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堕天した梶宮は、反対にその加護を奪い、縁をほどく機会を与える呪詛を得た。
とはいえ、キューピットの加護を必要とせず、その堕天使の呪詛も干渉できないほど強い縁を持つ恋人たちはいる。
赤い糸を結ぶまでもなく、呪詛によって切られても繋がってしまう、強い縁。
その強い縁が引き起こすのが、運命の出会いと呼ばれる奇跡である。
それこそ、縁のない話だ。と、自嘲しながら梶宮は体の位置をずらす。電車から降りてきた人の列を避け、落ち着くのを待ってから車両に乗り込んだ。
生ぬるい空気が梶宮を迎え入れる。
誰かがつけているらしい香水の、柑橘系の匂いが漂っている。
名前も知らない女を探し始めた頃は敏感に反応していた香りも、いまや意識の片隅に追いやられる程度に関心が薄れていた。
同じような香りが多すぎるのだ。
柑橘系の香水、とひとくくりに言っても、銘柄ごとに特徴はある。
……はずなのだが、梶宮にそこまでの知識はない。加えて、それらを嗅ぎ分けることもできそうにない。
それどころか、そもそもあのとき感じた香りが香水によるものなのか、はたまたシャンプーや柔軟剤の香りなのかすら判断がつかない。
バカって言葉に失礼なくらいバカだな──岡野の何気ない言葉が、繰り返し梶宮の胸を刺す。
結局、堕天使は堕天使なりに独りでいるべきなのだろう。
扉が開閉するたびに動く人々を見ながら、梶宮はぼんやりと思った。
天使など、元々は神に使えるだけの存在にすぎない。それが嫉妬などという感情を抱いて地に堕ちて、一体誰に認知され、あまつさえ好感を抱かれるだろうか?
気管を握り潰されたような息苦しさが、梶宮を苛んだ。




