



魔法が普及したセラント大陸において後の世にその名を残すことになる赤い髪の青年、メルゼス=ドア。

彼が正史に現れるのはもう少し先の話。

しかし、正史に残らないメルゼスのカーナクス王国入りは今この時であった。


















































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