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緋緋色金が精錬出来れば、挑戦してみたい素材だとブツブツ独り言を呟く布目一箇を、戸畑天は当然の様に放置し、川瀬辰弥に剣を渡して、意識を剣に集中する様に言った。
言われるまま行うと、それまで黒っぽかった鞘と、濃い赤色だった握り部分に巻かれていた革の様な部分が、淡い灰色に変わった。
「それで所有者情報が登録されたわけだ。
その色が変わった部分は特別製でな。所有者の持ち色に変わる様になっている」
との事だったので、あの淡い灰色が川瀬辰弥の持ち色である白鼠なのだろう。
剣を抜いて、実際に振ってみる様に言われて、川瀬辰弥が抜いた剣の色は赤かった。
そう言えば、賢者の石は赤い色をしていると言われていたし、緋緋色金も赤い金属と言われていた様な気がした。
剣を一通り振り、思っていたより全然軽いとか感想を言っていたが、ガードの部分が長く伸びていて気になるらしい。
その言葉を聞いた瞬間に、それまで独り言を呟いていた布目一箇が一瞬で川瀬辰弥の手から剣を取り挙げ、台の上に置いて手を翳した。本当に、鍛冶に関係するとブレ無いな、この人は。
布目一箇が翳した掌から、白い光が発すると、伸びる様な形状だったガードの部分が、円を描く様に変形して、日本刀の鍔の様な状態になった。何やら細かな装飾を施した様な文様を描いている様にも見える。
「こんなもんだろ。
鍔状のガードは物質強化の式を紋で組んだから、剣の強度も多少は上がったはずだ」
なる程。こうやって鍛冶を行う訳か。
確かに炉とかはいらないらしい。
次は、という事で、川瀬辰弥に装備を出させてそれをチェックし始めたところで、戸畑天がそう言えばと声をかける。
「川瀬君と荻野君は、とりあえず衛士衆に入るぞ」
「それを早く言いな」
そう言って、布目一箇は革鎧他一式を二組取り出す。それはどこか和風を感じるデザインの、衛士衆の人達が身に付けていたものと同じ物だった・・・様に見えたのだけれど、素材が違うらしい。
「あんな面白味の無い素材なんか、うちでは扱ってないよ」
という事らしく、アダマンティウムという物質を基に、革の様に柔軟性を持たせる練金を施したものを使っているらしい。
ちなみにアダマンティウム自体も、練金でなければよほどの自然条件が揃わなければ成立しないらしい。
「金属化した方が強度は出るんだけど、衝撃吸収性が微妙になるからね」
・・・うん、好きにして下さいという感じだ。
「剣の兄ちゃんは、過剰な防御はいらなそうだから、防具一式だけで十分だろう。
槍の坊やはこれも追加だ」
と、防具一式をそれぞれの持ち色に変えて渡した。
代金言わずに作り始めてるよ、この人。
まぁ、今更という感じだろうか。
その後、今野やオレの武器や防具もチェックして貰ったものの、特に急いで作り替える必要も無いだろうという事になって、着ている服の色をそれぞれ、自分の持ち色に変えて貰っただけで終わった。
とは言え、今野と布目一箇との間で何やらやり取りをしていたので、今野はこの場で終わりという訳では無さそうだ。
まぁ、女は服関係で色々ありそうなので、そこはスルーで済ませたけれど。
さて、お代はという段になったので、その前にとオレは口を挟んだ。
「可能なら素材を買い取って貰いたいんだけど?」
「素材? まぁ見せてみな」
オレはあっちから持って来た金属塊を三個取り出した。あの人格破綻者に、何が目的か分からないけれど、万一どこかに流された時は、鍛冶に情熱を注いでいる奴が居たら渡せと言われて持たされていた物だった。
取り出した金属塊を見て、布目一箇は目を丸くして、ブツブツと呟きだした。
「これは・・・本物だな。
確かに意志があるし、構成上も問題無い。
けれどこれだけの量となると・・・」
いや、意志があるとか、色々不気味なんですけど。
聞けば--と言うより一方的に言われたのだけれど--この金属塊は緋緋色金というものらしい。
意志があると言うのは、それこそ万物、どんなものでもそこに残る記憶というか、独自情報が蓄積されているらしい。
ただ、錬成したり、加工したりすれば、その物の情報は書き換わる事になる。
そもそも緋緋色金は、餅鉄や、条件が合った鉄隕を特殊な技術で純鉄に加工した後、更なる加工を施して仕上げる事で精錬出来るらしく、日本刀を作る為の玉鋼を精錬する技術にもなったものらしい。
構成上は、オレ達も良く知るステンレス鋼にかなり近いらしいのだけれど、そもそも餅鉄や鉄隕の状態でも、純粋な情報が残っているのは稀らしい。その上で、それらの情報を保持したまま加工しなければいけない為、単なる技術で仕上げても緋緋色金にはならず、錬金術での錬成を必要とする等、幾つもの条件が揃わなければ成立しないのだとか。
・・・まぁ、珍しい金属って認識で良いよね? という感じである。
「是非売ってくれ。
そうだな、一つ白金貨十枚でどうだ?」
どうだ? と言われても相場が分からないし、それ以前にあっちの相場で一つ二千万円越えってどうなんだ?
オレが判断出来ず黙って、というより呆けていると、それを悩んでいるとでも取ったのか、では十五枚ではどうだ、とか吊り上げて来た。
このままでは色々大変な事になりそうなので、慌てて止める。
「いや、そもそも相場が分からないだけで、値段に不満がある訳じゃ無くて・・・」
「相場からの単純計算なら一つ白金貨三枚というところだろう。
ただ、条件に合う餅鉄や鉄隕が手に入り難いから、これだけのまとまった量はほとんど手に入らない。
それをふまえて十五枚だ。問題無いな?」
十枚でも十分だけれど、何か口を挟むだけでも勘違いされそうな勢いだったので、オレは頷く以外に出来る事が無かった。
速攻で三つ分、一円硬貨四十五枚を押し付ける様に渡して来た。
「これだけあれば、アレも試せるし、アレも作れる。アレをやると量的に厳しいか?」
等と何か呟いていて怖い。
周りを見ると、みんなも引いていた。金額に引いたのかも知れないけれど、きっと布目一箇の勢いに引いたのだろうと思う事で、深く考えない事にした。
後で水流が教えてくれたのだけれど、三十円もあればこの町くらいは買えるとか。
実は金属塊は、全部で十個持たされたんだけれど・・・色々深く考えるのは止そう。
「面白い素材が手に入った事だし、お代はそうだな、願いを一つ叶えてくれればそれでいいか」
と言ってニヤリと笑む布目一箇。
あれだけ金を出して、その上でその判断って、一体どれだけ金持ってるんだ? 流石は堕ちたりとは言え神って事なのだろうか。
その願いとは何かと戸畑天が聞くが、大した事じゃないし後日だと切って捨てた。
それで一通りの目的を達した事と、おそらくはみんな、今の状態の布目一箇にあまり関わりたく無いという理由からだろう。今野が服を見に行きたいと言い出した。
オレは、弾に関して幾つか相談したい事があるので、一人残る事にした。
勿論そこに、女の買い物時間に付き合うのが厳しいと言うのも少しはあったけれど、どうせ仲間達は着替えを持って来ていないのだから、男と女は別れて買い物になる。今野は水流に、川瀬辰弥と荻野玄太は戸畑天に任せておけるから問題無いだろう。
オレ達は一刻(約2時間程)後位を目処に宿に戻る事にして、分かれて動く事にしたのだった。
「その銃の弾か。何で空なんだい?」
一人残ったオレは、同じ物の補充が可能かを聞く為に空の弾を渡したのだけれど、返って来たのは空である事への疑問だった。
町に入る時に使った時の反応を見て、ある程度分かってはいたことだったけれど、こっちでは基本的に、売られる段階で術を込めた状態になっているらしい。
そもそも通常なら、魔具師でなければ術を込められないのだから、空の弾が売られていても買う者は居ないと言う。もっとも、魔銃自体、使う者があまり居ないらしいのだけれど。
オレはあっちでも使っていたという事もあったし--そもそもあっちで剣や槍なんて目立つ物は持ち歩き難い--、当然魔具師なんて居ない、魔銃なんてオカルトの域、という扱いの中で使っていたのだから、大量に消費する様な状況も無かったのだ。
そこで用意されたのがジャケットだった。
左胸部分に弾を入れる筒状のポケットが横九個、縦二列有り、そこに空の弾を入れておき、組み込まれた機能を動作させると、一定距離内で発動した術を取り込む、いわば魔具師の代わりとなる道具だ。
とは言え一度に三つの弾に取り込むので、大量に作るには向かないのだけれど。
そうした機能を説明し、ジャケットを脱いで渡すと、布目一箇は早速調べ始めた。
「興味深い機構だね。これなら魔具師の封入作業も必要無いわけか。
なる程気が付けば簡単な構成だし、個人で使う分がギリギリという感じだけど、気が付くその着想が面白いな」
と、何やらブツブツ呟いていた・・・顔がむちゃくちゃ笑顔なのが、とても不気味だ。
そもそも火薬を用いないので薬莢が必要無く、弾頭だけで済むのだから、素材的には減らせている筈なのだけれど、それでも使い捨てである為、資源の無駄遣いになるから素材が良くないと言う事で、素材を工夫したいそうだ。
勿論、いくら火薬発射ではないとは言え、撃てば空気抵抗等も生じるから、弾としての強度は必要になる。その辺りも確認しながら試したいと言われたので、予備の銃を取り出して渡した。
弾の話しはこれでとりあえず済んだわけだけれど、ここからが実は本題だ。その為に一人残ったのだから。
オレは幾つか聞きたい事があると切り出した。賭ではあったけれど、先刻の様子から、銃や緋緋色金の金属塊で機嫌が良さそうだったので、勢いで応えてくれるかも知れないと思ったのだ。
「答えられる事を三つ迄なら応じよう」
布目一箇はそう応じてくれて、正直ホッとしたけれど、色々いじりたいから、あまり時間をかけたくないという理由だった。
本当に気安いな、この人。
「では一つ目。
失った目を治す方法は知っているか?」
確か錬金術は、肉体や魂をも対象としていたはずだから、何か知っている可能性はあると思ったのだ。
ただ、今野や川瀬辰弥の居るところで聞いて、方法が無ければショックが大きいだろうから、居ないところを選んだ。
「治す方法はあるらしいとは聞いている。
ただ、錬金術は錬成、つまり作り出す事が専門だから、あたしは治す方法は知らない。
直す方法なら知ってるけどね」
要は、失った肉体の欠損部位を錬金術で治す、つまり再生は出来ないけれど、直す、つまり作り直す事は可能だという事だ。
構成物質は変わらず、働きも同じ。けれどそれは生まれ持ったものではなく、後付の異物になるから、どんなに丁寧に仕上げても、暫く異物感は残ると言う。
「ただし、本人が本心で望まない限り、あたしは引き受けないけどね。
失ったものには失った意味が生じるから、その意味をどう扱うかは本人だけが決めるものさ」
それを聞いて考えてみた。川瀬辰弥が今、自分から進んで右目を取り戻そうとしているだろうか・・・否だ。
本人にとっては、優先順位として何か別のものが上にある様に見えた。
それに今野はその方法を探す事で、現状に対する支えを得ている気もするので、それを外す事への危機感も感じる。
とりあえず方法がある事を記憶しておけば良いと考え、この話題はここまでとした。
「では二つ目、東の賢者について、何か知っているか?」
「賢者って連中は大抵、ずる賢いものさ。
自分にとっての情報くらいどうとでもする程度の頭はある。
知っているからと言う話しが真実か、そう操作された話しか分からない以上、全てが疑うべき対象だよ。それこそ存在自体さえね」
賢者と呼ばれる様な者に対しては、そういう前提があるらしい。
もし本当にあの義父が東の賢者と同一人物だったとしたらと考えると、確かにそのくらい厄介な事に何の疑問も持てない。
その前提の上で、布目一箇が知っている事は、東の方のどこかで、色々あぶれた連中をまとめて一大勢力化しているらしいという話しだった。
少なくとも宮内か、東の方に行かないと情報は得られないだろうという事以外は、疑わしい話ししか無かったのだから、布目一箇が言っていた前提認識は正しいのだろう。




