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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第五章 魔法の言葉
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梅干しおじいちゃん

 



「ただいまー。……ん?」


 迅八が玄関のドアを開けると、ジークエンドが腕組みしながらイライラと歩き回っていた。


「……じ、ジークエンドさん。なにしてんの?」

「なにをしている? それはお前の方だ」


 ピタリと。

 今まで廊下を行ったり来たりしていた男は、その言葉と共に足を止めると、ガリガリと頭を掻いた。


(え、なに? 超機嫌悪いじゃん。怖いんですけど)



「アゼルが不機嫌に帰ってきたぞ。……お前は、女を楽しませる事もろくに出来んのか」

「ご、ごめん。けど、」

「まあ別にそんな事はどうでもいい。……むぅ、なにか面白い事はなかったのか?」


 再び、ジークエンドは廊下を行ったり来たりする。

その時まで迅八は気が付かなかったが、廊下には丸められた紙片がいくつも転がっていた。


「なにこれ……」


 くしゃくしゃの紙を拾い、迅八は広げてみた。……文章が書いてある。しかしそれはヒステリックな斜線で塗りつぶされていて、全く読めなかった。

 もう一枚広げてみると、そちらには絵が描いてあった。


「ん? ……うまっ。絵、うまッッ!! これジークエンドさんが描いたの!?」


 更に迅八は気付く。

 廊下の端に、小さな机が置いてある。

 今日の朝まではあんな物はなかったはずだった。


 ジークエンドは机まで行くと振り返り、迅八に向かい歩いてくる。そして迅八のそばでまた振り返り、机まで歩いてゆく。


「ダメだダメだ……。なにも浮かばん。くそッ、くそッ!!」


 迅八は信じられなかった。

 あのジークエンドが、まるで追い詰められたような声をあげている。そして、迅八の目の前で、突然ジークエンドは逆立ちをはじめた。


「は、ちょ、ちょっと……。なにやってんの!?」

「血を頭に……」


 ジークエンドが、逆立ちしながら腕組みしている。その背中を壁に預け、頭頂部を床につけて体を支えていた。


(なに、ちょっと、なに!? どうしちゃったのこの人!!)



 迅八は怖気(おぞけ)をふるう。目の前の男は正気ではない。しかし、クレイジーでもない。


(ヤベー奴だ。……このひと、ヤベー奴だ……)



「……こうするとな。良いアイデアが浮かびそうになる」

「朝も言ってたけど、なに? 話のタネとか展開とか」

「締め切りが近い。……ダメだ。何も浮かばん」

「締め切り? は?」

「漫画だ。……漫画の締め切りだ」

「漫画?」

「俺は趣味で漫画を描いている 。その締め切りが近い……」



 今明かされる衝撃の事実。

 その前に、迅八は立ちくらみを起こした。



「……む。大丈夫か? 顔色が悪いぞ。横になったらどうだ」

「いや、顔色悪いのはジークエンドさんだよ。鼻血が出ちゃうから立ちなって!!」

「……ダメだ。放っておいてくれ。締め切りが……タスケテ……」


 嫌がるジークエンドの体を抱きかかえ、迅八は無理やり横にさせた。


(……すげえ設定が出てきた。予想外だった)



 迅八の心の呟きを聞いていたように、ジークエンドは言う。


「……自由貿易都市で俺が書いていたメモ書きは、プロット(はなしづくり)だ。オズワルドの町でお前が部屋に入ってきた時にも床には紙が散らばっていただろう。……こういうのを、俺の業界では伏線と呼ぶ」

「いいから。そういうの言わない方がいいからっ!! どうせだったら、もっと綺麗に伏線回収した方がいいんじゃない!?」


 唸りをあげて目を回しているジークエンド。

どうやら彼は、かなり憔悴(しょうすい)しているらしかった。


「てゆーか、そういや本屋は行った事ないな。この世界にも漫画あるの?」

「ある。数十年前から盛んになったらしいが」


 間違いなく、自分の先人達が広めたものだ。迅八は直感した。


「けど、締め切りってなに? まさか……」

「……出版されている。サインが欲しいのか?」

「すっげえええ!! 趣味じゃないじゃん。プロじゃん!! ……別にサインは要らないけど」

「ほう」


 ジークエンドの瞳がギラついた。しかし、迅八はそれを気にする事なくジークエンドに尋ねた。


「けど、そんなに、なんていうんだろ……。流通してるの? なんか色々大変じゃない? 運搬とかさ」

「なにが大変なんだ」


 迅八はジークエンドに説明する。

 雑誌と単行本の違い、週刊誌、月刊誌——あるいは新聞などの毎日発行される物。


「……なるほどな。本当にお前の世界の科学とやらは凄いもののようだ。お前の世界で言う雑誌はあるが、そんなに頻繁に発行されない。俺が出しているのは単行本だ。数ヶ月に一冊ほど出る。……新聞と呼ばれるのは地方紙だ。これは頻繁に発行される。新聞も数ヶ月に一回、大自由貿易都市で『世界版』が出る。世界で起きた主たる出来事が書かれた物だ」


 迅八は、その事に驚きはなかった。

 何回も新聞等は目にしてるし、迅八はこの世界が、『中世ファンタジー』ではない事は知っている。

転生者達のちぐはぐな技術で発達した世界であり、まあるく均等に技術が発達した世界ではない。金平糖(こんぺいとう)のように、凸凹(でこぼこ)がある世界だ。

 進んでいる所は進んでいて、未発達な所は未発達なおかしな世界。


 しかし、迅八にはそんな事がかすむ驚きがあった。——『漫画家』。



(料理人とか漫画家とかさあ……。剣士じゃないの? 魔術師じゃないの? どんだけ暇なのこの人たち……)



 荒い息を吐き、血走った目で天井を見ているジークエンド。その表情には鬼気迫るものがある。


「け、けど……だって、それでメシ食ってる訳じゃないでしょ? ジークエンドさん達はそんな事をしなくてもお金持ちだよね? なんでそんな事を……」


 ジークエンドの瞳に力が戻る。

 虚空を見つめる目は、なにもない空間の上に、まるで何かを見つけたように輝いた。



「……キャラクターが、俺に命を吹き込まれるのを待っている」

「ふーんそう……。頑張ってね」



 迅八はその場から離れようとした。


「待て。待て待て。……お前も俺たちに馴染んできたようだな。肩を貸せ」

「呑気だねー。人が悩んでるのにさ」

「……ふむ。面白い話か? ネタになるかもしれんから聞かせろ」

「それと、なんで部屋で書かないの?」

「部屋にいると寝るからだ。……ああ。くそッ、くそッ!!」


 迅八が、ジークエンドに肩を貸して居間に動こうとすると、突然、玄関の扉が開いた。


「……ジークエンドッ!! テメエ、このジジイをどうにかしろっっ!! 知り合いらしいじゃねえか!!」


 扉を開けてクロウが入ってくる。

 クロウは腰に老人を引きずり、その後ろに眼鏡をかけた女を(ともな)い現れた。


「クロウ。……その人たち誰?」

「俺様だって知らねえよ!! ……どうやら俺の事を知ってるらしいが、俺はこんな梅干しは知らねえ!!」

「ジジイ……。直接来るとは」


 ジークエンドの呟き。

 それに迅八が返す。


「え、ジークエンドさんの知ってる人?」

「俺の業界で言えば、新キャラだ。予想外の展開だな……」






 ————————————————






「……冒険者ギルド大盟主(グランドマスター)にして、ロンダルシア王 アルトリウス・ロンダルシア陛下付き特別相談役——そして、かの有名な恋の歌の主人公にして、騎士道の体現者ッ。……さあさあ、皆さまお待たせ致しました。『救国』のサジタリア閣下のご入場です。ご起立のうえ、盛大な拍手でお迎えくださいっ」


 グルグル眼鏡の女が迅八に向かい、さっと手を伸ばした。迅八は思わず立ち上がったが、周りを見渡しても誰も立ち上がってはいなかった。

 グルグル眼鏡が迅八に囁く。


「……拍手っ」

「お、おお」


 ——パチパチパチ



 居間の中にはロックボトムが全員揃っていたが、どことなく、みな憂鬱な顔をしていた。

 まばらな拍手の中で扉が開き、その向こうから老人は入ってきた。


「おーおー、楽にしてくれ。……さっ、魂食様っ。汚くて狭苦しくて、魂食様には似つかわしくない犬小屋のような所ですが……。ささ、楽にしてくだされ!!」


 クロウが、なぜかその奥から姿を出す。その顔には困惑。そして、疲れ。

 自分のペースでしか行動しない大悪魔が、明らかにその老人に引きずられていた。


 その老人は、長身の男だった。

 細身の体を、クロウに負けず劣らずセンスの良い衣服で包んでいる。

白い総髪は後ろに流され、整えられた豊かな(ひげ)が長く伸びている、まるで品の良い執事のような老人。

 迅八には、この男が冒険者ギルド大盟主だとは信じられなかった。


(グランドマスターって、多分、一番偉い人なんじゃないの? ……つーか、ロックボトムはギルドに指名手配されてんじゃねえのか?)



迅八が考えていると、その老人は腕を組み、部屋を見回した。


「……うーむ。しかし、本当にこんな所に魂食様を滞在させる訳にはいきませんな。潰しますか? その後で宮殿を作りますか? ……それ以前に、アルトリウスの王宮に住みますか?」

「だあ〜かあら!! そんな事よりもテメエはなんで俺様を知ってるんだっての!!」


 二人のやり取りを見ていたクーロンが、本当に些細な独り言を漏らした。


「……犬小屋だったら丁度いいんじゃないかねー。クロウなんて犬みたいなもん、」


 その言葉を聞いた迅八の背筋を貫いた直感。

なぜそんな考えが浮かんだのかは分からないが、唐突に、一つの考えに頭が支配された。


(あ。……クーロンが死んじゃう)






「や、やめっ!!」


 すとん、と。

 迅八の膝から力が抜けた。

 気がつくと、自分のすぐ横にグルグル眼鏡が立っていた。


「なっ……!! テメエ、いま何をしたっ!?」

「大人しくしてなさい。……さすがに、殺しませんよ」






 迅八が顔を横に回すと、クーロンの腹から長い剣が伸びていた。

 美しい腹筋——艶かしい褐色の肌。その脇腹の部分の薄皮一枚……というか、二センチくらい、剣は入り込んでいた。つぅっと血が垂れる。


「クーーーーロン……。お前、ワシに恥をかかせる気か? 首だけ切り落とすとか器用な真似は出来んぞ。最近じゃ手先が震えちまってな。……その腹を真っ二つにされたいのか?」

「じ、ジジイ。あんた、『ただ一つの誓い(グラン・ソシエ)』抜くなんてっ」

「一ミリでも動いたら殺す。あと五分」



(……超こええっ!! なんだよこのじいさん!?)



 迅八がその場の人間を見渡すと、コルテは一心不乱にワイングラスを磨いている。アマレロは床の木目を数えている。シズは口をあんぐりと開けていた。

 ジークエンドがため息をついてからアゼルを見た。その視線を確認すると、アゼルは嫌そうな顔をしてから一歩前に踏み出した。


 老人の横に行き、うつむくように、上目遣いで。

右手をおずおずと揺らしながら……老人の服を掴んだ。


「……ねえ、おじいちゃん。やめてあげて。クーロンは、大切な仲間なの……」

「お、おお、おおおおっ……。アーゼルフィアーッ!! お前は、本っ当ーに、可愛いのうっ。ほらほら、おじいちゃんだよ。もう一回いっておくれ!!」

「お、おじいちゃん……ち、近寄らないで、や、やめ、…………やめろっ!! 近寄るなっっ!!」


 老人は、グリグリと(ひげ)をアゼルの顔になすりつける。迅八の目には、本気でアゼルが嫌がっているように見えた。

 そして、その場に膝をつく女が二人。


「し、死ぬかと思った。グラン・ソシエ抜くなんて。……ちょっと、漏れた」

「クーロン。……きたね〜な〜。てめ〜よ〜」



 そしてもう一人の女。グルグル眼鏡。


「あ、あわわわわわわっ。グラン・ソシエが床にっ。……世界最高の聖剣が床にっ!!」


 老人は、アゼルに服を掴まれた瞬間に剣をほっぽり出した。その美しい剣は床に突き刺さっている。


「あん? グラン・ソシエ? ……あ」


 クロウが何かを思い出したように口を開けた。


「やっぱお前知り合いなの? ……どうにかしろよ。このじいさん超こええよ!!」

「グラン・ソシエ。サジタリア……。あの時の騎士か。まさか、まだ生きてたとは」

「あの剣、そんなに凄いの? お前知ってるの? ……てゆーかさ、お前もセリアに『サジタリア』って名乗ってなかった?」



 グルグル眼鏡がその剣を、そーっと掴む。そして、それを引き抜いてから一息つき、迅八の元に戻ってきた。



「……この剣は、『不倶戴天の敵(ワールドエネミー)』として認定された者を討ち果たした聖剣です」

「ごめん。ちょっとなに言ってんだか……。ワールド? なに?」

「魔王を倒した聖剣です。それにより世界大戦は終わり、人類は救われました」

「は?」

「あなたに分かりやすい言い方で言うと、サジタリア閣下は勇者と呼んでもいいです。……日本(異界)からの転生者——寺田迅八さん」

「な、なんで俺の事を。それと、ワールドなんちゃら? 聞いた事ないよそんなの」

「前回の世界大戦——ワールドクエストは、およそ百年前の話です。もはや伝説の話なので、おとぎ話として残っているだけです」

「は? 百年前?」



迅八は、老人を見る。

確かにひと目で老人なのだが、その腰は伸び、豊かな総髪と長く伸びた髭。鋭い目つきは壮年の力強さを感じさせた。



「『救国』のサジタリア閣下は御歳(おんとし)百二十歳ほどです。……でしたよね? 閣下」

「そんなジジイじゃないわい。百十八とかじゃ。よく覚えとりゃせんがの」

「元気すぎじゃないのっ!?」


 老人——サジタリアは迅八の方に向かう。


「……最近、可愛いアーゼルフィアに悪い虫がつきまとってるって聞いてのう。元気なじいさんとしては、この目で確かめたくてな……」


 部屋の中は動揺に満ちている。

 その中で、千年の大悪魔はいつものようにため息をついた。

しかし、そこに乗せられている感情は、いつもとは違い、感心の色が強かった。


「……はー。まさか、あのガキが……。くかかかか。俺様の十分の一を生きるとは……」




過去に起こった話の時系列が変わる事は多分ありませんが、何年前、というのは修正するかもしれません。

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