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プロローグⅠ

プロローグなので主役の出番は控えめです。

「こりゃ、牢屋というよりもただ人を入れる倉庫って感じだよな……」



アキバの街中に佇む建築物『ラビリントス』は、その外観を見たある冒険者が口にした通り、収容施設としてはおよそ成立しそうにないものだった。


外塀は無く、むき出しになった建物の外観。

多くの子供の冒険者も暮らすギルドハウスに囲まれた立地。


鉄格子や外塀ではなく「ゾーンからの出入り禁止」というシステムによって成り立っているその牢獄は、何も知らない者が見れば、そこらの建物と変わらぬ建築物の1つとしか認識できないものであった。

――たとえその中にどれだけ凶悪な冒険者が閉じ込められていたとしても。




◇  ◇  ◇



「ウチは反対ですっ!!アイツを外に連れ出すなんて危険過ぎますっ!!」

「危険だからこそ、そうする必要があんだよ、アサミちゃん。」


今にも噛みつかんばかりの勢いで身を乗り出す暗殺者の後輩に対し、彼女の上司であり《D.D.D》の一員にして牢獄の責任者でもある青年――レトゥレインは顔を背けながら答えた。


「今、この施設で蔓延している病気は『疫病クエスト』の魔法や普通のアイテムで治らねぇ類のやつだ。しかも、治療に必要な薬草が届くのは遅くとも明日になる見込みときた。」

「もう聞きましたよ、そんなことっ!!それなら、"奴"もここに閉じ込めておけば、勝手に弱るじゃないですかっ!!」

「・・・あのなぁ、仮にそうして俺達監視役だけに感染して、逆に"奴"が無事だったらどうする気だ?ただ脱走の絶好な機会を与えるだけじゃねーか!」


なおも異を唱えようとするアサミを制止するように、レトゥレインは声を荒げた。

『疫病クエスト』の影響によって少なくない数の警護役の冒険者が倒れたことで、彼らに限らず牢獄で働く他の冒険者達にも動揺が走っていた。

本来、レトゥレイン達の所属しているギルド《D.D.D》はアキバの街で他のギルドとは一線を敷く人数を抱えている組織であり、その気になれば補充の人員を回すことが可能なはずだったのだが、ここに来て2つの問題が浮上していた。

1つは、この疫病が感染する類のものであるという点である。

疫病クエストで発生する疫病は、冒険者にステータスの低下と激しい体調不良を引き起こすのだ。

感染者が多く出たこの牢獄の警護を率先して引き受けようとする冒険者は、残念なことにごく僅かであった。

そして2つ目は、この施設で監視されている囚人――特に最初に牢獄に入った冒険者がいずれも極めて危険な人物という点であった。

幸運と言うべきか、3人の囚人の内2人は警護を担当する冒険者と同じく病気に感染して寝込んでいるのだが――よりにもよって

残りの1人であり、最も危険と目される最初の囚人は感染るどころか全くの健康体のまま、悠々と過ごしている有様であった。

ただでさえいつ自分も感染するか分からないこの施設のなかで、アキバ史上最悪の所業を犯した“彼”の監視という

リスクの高いミッションを任されたこの牢獄は、歴戦の冒険者すら委縮させるのに十分すぎる危険地帯であった。



「いいか、アサミちゃん?“奴”は今病気で倒れている他の2人の囚人とは比べ物にならないくらいヤバイ野郎だ。監禁・拉致が重罪と見なしている〈円卓会議〉がその理念を曲げてまで閉じ込めておく程にな。」

「・・・分かってますよ、そんなことっ!」

「分かってねぇよ。あのシロエさんに『“彼”を目の届かない場所に追いやってしまえば、後にどんな大事を目論むか分からない』

なんて言わせた奴は、アキバに数多くいる冒険者のなかでもあいつだけだ。」


口ではあくまで強情な態度を示しながらも、レトゥレイン自身も己の判断が最善のものとは考えていなかった。

“彼”の恐ろしさは、実際に対峙した自分自身がよく理解しているし、ただでさえ疫病クエストで騒然としているアキバに余計な混乱を起こすことも理解していた。

しかしこの状況で最も優先すべきことは、“彼”の脱走という最悪の事態が起きる可能性を何としても潰すことだ。

無理にそう自分を納得させようとしたレトゥレインの思考は、突如鳴り響いた念話の着信音に遮られた。



「もしもし、レトゥレイン。今、よろしいでしょうか?」

「……お疲れ様っす、三佐さん。早速っすけど、円卓会議の決定はどうなりました?」

念話の向こうの上司に感情を悟られないように、レトゥレインはできるだけ事務的な口調で返すように努めた。

「はい、あなたの提案は概ね通りました。『血祭り』はこの疫病クエストが収束するまで、黒剣騎士団の監視下に置かれることになります。」

「ああ、なるほど……黒剣は主要メンバーが昨日まで遠征に出てたから、感染者が少ないんっすね。」

「その通りです。つきましては、直ちに“彼”の護送の準備をしておいて下さい。……ああ、それからミロードから、“彼”に〈ボンバー・アフロ・ウィッグ〉を装備させるようにと指令が出ました。」

「……えーと、何でまたそんな微妙なデメリット装備をチョイスしたんスか、あの人?弱体化を狙うなら他にもあるでしょうに。」

「ミロードなりに貴方達のことを考えているのですよ。少しでも“彼”を笑い者にすることで側にいる貴方達の緊張感を和らようと考えているのでしょう。…若干嫌がらせが混じっているような気がしますが。」

「それ、多分嫌がらせが9割だと思いますよ。最近、あの人はその手の装備ばかり“奴”に渡してますから。

とにかく、こちらのほうも準備し始めておきます。」

「お願いします。護送の開始は今から一時間後で、黒剣と合同で行います。」



通信が切れると同時に、レトゥレインはようやくアサミのいる方向を向いた。

「聞いてたと思うが、“奴”は疫病クエストが収束するまで黒剣に預けることになった。アサミちゃんも準備しときな。」

覚悟を決めたレトゥレインの表情を前に、今度はアサミが悔しそうに俯いた。

「本当に大丈夫なんでしょうか?何だか嫌な予感しかしないんですけど。」

「さぁな。だが、護送には黒剣も参加するそうだし、街中なら衛兵システムが働いているから“奴”も下手に動けないだろう。だから――」

レトゥレインはまるで自分に言い聞かせるように言葉を続けた。

「あとは予期せぬトラブルでもない限り、アキバの平穏は俺達の頑張り次第…って奴だろうさ。」




◇  ◇  ◇




「市街地で火事ですって!?」

突然の知らせに、アキバに赴任した姫レイネシアは思わず声を上げた。

「は、はい!!冒険者様達の尽力によってなんとか早い段階で鎮火できたのですが……誠に残念なことに、炎に巻き込まれて大地人の男性が1名死亡した事が確認されています。」

レイネスアの問いに使用人の1人である少女がおどおどしながら答えた。


「しかも、どうやら放火の疑いが強いらしいそうでして……そのうえ、容疑者は護送中だった凶悪な冒険者と伺っています。」

「それで、ゴドウィン卿はその男を自ら取り調べたいので、姫様から円卓会議の方に掛け合って欲しいと申し入れております。」

少女に続き、今度は側にいた使用人の青年が口を開いた。

「姫様が御留守の間に来られた使いの方の話では、死亡した者はゴドウィン卿の御令息様の友人だそうで、何が何でもご自分が尋問すると言って聞かないとおっしゃっていました。」


使用人達の報告にレイネシアは頭を抱えた。

もし、本当にその冒険者が大地人を殺害したのなら、冒険者と大地人の亀裂に繋がりかねない事態であり、大変デリケートな問題である。

仮にその容疑者である冒険者が無実だった場合、軽はずみな尋問は冒険者達の不興を買いかねない。

一方で、ゴドウィン卿といえばアキバの貴族のなかでも有数の名士であり、一般市民にも分け隔てなく接する姿勢から人望も厚い人物である。

そんな彼の要請を無下に断れば、彼を慕う大地人が犯人どころか無関係の冒険者にまで敵意を持ちかねないことは明白だった。

つまり、両者の関係は間を取り持つレイネシアの手にかかっているのだが――


(うぅ~、どうすればいいんでしょう……もしその冒険者が犯人なら、尋問の場に私も顔を出さないとマズイですし……。)


いかにアキバの大地人を纏める姫とはいえ、レイネシアは年端もいかない少女である。

容疑者の尋問が始まれば、アキバの大地人の代表として面子を保つために参加せざるを得ないのだが、本音を言えば勘弁して欲しかった。

マイハマにいた頃もコーウェン家の姫として、公務の一環で裁きや処刑の場を見た事は何度かあるが、だから平気とは限らない。

そして特に、『凶悪な冒険者』という言葉が何よりも気がかりだった。

「その……犯人の候補である冒険者とは何者なのでしょう?」

レイネシアはおずおずと使用人の青年に問いかけた。


「えっと……確か『エイプリル』という冒険者で、姫様がアキバに赴任する少し前に捕縛されたとかで……」

「あ!!私、露店の人からその名前聞いたことあります!多くの冒険者を生きたまま火炙りにしたって言ってました!」

「ちょっと待って。私も前にその人の名前を耳にしたけど、生き埋めがどうのとか言っていたはずよ?」

「生き埋め?私は水攻めで大勢溺死させたって聞いたような…」

「あれ?俺もその名前を聞いたことあるけど、ギルドを森ごと消し飛ばしたとか聞きましたよ?」

「前に西風の人達がその冒険者の事話してたけど、円卓会議を1人で潰そうとしたとか言っていたような気がします」

「……ボクは初耳なんですが。何者なんですか、そのエイプリルって冒険者?」

「仕事もせずにどこで油を売っているかと思えば、随分と楽しそーに無駄話してますねぇ?」


青年が件の冒険者の名前を言った事を皮切りに次々と使用人の口から飛び出した噂話は最後の一声で中断された。

「ゲェ、エリッサさん!?」

扉の前にはレイネシアの腹心にしてベテランのメイドであるエリッサが目が全く笑っていない笑顔を浮かべて立っていた。

「ちょ、いやこれは決してサボリではなくゴドウィン卿からの伝言を伝えるためでして……」

「そ、そうです!エリッサさんはまだ知らないかもですが、今アキバで一大事が起きてるんです!」

「なら、1人が姫様に伝えれば十分でしょーに。アキバを騒がせた犯人の前に、

アナタ達の方から裁いてあげたほうがよいみたいですねぇ?うふふふふ……」

「ぜ……全員退散!」

エリッサが乾いた笑いで一歩踏み出した途端、使用人達は蜘蛛の子を散らすように逃げだした。


「これはこれは……レイネシア姫の使用人には、姫とあのように睦じげに接する者もいるのですね。」

「うひゃっ!?」

エリッサの背後から放たれた見知った声に不意打ちを食らったレイネシアは思わず奇声を上げる。

「あの子達が特殊なだけですよ。何せ姫様がアキバに赴任すると決まった時も、

真っ先に同行を志願するような変わり者の子たちばかりですからねぇ。」

エリッサは苦笑しながら背後にいる冒険者――クラスティの方を振り向いた。

「……どこから聞いていたのですか?」

「ゴドウィン卿がエイプリルの尋問したいという事について話ているあたりですよ。」

怪訝な顔で尋ねるレイネシアに対し、クラスティは肩をすくめながら答えた。

「自分も丁度その話をしに来たのですが、ゴドウィン卿の参加の方は問題ありません。ただし、警護のために冒険者達が側に付き添う形になりますが。」

「……珍しく真面目に仕事をしに来られたのですね?」

「おや、これは手厳しい。」

裏があるのではとジト目で睨むレイネシアの視線を軽く受け流すクラスティ。



(全く、レイネシア姫も素直じゃありませんねぇ?)

エリッサはまるで保護者のような視線でレイネシアを見ながら、場の空気を変えるべくクラスティに声をかけた。

「ところで、つかぬ事を伺いますが、先程の話に出ていたエイプリル様は結局どのようなことをやらかしたのですか?

色々と噂が独り歩きしているようですが、どれが本当のことなのでしょう?」

エリッサがふと気付いたかのように尋ねると、クラスティはその質問を待っていたかのように


「ああ、それなら先程の話は全て本当ですよ。」


と、普段と変わらぬ様子さらりとでとんでもないことを口にした。



「「………え?」」

全く予期していなかった答えに、レイネシアとエリッサは同時に絶句した。

「正確には被害者は全て冒険者なので死者はいないのですが、火炙り・生き埋め・水攻め・森ごと爆殺……おっと失礼。円卓会議とは対立しましたが、潰そうとはしていないようでした。ただし、何度も逃走を許したので、

こちらが不覚を取ったのは間違いありませんね。」

あまりの事実にレイネシアの顔がみるみるうちに青ざめる。

「ちなみに被害者の総数は正確には我々にも分かりません。何せ彼はPKを1000回以上成功させているのですが、特定の冒険者を執拗に狙い複数回殺害しているので正確な人数の計測が難しく……ただ、我々が把握している限りだと100人以上は確実にいると思われます。」

愕然とした表情を浮かべたレイネシアに対し、クラスティはまるで気付いていないかのように振舞いながら話を続けた。

「“血祭りのエイプリル”。彼はこのアキバで最も凶悪で最も悲しい宿命を持った冒険者です。」

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