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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第五章 魔法の言葉
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夜の雨

 



死人(しびと)通り』は、楽園の中でも一番危険な地域だ。

 用がないのに訪れる者はいないし、用があっても長居はしない。——ここは死人が住む場所だ。生者には居心地が悪すぎる。


 指名手配された凶悪犯、闇の仕事をこなす者、身分を隠して逃げてきた者。……表に出られぬ者たちや、本当ならもう死んでなくてはいけない者達の吹き溜まり。


 この場所ではどんな決まりも通用しない。それは例え王都の衛兵であっても、ここではあらゆる権力が闇に消えてゆく。


 楽園の無言の『決まり』。

 ここで許されている権力は、あいつら(・・・・)だけだ。物を盗み、人を殺す。金を奪うし心を壊す。それが気に食わない相手なら。


死にかけ(ロックボトム)

 ロンダルシアで彼らの名前を知らない者など存在しない。


 誰かはこう言う。

 ——あいつらを殺してやりたい


 誰かはこう言う。

 ——あいつらには恩がある


 死人通りは忌々しい大悪党の住む場所だ。

 そして、迅八は今、その中にある一件の家の前に立っていた。






 ————————————————






「……ジークエンドさん達の家って、ここ?」

「確かここだったはずだな。……ん、間違いねえな。知ってる魂が中にいやがる」

「なんか、フツーだなあ」


 誰も気付かない地下室だとか、度肝を抜かれる大豪邸を迅八は想像していたのだが、目の前に建っているのは普通の木造家屋だった。

二階建てのその家は、(のき)を連ねる他の家屋と比べてみても、全くと言っていい程に特徴がない。他の家よりも少し大きい位だ。

 入り口の前で突っ立っている迅八の肩を、クロウが押した。


「さっさと入れよ。何してんだてめえは」

「え、おれ? ……ちょっと、クロウが先に行ってよ。なんか照れるじゃん」

「……イライライライラ」


「分かったからそういう顔やめろって。……なんでお前モテんの? 俺だったらお前と付き合うとか絶対イヤだわ」

「ざっけんじゃねえ。俺だってイヤだわッ!! ……もういいから入れっての!!」


 迅八もロックボトムの面々と行動するのにだいぶ慣れてはきたが、『家』というのはなんだか緊張する。そもそも、なんて言って入ればいいのかよく分からない。


(ただいま、で変な顔されたら嫌だしな。お邪魔しますってのも……)



「早 く 入 れ っ て !」


 ばしん、とクロウに尻を叩かれて、迅八はその家の中に入る。すると、入り口のすぐそばにアゼルがいた。


「お、帰ってきたのか? ……おかえり」


「あ……ただいま」






 目の前の少女はいつものように顔にストールを巻いている。けれど、そこから覗く緑色の瞳が、迅八にはいつもよりも柔らかく見えた。


(……なんか、急にドキッとさせんだよなこいつ)



 普段は、嫌な態度ばかりを見せるアゼルだが、迅八は忘れてはいない。


 ベドワウの館から逃げ出しジークエンド達に保護された後、アゼルがベッドの上で優しく自分の背中を叩いてくれた事を。シズの事を看病してくれて、今でもずっと世話してくれている事を。


(……本当は、やっぱ優しいんだよな)



そんな事を考えていた迅八に向かい、アゼルはストールの奥から声を出した。


「お前みたいな変態はどっかで殺されてると思ったよ。死体を探す手間が省けて良かった」

「……本当に、優しいん、だよな?」


 アゼルの後ろから、ぴょこりとシズが顔を出す。


「おかえりなさい、です」

「……ていうかさ、知らない場所で兄貴がはぐれちゃったんだから、もっと心配しろよ」

「おかえりなさいっ!!」


(……やれやれ、まだ甘えん坊のところがあるな)



 シズは両手を広げて笑顔で抱きついてくる。妹を抱きしめようと広げた兄の両手……その横を、妹は通り過ぎた。


「おかえり、です。クロ、ですっ」

「なんだよお前は……鬱陶しい」



 ——なんだと? お前、俺のシズに

 ——別になんでもいいからこいつ離せよ

 ——クロ、です。すごい、です



 三人はやいやい言いながら通路の奥へと消えた。



「……………………へへっ」


 迅八はそのまま、己の両手で自分の体を抱きしめた。




・・・・・・・・・・・・




 迅八が奥に進むと、そこはまるで一軒の酒場のようになっていた。

 奥にはバーカウンターがあり、その内側でコルテがなにか作業している。カウンターを挟み椅子が置かれ、そこではアマレロとクーロンが座り、酒を飲んでいた。


 少し離れた場所にはテーブルが置いてあり 、それを囲んでソファーや椅子が置かれている。アゼルとシズ、クロウはそこに座っていた。ジークエンドの姿は見えない。



「……ん? ちょっとジン。あんたさん帰ってくるんなら言ってくださいよ。仕込みだって人数考えてあるんだから……」

「なんでみんな、俺が帰ってこない前提で話進めるのっ? ひょっとして、俺嫌われてんの?」

「あはは……。嫌っちゃいないよ坊や。アゼルなんて、さっき坊やの事を探しに行こうとしてたんだよ」

「え? アゼルが?」

「……クーロンやめてくれ。こいつはすぐに勘違いする」


 迅八がアゼルを見ると、ストールの奥でアゼルの顔が歪んだ。


「……なんだよ」

「探そうとしてくれたの?」

「……別に」


(……別にってなんだよ)



 迅八は思ったが、怒られたくなかったのでそれ以上は口にしなかった。


「お〜。坊主こっち来いよ。コルテ、一杯出してやったらどうだ〜?」

「あんた飲めるんでしたっけ?」

「飲みたい! ……軽いやつね」


 迅八は酒に強くないが、この場所の雰囲気に少し当てられていた。


(かっこい〜い。家の中にこんなのあんのかよ……!)



 家の中まで引かれたガス灯のぼんやりとした明かりが、その場の人間達の顔を照らしている。

カラン、と音がした方を迅八が見ると、アマレロが氷の入った琥珀色の液体を、チビチビと舐めていた。

 ソファーで酒を持っていたクロウが、一気に手元の杯を飲み干しカウンターに向かう。すると、その長方形の台の上に杯を滑らせた。

 ——パシン。コルテがその杯を手で止める。


「……もっと強えやつだ。喉が焼けるような」

「脳味噌まで焼かれてもいいんで?」

焼かれて(bring it )みてえな(on)……」



 ——なんです? へんな空気、です?

 ——いや、なんか知らないけど。みんなここで飲むとあんな風になるんだよ



「……ジン。ガキはこれでも飲んでな」

「おい。……ここじゃ客に小便飲ませるのか? 麦酒(ピス)なんかじゃ酔えやしねえよ……」



 ——客? 店、です? ここ、店です?

 ——あいつ、自分で軽いやつって言ったのに

 ——男はなんでああなるかねえ



 いつの間にかクーロンはソファーに行った。

空いたクーロンの席にクロウが座ると、その隣に座るアマレロの憂鬱な声が響いた。



「……おいマスター。あの曲を流してくれ。……あいつが好きだったあの曲を」

「もう忘れなさい。ほら、こいつが忘れさせてくれますよ」

「……しょっぺえな。ここの酒はよ」

「ウチの酒にケチつける前に、あんたの目から流れてる隠し味(スノースタイル)を早く止めなさい」

「は。……マスター、あんたも飲めよ」

「おやおや。困ったお客だ……」



 ——ある、です? 曲が流れる道具、あるです?

 ——ないよそんなもん。いつもはここで誰かが楽器弾くんだ

 ——てゆうかさあ。アマレロ、もう口調が変わって誰だかわかんなくなっちまってんじゃないか



 男たちは店主の前で肩を並べて酒を味わう。そして、チラチラと天井を眺めた。

 そこには巨大な扇風機のような三枚羽根がゆっくりと回っている。まるで飛行機のプロペラのようなそれは、シーリングファンと呼ばれるものだ。



 ——なんで、あれ見るです? なんです?

 ——さあ。なんか空気が混ざって涼しくなる道具らしいけど、あんまり分からないよ

 ——あんなの、なんの意味もないんじゃないかい



 その言葉を聞いたカウンターの男達と店主が血相を変えた。



「「「「かっこいいだろうが!!」」」」



「そ、そうかい。悪かったね。あはは……」

「……ばかだ」

「です」






 ————————————————






「さて……今日はちょっと疲れたからシズを風呂に入れてから寝るよ。クーロンは?」

「あたしゃ、バカ達とちょっと飲んでようかね」


 アゼルが立ち上がるとシズもそれに続く。すると、二階からジークエンドが降りてきた。


「飲んでいるのか? ……おい店主。あの曲を流してくれ」

「ジークエンド。それ、さっきアマレロがやってたよ。……さ、シズ。行こうか」

「なん、だと……? 貴様ら……」


 アゼルとシズはその部屋から立ち去る。そしてその代わりにジークエンドがソファーに座った。


「ふむ、まあいい。……よく寝た。頭がスッキリしているぞ」


 コルテがカウンターの奥から出てきてテーブルに酒瓶を置くと、自分もソファーに腰掛けた。

そこに、迅八が声をかける。


「そういえばイエリアは?」

「あいつなら教会に行きましたよ。色々する事があるから近い内に顔を出すって。……はぁ。なんで訳の分からない奴らが僕たちの周りに」

「それって、俺たちの事も入ってんだよね?」

「あたりめえです。主にあんただ」

「お〜? いいじゃねえか。退屈しねえな」

「坊や。あんた、はぐれてから随分うろついてたみたいだけど、何やってたんだい?」



 考えないようにしていた事が、迅八の頭に浮かぶ。クロウには、もうニコル達に近付くなと言われた。その理由も。

 迅八はクロウの方を見る。その顔には否定も肯定も浮かんではいない。——話すなら話せ。そんな顔をしていた。

 迅八はクロウに言われた、亜人の親子に近付くなという事だけ省き、皆とはぐれてからを語った。


「……うん。今日はみんなとはぐれてから色々あったよ」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 その話を聞き終わり、初めに口を開いたのはコルテだった。


「あんた、僕たちの名前を使った……ていうか、自分で自分をロックボトムだって言ったんです?」

「うん、ごめん……。つい、頭がカッとなって」

「ジン」


 ジークエンドの声が響く。

 その声は大きくもなく激しくもないものだったが、迅八はその体を一度、震わせた。


「俺たちの名前を使った事はどうでもいい。それよりもな。そいつら、次は殺してこい」

「え……」

「抜いたら殺せ。殺せないなら抜くな。脅しだったら拳にしておけ」


 迅八は、名前を使った事を怒られるか、暴れた事を注意されると思っていた。しかし周りの人間達も、ジークエンドの言ったことに異を唱えない。



「坊や。ジークエンドの言ってる通りだよ。敵だって決めたら迷ったらダメだ。……けどね。あんたは多分、その見極めが出来ない。だからあたしの意見はジークエンドとは少しだけ違う。あんたはそもそも刀を抜かない方がいい」


「…僕もそう思いますね。けどま、どっちにしても『抜いたら殺せ』だ。抜いても殺さない奴は安くなる。安くなりゃあそのうち殺される側だ」


「けどよ〜、名乗ったって事は、これで坊主もロックボトムの一員か〜? 大変だなおめ〜よ〜」


「……なに言ってんだいアマレロ。坊やとシズは、普通に生きた方がいい」


「なに言ってんだ? それはてめ〜の方だ。……坊主とシズの二人と離れたくね〜のはてめえとアゼルじゃねえか。丁度いいんじゃね〜のか?」



 腕を組んで考えているコルテの方を、クーロンが見る。



「それとこれとは別だろっ。……コルテ、あんたからも言ってよ」

「……まあ、仕方ねえですかね」

「コルテ? あんた、なに言ってんだい?」

「クーロン。決めるのは僕たちじゃあない。周りの奴ら(・・・・・)だ。周りにそう見られたら、ジンもシズも僕達の仲間だと思われる」

「それは……そうかもしれないけど」


「ふむ。コルテの言う通りだな」


 一杯目の酒を飲み干し、ジークエンドは()ずから二杯目を注ぐ。そして、唇を濡らしてから口を開いた。


「ここで俺達が何を言おうが関係ないという事だ。……この話は終わりだ。ジン、抜くなら殺せ。安くなるなよ」

「う、うん……」


 アマレロも酒瓶を引き寄せ自分の杯を満たす。ごくごくと飲み干してからまた酒を注ぐ。


「は〜ん……。しかしよ〜、千年の大悪魔とパーティ組むってか? 世界征服でもするか? 退屈しのぎにゃいいだろ〜よ」

「ふむ。世界征服は無理だろうな」

「……けど、小さな国の一つ位なら落とせるかもしれねえですけどね。ジークエンド」


 コルテの言葉にクロウが反応する。


「おい眼鏡。なに企んでやがんだ? ……俺とコイツの目的は、結魂解除と真魔の使い手を探す事だ。変な事に巻き込もうとしてんじゃねえぞ」

「……………………」






 ほんの少しの沈黙が流れる。

 様々な意味を持つその沈黙の中で、迅八は別の事を考えていた。


(……仲間って、言ってもらえたのかな)


 迅八は居場所が欲しかった。

 元の世界には、もう帰りたくない。


 もしも、論理と暴力が真っ正面からぶつかれば、この世界ではいつでも暴力が勝つ。甘くない世界。

 それでも、この世界で生きてゆくつもりなら、力をつけなくてはいけない。ジークエンド達は強い。彼らから学べる事は山程ある。しかし、そんな事よりも。


(ここに居ても、いいのかな……)


 単純に、迅八は嬉しかった。






「さて、次の話だが……」


 ジークエンドの言葉で迅八は我に返る。ジークエンドは、迅八に向かい話しかけていた。


「ん、なになに?」

「ジン。俺達はお前の『始まりから現在まで』を聞いた。この世界でのな。……その前(・・・)を聞かせろ」

「え、それって」

「お前が元の世界でどんな境遇だったのか。その最後の記憶はどんなものなのか。……お前もお前の妹にも謎が多い。俺達が聞けば意味を成す。そんな情報があるかもしれない」

「元の世界の話……」


 迅八は、一瞬だけ迷った。

 正直に言ってしまえば、誰かに聞いて欲しい思いは常にある。訳の分からない世界に放り出されて、数々のトラブルに見舞われたせいで、同じ境遇の転生者にも今の自分の状況を話せなかった。


 迅八はジークエンド達に打ち明けたかった。ロックボトムの仲間と認めてもらう為に、自分の事を知って欲しかったのだ。



「少し長くなるし、一つだけお願いがあるんだ」

「ふむ。なんだ?」

「シズは……元の世界の事をよく覚えてないし、一部は全く覚えてない。だから、シズには絶対に教えないで欲しいんだ」

「約束しよう。俺達が約束を破る事はない」


 その言葉で、迅八は彼らを信じる事に決めた。




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 ……その長い語りが終わる。

 迅八はいつの間にか、自分のズボンの膝の辺りを固く握っていた。すると、そこに優しい手が降りてくる。


「……よく話してくれたね坊や。辛かっただろう。ごめんよ」


 迅八の顔は憔悴(しょうすい)しきっていた。

 自らの思い出したくない過去を見つめて他人に聞かせる。それは想像以上の苦痛だった。


「ジークエンド。坊やはもういいだろ」

「連れていってやれ。アゼル達と一緒に居させてもいい」


 自分だけで立ち上がる事にも苦労しそうな迅八の様子を見て、クーロンは迅八の肩を抱き階段を上がった。

 二階の廊下には幾つかの扉が並んでいる。その廊下の突き当たりで、クーロンが一つの扉をノックした。


「アゼル、開けとくれ」

「……クーロン? どうしたの?」


 アゼルが内側から扉を開く。

脂汗を浮かべてクーロンの肩にしがみついている迅八を見て、アゼルが怪訝な顔をした。


「……どうした? なにがあった?」

「シズはもう寝てんのかい? ……アゼル。今日は坊やもあんたの部屋で寝かせてやんな」

「……ん。分かった」

「ご、ごめんアゼル。けど、おれ、平気だから。別の部屋で」

「……いいよ。早く入れよ」


 クーロンの肩から離れた途端、迅八は崩れ落ちた。しかし、その体が前から優しく抱きとめられた。


「……アゼル」

「なにが大丈夫だ。……今日だけだからな」

「アゼル、あたしは下に戻る。早く寝るんだよ」

「……ふぅ。はいはいおやすみ」


 アゼルが迅八を部屋に入れると、クーロンがその扉を閉めた。ドアから人が遠ざかる音がする。






「アゼル、ごめん……。すぐ平気になるから、そしたら出てくから」

「うるさいなお前は……」


 アゼルの頭は迅八の肩の位置にある。その小柄な体で迅八の事を抱きとめる。……ぽんぽんと。優しく迅八の背中を叩く。


「大丈夫だ。……お前の妹はここにいるし、お前もここにいる。大丈夫だよ」

「……アゼル」


 アゼルの匂いがする。

 誰かが、そばに居てくれる。

 迅八は、それがなくなってしまったら、自分が消えてしまいそうに感じた。


「ほら、少し歩け。ベッドで横になるんだ」

「ごめん……ありがと」


 そのベッドにはシズが寝ていた。

 アゼルは迅八をそこまで連れてゆくと、シズの横に迅八を寝かせた。


「明かりを落とすぞ」

「……あ」


 ランタンの揺らめきが消えると部屋は暗闇に包まれた。

 とっさに、迅八はアゼルの手を掴んでしまった。けれど、アゼルがその手を離す事はしなかった。






 ————————————————






「……どう思った?」


 ジークエンドの静かな声が響く。

 クロウはそれには返事を返さず、頭の中で幾つかの事を考えていた。


「お〜? 楽園育ちって感じだな〜。このロンダルシアの『楽園』じゃなく、本当にある楽園ってのがあいつの住んでたとこなんだろ〜よ」


 アマレロの言葉に、皆が沈黙で返す。

 確かに感じた事だったからだ。


「……まあ、あいつの境遇は珍しい話じゃありませんでしたね」

「コルテ、……珍しかろうが珍しくなかろうが、そいつの痛みはそいつだけのもんだ。誰かと比べられやしない。あんた、殴られたいのかい?」

「んなこたあ分かってますよ。……そういう意味じゃなくてね。ただ、そんなに珍しい話でもないでしょう」


 それも皆が感じていた事だった。

 この世界ではさほど珍しい話ではないし、よっぽどひどい経験をしている人間は山程いる。


「お〜……あいつが住んでた地域は特別平和なんだろ〜よ。転生者にも色々いるからな〜。ジンの奴は転生病(・・・)にかかってんじゃね〜のか〜?」


 アマレロのその言葉は、今日クロウも感じた事だった。

 ……あの少年の異常な攻撃性。あれは元からの気性の激しさもあるし、虐げられる生活の中で芽生えてしまったものなのだろう。自分がやられていた人間は、やる時は徹底的にやる。

 確かに初めから迅八はそういう部分を持っていたが、自分の連れが突き飛ばされそうになっただけで相手を殺そうとするなど、いきすぎだ。


「……平和な世界から来た奴ほどなりやすいって聞くけどな〜。まあ間違いね〜だろな」



 転生病。

 正確には病気ではなく、いつの間にかそう呼ばれるようになった精神状態だ。


 この世界にやってきた転生者は、色々な混乱に襲われる。

 そして元の世界との違いを認めてこの世界に慣れてくると、今度は勘違い(・・・)し始める。やり過ぎるのだ。



「……大抵はここより平和な世界から来るみたいですからね。死体なんか見たことない連中がここに来て、(ナマ)の命のやり取りを見る。その内、それが当たり前だと思いだすんでしょうよ」

「さっきの坊やの話と同じさ。見極めが出来ないんだ」

「俺達なりに決めている()が、あいつらには分からない。……ふむ。まあ追い追い分からせるか」

「ど〜でもいいぜ。んなこたよ〜」


「……俺様も同じだな。どうでもいいこった。そこまでのアホじゃねえだろ……と言いてえところなんだが」


 クロウの言葉で皆黙った。

 そこまでのアホの可能性が十分にある。



「まあそりゃ置いとくぜ。……それよりもな。俺様には一つだけ気になる部分があったぜ」

「ほう……奇遇だな。俺も感じた。……話の最後で違和感があったな」

「そうかい? なんか分からないとこあったかい? アマレロ、なんかあった?」

「あ〜? さあ」



 疑問を口にするクーロンの横で、アマレロは黙って酒を飲み続ける。氷の鳴らす音だけが、からりと部屋に響く。


 ロンダルシアから少し離れた場所にある天然の氷室ひむろ。そこには冬の間に出来た氷や、他の地方から輸入された氷が蓄えられている。転生者達の開発した簡素な断熱素材などもあり、氷は昔ほど高価なものではなくなっていた。

クロウはその氷を使わずに、ぬるいままの酒を飲んだ。



「……あのクソガキは、まあ、死んだんだろ。あのおかしな回復はこっちにきてからのもんらしいからな。普通の人間は心臓刺されちゃ生きていられねえ」

「死んだ後にこの世界に来たって事が不思議なのかい? ……それはそうだけど、考えても分かりゃしないよ」


 コルテも氷を入れずにぬるくなった酒で、喉を湿らせた。


「……そもそも、考えても分からない事だらけだ。ほとんどがそうでしょうよ。シズのおかしな力もよく分からないでしょ」


 クロウの右腕を治癒させた、あのおかしな力。

 アゼルの力にも似たそれは、ロックボトムにとっては捨て置けないものがある。


「それだ。シズだ。……あいつが気になる」

「だからジークエンド。考えても分かりゃしないよ。坊やの力もシズの力も、考えるには材料が少なすぎる」


クロウは言う。


「ちげえよ鉄拳女。その事じゃねえ。ジンパチがこの世界に来た『きっかけ』は分かった。死んだからだ。……なんでそんな事が起こるのかは分からねえがな。……だがな、ジンパチの妹、シズはなぜ、この世界に来た? そのきっかけはなんだ?」



 一拍置いて、クーロンの顔が歪む。

 コルテが天井を見上げる。

 アマレロは黙って酒を飲み続けていた。


 ジークエンドはその『疑問』を口にする。



「テラダジンパチは、妹に殺された。……それは事故のようなものだが、それがきっかけとなり俺達の住むこの世界に来た」


 天井では三枚羽根がゆっくりと回り続ける。


「テラダシズカは、なぜこの世界に来た? ジンの意識がなくなったその後、その場所ではなにがあった(・・・・・・)?」













 いつの間にか、氷が鳴らす音以外にも部屋の中には静かな音が響いていた。


「……雨か」


 クロウは窓に近寄り、そこから闇の中を見る。熱砂の国の今の季節では雨が降る事は珍しい。

 それぞれが色々な思いで沈黙に沈む中、千年の大悪魔は闇に向かい一度だけ舌打ちした。




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