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めい(ど)たんてい エリッサ!!  作者: ホタルBEE
ラビリントス集団脱獄事件
5/6

面汚しの大幹部

きっかけは、水楓の館に届いた奇妙な手紙だった。



『全ての脅迫を阻止します。


私達があなた達の催しに参加することはあり得ません。


あなた達の好きにはさせません。


ありすより』



手紙の中身を見ながら、妖術師のカノンは首をかしげた。


「10歳くらいの女の子から、これを急ぎで届けて欲しい頼まれたんどす。そやから、自分はここの人宛てやと思うたんやけど……。」


彼女の言葉に、エリッサも困惑の表情で手紙を見つめた。


「周りに確認しましたが、アリスという人物に誰も心当たりは無いそうです。それに、冒険者の皆様には馴染みがないかもしれませんが、大地人の貴族や使用人同士で手紙をやり取りする際には、第三者に任せることは稀です。」


エリッサも、そして手紙を届けに来た張本人であるカノンも、訳が分からないという表情で互いを見つめあった。



怪しい手紙を届けに来た女がいる。



そう連絡を受けた、エリッサが応対に駆り出されてから、既に一時間ほど経過していた。

聞けば、このカノンという少女は、ギルド会館の掲示板に張り出されていた依頼を受けて、この手紙を届けに来たのだと言う。

しかし、了承を得て手紙の内容を閲覧してもなお、エリッサ達使用人には、この手紙を出した存在の正体や意図が全く分からなかったのだ。



――――――――――「普通に考えるのなら、何かのいたずらなんでしょうが……」

――――――――――「でも、カノンさんは前金で報酬貰ってるのですね。いたずらに、そんな手の込んだ事すると思えないんですね」

――――――――――「暗号にしても、短すぎですし。名前だって、本名かどうか怪しいですわね」

――――――――――「宛名には一応〈水楓の館〉って書いてるから、意図的にここに送ったのは間違いないわよ」

――――――――――「〈クレセントムーン〉って三日月同盟の店だろ?マリエールさん達に聞いてみたらどうだい?」



他のマイハマ侍女隊との協議の末に、カノンと共に、いざという時に手紙の中身を見てしまった事を謝罪する役目を押し付けられたエリッサが、三日月同盟のギルドハウスに向かうことになったのだ。

――――――――――〈クレセントムーン〉

三日月同盟が運営し、アキバどころかセルデシアに多大な影響を与えた食物販売店。

手紙の書き手がどのような関係にあるのか定かではなかったが、手紙の主らしき人物と直接出会ったカノンを除けば、今のところそれくらいしか書き手を探す手掛かりは無かった。



「にしても、堪忍なぁ、エリッサはん。アタシのせいで、いらん仕事増やしてしもたみたいで。」


色々と責任を感じているらしく、カノンはしょんぼりとした様子で肩を落とす。この少女は、先程侍女達の質問攻めにあってから、ずっとこの調子だった。


「カノンさんは悪くありませんよ。『ただ渡すだけでいい』と聞かされていたのでしょう?」

「せやね。何か急いどる様子やったさかい、住所でも書き間違えたんやろうか?」

「かもしれませんね。」


エリッサは苦笑しながら、カノンを慰める。

まだ、出会ってから僅かしかたっていないが、エリッサはこの妖術師の少女が嘘を言っていないことを、何となく感じとっていた。



(雰囲気が姫様に似てるからでしょーかね?カノンさんの率先して動こうとするところは、あの方にも見習って欲しいものですけれども。)



そんなことを考えながら進んでいたエリッサだったが、〈三日月同盟〉のギルドハウスが視界に入ったところで思わず立ち止まる。

同じく、カノンも目の前に映った光景に疑問の声を上げる。



「・・・・あれ、なんやろ?」



そこには、〈三日月同盟〉の長であるマリエールと、彼女に庇われるかのように抱きかかえられている12歳ほどの少年が1人――――――――――そして、それを取り囲む殺気立った冒険者達の姿があった。


「〈西風〉の皆さん……?これは一体……?」



エリッサの声が届いたのか、その集団―――――――戦闘ギルド〈西風の旅団〉のリーダーであるソウジロウ=セタがこちらを振り向く。



「……あの、レイネシア姫のところのメイドさんですよね?何か御用ですか?」



先刻の剣呑な雰囲気とは打って変わって、穏やかな様子でソウジが声をかけてくる。



「はい、実はこの手紙を………ひゃっ!?」



事情を説明しようとしたエリッサだったが、次の瞬間それは中断される。



「………………!!」

「ちょ、マオ君!?」



マリエールに抱えられていた少年が、エリッサの手にある手紙を見た途端、血相を変えてそれをひったくったのだ。

マリエールが叱ろうとするが、マオと呼ばれた少年は聞く余裕も無いと言わんばかりの表情で手紙の封を開ける。その手紙を横から覗いた狐尾族の女性が、目を見開いて大声を上げる



「ちょっと!これ、アリスからの手紙かい!?」



その瞬間、周囲の空気が凍りつくのをエリッサは感じた。



「マオ君。君の目から見て、その手紙は間違いなく彼女本人が書いたものに見えますか?」

「………………………………。」



ソウジの問いかけに、マオは無言で頷く。途端、傍で見ていたマリエールが膝から崩れ落ちた。



「……………どういうこと?何であの子にまで知られとるんや?」

「これで決まりですね、マリエールさん。」



茫然とした様子で呟いたマリエールに対して視線を移しながら、ソウジは凄みを利かせて語りかけた。だが、口調とは裏腹にその表情には無念と屈辱の情が見て取れる。



「アリスさんが承諾するつもりなら、僕達も反対しませんでしたが、こうなった以上はさすがに味方はできません。」

「そんな!もう、みんなが〈クレセント・ムーン〉に参加できるように用意しとるんやで!?食材も道具も!!」

「…………それは、アリスさんの返事を聞いた後でするべきですよ。」

「嫌や………嫌やぁ!!」



それは、〈円卓会議〉を知る者から見れば奇異な光景だった。〈西風の旅団〉が、本来仲間であるはずの〈三日月同盟〉の長を威圧しているのだ。周囲には〈三日月同盟〉の仲間達と思われる冒険者も数名いたが、皆おろおろとした様子でこちらを覗うのみだった。



「……何が、どうなっとるんどす?」

「私にもさっぱり…?」



エリッサも、そして手紙を運んできたカノンも、目の前の事態を理解できず困惑することしかできなかった。



◇  ◇  ◇


アキバ・ギルド会館の一室



「――――――――話を聞いた限り、手紙を渡したのはアリスちゃん本人に間違いないみたいねぇん。だけど、どうやって〈三日月同盟〉の動きを知ったのかしら?」

「『あいつ』が知らせた……………ってのは無いだろうね。寧ろ、近付かないように言い聞かせるだろうし。」



エリッサ達はその場を離れた後、〈西風〉の副長・ナズナと、ドルチェという冒険者から、手紙を入手した経緯を追及されていた。

一通りの質問を終えた2人は、困惑した表情で話し込んでいる。



「あの、私には状況が分からないのですが、この手紙の主がどうかしたのですか?」

「分からないって………あ、そっか。あんたら、あの騒動のときはまだアキバにいなかったから、知らないのか。」


エリッサからの問いかけに、ナズナが納得いったという表情で手を打つ。それに続いてドルチェが真剣な調子で質問に答えた。



「順を追って説明するわね。この手紙を書いた女の子はね、さっきいたマオって男の子がいたギルドのマスターで、行方を眩ませている女の子なの。」

「え……………えぇ!?あの娘、行方不明の子やったの!?」

「そ。フレンドシステムでこの街にいることは分かっているんだけど、〈円卓〉のメンバーが総動員で探しても未だに見つかっていなくてね。」



ドルチェの答えに、手紙の主と思われる少女と直接会っているカノンは驚愕の声を上げる。

宛先違いの手紙を渡されたと思いきや、今度は自分の出会った人物が行方不明者ときた。

カノンの混乱には、エリッサも大いに共感した。



「それで皆さん驚いていたんですね。でも、何故そんなことに?」



訝しむエリッサに対し、ドルチェは今度は申し訳なさそうな表情で答える。



「本当は勝手に話しちゃいけないから簡潔に説明するけど……………〈大災害〉直後からタチの悪い連中に狙われているのよ。あの子達のギルド、構成員のほとんどが12歳前後の子ばかりでねぇ?」



その返答にエリッサは、かつて冒険者から聞いた話を思い出す。

冒険者がこの世界に留まらざるを得なくなった現象――――――――――〈大災害〉。

今でこそ〈円卓会議〉の尽力で立て直しているが、〈大災害〉直後は初心者の多くが、高レベルの非道な冒険者に酷使されていたと聞く。

年少者で構成されたギルドは、彼らからしてみればさぞ美味しいカモだったに違いない。



「そいつらから隠れるために、あのアリスって娘は姿を消したってことなん?」

「いや、〈円卓会議〉ができる前はとんでもない奴の庇護下に入ることで難を逃れたんだ。」


うーむ、と首をかしげるカノンにチラリと視線を向けた後、ナズナは声を小さくしながら言葉を続けた。



「召喚術師・エイプリル、通称〈血祭〉。後に、第一の囚人と呼ばれるようになる冒険者だよ。」

「…………………………っ!?」



『エイプリル』――――――――その名を聞いたエリッサは絶句し、ドルチェも、そして名を口にしたナズナも不快そうに顔をしかめる。唯一、カノンだけがきょとんとした表情で3人を交互に見渡す。



「んでっ、〈血祭〉はあの子達の『保護』を大義名分に、気に入らない奴を次々と襲ってたわけさ。無論、アキバが平和を取り戻した後も相変わらず。奴を止めようとした〈円卓会議〉にも、容赦なくね?」

「あのマオ君ってボウヤは彼を危険視して、密かに〈三日月同盟〉と連絡を取って、ギルドメンバーをその傘下に移そうとしたわ。だけど………」



〈西風〉の2人の言葉に、エリッサが続ける。



「失敗……したのですね?」



――――――――――――――――――〈血祭事件〉

ただ一人の冒険者の手で行われた大量虐殺であり、〈円卓会議〉設立後に起きた事件としては最大規模の惨事。

その出来事は、元凶と〈三日月同盟〉の対立から始まったという話は、エリッサも耳にしていた。



「……奴はそれまで護っていたはずのマオを容赦なく殺そうとしたらしい。自分を売った裏切り者と呼んでね。」



ナズナが表情を暗くして語り続ける。



「ある冒険者が仲介して、『三日月同盟がニ度と彼らに干渉しない』って条件で〈血祭〉は引いたんだけど、その騒動のおかげであの子達のギルドは大変な目に会ってね。マオは仲間からも腫れもの扱いされて、ギルドを抜けざるを得なかった訳さ。アタシ達もなんとかマオとお友達達との仲を取り持とうとしたんだけど、リーダーであるアリスが激しく嫌がって………最終的に彼女が失踪しちゃったせいで、どうにもできなくなっちゃったよ。」



エリッサは目を細め、再び手紙に目を向ける。



「なるほど………それでこの手紙ですか。」



アリスという少女と面識が無いエリッサだったが、今の話を聞き大体の状況を理解する。

おそらく、マリエールは〈天秤祭〉に乗じて密かに、あのマオという少年が仲間と仲直りできるように、何らかの算段を建てていたのだろう。

だが、アリスという少女はそれを拒絶した。いや、『私達』という表現を見れば、他の仲間も同じく反対しているのかもしれない。

そうでもなければ、右も左も分からない異界で12歳程度の少女が行方を暗ませたりしないだろう。



「アリスだけじゃない。」



エリッサの考えを察したのか、ナズナが口を開く。



「〈血祭〉の奴も監獄から脅してきたよ。『余計な事すると脱獄するぞ』ってね。」

「………完全に詰んでますね。」



〈天秤祭〉はアキバの一大行事だ。

アキバだけでなく、近隣の冒険者や大地人も大勢参加する。

そんな時期にエイプリルの様な極悪人を暴れさせれば、想像もし難い悪影響がでるだろう。

そうなれば、ようやく立ち直ってきた冒険者の精神面にも影響が出るのは明白だ。



「天秤祭の事が無ければソウちゃんも〈三日月同盟〉の味方をしたんでしょうけど。何せ、アタシ達のギルドは『血祭事件』の時に、エイプリルにケチョンケチョンに負けちゃったから………………」

「悪いけど、今回ばかりは〈三日月同盟〉に折れてもらう他ないねぇ?」



頭を抱えながら呻く〈西風〉の2人に対して、黙っていたカノンが口を開く。



「さっきの話に出てきた、仲介して男の子を守った人には頼めへんの?」

「ダメだっ!!!!」



それまで参った様子だったナズナが突如として咆哮を上げる。

その大声にカノンは委縮するが、ナズナは構うこと無く眉間にしわを寄せて捲し立てる。



「『アレ』は誰かのために動くような奴じゃない!!例の時だって、〈血祭〉にちょっかいかけるために首を突っ込んできただけさ!!」

「ナズナ、落ち着いて。」



今にも掴みかからんばかりのナズナを抑えながら、ドルチェは厳つい顔をさらにしかめてカノンの方を向く。



「ナズナの言うとおり、あの人に助力を求めるのは不可能よ――――――――――――――――――だって、あの人も今じゃ監獄ラビリントスに収容されている囚人の一人なんだもの。」

「「………………………………え?」」



固まったエリッサとカノンに対して、今度はナズナが言葉を続ける。



「全アキバを敵に回したエイプリルと同格のね。下手したら、一人でアキバを滅ぼせる冒険者を二人も相手にしなきゃいけなくなるよ。」



◇  ◇  ◇



同時刻の〈監獄ラビリントス〉



「だ~か~ら~、僕は何もしていないっつ~の~。」



エイプリルは肩から下を壁に埋め込まれた、何とも珍妙な格好で2人の冒険者を見下ろしていた。

目の前にいる双子の姉と弟は、定期的に彼を訪ねてくる数少ない来客だった。



「説得力無いですよ、センセイ。あなた以外に誰がしたと言うんですか?」

「知らないが、少なくとも脅迫状に名前を書くような酔狂な真似はしねぇよ。そもそも、あのゴミ共が祭りで何をするかって話自体が初耳だ。」

「そっかー、センセイって俺達以外に友達いないからなー。」

「地味にヒデェな、お前ら!?」



辛辣な双子の態度に、エイプリルは肩書からは想像もつかないツッコミを見せる。

百の冒険者を殺害した虐殺魔である彼がコミカルな反応をするのは、身内を除けばこの姉弟の前くらいだろう。



「ってか、無理に犯人を探さなくても、腹黒メガネ達は誰かやったかとっくにお見通しだろうよ。でなけりゃ、君達がここに来るのを許すはずは無い。」

「そんな様子には見えませんでしたが………シロエさん、困った様子でソウジさんと話してたし……。」

「セタが?ひょっとして、この件を捜査しているのは〈西風〉か?」

「は、はい。そうですが……」

「あー……なるほど、そういうことか。……妙に堂々と知らせたと思ったら……あえてこいつらを寄越したな、腹黒ぉ。」



『自分の名を騙り、〈三日月同盟〉を脅した者がいる』

その話を聞き不機嫌になっていたエイプリルだったが、姉の返答に何か納得したかのように、怒気を収める。だが、双子の姉弟はそんな彼の様子を不審に思ったのか、疑いの視線をさらに強める。



「えっと、つまりどういうことですか?」

「考えてみろ。僕が自分の名を騙られたと知ったらどうすると思う?普通なら、僕がまた報復に走ることを心配すると思けど。」

「それは……確かにそうですけど。」



エイプリルの主張は正論だった。かつて『血祭事件』の際、エイプリルに自分の犯罪を擦り付けようとした便乗犯達はことごとく彼の餌食になり、〈円卓会議〉が便乗犯を庇うという珍妙な事態にまで発展する有様だった。

当時、彼の行き過ぎた暴虐にシロエが連日頭を抱えていたことを思い出し、双子は納得してしまう。



「にもかかわらず、腹黒メガネは脅迫の件を隠そうとしなかった……つまり、僕に殺される心配が無い(・・・・・・・・・・)奴が真犯人である可能性が高い。そして、一応容疑者ではある僕の所に〈西風〉が取り調べに来ていない。となれば、心当たりは1人だ。」

「いや、1人って言われても分かんないんだけど。」

「それでいいんだよ。むしろ、今のタイミングでセタに知られたらまずい。」



確かに、シロエが口止めをするようなそぶりはなかったと、双子は思い返す。

自分達はともかく、シロエとエイプリルの仲は険悪そのものだ。エイプリルが犯人ではない、そうでなくとも暴走する危険が無いと確信がない限り、シロエは自分達がエイプリルのもとへ行くことを許さなかっただろう。

しかし、同時に疑問も生まれる。エイプリルの推測が正しければ、シロエは既にエイプリルの名を騙った者を看破していたことになる。だが、双子の知る限り、シロエが西風や自分達の前でそのような様子を見せたことはなかったのだ。



「どうしてまずいんですか?お祭りも近いし、早く明らかにするべきじゃないんですか?」

「その真犯人はな、ゲーム時代に腹黒メガネやセタが所属していた〈放蕩者の茶会〉のボスを叩きのめしたことがあったのさ。」

「「ええっ!?」」

「確かセタはそのとき、茶会のメンバー数名と一緒にリベンジしようとして逆に返り討ちにされたらしい。だから、『奴』への心情はすこぶる悪かったはず。」



双子は思わず顔を見合わせる。

エイプリルの話が本当なら、シロエがソウジを気遣ったのも頷ける。

仲間を酷い目に合わせた上に、敵を討つどころか自身まで打ち倒された存在と対峙するのは、相当気分が悪いに違いない。



「それで、腹黒メガネは奴とセタを近づけたくないんだろうよ。加えて、あんなのでも元は大手ギルドの創設メンバーだった大幹部だからな。戦ったらセタがただでは済まないし、何より元所属ギルドとの関係に支障が出る。」

「何でそんなことに……そもそも、何でその人はシロエ兄ぃ達のリーダーと戦ったんだよ。」

「知らん。奴が所属していたギルドの副長がにゃん太氏と知り合いで、その縁を使って事が大きくなる前に停戦に持ち込んだからな。当時、余所者の僕達には噂話程度しか入ってこなかった。」



聞けば、副長の女性は問題の冒険者と同期だったらしい。フリーダムな『奴』に、さぞ気苦労をかけられただろうと、エイプリルは顔も知らないその副長に、心の中で同情した。



「話を戻すが、奴が犯人なら線が一本に繋がる。セタが僕を疑い続ける方がメガネ共には都合がいいだろうし、『奴』相手では僕も迂闊に手は出せん。前は、仕留めるのに3日かかったからな。」



エイプリルが、話し終えた直後だった。




「なーるほど。道理でソウジ君が僕を嫌っていた訳ですねぇ。すっごい納得です。」

「「な!?」」「……ちっ!」



彼らしかいない独房に、突如として第三者の言葉が響き渡る。

その声に、双子だけでなく、滅多なことでは動じないエイプリルも硬直する。

それ少し遅れる形で、誰もいなかったはずの空間に1つの『影』が生まれる。



「あなたは………〈凶将〉(さが)!?何故ここに!?」



影の中から現れた冒険者を見て、姉の方は驚愕の表情を浮かべる。

声の主は20歳前後の、女性が多いとされる狐尾族のなかでも珍しい男性の冒険者だった。

だが、最初に目が向いたのは、その青年がゼブラ模様にアレンジされた悪趣味な囚人服――――――――――――――――ラビリントス囚人の証である装備を身に着けていたことだ。



「………2人とも、僕の側に。」

「そう警戒しなくても、別に取って食ったりはしませんよ、〈血祭〉。」

「また脱走したのか、サガ。三佐氏が『サガ先輩には今度こそ氷漬けになっていただきます』とか言って突入して来ても知らんぞ。」

「氷漬けは、既に一週間ほど前に体験しました。あの娘ってば、最近僕への態度が副長の奴に似てきて困ってるんですよね。」



不満そうな口調とは裏腹に、その状況が可笑しくてたまらないという表情で、相は目の前の囚人に語りかける。



「君こそ、シロエ君の子飼い達と仲良くして大丈夫ですか?彼らまで弾圧に巻き込まれても、知りませんよ?」

「大きなお世話、だ。手はとっくに打ってある。」

「ふぅん………用心深い事です。知ってましたけど。」



自分で聞いておきながら、相はさほど興味も無さそうに欠伸をする。

一方、双子は『子飼い』という呼称が気に障ったのか、見るからに不快な表情を取る。

姉の方は抗議しようと口を開きかけるものの、エイプリルが目配せをして黙らせる。



「で、何故に僕の名前を勝手に使ったわけ?」

「おや?俺が三日月同盟を脅した事についてはノークエスチョン?」

「必要無い。質問に答えろ。」

「せっかちですねぇ。勿論、君がやったことにしたほうがマリエ嬢には効くからですよ。しかし彼女達って君から聞いていた以上にクズなんですね?俺や君が、あれだけ『警告』しているというのに、これほど頑として聞く耳を持たないとは。何のために、俺が恩赦の話を蹴ってまであの子達に味方したと思っているんでしょうね?」



今度は親しい知人を侮辱されたことで、姉を静止していた弟までもが相に鋭い視線を向ける。しかし、当の相は気にする様子もなく、むしろ面白そうなおもちゃを見つけたと言わんばかりに双子の顔を覗き込む。



「言いたい事があるなら、どうぞ。」

「………じゃあ、本当に脅迫はあんたがやったのか………えっと、相さん?」

「はい、〈血祭〉の名前を使って脅迫しました。動機は、俺もアリス君の『味方』だからです。」



わざと、味方(・・)と強調した返答に対して、双子の反応は対照的だった。

姉の方は申し訳なさそうにエイプリルの方を見たのに対して、弟は苦痛に耐えるかのように顔を歪めながら、再び質問を投げかける。



「じゃあ、シロエ兄ぃ達の元リーダーを倒したっていうのも?」

「あー、うん。多分本当です。」

「多分ってなんだよ!自分のやったことを覚えてないのかよ!?」

「お言葉ですが、当時それなりに有名だった俺に挑戦して来る奴なんて腐るほどいましてね?そんなチンピラごとき(・・・・・・・)、一々記憶に留めていませんよ。」



〈茶会〉に所属していた者が聞いたら、怒鳴り込む程度では済まないような台詞を相は平然と放つ。

側で聞いていたエイプリルは何となくシロエが突撃して来るような危機感に襲われ、チラチラと出入り口に目を向ける。



「ソウジ君と戦った時だって、恨まれる覚えは無いと正直に答えただけなのに、向こうが勝手に逆上して襲いかかって来たのだから正当防衛ですよ。というか、彼らのリーダーを潰しちゃったこと事態、初耳なんですが。」

「待てやコラ。前に脱走したとき、三佐氏がその話を持ち出して散々説教してたじゃねーか。」

「………そうでしたっけ?スンマセン、ほとんど聞き流してたので記憶にないですね。」

「僕に冗談は通じない。」

「失礼な。生まれてから一度も嘘なんて吐いたことありませんが?」



静かに睨みあう2人の囚人を見て、双子は自分達のリーダーが真相を黙っていた理由の本質を理解する。



「ねぇ、確かソウジさんってセンセイとも凄く仲が悪いよね?」

「仲が悪いというか、〈西風〉の皆が一方的に嫌っているだけだと思う。でも、センセイならお構いなしに利用するだろうな。」



エイプリルと相が戦闘に移らないのは、両者ともに最盛期ほどの戦闘力が無いからだと、双子は考えていた。

かつての戦いで召喚獣を全て失ったエイプリルだけでなく、相もまた囚人服の『呪』で大幅にステータスを下げられている。なまじ相手の全力を知るが故に、お互い動けないのだろう。

だが、彼らはシロエ達〈円卓会議〉ですら、「制御不能」とみなして閉じ込める事しか(・・・・・・・・・)できなかった(・・・・・・)規格外同士。それは戦闘力が逸脱していた事を意味するだけでは無い。

引くべきところで引き、避けるべき戦闘を避け―――――――――隙を見せれば首を狩る狡猾さを備えていた点にある。

もし、下手に〈西風〉の取り調べをシロエ達が許可すれば、この2人の囚人は互いを屠る『捨て駒』として容赦なく彼らを利用するはずだ。



なぜなら、〈西風〉はこの2人と戦う『私情』を持っているのだから。



「………ソウジさん達には黙っておこう。」

「うん、そうだね。」



双子は、その日に知った事実をソウジには話すまいと心に誓った。


◇  ◇  ◇



『大地人の姫に仕える侍女』


『冒険者によって幽閉された囚人』



それが、本来交わるはずの無い彼らが『事件』に関わった第一歩だったと言えるだろう。



・〈凶将〉相

第2の囚人。〈血祭事件〉の際にエイプリルとも交戦経験あり。

しばらく引退していたが大災害の日に復帰していた。

ゲーム時代にカナミを卑怯な手段でブチ殺したことがあるため、

友人との縁で以前から面識のあったにゃん太以外の、〈放蕩者の茶会〉のメンバーからは非常に嫌われている。


実は、引退してたのは現実で服役していたからという、本編では使わない設定があったりなかったり


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