0.三月九日(金) 雨(2)
バスに乗り、ローカル線に揺られ、家に着いたのは1時前だった。
母親は居ない。恐らく買い物にでも出かけたのだろう。
机の上には書置きと「おいしいもの」、カレーチャーハンが置いてあった。
電子レンジでカレーチャーハンを温めつつ、さっきポストから出した郵便物を確認する。水道代の請求書が一通、携帯電話代の明細書が二通、そして紺色の封筒が一通。
今朝の新聞で確認していた事ではあるが、定員割れした高校はほとんど無かった筈だ。この一通は、奇跡に等しい。
請求書類を炬燵の上に投げ置き、ソファに座って紺色の封筒を手に取る。
A4サイズの封筒の下部には、「県立紺青高等学校」と白抜き文字で書かれており、宛名には俺の名前と住所が書かれている。
封筒を開けると、様々な書類が入っていた。俺は学校案内のパンフレットを見る。ぶっちゃけた話、紺青高校なんて聞いたことが無い。一ページ目に学校の沿革が書いてある。端折って書くと、『~紺青高校は、二年前に森羅 根一郎氏の寄付によって設立された高校で、緑に恵まれた自然環境の中で勉学に励むことが出来ます。現在、普通科、農業科、商業科、工業科、藝術科の五つが開設されており、普通科には特進コース(仮名称)が併設されております。全校生徒は約1000人で~』・・・ということらしい。
普通の学校のようだ。歴史が異常に浅いという点で、県内最古の紫西高校や二番目に古い黄東高校と対照的である。この冊子はぱらぱらと捲って適当に熟読し、入学説明会や入学式、物品購入の案内を探す。
・・・・・・・・・何度探しても見つからない。
思い切って封筒を逆さにすると、一枚の紙が出てきた。
「・・・・・・・・・・・・!!」
絶句。
その紙には、墨で、でかでかと
「3月12日@本校。それだけの情報しか与えてやらん」と書かれていた。
ご丁寧にも校長の印鑑と署名が入っている。
「何なんだよ・・・・・・」
何つー傲岸不遜。何つー上から目線。
半ば呆れつつも、俺はパソコンを起動して紺青高校の情報を集めることにした。
* * * * * *
紺青高校・・・県立全日制普通科など。某県某市の山中にある。全国で一番新しい高校。(201X年現在)
全国で最先端の知識・技術を駆使して、生徒に教育の機会を掴み取らせる高校。受験資格は中学卒業、又は卒業見込み。県内序列外、というか序列化不可能。偏差値レベル測定不能。
一言でいえば、何やってるか分からない高校。
・・・これが、ネットから集めることのできた情報である。
・・・・・・これらの合格通知が届くのは同県しかない。よって、この県内のどこかの山だ。
とは言え、俺の住んでる市は海に近い。通うとなると、県内を北上する電車に乗ることになる。送られてきた封筒を見ると、消印は『彌冥群 神裡村郵便局』とある。流石に10代の少年を騙すのに他の場所を選んで郵便を送ってくるはずがない。しかも速達で。
彌冥群神裡村を念のためネットで調べてみると、ちゃんとこの県内にあった。電車で20分、自転車で25分。
うん、行けそうだ。俺は早速三日後に向けて準備を始めることにした。
* * * * * *
夕飯後に家族会議が開かれた。別名公開処刑である。
「・・・で?落ちたんだな?」
会社から帰ってきた親父がやりきれなさそうに発泡酒を飲む。
「・・・うん」
母親が柿ピーとソーダを俺の前に置く。
・・・つまみと酒のつもりらしい。
気まずい雰囲気が俺と親父の間に流れる。
「まあ、良いじゃないですか」
・・・思ってもみなかった方向から声が飛んできた。
逆鏡常、俺の母方の祖母である。
「お義母さん!!!そういう問題じゃなくってですね・・・」親父の弁明。
「紺青高校は森羅君が建てた高校だろ?何の問題も無いじゃないか」
逆鏡毅、俺の母方の祖父も加勢する。
「それに勁だってもう15だ。自分がどうしたいかは自分で決めるだろう」
・・・お祖父ちゃん、万歳ッ。
心の中で小さく叫ぶ。(叫んでいる時点で小さくとも何ともないが)
「・・・勝手にしなさい。学費は払わないからな」
親父が白旗を上げた。
俺は紺青高校の情報を更に集めることにした。
勁君のお父さんは婿養子です