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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第五章 魔法の言葉
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伝説のゆうしゃ

 



 ……かつて、世界は闇に包まれた。


 常に戦を求めていた当時の魔王は、拡大してゆく自分の軍団と領土にすら満足せずに、全世界を掌握する為に、『人類』に対し宣戦を布告した。



 当時は今とは違い、各地で激しい戦乱が起きていた。

 数多くの語り継がれる冒険譚、伝説と戦記——英雄たちの時代。

 それらの物語が量産されていた時代に、人類は共通の巨大な敵を前にして、仲間同士のこぜり合いをやめ、団結する事を余儀無(よぎな)くされた。


 当時、争っていたランドワースとロンダルシア——まず、その二国の間で休戦協定が結ばれた。

 やがて、当時、力を持っていた他の国々もそこに加わり、一つの布告(クエスト)が全世界に発令された。


 『全世界布告(ワールドクエスト)


 強大な敵を前にして、人類は強制的に団結する事を義務付けられた。

 ——人類の敵は魔王。それに味方する者や国は、たとえ同じ人類であろうとも『不倶戴天の敵』とみなされる。

 そして、全人類対魔の軍団の戦いは始まった。


 ……しかし、その戦いの決着は、誰もが予期せぬ結末だった。全世界を巻き込んだその戦いは、一人の男が魔王の城に乗り込み、敵の首魁(ボス)の首を切り落とす事で幕を閉じたのだ。






 ……伝説は語る。

 その者が示した人間の強さを。


 ……吟遊詩人は唄う。

 世界を光に導いた男の、秘められた恋の物語を。


 ……世界は闇に包まれた。

 しかし、その闇を払った福音は、人々の心に刻まれた。






 伝説の勇者——亡国(ぼうこく)の騎士サジタリア。

 彼が守り続けた姫君——ソシエール。


 そして、その騎士の腰の剣。

 世界を救った伝説の聖剣にまつわる物語。この世界で一番有名なおとぎ話。



ただ一つの誓い(グラン・ソシエ)






 ————————————————






 ……むかしむかし、西の方の小国に一人の美しい姫君がおわした。

 彼女が笑えば空気は色づき、彼女が歌えば鳥たちも共に歌う。


 姫君は『聖女』とも呼ばれていた。

 王家に伝わる特殊な魔術の使い手。奇跡の姫君。そして、彼女のそばにはいつでも一人の騎士がいた。


 騎士団ではなく、王でもなく、民衆でもなく、自分でもなく。

 ただ一人、姫君に対して忠誠を誓う事を許された護衛騎士。

 姫君の名はソシエール。

 騎士の名はサジタリア。



 ……魔界との境にあるその国は、常に戦火に怯えていた。当時の魔王は恐ろしい男だった。

 暴虐と凌辱、侵略と簒奪(さんだつ)、支配と君臨にしか興味を持たない者だった。



『……麗しの聖女を我が側室に迎える。さすれば、貴国は絶対的な君臨者に支配されるという永遠の安息を得られる』



 王は激怒した。民衆も激怒した。小国の全ての人間達が奮い立った。

 ……魔王討つべし。



 ——待ってください。私はかのお方の元に参ります。



 姫君は聡明な女だった。

 自国の力と魔王の軍団——それを比べてみた時に、勝算が全く無い事が理解できていた。

 しかし、姫君は愚かな女でもあった。


 国中の人間は誰もが知っていた。ソシエールがサジタリアに抱く想いを。

 そして、サジタリアも隠してはいるが同じ想いを抱えていて、王ですら身分の違う二人の恋を祝福しようとしている事を。


 民と国を守る為に自分を差し出そうとした愚かな女の決断に、サジタリアは何も言わなかった。



 しかし、戦端は開かれる。

 王も民衆も誰一人として、姫を差し出す事を許しはしなかった。

 後のワールドクエストに繋がる戦乱の始まりは、その戦いから幕を開けた。


 そして、戦いの展開は、姫君の予想した通りのものだった。開戦からほんのわずか——西の小国は、敵の手に落ちようとしていた。













 ……すでに、魔王の軍勢は、王城のすぐそばまで迫っていた。



『……姫、なぜ泣かれますか』


『サジタリア。……もう、この国はおしまいです。私のせいで、みんな死んでしまった』



 すでに国王は戦死していた。

 姫君の勇敢な兄も、まだ年若い弟も、魔術師として名を馳せた母も、みんなみんな、離れた場所で死んでしまった。



『姫。あなたが生きています。……王が、母君が、王子が、民が、皆が守りたかったあなたが生きております。あなたが生きている限り、この国は死にません』


『それでも、もう……』



 この時、城には魔王の軍勢が起こす地鳴りが届いていた。

 町の住人達も逃げられる者達は逃げ出した。最後まで残っていた者達も、王城に集められていた。



『姫。命令を』



 護衛騎士がその腰の剣を抜く。

 そして、その剣を両手で掲げるように持ち、姫君の前でひざまずいた。



『私に命令を』


『なにを……』


 

 姫君は思った。

 もう今更、自分達に何が出来るというのか。



『ただ一言おっしゃって下さい。……守れと』






 広間はひしめく人間で溢れていた。

 乳飲み子を抱えた母親、足腰が立たない老人、病や怪我で動けない者。

 この広間以外の場所でも、全ての弱き者たちが、迫り来る死の恐怖と戦っていた。






『もう、無理よ……!』


『姫。おっしゃって下さい』


『敵の軍勢は数千……、もう逃げる事も出来ないわっ!』


『姫。……おっしゃって下さい』


『みんな、みんなまだ生きているのに! あんな子供も、みんなみんな……!! もうすぐっ!!』


『姫』



 姫君の心に浮かんだのはなんだったのか。

 自分を守れ。

 その命令なら歴戦の護衛騎士なら果たせるかもしれない。二人だけなら逃げ延びる事が出来るかもしれない。……しかし、姫君はこう命令した。













『サジタリアッ。敵を倒しなさいッッ!!』


『……仰せのままに。この剣に誓って』






 輝くは聖剣グラン・ソシエ。

 姫君から下賜(かし)された誓いの剣。

 そして、護衛騎士は戦いに赴いた。






 ……吟遊詩人達の歌の第一の山場。

 魔の軍勢三千、それに対する騎士一人。

 語り継がれる伝説、歌い継がれる物語。

 その戦いの『勝利』。

 それが、サジタリアの伝説の始まりだった。


 小国への侵攻と同時に魔王は世界に対しても宣戦布告した。それにより人類のワールドクエストは発令され、戦いを生き延びた姫君達は、なんとか周辺国に保護された。


 しかし、サジタリアの戦いは終わらなかった。なぜなら、姫君はこう命令を下したからだ。


『敵を倒せ』と。













 ……長く続く戦乱の果て、一人の騎士がその戦いに幕を下ろした。


 魔王を打ち倒した男。

 魔王の首を刈り取った剣。

 その男の誓い。

ただ一つの誓い(グラン・ソシエ)』。


 ……グラン・ソシエは世界最高の聖剣だ。歴史上いくらでも語り継がれる剣はある。途轍もない威力を誇る魔剣はある。

 それでも、グラン・ソシエが世界最高たる理由。


 グラン・ソシエは、ただの剣(・・・・)だ。魔石を埋め込まれてもいない。姫から下賜されたその剣は、良い物ではあるが特別な希少素材が使われている訳でもない。


 それでも、グラン・ソシエは歴史上最高であり最強の聖剣だと言われる。

 その剣に込められた想い、その剣に秘められた誓い。

 その剣に価値があるのではない。

 それを持った騎士が、その剣に価値を与えたのだ。


 その男は世界を救った。

 世界から闇が払われた後、人々は彼をこう呼んだ。『救世』のサジタリアと。


 しかし、彼は後にこう言った。


『私が守ったのは世界ではない。一人の姫君への、ただ一つの誓いだ』













 魔王に攻められたその国は、もう存在しない。

 しかし、彼は守った。守り通した。

 己の国を守り通した。王から、民から託された聖女を守り抜いた。



 ……伝説は語る。

『救国』のサジタリアを。


 ……吟遊詩人達は唄う。

ただ一つの誓い(グラン・ソシエ)』の物語を。






 ————————————————






「……以上、五分で分かる閣下の偉大さです。はい、拍手っ」

「「おお〜〜〜〜〜〜っ!!」」


 迅八は先ほどとは違い、心の底から拍手した。隣で座っているシズも同じようだった。


「かっっこいい〜〜……!!」

「です……ですっ!!」

「その反応は、何度見ても心地よいものです」


 グルグル眼鏡が胸を張る。薄い胸だった。


「けどさ、本当に? ちょっと盛ってない? いくらなんでも三千対一って……」

「閣下を侮辱する気ですか? 冒険者ギルドに喧嘩を売るんですか?」

「いや、そんなつもりはないんだけど、ないんだけどさあ……」



 迅八が視線を横に動かす。

 そこにはソファーの上でふんぞり返ってクーロンに酒を注がれるクロウと、アゼルを抱えて酒を飲む老人の姿があった。

ソファーに座るサジタリアが何かを言い出す前に、コルテは忙しなくつまみを作っていた。


「くかかかかかかっ。いいぞサジタリアっ。やっぱ気まぐれとはいえチンケな人間でも助けておくもんだなオイ!! ……おう鉄拳女。俺様の杯が空になってんぞ。そこの梅干しにどやされるぞ」


 そして、当たり前のようにクーロンの肩に腕を回し、乳をまさぐるクロウ。


「……あんた、あんまり調子に乗るんじゃないよ」

「クーーーーロン……。誰が調子に乗ってるんじゃ? ワシに恥をかかせようとするお前か? それとも、ワシの大切な友人であり、恩人の魂食様だとでも言うつもりか? ……お前なんぞ裸にひん剥いてギルドまで引きずってってもええんじゃぞ。……乳ぐらい揉ませりゃええじゃろ。どうせビッチなんじゃからお高くとまってんじゃねえわ。……ほーれ、ワシもアーゼルフィアのほっぺにタッチしちゃうぞーっと」

「お、おじいちゃん……や、やめ……やめろジジイ!!」

「ビッチって。こ、このジジイ……!!」



 悪魔が二人に増えていた。



「……いや、こう言っちゃなんだけど、あのじいさん最低なんだけど。斜め上なんだけど」

「気のせいです」


 グルグル眼鏡はそちらを見ない。


「……どうなった、です? お姫様、どうなった、です?」

「あ、俺も気になる。てゆーか、恋物語の部分はどうなってんの。……それ以前にあのじいさん、本当にそのサジタリアなの?」

「聞きたいのですか? ハンカチの準備は出来ていますか?」

「です!!」






 ……戦乱は終わり、世界から闇は払われた。しかし、世界を救った男——『救国』のサジタリアと、姫君ソシエールは結ばれなかった。


 ソシエールは血縁関係のある国の王家に保護されていて、時が経ちそのまま輿入れした。亡国の血筋を絶やさない為だ。死んでいった者たちの想いを繋ぐ為だ。

 ……死んでいった者たちがそれを望んでいたのかは分からない。そして、姫君がそれを望んでいたのかも。


 しかし、サジタリアは魔王を打ち倒した後に姫君の元に戻らなかった。そのまま野に下り、冒険者となったのだ。



「……閣下は、自分の存在が姫君の邪魔になる事を恐れたのです。姫が身を寄せていた王家に閣下まで仕える事になれば、それは色々な問題を生みます」


「逃げる、です。二人で暮らす、ですっ」


「王家の者には責任がつきまといます。……閣下は一介の騎士とは呼べない程に、世界の中でも大きな存在となりました。下手な事をすれば、他国の王家に対して叛意(はんい)があるとも取られかねません」



 サジタリアはたった一人で魔王を倒した。

つまり、魔王と対等以上(・・・・・・・)の力を持っている。



「閣下のただ一つの誓い。その誓いを守る。それを成し遂げた後、閣下は姿を消しました。……だからこそ、閣下は騎士道の体現者と呼ばれているのです。——己の利益を求めない。それが忠誠です」



 迅八はその説明が納得いかなかったが、言っている事が理解は出来た。

 しかし、シズは理解も出来ないようだった。


「なんで、です? ダメです。それはダメ、です!!」

「分かりますよ。私も女なので他の結末を望む気持ちがあります。そして、民の気持ちもそうなのです。……いま広まっている歌曲『グラン・ソシエ』は、最後が創作になっています」


 それは、こんな歌だった。













 ……ある月が綺麗な晩に。


 男と女がおったとさ。


 誰も見てないその場所で。


 愛する二人がおったとさ。



『サジタリア』


『ソシエール、なぜ』


『あなたに新しい命令を』


『ソシエール……』


『……私を、抱きしめて』






 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「きゃーーーーっ!! いい、ですっ。いいです!!」

「ちょ、ちょっと、まだ続きが……」

「……こーらリネン。お前、なにつまんない話をしとんじゃ」

「閣下。す、すみません!!」


 その声に迅八が振り向くと、そこには伝説の勇者がいた。


「サジタリア、ですっ。凄い、です!!」


 シズが勇者の体をペタペタと触る。


「こ、こらっ。あなた閣下になんてことを!!」

「ええよええよ。……なんじゃ可愛い娘じゃのう。ほーれターッチ」

「いやん、です」

「ぶっ殺されてえのかこのクソジジイが!! てめえ、人の妹にっ、」


 ギラリと。

 切りつけるようなサジタリアの眼光だけで、迅八はすくみ上がった。


「お? ……リネン、このヒヨコは今なんつった? 最近じゃ耳も遠くなっちまってのお……。ワシの可愛いアーゼルフィアにまとわりついてる小蝿が、今、ワシになんつった……?」

「ぶっ殺されてえのかエロジジイ。お前なんかワンパンで沈めてやるぜっ。……そう言いました。私、この耳で聞きました」

「いや、言ってねえ。本当に言ってねえ!!」

「このヒヨコがあああ……!!」


 老人の手がゆっくりと腰に伸びる。

 そこにあるのは伝説の聖剣——グラン・ソシエ。


「……ちょ、ちょっと待ってよ。冗談だよね? だって、勇者でしょ? その位の事で人を、」

上段(・・)だあ? 分かった。その通りにしてやるぞヒヨコ……」


 迅八は、目の前の勇者の顔が赤くなっている事に、その時はじめて気付いた。目がトロンとして、酒臭い息を吐いている。


「このじいさん酔っ払ってんじゃねえか!! ……本当に勇者なのか!?」

「だまらっしゃあああああ!!」


 ざきんっ!!

 硬質な音がしてグラン・ソシエが振るわれる。迅八はとっさに迅九郎を抜いて、その剣に合わせようとした。

 しかし、上段から振るわれたその剣は、次の瞬間に迅八の胴を横から()ごうとしていた。



(……あ、死んだ)



 自分がそれで死ぬかどうかは分からないが、胴体が真っ二つにされる映像が迅八の頭に浮かんだ。






「……はいはいはーい。ストップストーップ。……じいさん。あんたなにしてんのさぁ。ジンの事を殺そうとしてるの? あんた、余命があと三秒になっちゃうよ?」


 迅八の胴を断ち切ろうとしていたグラン・ソシエ。それは、迅八の胴体の寸前で、何かに阻まれるように空中で止まっていた。


「……もー。そんな事しに来たんじゃないよね? オレの事を敵に回したいの?」


 明るい声。その中から滲み出る不愉快(・・・)


「イエリアっ!!」

「ジンはオレのなんだからさあ……。傷付ける時は一声掛けてね」

「かけりゃいいのかよ!!」

「ジン……。会いたかったあーーっっ!!」


 ぼふんと。

 迅八の胸に飛び込んでくる、町娘の様な()。その時、迅八の横——シズが座っている辺りから、荒い鼻息が聞こえた。


「……ねえジン。淋しくなかった? 淋しかったよね。ごめんね。……もう、我慢できない? じゃあ、あとで、……ね?」

「あとでなんだよ。なんなんだよお前は……!!」


 金髪の天使。生意気でうるさくて訳の分からない事しか言わない気狂い天使。

 イエリアの登場に迅八はホッとしたが、素直に礼を口にする事はなかった。




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