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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第五章 魔法の言葉
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兄妹喧嘩

 



 シズは両手でカップを包み込み、兄達の話を聞いていた。


(お兄ちゃんは、理解力が低い、です)



 さっきからコルテが回復術の説明をしているが、シズの兄は、はあ、ほう、ふーん……などと言っている。


(絶対に、分かってない、です)



 ——ふー ふー。

 シズはテーブルにうつ伏せになり、湯気の立つカップに息を吹きかけて、その中身をずるずるとすする。

 アゼルが居ると、『はしたない』といって怒られる格好だった。


(クロくんは、もう半分寝てる、です)



 半分というか九割だろう。読んでいた本はいつの間にか、クロウの顔を覆うように広がっている。


(コルテもコルテ、です。ちょっと違くてもカンタンに言えばいい、です。……飽きてきた、です)






 ————————————————






「だから、あんたにはなんて言や伝わるんでしょうね……」

「いや、分かってるし!? 俺バカじゃねえから!!」


 以前、クロウは迅八に言った。


『俺は腕をぶった切られてもつけときゃ治る。だが普通の人間は回復術と医療行為を並行しなけりゃくっつかねえ』


 なぜ医療行為も必要なのか、迅八にはよく分からないし、回復術では病気が治らない理由も分からない。

 コルテがため息を一つ吐いてお茶を飲んだ時、その声は横から響いた。


「元気の前借り、です」

「……はい?」


 コルテが自分の横を見ると、シズがだらしなくテーブルにアゴを乗せて、ずるずるとお茶をすすっている。


「明日になったら治ってるのを、いま治す、です」

「……へ?」


 迅八が間抜けな顔で妹を見る。


「病気は明日になったら悪くなる、です。切られた手も縫ってからじゃないとくっつかない、です」

「……んが?」


 クロウが顔の上の本をどけて目をこする。


「……元気の前借り、です」

「「「 おおおおおー…………」」」




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「いや驚いた。あんたの妹は大したもんですね」


 コルテは本気で驚いていた。

 シズの説明はいささか乱暴ではあったが、大筋は外れていない。

 しかも、彼女はこの世界に来たのもつい最近であり、この間まで、はい、いいえ、ありがとう——それしか喋れなかった少女が、魔術論理の一端を理解している。


「……風邪とかの軽い症状は明日になってりゃ治るもんだし、他にも正確にはちょっと違いますけどね。ま、あんたが覚えとくのは今の説明でいいでしょうよ。……自慢じゃないですけど、僕は神童とか呼ばれてたんです。シズはそれ以上かもしれねえですよ」

「へ〜。お前、頭よかったんだなあ」

「うふふ、です」


 シズは大して嬉しくもなさそうに、喜びの声をあげた。クロウは起き上がり、頬杖をついている。


「くかかかか……。かわいそうにな。お前の脳みそは妹にいい所をもってかれちまったんだな。……おいコルテ。そいつに魔術を教えてみちゃどうだ? バカ兄貴より使い物になるかもしれねえぞ。くかかかかかか!!」

「……よう。ご機嫌だな千年の大悪魔。眠気覚ましに『心臓剣』食らってみるか?」

「魔術ですか。しかし使えたら面白いですね。……シズ、やってみなさい」


「はい、です?」

「ははは。イメージするんです。……そうですね。手から何かが出る場面を想像するんです。……ジン、右手をあげなさい」

「は? なんで?」

(まと)ですよ。……初めはそういうもんがあった方がイメージしやすいんです」

「嫌だよっ。なんで俺が的になるの!?」


 コルテは年相応の落ち着きある笑みを浮かべてお茶をすすっている。すでに、ここは話し合いの場ではなく、純粋に暇つぶしの時間になっていた。


「大丈夫ですって。出来る訳ねえですから。たとえ炎の玉が出てきたとしても、(アツ)っ て位のもんですから……。ていうか、あんたにゃ魔術が効かないでしょうよ」

「ジンパチ、やってやれ。俺様が許す」

「なんでお前に許してもらわなくちゃいけないんだよ。……まあいいけどさ」


 実は、迅八だって一人でこっそりと試してみた事くらいある。

 オークの里の牢屋の中で、夜中に一人で『ヘルファイアーーッッ』などと叫んだのもいい思い出だ。……思い出す度に、むず(がゆ)い気持ちにはなるが。


「……ま、いっか。ほら、シズやってみ。ヘルファイアーって言ってみ」

「ん? やる、です? ヘルファイアー?」


 シズが顔をあげると、迅八が右手をひらひらとさせている。


(……別にやりたくない、です)



 しかしなんだかそんな空気になっている。

 実は、シズも迅八と同じように試してみた事がある。

ロックボトムの面々は、言葉を教える為にシズに色んな本を買ってくれた。最近ではそれも簡単すぎるので、シズはコルテの荷物に入っている魔道書などにも手を出していた。


(出来なかった、です)



 なにせ『魔法使い』だ。女だったら一度くらい憧れる。しかし魔道書の呪文を唱えてみても、なにも起こらなかった。


「ほれほれシズ。やってみ」


 兄が右手をひらひらとさせる。

 ——面倒くさいな。その気持ちを呑み込んで 、シズはため息を吐いてから右手をかざした。



「……ヘルファイアーーッ!!」













 ……辺りに静寂が流れる。

 その静寂を最初に破ったのはコルテだった。


「……ま、そりゃそうです。出来たら本当の天才だ」


 その様子を見ていた千年の大悪魔が、くつくつと笑いながら膝を叩いた。


「くかかかか……。ヘルファイアーーってよ。(リキ)入れて叫んだもんだなオイ。おうジンパチ、妹に追い抜かれねえで良かったな」

「……ま、そりゃそうだよね。俺だって出来なかったのに、俺の妹に出来る訳ないよ」


(………むっ)



 シズはほんの少しの不愉快を感じた。

 場の座興として舞台に上がってやったのに、急にハシゴを外された。


「くかかかかかか……。ヘルファイアーってよお。……ヒネリが足りねえセンスだな、おい」

「あ? おまえ、俺の事ディスってんのか? 心臓剣に文句があんのか?」

「ははは、まあそんなもんでしょうよ。僕も子供の頃は……」


 シズの右手は上げられたままだ。

 他の人間は、もうシズの方を見もしない。



 ——ゲラゲラゲラ。大体出来るわきゃねーだろが

 ——へらへらへ〜。しかしシズがね〜え

 ——クハハハハ。ま、可愛いもんでしょうよ〜お



(…………………………へえ)






 ————————————————






「……お兄ちゃん、手」

「あ?なんだよシズ」

「手。もう一回あげて」

「ははははは! だから出来ねえって!」


 コルテは自分の隣に座っているシズを見た。シズは美しい少女だ。濡れるような黒髪と、スラリとした手足を持っている。そして、その少女が今は、ふてくされた顔をしていた。


(……おっと、笑いすぎましたかね)



 コルテはよく面倒をみている事もあり、シズの事は好ましく思っている。子供らしい、無邪気な愛くるしさを持っているのだ。


「ははは……。悪かったですねシズ。ま、今度僕が教えてやりますよ。そうすりゃいつかは、」

「黙って」

「……はい?」


 シズは椅子から立ち上がると、テーブルの横に立った。いまだ笑い続けている少年と、千年の大悪魔に向かって。


「あん? なんだよ小娘。もう一回か? けどよ、あんまり本気でやんなよ。だってよお……俺様まで伝わっちまうからな。……ゲラゲラゲラゲラッッ!! うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」

「ヘラヘラヘラヘラ……。おい、やめろよクロウ。俺の可愛い妹だぞ。……俺の可愛い妹が……ヘルファイアーーーッッ!! ……ぷへらへらへら」


 迅八は、抑えろ抑えろというように妹に向かって右手を振った。『的』のつもりであげた訳ではない。

 しかし、シズはそれを合図(・・)と受け取った。






「……西方より来れ」

「ん? ……なんだよ。随分本格的だなシズ。けどさ、お前それ……黒歴史確定でしょって! うはははははは!! へらへらへ〜」



「其が名は蝉騒(せんそう)叫喚(きょうかん)奏者(そうしゃ)よ……」

「……風神真言? し、シズ? あんたなんだって、そんなもんを」



「……冥府よりの風に乗り、怨嗟の渦の声響く……」

「げひゃひゃひゃひゃ!!『です』は言わねえのか!? ですを忘れんじゃねえよッ。ですを!! ……ゲラゲラゲラゲラ!!」



 クロウは笑い死ぬ寸前だった。

 ムキになった子供が真顔で『風神真言』を唱えている。風の上位大魔術など発動する訳がない。


「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!! 妹はマシかと思ってたが、やっぱりバカの妹はバカ……」



 バカの妹(・・・・)

 ……ぞくりと。正体不明の悪寒がクロウの背中を切りつける。


「な……」


 クロウはシズの顔を見る。

 その顔は美しい。切りそろえられた前髪の下の白い肌、細い眉の下にある宝石のような黒い瞳。

 見たことがある。

 クロウは何度も見たことがある。

 この、昏い目つきを。


(……ジンパチの……妹っ!!)



 兄貴はよくわからないバカだ。

 心臓から剣を出して、翼を生やして空を飛ぶ。

 本当に怒ったら、なんだか訳の分からない力を発現させて、必ず敵に食らいつく。


「……ま、まて小娘ッ!! や、やめろッ!!」


「我が供物を受け西方より参れ。

 …………千切れ飛べッッ!!」






 ————————————————






——ガッシャーーーーンッ!!



「ッッ!? な、なんだいなんだい!?」


 外に出ようとして階段を下りていたクーロンは、食堂兼居間から凄まじい音が聞こえてきたので飛び上がって驚いた。あそこにはまだコルテ達が残っていたはずだ。


「なにやってんだいあいつら。ったく……けど、なんか楽しい事をしてるんだったら、あたしも混ぜてもーらお」


クーロンは特に気負う事なく居間の扉を開けた。


「……ねえねえ。ちょっとあんた達、あたしも混ぜ、」


 ……赤。

 初めに、クーロンの目に入ったのはそれだった。部屋中が赤く染まっている。


「え……なっ!?」


 ドアがうまく開かない。

 クーロンが体を押し込むようにいれると、ゴリッと何かを引きずる音が聞こえた。唾を一度飲み込んでから下を見てみると、そこには『手首』があった。


「な」


 ドアを開け放しておく時に、隙間に靴を挟むように。手首が、ドアの隙間に挟まっている。


「ひいっっ!? て、てててて、てッ!? なんで!! なにが!?」


 思考が先に進む前に、クーロンはそれに気付いた。部屋の中心で仰向けになり、倒れている者がいる。


「……………ぐ、ぷ」


 そこに転がっていたのは、右手を失くした人間だった。一番ひどいのは右手の傷だが、身体中、特に右半身にかなりの裂傷を負っている。時折、思い出したように震える口から、ごぽりと血が溢れ出す。


「ぼ、坊やッ!? ……ど、どうしたんだ。なにが……ひぃっ!?」


 クーロンが、倒れこんでいる迅八を助け起こそうとした時、突然、後ろからその肩を掴まれた。


「……鉄拳……たす、け……」

「ひぃぃいあああああッッ!!」


ズドンッ!!

いきなり肩を掴まれたクーロンは、振り返りざまに全力でそいつを殴った。


「いぎはあーーっ!?」


ガッシャーーン!!

吹っ飛んでいったその男も、クーロンに殴られる前からひどい傷を負っていた。……飛んでいった男の髪の色は赤と金で、そいつを殴った時に迅八も苦しそうに(うめ)いた気がしたが、クーロンはその事実には目を向けなかった。


「な、なにがあああっ!? ……はっ!? コ、コルテッ!!」


 瀕死の迅八に気を取られすぎて気付かなかったが、そのすぐそばで、コルテが膝をついていた。……虚ろな目で、何かをブツブツ喋っている。


「コ、コルテ、なにがあったんだい!! 坊やはなんでこんな傷を……はっ!? そういや、シズはどこにっ!!」

「……し」

「し? なに? なんだい!? 『し』ってなんだい!!」


「……しんまの、つかい、て」






「な、なに? なんだい聞こえないよっ!! もう一回、」


 ……ぽん。コルテの意味を成さない呟きに耳を澄まそうとした時、クーロンの肩が再び後ろから叩かれた。


「ひっ……!」


 ……振り返るな。振り返ってはいけない。戦士としての、クーロンの勘が告げていた。


(なんか、後ろにヤバいのが居るッ!?)



 すると、そいつはクーロンの体をぐるりとそちら側に回した。……そこには、血に塗れた魔女がいた。


「………ッ!!」


 元々の白いワンピースはワインをぶちまけたように赤く濡れ、血を(したた)らせる黒髪の隙間から覗く目は、真っ直ぐにクーロンを見つめている。

……するとそいつは口を開き、右手を猫のように丸め、自分のおでこをコツンと叩いた。



「……やりすぎちゃった、です。……てへ☆」

「……ギャーーーーーーーアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」




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