相 ─サガ─
第二囚人・〈凶将〉相は囚人の中でも最も謎めいた存在であった。
事態が大きくなり〈円卓会議〉が本格的に討伐に乗り出す前に、テンプルサイドを拠点としている冒険者の頭目に拿捕されたためだ。
加えて、直後に〈自由都市同盟イースタル〉から書状が届いてより大きな騒ぎが起きたこともあり、
〈凶将〉は「戦闘禁止ゾーンで殺人を犯せた」という罪状以外────────被害者の詳細や動機が一般の冒険者にほとんど知られないまま、幽閉されることになった。
むしろ、この男の悪名が高まったのは捕縛された後だった。
いかなる方法か、捕らえられた後も〈凶将〉はゾーンの移動制限を無視して脱走しては、冒険者を八つ裂きにすることを繰り返した。
さらに厄介だったのは、〈凶将〉はマオが所属しているギルド〈ホワイト・ラビット〉────────混乱期において〈血祭〉エイプリルの元で保護されていた子供達────────に対して危害を加えようとする者ばかり標的にしていたことだった。
そもそも〈ホワイト・ラビット〉は、所属者の9割が「エルダーテイル」を初めて間もない初心者であり、
〈大災害〉直後の混乱期には、彼らを拉致監禁しようとする勢力を〈血祭〉がことごとく皆殺しにしてきたことで難を逃れていたという経緯があった。
それは、悪徳ギルド最大手であった〈ハーメルン〉相手ですら例外ではなかった。
故に〈血祭〉討伐直後から抑止力を失った子供達は、〈血祭〉の所業で恨みを買った冒険者達にそれまで以上に迫害に晒され続けていたのだ。
加えて、〈血祭〉に正当防衛の建前で痛めつけられた加害者やその友人知人だけでなく、
子供達もまた〈血祭〉の虐殺に協力したと一方的に決めつけ、正義感から追放しようと試みる者達も大量に現れる有様であった。
仮に、〈円卓会議〉が〈凶将〉の行動を阻んだ場合、加害者達はシロエらの思惑がどうであれ、「〈ホワイト・ラビット〉の粛清を承諾した」として、
迫害を正当化する口実に使うであろうことは明白であった。
あるいは、〈ホワイト・ラビット〉が〈円卓会議〉代表ギルドの庇護下に入れば事情も変わっただろうが、
ギルドマスターの少女・アリスが酷く抵抗していたため、それも叶わなかった。
故に、一般冒険者達の反対を押し切り大監獄『ラビリントス』はあえてアキバの内部に建設された。
幸運な事に〈血祭事件〉以来、第一囚人と第二囚人の仲は最悪に近い。
「怪物同士を共倒れさせる」、「目の届くところに置いておく」という名目により、単身で街を滅ぼせるこの冒険者達はあえて同じ施設に監禁されたのだ。
そしてその判断は正しかった。両者はもちろん、その後に収容された第三囚人でさえ、ある例外を除き、手を組むどころか日常的に小競り合いを起こし、(看守達に多大な負担を現在進行形でもたらしているものの)代わりに周囲の被害を激減させる試みは、一応は成功したのだった。
そして同時に、この政策により〈ホワイト・ラビット〉への迫害は大幅に抑えられることになった。
何故ならば、〈ホワイト・ラビット〉の子供達が危険に晒される事態こそが、不仲極まりない囚人達が唯一手を組む例外だったからだ。
◇ ◇ ◇
同日〈水楓の館〉
「───────以上が、私が知っているサガ先輩の話です。」
ひとまずマオ達と共に屋敷に戻ったエリッサは、〈西風〉の2人と入れ替わりで訪れた看守のアサミから第二囚人の情報を聞いていた。
「聞けば聞くほどよく分からない人でございますね……。行動が首尾一貫していないと言いますか。」
一通り話を聞き終え、エリッサは首をかしげる。
〈凶将〉相が〈血祭〉エイプリルと不仲というのは嘘ではないだろう。
手を組まないというよほどの確信が無ければ、〈円卓会議〉が単身で街を滅ぼせるというこの囚人達を同じ施設に幽閉するとは考え難い。
だが、それでは〈凶将〉がアリス達に助力していた動機が分からない。恩を売って子供達を篭絡するにしても、方法が過激過ぎて合理的に思えない。
エリッサが子供達の立場であれば、いくら暴漢から守ってくれるとはいえ、毎度脱獄して自分達に付き纏い虐殺を繰り返す囚人なぞ、恐怖以外の感情を抱けないはずである。
加えて、アリス達に味方したいのであれば、そこから追放されたマオをエイプリルから庇ったのはさらに不自然だ。
アサミも同じように感じていたらしく、微妙な顔をしながら返答を返す。
「実は、あの人のことは私達もよく分からないんですよね。捕まえられた時の事件も、書状騒ぎでてんやわんやだったのに加えて、被害者の意向で詳細は伏せられてたそうなので……
ただ、ナズナさんの言う通り、サガ先輩はアテには出来ないと思います。
普段なら先輩は嫌がらせで〈血祭〉の邪魔をするんですが、今回は〈三日月同盟〉の方から先輩の協定を破ったし、下手に刺激するのは得策ではないでしょう。」
「ちょい待って。じゃあ、このマオくんはどないするんどす?」
カノンがアサミに口を挟む。
「少なくとも今は〈三日月同盟〉のところには戻せませんね。現在、彼を〈ホワイト・ラビット〉共々追放すべきだという人達が押し寄せているそうなので…」
言いながらアサミは首を横に振る
彼女が述べたように、いくらかの冒険者はただ生活を共にしていたという理由だけで、エイプリルの暴虐に関与していない〈ホワイト・ラビット〉の子供達まで敵視し、既に半ば放逐されているマオも含めて、全員アキバから追い出すよう求めているらしい。
「………………………!!」
「ああ、大丈夫、大丈夫!!キミにもエリッサさん達にも迷惑が掛からないようミロードが動いてるし、
トウヤ君達も今〈血祭〉を説得に向かっているはずだから!!」
血相を変えたマオに慌ててアサミがフォローする。一方でマオを〈三日月同盟〉の元に戻せないのも事実であった。
聞けば以前にもマリエールがマオとアリスの仲直りを試みた際にも、相は即座に脱獄して大暴れしたという。
ただでさえ〈ホワイト・ラビット〉に危害を及ぼそうとする一般冒険者が屯しているこの状況。手を組むかどうかはともかく、敵対する理由を持っているエイプリルと相に加えて第三囚人まで介入して、アリス達を害する冒険者を〈三日月同盟〉もろとも壊滅させて事を収めようとする可能性は十分考えられる。
つまり、〈三日月同盟〉はもちろん他の〈円卓〉のギルドにすらマオを預けるのは危険な状況なのだ。
「────なら、暫くウチでマオ君を預かりましょうか?」
「え!?」
エリッサの突然の提案にアサミは目を丸く見開く。
「いや、それはこちらとしては有難いことですが、大丈夫ですか!?先に述べたように、彼は〈血祭〉以外にも狙われる立場で……」
「さすがに、そんな状況で放り出すほど薄情ではありませんわ。それに──────」
言いながらエリッサは懐から一枚の手紙を出す。
「私達も多分、もう部外者ではいられないでしょうし。姫様もご理解するでしょう。」
「……………!!それがアリスちゃんの手紙ですか。私としては、あの人間不信の子が自発的に他人に依頼したというのが少々信じられませんが。」
「あー、そういえばやけに警戒してはる態度だったわぁ。」
「皆様を疑っているわけではございませんけど、実際私達はそのアリスさんについてよく存じませんので、こちらとしても彼女をこちらとしてもよく知る方がいるほうが心強いのです。
どの道この手紙が届いた以上、囚人達が行動を起こせば遠からず嗅ぎつけられるのでしょう?」
エリッサの言うことは正論だった。
マオの反応から、手紙を出したのはアリス当人であるのは確からしく、囚人達は遠からずマオだけでなく〈水楓の館〉をマークする可能性が高い。
現状アリスの真意は不明だが、〈円卓〉としても、一か所に保護対象をまとめられるのは妙手ではある。
「…………………だそうだけど、どうするマオ君?君が問題ないのであれば、私からミロード達に話しておくけど。」
「……………………」
アサミの言葉に困り果てたような表情をしていたマオだったが、やがて覚悟を決めたようにゆっくりと頷いた。
────────実際には、両囚人はトウヤ達が訪れる前から件の手紙のことを把握していたのだが、エリッサはもちろん、前日から監獄を離れていたアサミにもそれを知る術は無かった。