コルテのおさらい
「コルテ、ちょっと聞きたい事があるんだけど……」
「はい?」
炊事場で食器を洗っているシズと、夕飯の仕込みをしているコルテ。それ以外でこの場に残っているのは、迅八とクロウだけだった。
「……なんです? ちょっと待ちなさい。パパッと終わらせちゃうんで」
迅八達は食後のお茶を楽しんでいた。まだ朝食は終わったばかりだ。
「……ていうか、もう夕飯の準備するの? 早くない?」
「料理をナメるんじゃあねえです。もう勝負は始まってんですよ。いま作るから、後で美味く食えるんです」
「おいコルテ。前々から思ってたんだがな……。てめえは魔術師じゃねえのか? どこに向かってやがるんだ?」
呆れ混じりのクロウの言葉に、コルテはため息を一つ。ひっきりなしに鍋を回しながら、独り言のようにつぶやく。
「……どこに向かってんですかねえ。ま、趣味でもねえと暇でしょうよ。……余生を過ごす身の上じゃね」
「……?」
迅八にはコルテのそのつぶやきの意味が、よく分からなかった。
洗い物を終えたシズが迅八達のテーブルに来る。しばらくすると、コルテもエプロンを外してテーブルについた。
「んで、なんですって? ……ま、どうせ暇なんだ。あんたとお喋りすんのもいいでしょうよ」
・・・・・・・・・・・・・・・
「ふーん……」
コルテは手元のお茶を一口飲んでから、眼鏡を押し上げた。迅八の話を聞いたあと、自然と頭の中に浮かんだ思いは二つあった。
(……こいつ、もう完璧に僕の事を呼びつけにしやがる)
——コルテー、でさー、っていうかさー、マジでー。
(……タメ口にも程がある)
しかし、コルテはその事については諦めた。
別に迅八の事が嫌いな訳ではないし、迅八が自分の事を侮ってるのではないという事も理解できた。そして、頭に浮かんだもう一つの事。
(さて……。どうやってこいつに分かるように教えてやりゃいいのか。クロウは説明する気なんか毛頭ねえみたいですしね)
クロウはセリアと離れてから、ずっと人型のままだ。今はソファーで寝転がって、笑いながら本を読んでいる。
コルテの目に映るその姿は、とてもではないが数々の伝説の主人公だとは思えなかった。
「……ちょっとクロウ。あんたが教えてやりゃいいでしょうよ。むしろあんたの方が詳しいんじゃねえですか?」
「俺様はそいつに『理解』を求めねえ事にしてんだ。どうせ三歩歩けば忘れるのに、そんな無駄な事してられっか」
「お前ひどくない? そりゃわかんねえよ。違う世界のおかしな魔術の話なんてさ」
迅八の『聞きたい事』というのはこうだった。
『この世界にも病はあるのか。そして、それは回復術では治せないのか』
この世界にも病気はある。
しかし、それを回復術で治す事は出来ない。
「う〜ん……。あんたが聞いてるのは簡単な事っぽいんですけどね。実は、いまだに学者の間でも話し合われてる事なんですよ」
「そうなの? ……けど、治せないのかあ。なんでなのかな?」
「これ言っちゃ身も蓋もないんですけどね。よく分からないんですよ」
「はあ?」
「うーん。とりあえず聞きなさいよ。魔術の基礎からおさらいしましょ」
……この世界の魔術は生きている者(物)にしか効かない。死んでる木材は燃やせないし、死体に回復術は効かない。しかし、その理由を知る者はいない。
そもそも目に見えないおかしな力で、生まれた時からそうだったのだ。ほとんどの人間は、そんな事に疑問を抱かない。
魔術は原理が解明されていない現象であり、解明しようとする考え方も現地人達には根付いてない。そんな事を考えるのは、一部の変わり者と転生者だけだ。
「……転生者達は解明しようとしてますよ。空気中の、見えないくらい小さなもんが、なんたらかんたら……。あんた達の世界の機械は凄えもんなんでしょ? そんなのでもありゃ、ホントになんか分かるのかもしれないですけどね。……こっちの世界にも機械はありますけど、比べものにならねえもんでしょうよ。それだってほとんど転生者が作ったもんだ」
「なんでこっちの人達は機械を発達させないのかな? ……いや、この世界には変わってほしくないんだけどさ」
クロウが本から目を離さずに、呆れた声を出す。
「……おいコルテ。いきなり話がズレてんじゃねえのか?」
「まあ、どうせ暇潰しですからね。それに全く関係ない話でもねえでしょ。ゆっくりといきましょ」
科学の力は凄まじい。転生者達はそれを知っているので、自分達の技術をこの世界で再現させる事は、大きな目的の一つだ。
しかし、現地人達にはそれが分からない。
「僕達は『死にかけ』だ。転生者にまつわる噂話もそれなりに知ってるし、あんた方の『機械文明』ってやつの凄さも想像できる。多分、その技術がこっちの世界に流れれば、魔術よりもそっちが重宝されるでしょうね」
「うん。機械の力は凄いよ」
「けどね、一般人はそんな事を知らねえんですよ。それに、魔術はあんた方の世界じゃあり得ないような事も出来ます。……そっちの世界の女は、クーロンみたいに強いです?」
クーロンはこの世界でもかなり強い部類に入る人間だ。コルテもそうだが二人には共通する事がある。
別に、体格が優れている訳ではないという事だ。
「魔術で肉体強化できるから、女でも強い奴は強い。そんで、肉体強化じゃなくて攻撃魔術を主に使うのが魔術師ってんですが……まあそりゃいいでしょ。とりあえず、冒険者とか騎士だとかは、剣士だろうがなんだろうが魔術は使ってんです」
コルテは魔術師としては完成に近い大魔術師だ。攻撃魔術も使えるし、肉体強化もかなりの水準で出来る。
「だから女でも強いんです。筋力が魔術でカバー出来るんで。けどまあ地力の違いはありますけどね。……もしも、アマレロが僕並みに魔術を使えるとしたら、例え僕でも殴り合いになったら勝てないでしょうよ」
「けどさ。いくら力持ちになったからって、一人で重たい物を運べる訳じゃないでしょ? 例えば工事とかするのには機械がなくちゃ不便だよ」
「んじゃこっちも例えばなんですけどね。……あんた、自由貿易都市の生きている木覚えてます? あのデケえやつです」
自由貿易ヒルズの事を言っているのだろう。迅八は頷く。
「あれをあんたの世界で作ろうとしたら、どの位の時間がかかるんです? 機械を使ってね」
「あー? ……うーん、生きている木で作るのは無理だから、コンクリートだとして……。いや、わかんないけど何年もかかると思うよ」
「あれは転生者の発案ですけど『ビル』って呼ばれてる形らしいですね。あれは、一ヶ月もかからないで出来たらしいですよ」
「はあ? そんなに早いの!?」
「設計は大変らしいけど、作り始めたらそんなもんですよ。魔術かけたら勝手に木がその形に変わるんです。別に機械とどっちが凄いかは分からないけど、魔術でもその位の事は出来ます。アイデアがあればね。……ま、そのアイデアを持ってんのが転生者のおっかないとこなんですけどね」
なぜ高い建物が必要なのかといえば、権威的な物や象徴的なものを除けば、土地がないからだ。この世界には土地がある。元から高い建物が求められていないので、発想も出てこない。
自由貿易都市は採算度外視の町だ。別の言い方をすれば、無駄な物も沢山ある。現に自由貿易ヒルズ程に大きい建物は、普通の町では作られていない。
機械が優れるのは、極端に言えば計算と力だ。二十桁の掛け算を一瞬で終わらせるし、1トンの重さを易々と持ち上げる。
しかし、この世界では二十桁の掛け算の解を求める人間はまだいないし、この世界で求められている人力では出来ない作業は、魔術があれば大抵どうにかなる。
自由貿易ヒルズが普通の町で求められていないように、機械そのものが、この世界の住人達にまだ求められていないのだ。
「優れた大魔術師でも、広範囲の生きている大地に働きかけるとかは厳しいですけど……それでも何人も集まれば、小さな砦くらいなら一晩で作りますよ」
「はあ……なんか、よくわかんねえや」
「ほれっ。だから言ってんだろが。こいつはこうなんだよ」
クロウの手元からページをぺらりとめくる音がする。くすくすと忍び笑いをしながら読んでいる本の内容を迅八は知らない。
「……けどさあ。なんか怖いね」
「なにがです?」
「だってさあ。それって言い方変えれば、生きてるものの姿を変えるって事でしょ? やっぱ、人間を化け物に変える魔術とかあるの?」
——ぺら。
迅八の後ろでページをめくる手の音が止まった。
迅八の対面に座っているコルテは、お茶を一口飲んでから顔を歪めた。
「……これだから転生者はおっかねえ。あんたさん、よくそういう発想が出てきますね」
「え? え? 普通じゃない? ないの?」
迅八の元の世界では、魔法でカエルに変えられた王子様の話など珍しくもなんともない。すると、ソファーで寝転がっていたクロウが手に持つ本を横に置いた。
「……ニワトリにしちゃいい質問だな。俺もちっとだけ教えてやってもいい気分になってきたぜ」
「ニワトリって……」
「いいか。俺様を人間にしてみりゃ『超魔術師』だ。そこの大魔術師じゃ足元にも及ばねえ。……だがな、魂と精神のスペシャリストの俺様でも、人間を魔物に変えるなんて出来やしねえ」
コルテはクロウの魔力を肌で感じた。その傲慢な物言いにも特に何も返さない。迅八がクロウに言う。
「そうなの? すげえお前に似合いそうな邪悪魔術って感じするけど」
「出来りゃよかったんだがな。クソガキに言う事をきかせるには丁度いいだろうしよ。……いいか。要するに魔術ってのは、『魂』に働きかけるんだよ。だから魂がない『死んでるもん』には効かねえ」
「……ふむ」
「ジークエンドかてめえは。……木にも人間にも魂があるが、木と人間じゃ『自我』の度合いが違う。知性がある魂は形を変えられようとすりゃ抵抗するが、木にはそこまでの魂の力がねえ」
「……ちょっと難しくなってきてない?」
「難しい話してんだっての!! ……はぁ。まあ元の話からはズレてるからここらへんにしとくか。ただな、魂の話はてめえにも関係ある事だ」
「俺に……?」
「てめえは魔術が効かねえ。……いいか。俺は、初めこう思った。てめえには魂がないんじゃねえのかってな。……お前は分からなかっただろうが、俺様はお前と出会った時に『魂喰らい』を使った。その時点で、お前の魂がもうなくなってたんじゃねえのかと思った。……そうなると、二度目の魂喰らいが無効化されたのも説明がつく」
コルテが鼻を鳴らして言う。
「クロウ。あんたなに言ってんです? ……魂がない生き物なんているはずないでしょうよ」
「俺様だってそんな事は分かってるわ!! ……つまり、そういうことだ。魂がないなんて事は、さすがにねえ。だがな、どうにもてめえの魂の気配があやふやなんだよ。……こんな事は、俺様も初めてだから分からねえんだがな」
「あやふやってなんだよ。不安にさせんじゃねえよお前!」
「……いいか。俺はよく『魂の気配』って言葉を使うが、厳密には魂だけじゃねえ。精神や意識も併せて探ってるんだ。……てめえは、匂いが薄い」
匂いが薄いという言葉の意味が、迅八にはよく分からない。しかし、そんな事を言われては気分が良くない。ほんの少しの気味悪さを胸に沈める。
「……ま、よくわかんねえよ。結魂解除さえしちまえば俺様にはカンケーねえこった。お前に魔術が効かねえのは今となっちゃプラスだしな。……ほれ、コルテ。もともと回復術の話じゃねえのか? 続けろ続けろ」
再びクロウは本を手に取り、それを読み出した。テーブルではコルテが迅八に向かい何かを喋っている。
しかし、ページをめくる音が響く中で、先程までとは違い、クロウが本の内容で笑う事はなかった。
(……人間を化け物に変える。……転生者の発想)
頭の中に幾つかの事が浮かぶ。
……暗い洞窟。
……哀れな混血児。
……『収穫祭』。
……スーローンの言葉。
——不倶戴天の敵。
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「……アゼルー。入っていいかい?」
「あ、ちょっと待って」
クーロンがアゼルの部屋の扉をノックすると、その扉が開かれた。
「どうしたのクーロン」
「いや、ちょっとね。……たまにはいいだろ。最近、シズにあんたの事を取られちまってるからね。クーロン姐さんは淋しいのさ」
「はは。なに言ってんだか。……ほら、入って」
クーロンはその部屋の床に直接座り、周りを見渡した。
(相変わらず何もない部屋だねえ……)
別に無機質という訳ではない。色んな物が置いてある。ただ、普通の女の部屋にある物が何もない。
花が活けてある花瓶もない。可愛らしい飾りもなにもない。そして、女の部屋には必ずある物が無い。
「あんた、最近よく風呂に入ってるねえ。うんうん、いい事だねえ」
「ちょっとクーロン、やめてよ」
クーロンがアゼルの赤毛をわしゃわしゃと撫でる。アゼルは嫌そうに顔を歪めると、その手を躱した。
しかし、これでも随分と距離が近くなったなとクーロンは思った。
(昔は手を払われたもんねえ……)
「……なんか、シズが最近、嫌そうな顔をするんだよ。俺が風呂に入らないのに近付くと」
「そりゃそうだろ」
シズは最近、変わってきた。意思表示をするようになってきた。
アゼルにとっては淋しい事のようだが、クーロンはそれが良い事だと思っていた。ペットと友達は違う。アゼルに必要なのは友達だ。
「……出来れば、男友達も欲しいんだよねえ」
「ん? なに?」
「いや、なんでもないよ」
アゼルはベッドに腰掛ける。そしてぼんやりとつぶやいた。
「……なんか久しぶりだね。クーロンと二人でいるのも」
「そうだねえ。なんだか賑やかになっちまって。……楽しくていいじゃないかい」
「シズ以外は要らない。特にあの変態は最低だ」
「あんた、ジンの事が嫌いなのかい?」
「嫌いだね」
(ふ〜ん。『どうでもいい』じゃないんだねえ)
「クロウとかイエリアはどうなんだい?」
「あんな奴らはどうでもいいよ。……そもそもあの二人は変態のおまけだろ。あいつがいなくなりゃ二人とも消える」
「へえ。どうでもいいねえ……」
「なんだよクーロン。意味深な言い方だね」
「いや、別に。……けどねえアゼル。ジンがいなくなりゃ、消えるのはあの二人だけじゃない。さすがにシズだってついていくよ」
「そう、かな……」
アゼルがストールの奥で唇を突き出して、淋しそうな顔をした。迅八達の前では見せない顔だった。
「まあ、だからさ。あんたもジンとは仲良くやんな。……なんだったら、一緒に遊びに行ってもいいんじゃないかい? 町の案内でもしてやったら?」
「なんでだよ。嫌だよ」
「ま、そこまで強制しようとは思わないけどね。いがみあってなきゃいいさ。じゃ、あたしもする事があるから行くよ」
「うん。……ジークエンドは?」
「部屋にこもってるよ。あたし達が帰ってきてるのはジジイにも伝わってるはずだから、ひょっとしたら今日あたり呼び出しがあるかもね」
「うわっ……。じゃあ俺も外に行こうかな」
「だから、だったらジンを案内してやりゃいいのに」
「……しつこいなあ」
ベッドに腰掛けたまま手を振るアゼルに背中を向けて、クーロンは扉を開けた。
(あたしも出掛けようかね。……あ、寝癖ついてるの直さなくちゃ)
自分の部屋はすぐそこだ。
……クーロンは鏡のない部屋から出ると、自分の部屋へと戻った。




