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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第五章 魔法の言葉
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魔法使いの弟子

 



 数時間後。

二階の部屋の中で、コルテはアゴに手をやり(せわ)しなく歩き回っていた。

 ベッドの上では千年の大悪魔がうんうんと(うな)りをあげている。迅八はベッドに寄りかかるようにして、怯えた目で膝を抱えていた。



「ごめんなさい、です。やりすぎちゃった、です」

「シズ、気にする事ないよ。どうせこの変態と下劣な悪魔は死なないんだ。なんだったらどこまで生きてられるのか、実験してみるのもいいかもしれない」

「ア、アゼル。なんなのその発想……。おまえ、マッドサイエンティストなの?」


 震えた声を出す迅八に、シズが近付く。


「ひっ!!」

「ごめんなさい、です。わざとじゃない、です」

「いや、おまえ『千切れ飛べ』って言ってただろって。有言実行じゃねえかっ!!」


 一階での騒ぎの後、コルテとクーロンは、重症の迅八とクロウを二階の部屋へと運びこんだ。騒ぎを聞きつけたアゼルも今はこの場所に居る。


 コルテはブツブツとつぶやきながら、ずっと歩き回っていた。クーロンは椅子に座って、破けてしまった迅八の服をチクチクと(つくろ)っている。

アゼルは部屋の入り口で立っているシズの横に並び、優しくシズの黒髪を撫でながら言った。


「けど、いきなり魔術が使えるなんて、シズは天才だよ。やっぱり俺の妹だな」

「おい、アゼル。……俺の代わりにシズの兄貴を気取るんだったら、こういう時はちゃんと叱ってくれない!? 甘やかさないでもらっていいですかねっ!!」


 シズとアゼルではシズの方が背が高い。見上げながらシズの頭に手を伸ばしているアゼルの事を見て、クーロンが優しく笑った。


「ははは。あんた達は、本当に仲がいい、」

「……ちょっと待ちなさいよ。あんたさん達。なにフツーの会話してんです? 『真魔』ですよ!? 下の様子見ました!? 壁の一部も傷付いてたでしょ!?」


 一階ではジークエンドとアマレロが片付けをしている。血の海さながらの部屋の様子を見て、ジークエンドは「ふむ」と呟き、アマレロも「お〜」と言っただけだった。


「……ジンには魔術が効かない。それなのに効いたし壁も傷付いてる。真魔の使い手ですよ!!」

「もうあたしゃ諦めたから。考えるのは苦手なんだよ。真魔の使い手? 便利でいいじゃないかい」

「そんなんで済む問題じゃねえでしょ!! この兄妹は、いったいなんなんです!?」


 体育座りでベッドに寄りかかる迅八は、破れてしまった服を脱いでいる。上半身を露出したその体はほぼ全快していた。

 かたや、重症のクロウはベッドの上で、荒い息で(あえ)いでいた。


「……いだあーーい。いだああーーいっ!!」

「見てみなさいよクロウを。千年の大悪魔が情けなく呻いてるのに、ジンはボケに突っ込む余裕まである。……なんて逸材だっ!!」

「そこなの? あんたも気が動転してるのはよく分かったよ……」


 混乱したコルテが訳の分からない事を言っている途中で、階段を登ってくる足音が聞こえた。すると、外から扉が開かれ、ジークエンドとアマレロが部屋に入ってきた。


「お〜。あらかた片付いたぜ。……ほれ坊主。忘れもんだ」


 ポイっと。

 迅八に向かいそれは投げられた。


「ん? ……て、手首っ!? キモッ!!」

「てめ〜の手だろうが。気持ち悪くね〜だろよ」

「怖いよ。キモいよ。こんなの持ってこないでよ!!」

「って言ってもよ〜。んじゃゴミ箱に捨てりゃいいのか?」

「いや、それはそれで……」

「だからてめ〜でどうにかしろよ坊主。屋根の上にでも投げたら丈夫な手が生えてくるんじゃね〜のか?」

「歯じゃねえから!!つーかもう生えたし」

「あんた達。それ以前に、普通、手は生えないよ」


 椅子に座るクーロンが、手元の針に結ばれた糸を、尖った犬歯でプツリと千切る。一度その服を見回してから、「よし」と頷いた。


「……そういやジークエンド。さっき、下に誰か来てただろ? ジジイの使いかい?」

「そうだ。もっとも下の有様を見たら勝手に察して勝手に帰っていったぞ」

「あらら……誤解してんじゃないかね。あたしらが誰かを殺したって」


世間話のように話している二人を見て、コルテは言った。


「ちょっとジークエンド。あんたも何を澄ました顔してんです? 真魔の使い手ですよ!?」

「……ふむ。面白くなってきたな」

「なにが面白くなってきただ!! ……テメエ、あんまりふざけた、」


 すっ、と。

 伸ばされたジークエンドの手がコルテの言葉を遮ると、迅八とシズ以外の人間は、全員ジークエンドを見た。


「そうだな。話し合いが必要だ。……アゼル、そいつらの様子を見ていてやれ。クーロン、アマレロ、お前らも下に来い」

「お〜」

「はいはい……」


 ジークエンドが先導する形で、みな部屋を出ていく。コルテは最後までブツブツと言っていた。




 ・・・・・・・・・・・・・・・




「痛え……痛ええええっ!! ジンパチ、水、水うぅぅ……!!」

「はいはい」


 ベッドの上で情けなく声をあげるクロウの口元に、迅八が水を運んでやる。


「クロくん。ごめんなさい、です」

「てめえ、てめえええ!! ……覚えてろよ。いつかてめえには俺様の極技『触手極楽地獄園(オクトパスヘブン)』で、目を覆いたくなるような姿に、」

「おまえはやめなさいって。人の妹になにするつもりなんだよ」


 ばしんと。迅八はクロウの肩を軽く叩く。そのまま流れるように、シズの頭にもゲンコツを見舞った。


「いたい、ですっ!!」

「俺たちの方が百倍痛えわッ!!右手が取れちゃうし、せっかく買った服がズタズタじゃねえか!!」


 迅八が買った服はクーロンが綺麗に縫ってくれたが、二日目にして、新品の輝きは無くなっていた。


「む。私も服欲しい、ですっ」

「ん? ……じゃあ小遣いやるから買ってこいよ。服屋さんだったらクーロンにでも教えてもらえば?」

小遣いやる(・・・・・)? てめえはよくもまあ、人の金で兄貴ヅラ出来るもんだな」


 三人でやいやいと話していると、椅子に座り何かを考え込んでいるアゼルの顔が、迅八の目に入った。


「アゼル、どうしたの?」

「……いや、シズの力を考えてた。『真魔』か……」

「アゼルさっき言ってたじゃん。シズは天才なんじゃないの?」

「さっきはコルテがピリピリしてたから和まそうとしただけだよ」


 朝食の際、コルテが全く同じ事をした時、アゼルはバッサリと切って捨てたが、当然、迅八はそれについては触れなかった。


「俺は別にシズがどんな力を持っていても構いやしない。けど、おまえは気にならないのか? ……気にしないでいいのか?」


 迅八の頭に一瞬だけモヤがかかる。そのモヤを払うように頭を振った。


「……気になるけど、考えたって分からないだろ。自分の事だって俺は分からないんだ。それに」

「それに?」

「……あんま、」


 ——考えたくない。……迅八はその言葉を、喉の途中で止めた。






 クロウがベッドの上で身を起こすと、長い足で胡座(あぐら)をかき、接合したばかりの右手で頬杖をついた。


「……しかし、生きているもんにも死んでいるもんにも作用する、伝説の『真魔』。実在するのは理解できたぜ。……クソ痛えがな」


 頬杖をついた手の感触を確かめるように、頬を拳に押し付ける。


「数百年も生きてる人間がいるなんて信じられなかったが。……ひょっとしたらだが、『真魔の使い手』ってのは一人の人間じゃねえのかもな。何人もいるそいつらの噂が、いつの間にか一人の人物みてえに語られてたのかもしれねえ」

「一族、みたいな事か? なら、シズはそいつらと関係があるのか?」

「そんなわきゃねえだろ。その小娘はバカの妹で、最近こっちに現れた転生者だろうが。……くかかかか。どうやら真魔の使い手を探す理由が増えたな。おいジンパチ」


 クロウの頬は押し付けられた拳のせいで歪んでいる。迅八の目には、その顔が楽しげに見えた。


「……数百年を生きると言われてる人間。そいつが一人なのか複数なのかはまだわからねえが、真魔の使い手は必ず何かを知ってるぜ。少なくとも、シズが真魔を使える理由は分かるだろうよ」



 迅八は黙る。

 何かの答えが出るという事は、どこかに近付くという事だ。……結魂解除の方法が分かればこの大悪魔との旅は終わるだろうし、いつかこの世界に来た理由が分かるとすれば、その時は何かの決断を強いられるのかもしれない。



「……ま、その前にてめえらの処遇を気にする事だな。今ジークエンド達がシズをどうするか話し合ってんだろ。くかかかか。てめえら見捨てられるかもな」

「見捨てるって……」

「あん? そりゃそうだろ。頭に血が上っただけで、目に付く奴をぶっ殺そうとするバカが二人に増えたんだ。俺だって結魂の事がなかったら間違いなく放り捨てるわ」

「そんな、ちょっとやめろよお前……」

「おい犬。そのへんにしておけ」


 いつの間にか、シズはアゼルのそばで、床に直接座っていた。その手はアゼルの服の(すそ)を掴んでいる。


「……ジークエンドはシズを見捨てない。そんな事は俺が許さない」

「あ、そう。まあそうかもしれねえ。ただな、そのガキはどうも勘違いしてやがるからな。……おいジンパチ。何回も言ってるけどな。俺は大悪魔だ。そんでジークエンド達は忌々しい大悪党だからな。テメエにとって都合のいい勘違いだけはするんじゃねえぞ。問題ばっかり作るんじゃねえ。分かったか?」


 いつの間にかクロウに説教されるような形になってしまったが、迅八は頷いたあと、何も言い返せなかった。

 すると、ドアをノックする音が聞こえた。



「入るよ〜。ん? なんだい、随分どんよりした空気だねえ。どうしたんだい?」

「クーロン。てめえもバカの妹に殺されかけてみろ。そりゃこんな空気にもなるわ」

「ははは。あたしは本当に死んじゃうから勘弁して欲しいねえ。……坊や、シズ、下においで。ジークエンドが呼んでるよ」






 ————————————————






 血に濡れた居間は、ある程度の清掃が終わっていた。

しかし、そこかしこに物が散乱しているし、なにより臭いがひどい。カーテンは全部開け放たれて、外の空気が入ってくる。


 ジークエンドは長テーブルの上座に座っていた。コルテとアマレロがその脇に座り、迅八達が降りてくると皆が注目した。


「お〜。座れよ坊主。ジークエンドが話があるってよ〜」


 灰色の魔術師は冷たい目つきで眼鏡を押し上げる。その奥の目はシズを見ていた。


(……なんか嫌だな。怒られる前のこの感じ)



 迅八はまるで、元の世界で職員室に呼び出された時の気分だった。

 しかも周りを見てみれば、拭き残しの血や傷付いた家具が転がっている。怒られる事は間違いない。


『見捨てられるかもしれねえぞ』


 クロウの言葉が頭をよぎる。

 迅八とシズが椅子に座ると、アゼルとクーロンはそのまま横に立ち、クロウはボロボロになったソファーの上に寝転んだ。


「さて……」


 ジークエンドが目を瞑る。大して長い時間ではなかったが、迅八には長く感じられた。


「とりあえず、掃除をしておけ。夕食までに必ず終わらせろ。分かったな」

「うん。ごめんなさい……」

「ごめんなさい、です」


 ジークエンドは目に何も乗せない。それを見る者が勝手に想像するだけだ。この時もジークエンドの瞳には何も浮かんでいなかった。


「では、俺からは以上だ。……コルテ、後は任せた。俺は寝る」


 ジークエンドは椅子を引き、そのまま席を立った。


「え、ちょっと、それだけ?」

「コルテに聞け」


 振り返りもせずジークエンドは行ってしまった。






 迅八がぽかんと口を開けて階段の方を見ていると、コルテの口から深く長いため息が吐かれた。


「……はあーー、どうせこうなると思ってましたよ。分かってましたけどね……」


 迅八がその声に振り向くと、灰色の魔術師は眼鏡をずらして、右手で両目を揉んでいた。


「はい。んじゃ手早くいきますよ。……シズ。あんた、魔術師になりますか?」

「はい、です?」


 ざわ、と。

 そんな気配を出したのはアゼルだった。


「僕の弟子になりますか?」

「師匠、です?」

「そうです。僕が師匠であんたが弟子です。僕から学びますか?」

「魔法使い、です?」

「まあそんなもんです。で? どうします?」

「なる、です!!」


「ちょっと、まて、まて! 待て待て待て待て!」


 声をあげたのはアゼルだった。


「コルテ本気か!?」

「だって制御できなきゃ危ないでしょうよ。しかも真魔ですよ。普通の魔術と違うんです」


なぜかコルテに食ってかかるアゼルを見ながら、迅八は呑気に口を開いた。


「……へ〜。コルテがシズに教えてくれるの? なんか、ありがとね。ほらシズ、お礼言えよ」

「ありがと、です!!」

「だから待てって。変態、お前は黙ってろ!!」

「ム。別に今は変態呼ばわりしなくてもいいじゃん……」


「まあまあアゼル、そんなにきつく言うんじゃないよ。……けどね、坊や。返事は考えてからにした方がいい」


 クーロンがなぜ警告めいた事を言うのかが迅八には分からない。コルテはシズの目を見ていた。


「……んで? シズ、僕の弟子になりますか?」

「なる、です!!」


「あーー……。シズ……!!」


 シズの即答にアゼルが天を仰ぐ。迅八はやはり意味が分からなかった。


「さて、みんな聞きましたね。今日からシズは僕の弟子になりました。以後、一切の口は挟まないように」

「ま、待てよコルテ!! ……シズ、いいか。今なら間に合う。やめておくんだ。魔術なら俺が教えてあげるから」

「アゼル。外野は黙ってろ」


 コルテのその口調に迅八は動揺した。いつもなんだかんだとアゼルにやられているコルテの言葉に、アゼルが気圧(けお)されている。


「ま、修行は明日からです。……シズ、ちゃんと掃除しとくんですよ。ちゃんと(・・・・)やってなかったら怒りますからね」

「はい、です!」


 コルテはそれだけ言うと、ジークエンドと同じように二階に上がっていった。




 ・・・・・・・・・・・・・・・




「ああ……シズ。なんでコルテの弟子なんかに。魔術だったら俺が教えてやれるのに」

「ははは。アゼル、あんたじゃうまく出来ないだろ。……まあ、あんなのでも魔術師としての格は圧倒的だよ。いい師匠なんじゃないかい?」


 シズは嬉しそうに笑っている。

 迅八にはクーロンとアゼルの会話がよく分からなかった。


「……ねえねえアマレロ」

「お〜? 坊主、なんだその顔。よけい間抜けに見えんぞ〜」

「いや、なんでアゼルが反対するのか分からなくて。なんで?」

「お〜、そりゃまあ『師匠と弟子』だからなあ。色々と辛い事もあるぜ〜。……坊主、コルテは『魔術だけ(・・)教える』なんて言ってねえからな〜」


他に何を教えられるのだろう。

迅八が考える横で、アゼルが叫びをあげた。


「……はっ!? クーロン、いま何時!?」

「昼過ぎってとこじゃないかい?」

「シズ、掃除を始めよう。俺も手伝うから。……おい変態、ボケっとしてるな。お前もやるんだよ!!」

「お前、いちいちその変態ってのやめてくれない!?」


 その後、何度も迅八の「もうよくない?」という言葉は黙殺され、夕飯の寸前まで掃除は続いた。




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