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3.

 佳子は何者かに導かれるように、複雑に枝分かれする小路を走った。やがて道は勾配の緩やかな上り坂となり、佳子は地上へ出られそうだという希望で胸を熱くさせた。

 光芒が踊る四角い口が前方に現れる。佳子は床を力強く蹴り、外界へと飛び出た。

「何、ここ」

 荒い息を整えながら、佳子は唖然と呟いた。

 ほんの一瞬、古ぼけた映像が脳裏を過ぎる。

 美しい白壁の小部屋だった。窓が設けられているわけではなしに、小部屋は光が溢れ返っているかのように明るい。

 小部屋の壁際と言わず、一本道の通路を残して壺や石造りの箱が整然と置かれる。色とりどりの顔料で塗装されたそれらは鮮やかで目に楽しい。

 真正面には両開きの扉があった。現在、その扉は開かれ、向こう側に回廊が続く。ーー回廊の遥か彼方から誰かが遣って来る。

 映像は何の前触れもなく途切れた。誰が此方へ向かって来ていたのか。背の高い人物だった気がするも、定かではない。

 佳子は目を擦った。

 美しい白壁の小部屋は姿を消し、荒れ果てた廃墟が夏空のような深みの蒼穹の下に晒される。

 両開きの扉付近の壁が僅かに残る。ただの塀同然となった壁の向こう側には列柱。基部の太い柱は蔦が這い登り、白い花を添えている。

 鏡面ばりに物を映していた白大理石の床は曇り、ひびから青々とした雑草が生えていた。

 現実世界は家から一歩も出れないほど吹雪いていた。だから佳子は余りの差異に驚き、そして神秘的とも取れるような光景に感銘を受け、暫し無言で佇んでいた。

 佳子は追われていることも忘れて、回廊へ足を踏み入れる。振り返れば、先ほど出て来た出口の在る壁一面に絵が描かれていることが分かった。

 描かれた人物たちは皆、体こそ正面を向いているが、顔は横向きだった。出口の真上、中央部には二つの椅子が並んで描かれていた。どちらにも女性が座っている。向かって左側の女性はこれまた古代風の外套を纏い、教会の尼が被るものと同じもので髪まで覆っている。

 向かって右側の女性、否、半裸の上半身からして男性だろうか。豪奢な首飾りがまるで襟ぐりの深い衣装を着ているようにも取れる。

 椅子に座る男性は顔の造りが女性的な優美さを備えていた。隣の女性に負けず劣らず女性的な男性は肘掛けからはみ出た手に杖を持っている。

 男性の傍らにもう一人。髭を生やした雄々しい男性が直立の姿勢で侍る。こちらは円盤状の飾りがついた帽子を被っていた。

 佳子は痛む頭にそっと片手を添えた。

(どんな夢を見ているんだ、私……!)

 出口の薄暗がりで人型の影が揺らめく。玄室で出会った骸兵が追い掛けて来たのだ。

 佳子は骸兵に背を向けて逃げ出した。

 途中、倒壊した柱が道を塞いでいたので迂回した。すると、道らしき道はなくなり、遂には身の丈を越える草叢が佳子の行く手を遮った。

 背中越しに確認せずとも、骸兵がしつこく追って来ていることは足音が報せてくれる。

 佳子は意を決した。草叢を掻き分けて先へ進む。足下の見えぬ道はいつの間にか下り坂となり、彼女の歩調は勾配が増すにつれ大股から早足、最後には駆け降りるまでになった。

 草叢が途切れ、近代的なアスファルトの道へ繋がったとき、佳子はすぐ目の前に人が居ることに気づいた。

「危ない!」

 咄嗟にそう叫んだ。

 しかし、少年は突然の出来事に驚き固まってしまった。少年はいきなり突進してきた少女の衝撃を受け止めきれず、勢いよく尻餅をついた。両腕で抱えていた麻袋が地面に落ち、珈琲豆が破れた箇所から零れる。香ばしい匂いが鼻を擽る。

「ご、ごめんね」

 佳子は辛うじて転ばずに済んだ。

 ぶつかった相手の年の頃は身長からして十四、五歳だろうか。体型は小柄。上下共に黒色の衣服。容貌は服に着いた頭巾を被っていて窺えない。

 少年は佳子に目も暮れず、地面に広がった珈琲豆へ視線を落としている。呆然自失と言った状態だろうか。

「本当にごめんね。怪我はない?」

 少年が起き上がる手伝いをしようと一歩踏み出したとき、坂の上方の草叢が音を立てて揺れ動く。

「今、変な奴に追われてるの! また後でお詫びに行くわ!」

 そう言い残し、佳子は近代的な街並みの路地へ飛び込む。

 少年を残していく良心の呵責はあったが、佳子は骸兵が玄室とやらに居た彼女自身だけを狙っていると直感していた。それならば近くに留まる方が巻き込む可能性が高い。

 古代的な建築物やら近代的な街並みやら。西洋風に中東風、煉瓦壁に書かれた落書きには東洋の言語も見受けられる。色々と文化が入り混じった変な夢だ。

 一刻も早く夢から覚めたい。だが、もしまた同じような夢を見て少年と会うことがあったならば、しっかりと頭を下げて謝ろうと、佳子は心に誓った。

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