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「そりゃな、俺らにとっちゃあ、しっかりした感情を持てるのはイイコトだろうよ。なにがしたいとか、なにが欲しいとか、そういう具体的な欲求にもならねぇような、中途半端な願望だけじゃあどうにもならないんだからな」
岡野は投げやりに言って、ベンチの座面の背もたれ側を掴んで腰をずらす。ポップコーンやらパンフレットやらに気を取られている通行人が多いためか、足はしっかりベンチの下に折りたたんでいる。
「知ってるだろ。天使が人間に手ぇ出したらどうなんのか、ってことくらい」
それこそ、神話の時代。
天使は今よりも気軽に地上へ降りることができた。神の教えを説き、人を善い方向に導き、奇蹟を体現するという役目をともなって。
ただ。天使たちは、地上に降りて役目だけを遂行するには、純粋すぎて賢すぎた。
「天使だって、人間の女に手を出せば堕天するんだ。手を出すどころか、人間に化粧と武器を伝えて両目をえぐられたバカだっている。つうか、お前、自分の持ってるチカラってのを、理解してはいるんだよな?」
天界に生きる天使たちがなにも考えずに役割を遂行できるのは、そこが天界であるからに他ならない。
地上に満ちあふれる欲求の数々を前にして、興味も持たずにいられる天使の数は少ない。現に、元・キューピットの堕天使は、日本国内だけでも十に近づいていると聞く。彼らの共通点は、全員が孤独だということだ。
「恋人を別れさせるチカラなんてもってるやつが、恋人なんて作れない。……って?」
岡野の問いの真意を突くようにして、梶宮がぼそりと言う。
「できたとしても、妬みは買うだろうな」
「もしかすると、天界からも追われることになる」
「となれば、女を巻き込むことになる」
否定的な意見が、二人の口をついてでる。




