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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第五章 魔法の言葉
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食卓のまじゅつし

 



 伝説の男が襲来した翌日。

朝食はごくごく和やかなものだった。

食事が終わると各々(おのおの)がそれぞれに散り、イエリアも、なごり惜しそうにしながら帰っていった。



「……さて、シズ。今日から本格的に修行を始めますよ。昨日はなんだかんだとありましたからね」

「はいですっ!!」


 居間にはコルテとシズしかいない。

 ジークエンドはイライラと廊下を歩き回っているし、クーロンとアマレロは二人でどこかに行ってしまった。

 ついさっきまで、ソファーの上で笑いながら本を読んでいた千年の大悪魔も、迅八に声を掛けられて一緒に出ていった。


「まず、僕の事は師匠と呼ぶように。もうあんたの兄貴みたいに呼びつけにしちゃダメです。いいですね?」

「ししょー、ですっ」

「そうです」


 コルテがシズの頭をぽんぽんと叩く。

 灰色の魔術師は普段は気難しい男だが、二人になると優しい。シズはコルテのそんなところが好きだった。


(候補、です……)


 別の意味で。






「じゃあ始めましょ。ほら、こっちにいらっしゃい」

「はい、です!!」


 バーカウンターをまわり、炊事場に入る。

最近、シズはいつもコルテの手伝いをしているので、馴染みのある場所だった。

 そこには(ほこり)一つ落ちていないピカピカのシンクがある。さすがにステンレスではないが、ホーロー加工された真珠色のシンク。——使う者のこだわりと、そこにかけられている情熱を感じさせる。


「さて、師匠から弟子へのプレゼントです。……シズ。ちゃんと(はげ)むんですよ」


 シンクの下——両開きの小さな扉を開けると、そこには幾つもの包丁がしまってあった。

 コルテはその中から一本の牛刀(ぎゅうとう)を取り出した。どこの家にでもある、一番スタンダードな包丁。


「ほら、大事にするんですよ」

「……? ありがと、です」


 ——なんで包丁?

 シズの顔に、怪訝(けげん)なものが浮かぶが、コルテは構わずに続けた。


「よし。じゃあ手を洗いましょ」

「はい、です?」

「手を洗うんですよ。ほら」

「……?」



 言われた通りに手を洗う。



「ちゃんと石鹸を使いなさい」


 石鹸を使う。


「肘まで洗う」


 言われた通りに。


「指の間。爪ブラシも使って」


 丹念に。ゴシゴシと。


「はい。あと三十秒」

「なんで、です!?」


 それでも言われた通りにする。



「……よし、まあいいでしょ。これから修行前と修行後には必ずこれをするように」


 これまた清潔そうなタオルをコルテがシズに渡した。


「いいですか? 僕は『雑菌』ってのがよく分かりませんけど、話は聞いてます。剣で切られた傷口が腐るのも、そういう事なんでしょ? これは大事な事です。……じゃあ始めますか。今日の夕飯の仕込みです。今日は『もやしの挽肉入り炒め』を作ります」

「はあ……。です」


 シズは、別に夕飯の手伝いをするのは構わなかったが、それが魔術師の修行になんの関係があるのかが理解出来なかった。


「さて。ここにあんたの兄貴が買ってきたもやしと挽肉があります。……あのバカ兄貴が外で遊んでたせいで、ちょっとだけ挽肉が痛んでますね。火を通すから問題ねえんですが、臭みが気になります。まず、この臭みを取ります」

「……はい、です?」


 ガスの元栓を開き道具で火をつける。

 元からぬるくなっていた水は、すぐに沸騰した。そこにコルテは酒を入れる。


「いいですか? 物事はなんでもそうなんですが、取捨選択が大事です。あれを捨ててこれを取る。……この作業をやると、肉の旨みが汁に溶けますけど臭みは消えます。今回は肉が痛んでるからこれをやりますけど、新鮮ならやらなくてもいいです。これからあんたは何回も思うはずです。「前に教えられた事と違う」と。……けどね、状況が変わればやり方も変わるんです。文句言う前に、以前に教えられた時と今の状況では何が違うのか。ちゃんと考えなさい」


「えと……」


「そして、この作業は後に続く作業をやりやすくする為のもんでもあるんです。いいです? これをすると、挽肉の一粒一粒を分離させる事が出来ます。……では、今からこの挽肉を湯の中に入れるので、棒でかき回して挽肉を『粒』にしなさい」


「……コルテ、です?」


「師匠です。いいから早くやんなさい……」



 灰色の魔術師は有無を言わさぬ口調でつぶやくと、静かに眼鏡を押し上げた。

 シズは挽肉をお湯の中に放り込むと、たどたどしくそれをかき混ぜた、



「……ほら、もっと早く。肉がパサパサになったら許しませんよ」

「………!?」


 シズが急いでグルグルと手を回す。

 やがて、大きな粒がまだ残っているものの、鍋のお湯は、挽肉の小粒が浮かぶスープとなった。


「ほら、そしたらそれをザルにあけます。……あーあーあーあー。もうこんなに肉が硬くなって…………チッ」


(いま、この人、舌打ちしたです!?)



 とりあえず、近くにあったザルをシンクに置き、シズはその上に鍋の中身をあけた。


 ざばーん。

 もうもうと立つ湯気がコルテの眼鏡を曇らせる。しかし、その曇った眼鏡の奥が鈍くギラついた。


「……ちょっとあんた。なにしてくれてんです?」

「え、え? なん、です?」


 言われた通りにやったはずだ。

 シズには意味が分からない。

 というかそれ以前に、なんでこんな事させられてるのかも分からない。


「『肉の旨みがお湯に溶ける』って言ったでしょ。なんで、そのお宝を捨てちゃうんです? スープが作れるでしょ? 野菜クズでも入れて煮込めばダシが取れんでしょうが。……なんの為に強い酒を入れてると思ってんです?」

「ザルにあけた、です!」

「ザルの下に別の鍋置いときゃいいでしょ。…………マジか。ハァ……」


(ため息つかれた……ですっ!!)



「ふぅ〜〜…………。ハァ〜〜…………。じゃ、次の工程に行きましょ……あ〜あ〜〜…………。まず、挽肉は生上(きあ)げにして冷まします。生上げって言われたら風で冷ますんです。水にさらして温度を下げようとしたらひっ叩きますよ」

「は、はい、です」

「そしたら次はもやしです。まずこれの糸みたいなの……、芽なんですが、これを全部取ります。口当たりが悪いんで」


(そ、そんな事は気にした事ない、です!!)



「そしたらもやしに包丁で切り込みを入れます。浅〜くですよ。大体二ミリくらいですかね。……そしたら、その開いたもやしの中に冷ました挽肉を入れていきます。大きい粒なら七から八——小さいのなら、十粒以上入れてもいいです。……そんで、昨日買ってきてもらったもやしが二十袋あるんで、これを全部やって下さい。まあこれでも夕飯には足りねえんで、僕は他にも四品くらい作りますか……」


「ちょ、ちょっと待つ、ですっ!!」

「ん?」


 コルテが眉をしかめる。


「なんです? まだ聞きたい事が?」

「もやしに、挽肉を入れる、ですっ!?」

「だから言ったでしょ。『もやしの挽肉入り(・・)炒め』だって」

「むり、ですっ!!」

「無理じゃねえでしょ? めんどくせえだけでしょ? ……言葉を間違えてるんじゃあねえ。さっさとやれ」



 コルテは、普段この空気をシズには出さない。初めて見るコルテの顔に、シズは気圧された。そして、その顔がどんどんとシズの方に近づいてくる。


 ……間近で見るコルテの顔は、とても整っている。細くて高い鼻の線がシズの真ん前にある。

 年上の、美しい男。そして、ふんわりと香るコルテの服の匂い。


(ちょ、ちょっとやめてよ。あんまり近寄られると、ドキってなるでしょ……)






 薄い唇。触ったらひんやりとしていそうな滑らかな唇。それがシズの前で開かれると、中から細く長い舌が出てきた。


「……な、」

「見なさい。これを」


 再びコルテが舌を出す。ピンク色の細い舌——その先っぽが、一センチくらい割れている。


「……すぷりっとっっ!?」

「これは、『蛇舌(ジャゼツ)』です。かつて異界から来たっていう伝説の料理人集団はみんなこうだったんです」


 その舌が、シズの目の前でチロチロと揺れた。


「……包丁を縦にして、刃に調味料をつけます。その微細な調味料を舐めて、繊細な味の感覚を覚えるんです。その内、舌が割れてくる。 ……いいか? 料理をナメるんじゃあねえ」

「ひっ……!!」


 おかしい。魔術師の修行のはずだ。

 なんでこんなことをしているのか。


 シズの目に浮かんだ疑問を見透かして、コルテがその舌をチロチロと動かした。


「……シズ。修行の始まりです。あんたは、僕を超える『食卓の魔術師』になるんです」


「えーーーーーーーーーーッッ!?」






 ————————————————






「ねえねえ、クロウさんクロウさん」

「なんだよてめえ。気持ち悪りいな」


 王都の噴水広場——備え付けられた長椅子に座り、クロウと迅八は町を眺めていた。


「クロウ。おまえ、そういやあさ。最近ずっと人間の姿だけど平気なの?」

「あん? なにがだよ」

「前に狐の姿が『最適』とか言ってたからさ」


 クロウはいつも通りの華麗な服装だった。今日も暑いというのに赤い革のズボンまで履いている。


「ん。まあ、変化をしてねえ(あくま)の姿が一番強えのは確かだし、獣形態はその次に強えし燃費がいい。けど、こんな町中でそんなに強え奴とモメることなんてねえだろ」


 クロウが着ている真っ白いワイシャツには、薄い銀の線が入っている。大きく胸を開けたその下には、たくましい筋肉が見えた。


「ことさら隠すつもりもねえが、俺が千年の大悪魔だって宣伝する気もねえからな。……町中で急にあの姿になるのも不便だから『最適』はこっちに変えてある」

「出来んの? そんな事」

「出来るぜ。 ……元々、常夜で寝るのに毛皮があった方が便利だからあの姿だっただけだ。本当の姿は燃費が悪いからな」


 首からは高価そうな首飾りが下がり、アゴを乗せている手の指にはゴツゴツとした銀細工がはめてある。

 通り過ぎる娘たちが何度も何度も振り返り、それを見ていた迅八は長く息を吐いた。


「けどさあ。いいよね変化。かっこよくなり放題じゃん。……お前ズルいよな」

「あ? てめえ、なにを勘違いしてやがんだ? この姿は『俺が人間だったらこう』って姿で、別に粘土細工みたいに顔を作ってる訳じゃねえぞ。やろうと思えば出来るけどな」

「あ、そうなの? ……ほんとお前、ムカつく奴だね」

「……テメエは喧嘩売ってるのか」



 いつも通りの王都の日常。

 その、「いつも通り」はまだ迅八にとってはそうではない。ふとした時に見える町の表情が、いつまでたっても迅八の心を飽きさせない。


 大きな曲刀を腰に下げた冒険者、土産物屋で立ち止まってる旅行客——はしゃいでいる子供の横を、馬とは少し違う生き物に引かれた馬車が通り過ぎる。

 噴水の周りの即興の楽隊、その周りで踊る者たち——そして、それを見ているアゼルとニコル。



「……な〜にボーっと見てやがんだてめえは」

「え? いや、別に……」


 アゼルの手を引いたニコルが、笑いながら指差しているのはナイフの曲芸だ。

 少し遠いのでよく分からないが、迅八の目にはアゼルの顔がとても穏やかに見えた。


「おめえあれか? あんな小娘に惚れてんのか?」

「ば、バカ言ってんじゃねえよ」


 噴水の周りでナイフが踊る。

 水の飛沫と銀の光が、きらめきながら宙に舞う。


「くかかかか。……んで、あのチビ狐はおめえに惚れてんだろ? くかかかかかか!! なんッてアホらしい三角関係だ。てめえは俺を笑い死にさせる気か? ……おいおい、子豚のことはどうすんだ?」

「な、なに言ってんだよ!!」


 アゼルが買ってやったお菓子を大切そうに持っているニコル。

 それを見ている迅八の方が、幸せな気分になる光景。


「べーつにどうでもいいけどよ。おめえ、ジークエンドの事をおにいさんって呼ぶんだぞ。……げひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」


(なんで、こんなに嫌なヤツがモテるんだろう……)



「んで?サジタリアがおじいさんか? 明るい家庭だなオイ!! てめえ、何日生きてられるんだ?」

「しつっこいなあ……。そんなんじゃないよ」


 嬉しそうに迅八の脇を突つく千年の大悪魔。やはり、悪魔は人をおちょくるのが好きらしかった。


「そういやさ。じいさんの事、おまえが助けたってのホント? ほんとに三千以上も倒したの?」

「ん……。ん〜。まあそうなるか」

「なんだよ。煮え切らないなあ。だって、三千以上って……」

「……俺が助けたっていうか、なんていうかな。ま、結果的には俺も手を貸した事になるな」

「じいさんは、『あと二人』って言ってたじゃん? もう一人いたの?」

「……よく覚えてねえよ。昔の話だ」

「なんだよそれ……、ん?」


 話し込んでいた迅八が目を動かすと、噴水の近くにいるアゼルとニコルが人に囲まれていた。


「おい。ちょっといくぞクロウ」

「ほっとけほっとけ。別に揉め事じゃねえだろうよ」


 すぐに立ち上がり、そちらに向かう迅八の後ろ姿を見て、クロウは頭を掻いた。


「めんどくせえ奴だぜ……。本当によ」


 そして、長椅子に立てかけてある己の剣を手に取った。ロザーヌやルシオが『聖剣』と評した程の、美しい剣。



(…………ふん)



 浮かびそうになった記憶。

 それを振り払うように、クロウは勢いをつけて椅子から立ち上がった。




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