『4番目の囚人』
外面のエリッサさんは、広報エリッサさんのツイッターを参考にしてます。
『四囚人』と呼ばれる勢力がある。
5大都市の一つ《アキバ》を統治する『円卓会議』によって、重罪人と見なされた4名の冒険者。
死を奪われた世界で、最高刑である終身刑に処せられた大罪人達。
数々の悪徳ギルドを解散・追放に追い込んだ円卓会議ですら、監禁という手段を取らざるを得なかった異端分子。
彼らはアキバで――――いや、セルデシアで暮らすには逸脱していたのだ。
――――――武力
――――――被害
――――――思考
全てにおいて。
最初の囚人は、監獄ラビリントスが作られた原因となった。
死傷者は合わせて千人以上、5大戦闘ギルドが結託したレギオンパーティすら単騎で潰した正真正銘の怪物。
ザントリーフ戦と同規模の戦力を投入してようやく捕縛できた一騎当千の召喚術師。
数・計略・交渉・勢威――――戦いを構成するおよその要素が、彼相手では等しく無価値であった。
2番目の囚人は、監獄ラビリントスの必要性を冒険者に知らしめた。
正体不明の〈口伝〉の使い手。他者の特技を狩る、得体のしれない暗殺者。
最初の囚人に施行された事実上の「終身刑」に反対していた冒険者達も、戦闘行為禁止地帯で堂々と悪行の限りを尽くす彼を前にしては、諦めるしかなかった。
何せ、『2番目』もまた、『最初の囚人』と互角に戦えるほどの怪物であり、下手に追放すれば目の届かない場所で力を蓄え、いずれ逆襲されるのは目に見えていたのだ。
3番目の囚人は悪人への見せしめとして使われた。
他者からの攻撃に快楽を見出す神祇官。歪んだ性癖を隠そうともしない変質者。
彼を拿捕するために一時的に釈放された『2番目』と円卓会議レイドパーティの挟撃という苛烈な対処は、当時まだ暴虐を振るっていた冒険者を震え上がらせた。
…実際には、『3番目』の手で〈円卓会議〉ギルドマスターの半数が行動不能に陥り、なりふり構まず行動したことが、結果的に抑止力に繋がってしまったのだが。
いずれも一般的な冒険者の範疇を遥かに超越しているアウト・オブ・コントロールな彼らに囲まれながら、全くの場違いと見なされていたのが『4番目の囚人』である。
なぜなら、『4番目』を取り巻いていた騒動を終結させたのが、冒険者でないばかりか実戦経験すら皆無な――――――――――――――――大地人のメイドだったことが大きいだろう。
◇ ◇ ◇
その日の午後、シロエは水楓の館を訪れた。
普段ならば、館の主であるレイネシアのもとに向かうところだが、生憎本日の目的は彼女の侍女――――――――――――――――エリッサだった。
「……お疲れ様です、シロエ様。」
呼び出しに応じたエリッサが会釈する。心なしか、その表情には疲労が見える。とはいえ、先日まで彼女が巻き込まれていたあの事件の顛末を考えれば無理も無いだろうと、シロエは考える。
「ご無沙汰しています、エリッサさん。本日は、貴女にお礼と謝罪を申し上げに伺いました。」
「はぁ……って、謝罪ですか?」
エリッサが呆気に取られたような顔をする。
「はい。この度の件で、貴女方を危険に晒したのは我々〈円卓会議〉の不始末です。会議を代表して、心から謝罪します。」
「ちょ!?困りますわ、シロエ様!顔を上げてください!」
エリッサは慌てて止めようとするが、シロエは構わず深々と頭を下げる。
「お言葉ですが、エリッサさんが犯人を突き止めなければ、最悪〈天秤祭〉の中止も有りえた事です。」
「えと……そうだ!天秤祭といえば、マリエールさんの容体はいかがです?」
「幸い、カノンさんの協力があり、意識は取り戻しました。〈軽食販売クレセントムーン〉も予定通り運営されます。」
シロエがチラリと後ろを見ると、盗み聞きしていた見習いの使用人達が慌てて引っ込んだ。
「そう……それはよい知らせですわ。あの子達も調理のお手伝いを楽しみにしていましたから……」
エリッサは安堵したように胸を撫で下ろす。が、頭を下げているシロエを目にして再び慌てだす。
「あのー、本当にシロエ様達が気に病む必要はありませんのよ?あんな凶悪な冒険者を間近で見れば、寧ろ、彼らのような輩から守ってくれる皆さんに感謝の念が尽きないというものです。」
エリッサに促されて、シロエがようやく顔を上げる。
「私だって、1人で犯人を見つけたわけではありません。冒険者の皆様がいなければ、脱獄した3人の囚人と相対するところでしたもの。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「シロエ様、あの連中は一体何なのですか?あの方達は、呪いの装備で力を抑制されているのでしょう?だというのに、高位の冒険者達を一蹴していましたわ。……そう、あれはクラスティ様がこちらの騎士団に稽古をつけていた時のようでした。」
「彼らは、いわゆる『冒険者のルール』の外にいるんですよ。」
シロエは、大きくため息を吐いた。
「だから、ただのステータスの低下は彼らにとって決定的な妨げとは成り得なかったのでしょう。彼らの非常識振りは知っていましたが、迂闊でした。……まさか、〈西風の旅団〉のレイドパーティすら僅か3人で返り討ちにする程とは。」
「……違います、シロエ様。〈西風の旅団〉を倒したのは、1人です。」
エリッサの答えにシロエは目を見開いた。
「あの時、ソウジ様達と対峙したのは、召喚術師エイプリルただ1人でした。他の2人……いえ、3人ですか。彼らは一切手を出すことはありませんでした。」
「成程………。確かに彼はソウジ達の苦手なタイプですが、そこまでやりましたか……召喚獣もいないというのに……」
シロエは考え込む様子で窓に目を向ける。囚人達の行動はシロエも断片的に耳にしていたが、事件当時、別の案件に追われていた彼にはその詳細は届いていなかったのだ。
「………差し支えなければ、事件のあらましを窺ってもよろしいでしょうか?こちらも、人伝に聞いていますが、色々と情報が錯綜しているので。」
「……はい、勿論です。」
「お辛いところ申し訳ありません。」
シロエに促され、エリッサがポツリポツリと話し始める。
この後、『4番目の囚人』として、監獄ラビリントスに送られる冒険者の起こした事件―――――――――――――――『ラビリントス集団脱獄事件』と呼ばれることになるこの件にエリッサが関わったのは、今から数日前。
使用人見習いが、三日月同盟から〈天秤祭〉の催しに招かれたところまで遡る。
【用語解説】
・四囚人
アキバで最高刑である終身刑に処せられた4名の冒険者。
全員が〈口伝〉の使い手と言われており、内3名はそれぞれ1人で5大戦闘ギルドのレイドパーティを倒した実績を持つ(冒険者24名分の戦闘力を持っているわけではない)。
いずれも金や地位などの物欲に無頓着であり、〈ハーメルン〉などの悪徳ギルドとは行動原理が根本から異なる一方、自分の前に立ちはだかる存在への危害を一切厭わず、説得・懐柔・相互理解は不可能と見なされている。
全員が曲者ぞろいで、特にレイドに必要な『連携』の意識が皆無。
また、エイプリルはクラスティの選んだネタ装備、残る3名も「ラビリントス囚人服」というマイナス装備を押し付けられているため、戦闘力は全盛期より劣る。