0-6
「ですが、今野様は符術師ですよね。
符術を使えば良いのでは?」
「いやいや、符術師はゲームのキャラクターで、あっちで符術師だったわけじゃ・・・って水流さん、符術使えば出来るの?」
驚いた顔で問う今野。
先刻の狐火への反応とかも含めると、こいつ魔法とかに憧れとかあったんだな。
水流が説明してくれた符術等については、こんな感じだった。
符術に限らず、魔方陣とか魔具、それこそオレ達がゲームで使っていた属性効果付きの武器や防具と言うのは、要は術式と言う方式を形にしたものらしい。
つまり符術は、魔法を効果的に発動させる為の様々な法則を式、つまり形にしたものを描いた符を使う術という事らしい。
描かれた術式は、その法則を効率的に展開させる為のいわゆる回路として機能する為、発動させる本人はその発動結果イメージを思い浮かべて術を発動させれば、不足分が補われるという仕組みという事になる。
勿論前提としては、今野の様に法則を解して発動出来る者である事が前提となるが。
「だとすると、これを持って同じ事すれば良いのかな?」
と言った今野は間を置かず、符を取り出して「火炎」と叫んだ。
先刻小さな炎が灯ったのと同じ辺りに、人一人を飲み込めそうな大きさの炎が熾る。
「おおお~、すごいっ。これだよこれ~」
と上機嫌の今野だけれど、実はオレは見て見ぬふりをしていた事が有った。
今野が法術で小さな炎を出した辺りから、川瀬辰弥が考え込むのをやめて、目を見開いて呆然としていたのだ。
オレが目線を向けていたからか、川瀬辰弥が我に返って言った。
「ええと、先刻色々聞きましたけれど、今野さんにああいう事が出来た以上は、根本は同じだと理解するしか無いですね」
「え、わたしが何かした?」
きょとんという顔で今野が返す。
「うん。今野さんはあっちで魔術というか、法術だっけ? それを身に付けたんだよね」
つまりは一般的に知られていなくても、その基盤はあっちにも有ったという事になる。
ただ、状況や実際の威力を考えると、あっちでは廃れた流れという推測が立つだろう。
こっちでは、来てから三ヶ月程度の戸畑天でさえ知る程に魔法は当たり前の扱いだし、符術と言う支援回路を使えば今野にも、相応の威力で術が放てる事も実戦された。
あっちで身に付けたものが、こっちで通用するというのは、基本が同じだからという根拠の一つになるわけだ。
加えて言えば、こっちで生まれ育った水流の説明通りに回路が有効だった事は、水流があっちの、いわゆる法術を理解した上で、それを隠してこっちの事の様に話していないのであれば、やはり根拠の一つになる。
「ですが、考えてみたのですが、今のこれが夢じゃなければ、分からないと言うか、疑問な事があるんです」
川瀬辰弥が疑問に思ったのはこういうものだった。
オレ達は四人別々の場所に居たのにこちら側に来てしまっている。
他にこっちに流れて来た連中は分からないけれど、少なくともオレ達はログアウトした場所、つまりはゲームにログインしたらキャラクターが表れる筈の場所に流されている。
元々一つの世界だとしても自由に行き来出来るわけでは無いというのは、戸畑天が何とか来られたという事や、帰り方が分からないという事からも分かる。
つまり何らかの原因があってどちらかに流された場合でも、それはほとんど偶発的なものになるだろうし、流される先を指定して行えるものでも無いはずだ。
自分達が居た場所と同じ位置に流されたのなら未だ分からなくも無い。けれどゲーム内のキャラクター位置に現れたというその事実は、何者かの意図を感じないわけにはいかないだろう。
「んー、君たちの様に、最近ゲームに関連してこっち側に来る人間の数が多いらしい。
おそらくだがそのゲーム、確か“デュアル・クロニクル”と言ったか。それに何か条件付けがされているんだろう」
そう、稀に流されてしまう事が有ったとしても、ゲームという特定の関連がある四人もの人間が、それぞれ別々の場所から、しかもゲームに関連する場所に流される確率は、厳密には〇ではないとしても、偶然とするには現実的では無いし、あり得ないと言っても過言では無いだろう。
ましてや、みんなが出した武器の問題もある。
ゲーム内で使っていた武器が現れると言うのは、偶然では済まされない。
結果だけで考えたとしても、デュアル・クロニクルというゲームの中に、こっちに流される条件や、何らかの原因が無ければおかしいのだ。
「とは言っても、問題はどうしてこっちに来たかじゃ無いよね。
どうすれば帰れるかと、川瀬さんの目を治せるのか以外、正直わたしは興味無いよ?」
分からない事は多いし、今話していたこっちに流された理由には、結構重要なポイントが有ると思うのだけれど、今野はそう言って切って捨てた。
普通なら自分が置かれた状況への不満や不安が先に来ると思うのだけれど、それよりもと言い切った今野の言葉には重みがあった。
それこそ、反論の余地を許さない程に。
ここで言葉を挟む事が許されるのは、ただ一人川瀬辰弥だけだろう。
「ええと、今野さん。
自分の目は気にしなくて良いと・・・」
「思えません」
許される人の言葉すら切って捨てられた。
「わたしのせいでわたしが傷付いたり、死んだりするのは、嫌だけど、でも仕方が無い。
でも、わたしが助かって川瀬さんが失うのはわたし自身が許せないからっ。
だから、だからっ・・・」
今にも崩れそうな今野の状態を見て、やっぱりここで、言葉ではないけれど状況に挟めるのは川瀬辰弥だけだろうなと思った。
水流が気が付いた感じなので、動く前に事態を締めるべきだろうと思ったオレは、こっそり動いて川瀬辰弥の後ろに回った。
そして、とんっと背を押す。
今野に気を取られ、体勢が崩れていた川瀬辰弥は、押された事で前に出る。前、今野の方に出た。
状況が状況なので、ここにいる全員の位置は大きく離れていない。そんな中で前に出れば、それは当然直ぐ目の前に位置する事になる。
自分の目の前に出て来た川瀬辰弥を、目を見開いて見つめる今野。
川瀬辰弥の後ろ姿に戸惑いが見えるけれども、この状態でオレみたいなガキに方向転換して逃げる程に子供じゃないと思っているので、オレはここで静かに後ろに下がる。
それを見た水流も少し距離を置いた。
・・・気が付けば戸畑天はそれなりに距離を取って煙草に火を付けていた。素早いなこいつ。
見つめ合うと言えばムードがあるけれど、実際には困惑で固まっているだけの二人。
戸畑天は大丈夫そうだから放置で良いとして、水流の動きは分からないので目線で合図を送ってみた。
・・・返って来た目線が、何か違うものを含んでいる気がして失敗したかもと思ったけれど、ここで引くのも地雷を蒔いた後だ。
種を蒔いたのがオレでも、刈り取るのは知らないと自分を納得させる。
「川瀬さん・・・?」
「あ、うん。でも今野さんは自分を大切にして欲しいかな」
「あ、はい・・・」
見つめ合う二人と言えば聞こえは良いけれど、まぁ単に、二人共固まっているだけなので実は雰囲気も何も無い。
水流を見れば、何か目を輝かせて二人を見ている。これは地雷だと思ったので、妙な方向に行かない内に流れを変えるべきだろう。
となれば戸畑天に振るしか無いので、色々話しを振ってみた。
分からない事も多いし、推測である程度理解出来た事も有るけれど、その分分からない事が増えたりした。
特に分からないのは、やっぱりオレ達が流された事だ。
ゲームで飛ばされた以上、ゲーム自体に何か仕掛けがあった事は疑いの余地が無いし、それで位置情報迄は納得出来なくも無い。
ただ、武器に関しては分からない。
ゲームは所詮データだから、その武器が実体化する理由が説明出来ないのだ。
途中で我に返ったらしい今野と川瀬辰弥も混ざって頭を抱えていると、戸畑天があくまでも推測だと前置きして話してくれたのが、影像体の話しだった。
影像体とは術式を組み込んだ人型で、操作者と同じ動きを模す、いわゆるロボットの様なものらしい。
自分の代わりに動くと言うのは便利そうだと思ったのだけれど、実際には操作中は操作者本人が意識を影像体に向けていないといけないので動けなかったり、言葉も影像体を介してしまうので不都合も多いらしい。
色々不都合も有る為に、大抵の場合は体が不自由な人等、限られた人しか使わないらしいのだけれど、数年前から多くの影像体が各地で見られる様になったらしく、もしかしたらそれらの影像体が、ゲームキャラクターの代わりにこっちで動いていた可能性もあるのではないかという事だった。
もしその推測が当たりであれば、武器の疑問は解決するけれど、ではオレ達がこっちに流されて来た時に、その影像体はどうなったのかとか、どうやって武器が影像体からオレ達に渡ったのか等、結局疑問点が生じる事になる。
結局、何も疑問は解消されないままという事を確認しただけに終わった。
分からない事を話しているだけでは気も滅入るし、どっちにしろオレ達は、少なくとも期間未定でこっちでの生活は避けられない。
そこでこっちの話を聞く事にした。
現実逃避と言われればそれまでだけれど、事情で事前にある程度覚悟が出来ていたオレはともかく、仲間はそうもいかないだろうという読みもあったのだ。
最初に聞いたのは、持ち色について。
水流が紅持ちで、戸畑天も持ち色がある事は聞いたけれど、そもそも持ち色自体がよく分かっていなかったのだ。
「持ち色は、だれもが生まれ持った能力を示すものです。
個々に備わった特性を示すと言っても良いかもしれません」
「それって、例えば火の能力を持った人が、火の術を使うと威力が上がったりとか、そういう属性的なもの?」
と言う今野の言葉はオレ達にとってはそこそこ馴染みのある話しだった。
個々で特性があり、同じ属性の魔法を得意とするというのは、小説等で良く用いられるものなのだから。
けれど、それを受けた水流からの応えは、それを否定するものだった。
「個々で得意とする術の系統はありますが、属性が縛られるという話しは聞きませんね。
能力はあくまでも特性ですので、それを用いて術や動き等を補足して強化する使い方はしますが、属性に多少影響が生じるというのは、むしろ五気との関係になりますね」
五気の事は後程、と添えてから水流は持ち色の能力を教えてくれた。
何よりも前提となるのは、所詮能力である為に、その状態を増強するだけの影響しか与えられないという事だった。
例えば水流の持ち色である紅は、活性の能力であると言う。
活性はその能力を単独で発現させれば、成長や自然治癒力を促進させる効果があるらしいけれど、そこに活性化させられる対象が無ければ何の効果も生じない事になる。
戸畑天の持ち色は更に特殊で、特色の内の二色、深緋と紅下黒を持っているという。
特色に限らず、複数の色--これまで二色以上を持つ者の記録は無いらしいが--を持つ場合は重色という、専用の色の呼び名が与えられるそうで、戸畑天の場合は明鴉という色名らしい。
深緋は熱振動を大きくさせる能力で、また紅下黒は隙間を減らす能力らしい。
その言葉から考えれば、深緋は対象の温度操作が、紅下黒は対象への密度操作が出来る様に思えるが、そもそも温度を上げる事と、隙間を減らす事しか出来ない。
つまり深緋の能力は、熱振動が少ない状態では増強したところで大した影響は生じないし、紅下黒の能力は、隙間が少ない対象ではほとんど影響が生じない事にもなるわけだ。
単純に、その能力をどの様に使えば効果的か等々、個々の用い方次第になるし、効果自体も状況や対象の状態に依るので、補足程度にしか期待が出来無いという訳だ。
しかも二人の持ち色は特色、つまりは特に強い力を持つ能力であるけれど、それでもであるのだから、一般色--特色以外をそう言うらしい--であればそれこそ、であろう。
うん・・・何か色々うざくなってきたけれど、こういう部分をスルーすると、今度は説明不足で意味不になるし。
難しいところです。と言うところで、少し考えている事有。
近い内に一手打つかも知れません。