4.
煉瓦壁の摩天楼が軒を連ねる。佳子が逃走経路としている場所は裏路地だろうか。狭い路地に大型の塵箱が設置してある。
一瞬で数えられるほど段数が少ない階段が、摩天楼の裏口へと繋がっている。
佳子は階段を登り、裏口の取手に手を掛けた。内側から鍵が掛けてあるのか、びくともしない。乱暴に回そうとも、それは変わりなかった。
「開けて! お願い、入れてちょうだい!」
佳子は拳で扉を叩いた。しかし、誰も対応しない。
潔く諦めて、佳子は階段を降りた。思い返せば、がむしゃらに路地を走って来たが、あの骸兵はどの地点を追走しているのだろう。
(全く、分からない)
佳子の顔が青ざめる。
次の曲がり角でもしばったり出くわしたらーー。
佳子の足取りは自然と慎重になった。両手を摩り併せながら、そっと角から顔を覗かせ、安全を確認する。
幾度目かの不自然な行為を繰り返し終え、
「おい。何やってんだ、嬢ちゃん」
夢の中で初めて他の人の声を聞いた。
緊張で凝り固まった躰がびくりと跳ねる。だが、よくよく考えれば、同じ夢の中の住人ならば、あの玄室と骸兵について知っているのではなかろうか。
「あの、すみません。実は……」
そう言いながら振り向いた佳子は、口を開けたまま凍った。
後ろから彼女に声を掛けてきた人物は、どう見ても堅気の人間だと思えない風貌をしていた。
革製の衣服から覗く肌は赤銅色に良く焼けていた。強面もむらなく焼け、黒眼鏡が彼らの表情を隠す。黒髪をブレイズにして、後ろへ撫でつけるように流している。露出した耳には大量のピアス。佳子の太腿ほどあろう太い腕を組み、頭三つほど高い位置から彼女を睥睨している。
男たちの先頭に立つ一際大柄な男が首を傾げる。先を促しているようだった。
「あの、えーと……その、すみません、間に合ってます」
何が間に合っているのか。口にしてから佳子は後悔した。
リーダー格の男が口を開く。
「助けが間に合ってる奴が、そんな怖々と角から顔出して安全の確認なんてするか?」
「ごもっともで」
佳子は視線を彷徨わせながら、回転の悪い頭の出来を恨んだ。
「ここで話辛いんだったら、俺らの棲家に場所を変えるか」
疑問形ではないところがおかしい。そう突っ込みたくとも、見るからに危なそうな相手に面と向かって言う度胸なぞ持ち合わせていない。
佳子の額に冷や汗が珠のように浮かんだ。
「ちょっと待って」
救いの主は、年若い声の男だった。
佳子が追い縋るような視線を向けた先には、「さっきの」少年が居た。萎んだ麻袋を片手に抱え、大股で男たちに近づいてくる。
佳子と男の間に割って入り、肩越しに親指で佳子を指しながら少年は告げる。「このお姉さん、俺の連れ」と。
男は怪訝そうな表情を浮かべた。
「本当か?」
「疑うんだったら、このお姉さんに直接訊けば?」
男たちの視線が少年から佳子へ移る。佳子は否定する余地もないほど激しく首を縦に振った。
それでも男は何か言いたげだった。
「カースさん。本人がそうだと言ってるんです。何を疑っているんですか」
男たちの動きが制止する。口元を引き攣らせている者が中には散見された。
間を置いて、リーダー格の男、カースが口を開いた。
「いや、何でもねえ。おい、真夜中の。連れだってんなら、目を離すんじゃねえ。特にここいらではな。流れ弾が当たるぞ」
「はいはい。せいぜい気をつけるよ」
「ほら行こう」と、少年が佳子の手首を掴む。思いの外、握力が強い。一瞬顔を歪めるも、まだ男たちが居る手前、少年の行動を否定するのも怖かった。
「おい」と、カースが再度、声を掛ける。
「お前の抱えてる珈琲袋、今日のはやけに萎んでねえか?」
ぴたりと、少年の歩みが止まった。
佳子は居心地の悪さを感じた。明らかに彼女自身のせいだった。
少年が振り返る。その口元には薄っすらと笑みが浮かんでいた。
「うん。補充する宛が出来たとこだから、気にしなくていいよ」
少年の清々しいはずの笑みは何処か胡散臭さを漂わせている。