プロローグⅡ
エリッサさんは、本編で存分に出しまする
その日の夜、アキバの一角にある建物は騒然とした空気に包まれていた。
もう明日まで一刻も無い時間帯だというのに、大人だけでなく、普段はこの時間に就床しているはずの年端もいかない少年少女の冒険者までもが、建物の中央にある大広間に山のように押し寄せていた。
それはアキバで起きたこの放火事件――正確にはその最重要容疑者が、いかに冒険者達にとって無視できない存在であるかを如実に表していた。
“召喚術師 エイプリルと十二の従者”
円卓会議発足直後に起きた、『血祭り事件』と呼ばれる大量虐殺の首謀者。
アキバの冒険者の全てを敵に回したと言っても過言ではない彼の行為は、皮肉にもそれを奮戦の末に食い止めた〈円卓会議〉が統治組織として役割を果たしている事を、アキバの住民に証明して見せる結果となった。
だからこそ、アキバの冒険者達は彼を恐れた。
一介の冒険者が千度人を殺め、〈円卓会議〉の戦闘ギルドを総動員させたという事実は、彼の行動がもはや「犯罪」という概念を逸脱していたことへの反証以外の何物でもなかったのだ――
◇ ◇ ◇
まるで異国の軍人のような男だ――
それが、レイネシアから見た、部屋の中央に置かれた檻の中で眠る凶悪犯の第一印象だった。
冒険者が「学ラン」と呼ぶその漆黒の服装は、冒険者から見れば戦闘向きでは無い日常の装飾らしいが、大地人である彼女には異質な威圧感を与えるものであった。
仮にそれが装着者の能力を激減させる『浪人生の一張羅』であることを事前に聞いていなければ、恐怖のあまり委縮していたことだろう。
そのような事を考えながら、レイネシアは傍聴席に目をやる。
もう日付も変わる頃だというのに、そこには敷き詰めるようにアキバに暮らす冒険者が押し寄せていた。
彼らの視線には、ザントリーフ戦線の時ですら見た事の無い『恐怖』の感情が浮かんでいる。
冒険者すら怯えを見せるその光景は、かの凶悪犯がどれほど恐ろしい存在かをレイネシアに見せつけていた。
だが、恐れていたのはレイネシアや一般の冒険者だけでは無い。
彼女と同じ審判席に座る大地人の貴族であるボリス・ゴドウィン、円卓会議の参謀・シロエ、
そしてレイネシアが妖怪として恐れる冒険者・クラスティ。
彼らに親しい者であれば、その様子を見て驚いただろう。
普段は決して弱みを見せない彼らですら、表情に警戒の色を浮かべていたのだから。
「では、始めます。」
そんな上司達の様子を知ってか知らずか、犯罪者の管理を任されている冒険者・レトゥレインは、部下の施療神官に治癒魔法をかけるように命じた。
〈キュア〉の輝きが全身を覆うと同時に、それまで意識を失っていたアキバ史上最悪の冒険者はゆっくりと目を見開いた。
「…お早うございます、エイプリルさん。しばらく見ない間に随分と格好いい髪型になりましたね?」
最初に口を開いたのはシロエだった。
その声音には先程まで見せていた警戒の色を微塵も感じさせず、むしろ相手をからかう余裕すら見せていた。
「なら、テメェもアフロになりやがれ、腹黒野郎。」
一方、檻の中の冒険者は敵意ある言葉とは裏腹に、いかにも退屈極まりないという様子で答えた。
男の名はエイプリル。
学ランにアフロというエルダーテイルではふざけた恰好にしか見えない彼こそが、
単騎でアキバを震撼させた『最悪にして最凶の冒険者』であった。
「……で、僕が無理矢理眠らされてた間にどんな話になったんだ?どうも、状況が読めん。」
「あの火事で焼死した男性は、こちらにいるゴドウィン卿の御子息の友人だそうでしてね。
是非ともあなたに直接話を聞きたいと円卓会議が要請を受けたんです。」
「へぇ………そういうことか、フフッ。」
自分の置かれた状況を理解すると同時に、エイプリルは笑止千万とばかりに苦笑した。
「一体何が可笑しいというのかね?」
そんなエイプリルの様子を見たボリスが、怒気を含んだ表情で睨め付けた。
「とぼけているのなら、とんだ無礼者だ。それとも、今の状況が理解できない程の愚か者ということかね?」
「ひどい言い草ッスね。御心配せずとも、僕がとんだ茶番に付き合わされていることくらいちゃんと理解しているよ。」
「…どうやら私の想像以上に面の皮の厚い戯け者のようだな!君は何を以ってして、茶番と言い切るのかね!?」
「何をおっしゃる。これが茶番だと気付かないほうが、よっぽどの阿呆だろ?」
彼の言葉にボリスだけでなく、傍聴席からも怒りの視線が向けられるが、
エイプリルはまるで応えた様子もなく、目を閉じる。
「街中での放火は戦闘行為に相当するにも関わらず、あの時は衛兵が来なかった……。
僕が本当に犯人だと考えるのなら、公開尋問なんて『衛兵システムの目を誤魔化す』手段を広めるようなモンだ。特に、あんた方大地人がその事実に気付かないはずが無い。」
エイプリルの指摘に、ボリスは僅かに言葉に詰まる。
実のところ、エイプリルの発言はまさに図星であった。
この公開尋問の本音は、事件の直後から冒険者に反感を持つ大地人の動きを警戒したボリスが、同じくエイプリルの被害者からの抗議を警戒したシロエと示し合わせて行った、いわばガス抜きであったのだ。
「……だとしても、君が第一容疑者であることに変わりが無いと思うが?自分が無実と証明する根拠でもあるのかね?」
「僕は大地人は殺さない主義でね。そもそも、室内で焼け死になんて“見せしめ”にならん。」
「見せしめだと…!貴様は、命を何だと思っている!!蘇る冒険者なら、好きなだけ殺しても良いとでも言いたいのか!?」
「無論だ。冒険者には、こんなことわざがある。『馬鹿は死ななきゃ治らない』ってな。」
声を荒げるボリスを余所に、エイプリルはニヤリと笑いながら言葉を続けた。
「“あの時”は、どうしようも無いクズ共を殺してやっていたんだ。むしろ、感謝するのが適当。文句や不満を持つこと自体が不適当なんだよ。」
悪びれる様子もなく言い放ったエイプリルの言葉に最初に怒りを爆発させたのは、傍聴席の冒険者達だった。
「ふざけんな、この人殺しがぁ!!」
「何がクズよ!本物のクズはあたなじゃないの!」
「自分が何したか分かってんのか、あぁ!!」
「やっぱ、今回の事件もテメーがやったんだろ!!」
次々と罵声と暴言を浴びせる冒険者達に対して、エイプリルは意に介す様子もなく白けた視線を送った。
直後、エイプリルの側にいたレトゥレインが両手を打ち鳴らすと同時に、血気沸いた冒険者達は動きを止める。金縛りの魔法が彼らにかかったのだ。
「困りますね、エイプリル。」
クラスティが、いつになく表情を険しくしかめた。
「余計な事を言って話を脱線させないで下さい。君は、血祭り事件のことではなく、例の放火事件のことだけ話してくれさえすればいいんです。」
「脱線て、それは僕のせいなのか?」
仮にも円卓会議の代表を務めるクラスティにすら、マイペースな態度を崩さないエイプリルだったが、さすがに話が進まないと思ったのか、面倒くさそうに頭を掻いた。
「逆に問うけどよ、朝から護送中までずっと見張られっぱなしの僕がどうやって放火できるんだ?
それとも、見張りの役の黒剣やあなたの部下が、目の前で事を起こされても気付かないくらい、ド低能だったとでも言いたいのか?」
「君なら彼らを欺くのも不可能では無いと思いますが?何せ君の黒さはシロエ君並ですからね。」
「………えっと、クラスティさん?」
「激しく心外だな。こいつと同類にされるくらいなら、無法者のレッテル貼られたほうが遥かにマシだ。」
「エイプリルさんまで!」
無自覚な口撃に若干傷つくシロエを余所に、二名の論戦は続く。
「では、君が火事の直後に檻から脱出した事はどう説明するつもりですか?」
「その場のノリだ。そもそも、あの時はすぐに檻に戻っただろ?」
「苦しい言い分ですね。普通に考えれば、君が逃げるチャンスを作るためにあの焼死事件を起こしたと考えるのが妥当だと思いますが?」
「あんたが、本当に普通に考えるのであれば、師範システムやクソ装備やらで弱体化したうえに、召喚獣もいない召喚術師が、そんな成功率0のギャンブルはしないと考えるはずなんだけどねぇ?」
何気なく放たれたエイプリルの言葉に、それまで黙っていたレイネシアが口を開いた。
「召喚獣が……いない?」
それは呟くような小さな声だったが、少し離れているエイプリルにも届いていたらしく、怪訝な表情がレイネシアに向けられた。
「……今さら何を言っているんだ?ひょっとしてアンタ、僕のことを何も知らずにこの場に来たのか?」
「失礼ですよ、エイプリル。姫は先入観を持ちたくないと、あえて君の悪評を聞かなかったのです。」
クラスティからの思わぬフォローに、レイネシアの頬が紅潮する。
実際の所は、彼からエイプリルの大量虐殺の話を聞いて怯えたレイネシアがそれ以上話を聞く事を拒否したわけだが、そのせいでクラスティに借りを作ってしまったことで、レイネシアは自己嫌悪に陥っていた。
横でニヤニヤしているクラスティ(妖怪)に対し、レイネシアは恨みがましい視線をぶつける。
(うぅ~、あの妖怪のことだから、こうなることを見越して例の虐殺話をしたに違いありませんわ。……でも、召喚獣がいないとは、どういうことでしょう?)
妖怪への怨念と並行して、レイネシアの心に疑念がよぎる。
召喚獣は、召喚術師にとって必要不可欠な存在だ。
どれだけ優れた召喚術師でも、召喚獣がいなければその実力を発揮することはできない。
大地人の常識では考えられない戦術を行う冒険者の話は何度か耳にした事があるが、さすがに召喚獣を使わない召喚術師の話など、聞いたことも無かった。
「……クククク、随分と殊勝なお姫様だ。見直したぜ。」
一時的に思考の海に沈んでいたレイネシアの意識は、目の前の犯罪者の言葉で再び浮上する。
どうやらエイプリルは、クラスティのフォローを真に受けたらしく、何が理由か上機嫌な様子でレイネシアに語り始めた。
「ご安心くださいな、お姫様。繰り返すようだが、僕の召喚リストに召喚獣はいない。なぜなら、僕が捕まった戦いの時にどこぞの零細ギルドのせいで全て引き離されてしまったのでね。」
不本意です、と言わんばかりにエイプリルは肩をすくめた。
「引き離された……つまり、他人の手で契約を切られたということですか?」
「その通り。本当なら、あんな成功率1%も無いような手に引っかかったりしないんだが、あの日は西風・三日月同盟・黒剣を一度に相手にして、僕も余裕がほとんどなかったからねぇ。
その途中で、うっかり奴らの奇襲を許してしまった……ってな感じっす。」
エイプリルの返答にレイネシアはしばし唖然とする。
円卓会議の大手ギルドを1度に3つも相手取ったというのも驚きだが、それ以上に、召喚獣を持たないこの凶悪犯が多くの冒険者に恐れられているという事実に驚きを隠せなかった。
どれだけ凄惨な所業を犯そうが、召喚獣が扱えない以上、目の前にいる召喚術師は、大地人はともかく冒険者にとっては無力な存在にすぎないはずだ。
にもかかわらず、周りの冒険者たちは、そこらの魔物と戦うときですら見た事の無い怯えた表情をエイプリルに向けている。彼らは決して、エイプリルの過去の所業ではなく、目の前にいる――常識的に考えれば、最盛期に比べて著しく弱体化しているはずの――エイプリル自身に恐怖していることは、レイネシアにも十分理解でた。その事実は彼女が、かの凶悪犯に対して最初に話を聞いた時とは別の――得体の知れない恐怖感を抱かせるのに十分だった。
「君が放火していないというのなら、あの火事はどう説明するんですか?」
レイネシアの心情を察したのか、クラスティが話の方向を逸らそうとする。
「出火の原因は、現場の近くにある建物の塗り替えのための塗料で間違いないでしょうが、自然発火しないように予防して会ったのは調査済みです。
君がやったのでないとしたら、誰がどのように放火したと言うのです?」
答えを促すクラスティに対し、エイプリルは再び挑発するような笑いを見せ――
「あれは、死んだ男が自分で火をつけたのさ。ただし、クラリス・エイベルって奴がそうするように仕向けたから、一応殺人ってことにはなる。」
いろいろと、必要な部分を端折ってあっさりと事件の真相を口にした。
プロローグはもう1話だけ続くんじゃよ