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第一章、スタートです。
オレ--悠樹楓馬--は、デュアル・クロニクルというオンラインゲームで発生している失踪者調査の為にプレイし始めた。
そう言う意味では最悪想定もしていた事も有って、一緒に流された仲間達よりは全然マシと言えるだろう。
勿論最悪を避ける為にも調査結果から導き出された推定情報は細かく受け取っていたのだけれど、その推定が甘かったのか、結果としては最悪の想定パターンとなったわけだけれど、幾つかの最悪想定の中では未だマシなので、オレとしてはあまり重くは受け止めていない。
本当の最悪は、失踪理由が拉致から始まるパターンだ。その場合は内蔵密売等々、殺害が目的だろうし、その段階でENDなのだから。
とは言え、よく小説や漫画等々でありがちな異世界パターンですら無く、単にこの世界は分裂していて、自分達が認識していなかったもう一面に流されましたというパターンというのはどうなのだろうかという感じだ。
まぁ実際大事ではある。あるのだけれど、オレ的には正直そんな事より大きな問題が突き付けられている。
水流と言う狐族の存在だ。
こっちに流されて来ての出会いだから、未だ一日も経っていない事も有って、分からない相手ではあるのだけれど、何故か水流はオレの子供が欲しいと言う・・・。
うん、意味が分からない。
これを単純に好意として受け止めるには、未だ互いを知らなすぎる事を考えれば難しいところだろう。
では、オレには分からない狐族的な何か、それこそ風習だか習慣的な何か基準に合致しただけか、あるいは本能的な何かだろうか?
未だ十五才のガキである事は自分で自覚しているし、その年頃の男としては普通に、異性に対する関心も有る。
しかも相手があのルックスなのだから、むしろそこは喜ぶべきところなのかも知れないけれど、それは普通の男ならばという話しでしか無いし、そもそもそんなガキが自分だけの事ではない内容に答えを出すのは難しい。
それに、だ・・・。
オレは未だ三年前のあの事件を引きずっている事を自覚出来ているし、それが解消されていない以上、真っ当な人生にも関心が向かないのだから、そんな状態で、いくら相手から来たとは言っても安易に飛び付ける筈も無いのだった。
問題は水流が、どういう事でオレを選んだのかだろうか? いや、理由はどうでも良いし、それが水流じゃなくても多分、今のオレでは自身の幸せになりそうな全てを受け入れるのが難しいのだ。
では、どう対応すれば良いのか、それが分からない。
受け入れたくないのは水流のせいでは無いし、水流が嫌だとか言うわけでも無い。
そこが問題なんだ。
世界のもう一面に流されて、最悪帰る方法がこの先見つからなかったとしても、それはそれで個人的には構わない。
仲間達には申し訳無いけれど、あんなふざけた国に帰れなければそれはそれで、関わらずに済むのだから、むしろ望むところだ。
帰る方法がない事が分かれば、あるいは水流を受け入れるにしろどうするにしろ、真面目に向き合える様になる可能性はある。
やっぱりオレは、普通とは違う様だ。
とは言え、自分が特別なわけでも、自分だけが不幸だとも思ってはいない。
ただ、囚われているだけなんだ。
道が狭くて、人が二人無理すれば並べる程度だったから、移動は列になって進むしかなかった。
わたし--今野五十鈴--は逃避状態なんだと思う。
だって、ねぇ。話を聞けば異世界じゃないみたいだけど、でも世界が二つの面に分かれてて、知らなかったもう一つの面に来たとか言われても、はいそうですかって訳にはいかないでしょ。
自分でも分かってる。これは現実だし、どうしようもない事くらいは。
でも、そんな事をすんなり受け入れられるかって言われれば、やっぱり無理。て言うか普通無理でしょ。
とは言ってもわたしだって、あの学院の生徒だし、この世の中にいろんな信じられない事と言うか、普通信じられる訳が無い事が、それなりに実際にはあるって知ってる。
ただね~、異世界とか、厳密には異世界じゃないとかはどうでも良くって、自分達が生まれて、暮らして来たのと違うんだからもう、異世界で良いんじゃないかな? とか思ってたりもするけど、どっちにしても流石にこれは無いでしょって感じ。
このまま帰れないのはやっぱり嫌だし、そもそもこっちは、突然何か変なのに襲われる様なところだしなぁ。
うん、困るよね。
って・・・やっぱり逃避は無理だぁ。
わたしを庇って川瀬さんは右目を失ったんだから、気にするなって言われても困る。
どういう理屈かは分からないけれど、一応ゲームの時のステータスが反映されてるみたいだから結構安心だって分かってれば、川瀬さんに庇われる様な事にもならなかったもだけど・・・ううん、やっぱり分かってても、やっぱりわたしには無理だったかも。
失った目を取り戻す方法があるかも知れないって聞いたし、もし帰れる方法が見つかってもそれを見つけるまでわたしは帰れない。
みんなには悪いけど、今のわたしにとっては帰る方法よりも、川瀬さんの目を治す方法を見つける方が優先なんだ。
その為ならもう、襲われて怖いとか関係無いし、治す方法が見つからない方が怖い。
自分--川瀬辰弥--は考えがまとまらなかった。
ゲームによく似た世界に取り込まれるとかは、その手のネタでそれなりに聞くけれど、それこそネタでしか無いはずだった。
現実に起こるなんて普通は考えもしない。
けれど今のこの状態は、現実だとしか思えない。
ゲームでパーティーを組んでいた中では、自分が一番年上だったから、自分がしっかりしないといけないと思っていた。
けれどこっちに来て直ぐに、リアルで後輩の玄太は精神的にやられてしまったし、もっと年下の悠樹君と今野さんは、あのホロワ学院に属していた。
魔法とかは、水準が色々低かった時代に、手品等で人目を引く手段で行われたもの程度の認識だったけれど、ホロワ学院では法術として教える講座があるらしいし、今野さんは火を出した。
こんな状況で大なり小なり精神的に不安定になって当たり前なのに、悠樹君からは全くそうした部分が見えなかった。
家の関係で小さな頃から剣道をやって来ていて、それなりに実績も上げたのに、玄太に対して何も出来なかった。
自分の庇いが甘かったから右目を失って、今野さんに責任を感じさせてしまった。
こっちの話しを聞いて、初めて知ったであろう話しに対して、おそらく悠樹君は一番理解が出来ている。
こっちの知識や情報は持っていないので、戸畑さんや石動さんに示して貰って、精神的に救われているのは仕方が無いとしても、そうじゃないところで年下の仲間達を、ほんの少しだけでもフローするという事さえ出来ていない。
自分は何が出来るのだろうか?
何か出来るのだろうか?
考えが空回りしている様で、何をどうして良いのか分からないし、先ず何をすべきかさえ考えがまとまらない。
そんな事を延々と頭の中で繰り返しつつ、山道を進む。
僕--荻野玄太--は恐怖と混乱で一杯一杯になっていた。
頭では分かっているんだ。今、こんな状態で足を引っ張っている場合じゃ無いって。
突然見た事もない異形が、闇の中から剣や槍を持って襲ってきたら怖いのは当たり前だけど、それは僕以外のみんなだって同じ筈。
僕だけじゃないのに、僕だけがみんなの足を引っ張っている。こんなのは駄目なんだ。
でも、自分の体が、気持ちが、思う様に行かないんだ。
そんな僕を誰も責めて来ないし、逆に気遣ってくれている。
そんな状態が情けない。
自分より年下の悠樹君は、雰囲気的に何か普通とは違う気がするけど、それでも何かしらの負担が有るはずだ。
同じく年下の今野さんは、女の方が現実的とか言ってもやっぱり、精神的に厳しくない筈が無いんだ。
僕だけじゃないか、こんな情けないのは。
川瀬先輩なんて、右目を失ったのだから辛くない筈無い。でも頑張ってる。
何で僕は頑張れないんだろう。
何で僕はこんなに弱いんだろう。
みんなの中で一番防御が高いのは、壁役をやっていた僕なのだから、ダメージだって僕が一番負わない筈だ。それなのに一番脆いって何だよ。
この山道を進めば町に着くらしい。
町に着いて少し休めば、気持ちも落ち着くだろうか。これ以上みんなの足を引っ張らずに済むだろうか。
僕は今にも泣き言を放ちそうな口を必死で閉じ、一歩一歩進む事だけに気を逸らして歩いていた。
俺--戸畑天--は考える。
町までの行程でも、獣や魔獣、運が悪ければ盗賊と行き会う可能性はある。
では今、この面子で戦えるのは誰だ?
俺と石動君はともかく、悠樹君もかなり戦えそうだが、他は未だ駄目だろう。
それでも川瀬君と今野君は、行き会っただけなら大丈夫な気はする。多少は狼狽えるかも知れないけれど、町に着いて一休みすれば十分回復する程度で済むと思える。
問題は荻野君だろう。
あの怯え、戸惑いは、混乱だけじゃ無く、あの槍で小鬼を突いた時の感触に対する嫌悪感が、大きく影響しているのだと思う。
川瀬君の刀は鞘に入ったままだったし、今野君の符だとそもそも感触は無い。
荻野君の槍には穂鞘が無かったから、小鬼に武器が当たり、それで皮膚を、肉を切ったり貫いたり、そして骨に当たる抵抗等といった感触があった筈だ。
そもそも戦いに慣れているわけではないんだから、そんな生々しい感触に耐えられる筈は無い。
武器を持つだけ、あるいは戦いの場に身を置いただけなら未だ、問題は無いかもしれないが、武器を持って戦いの場に立てば、その感触が完全に戻って来るだろう。
無理に慣らしても良くない。
その感触に慣れる必要性は、あっちに帰れば不要でしかないのだ。
そうなるととりあえずは、町に着く前に戦いになりそうな状況があれば、荻野君が反応を示す前に速攻で終わらせる必要があるだろう。
そう考えて、周囲への警戒度を上げて進む事にした。
私--石動水流--は困っていた。
今野さんはとても気さくな方の様で、会って間も無い私に気軽に声をかけてくれる。
主様のご友人で、しかも可愛らしい女性だったので、始めは少し緊張していたのだけれど、その必要も無かったかも知れない。
そもそも勘違いされる事が多いけれど、紅袴だからと言って他種族の子を授かるのは義務では無い。
同族とが基本的に駄目なだけであって、それ以外を考えれば、他の同族おりも恵まれている部分が多いのですから。
紅持ちの事をご存じの他種族の中には、私に会いに来られた方々もそれなりに居られましたけれど、同族のみんなからも無理に相手を選ばなくて良いのだと言ってくれました。
主様に出会った後に感じたのは、親愛でも友愛で無い、何だか恥ずかしい様な、嬉しい様な、でも不安な様な、不思議な感覚だったのです。
夜、テントの中で今野様に聞かれてそう応えると、それは恋だと言われたのです。出会ったばかりの主様に一目惚れをしたのだと。
でも、その感覚は、私がこれまで感じた事の無いものだったので、恋なのかどうか分かりません。
そもそも、恋というもの自体、未だ私には分からないのです。
主様に会うまで私は、良い条件の相手と出会えて子を成せれば、紅持ちとしての責任が果たせるのだと何となく思っていました。
私の意義は一族に連なる、強き血を残す事なのだと思っていたのです。
でも・・・。
主様と出会い、良い条件の相手であれば、という気持ちが受け入れられなくなってしまっています。
いえ、違いますね。主様でなければ嫌なのです。
とは言っても、出会ったばかりですし、私は人間族では無いのですから、受け入れて貰えると気軽に考える事が出来ませんし、婚姻関係を結んで頂けるなどと大それた事を思っていないのです。
なので、せめて子を成して頂く事だけは受け入れて頂きたいと願ったのです。
でも、本当にそれだけで良いのかと自身に問えば、モヤモヤとした気持ちで胸が一杯になるのです。
町に向かって歩いている今、周囲を警戒しなければいけないのに、私は困ってしまっているのです。




