外伝 亜人国の影
……その部屋の中では、各部族の有力者達が円卓を囲んでいた。
豚人、小鬼、蜥蜴人、牛人、翼手——その他にも、様々な種族が集っている。
部屋の最奥に座るのは、亜人王、ロド・クロウ。
その両脇には妹のフィレットと、前里長であるスーローンが控えている。
そして、王の対面にはエルフの大司祭が座っていた。クロウとロドに結魂を施したのはこの人物だった。
(……早く終わらないかなあ)
フィーナは部屋の入り口で、あくびを噛み殺していた。——やはり、どう考えても自分はこの場に必要ない。
フィーナの横では、トットが緊張した面持ちで直立不動になっていた。
「……話は分かった。他の種族からは同じ訴えはないのか?」
「今はありません」
ロドの問いにフィレットが答える。
フィーナの目から見た最近のフィレットは、とても美しい。
あの転生者がいなくなってから、フィレットは髪を伸ばし始めた。今は肩よりも少し長い髪の毛が、あちこちに跳ねたり、くるくると巻かれたりしている。
そして、フィーナは前よりもほんの少しだけ線が細くなったが、恐らく実際には体重は変わっていないのだろう。……顔つきが変わったのだ。
その愛らしさは変わっていないが、なんというか、綺麗になった。
(こりゃ男達が騒ぐのも仕方ないわ。いい女になってるよねー)
フィレットは亜人のアイドル的存在になっていた。
様々な者が書いたフィレットの似顔絵が売られてるし、手先が器用な小鬼の中には『絵師』などと呼ばれて皆から尊敬だったり軽蔑だったりされる者がいる。
なぜ軽蔑されたりするのかは、その絵を見てみれば分かるのかもしれない。
議題はなかなか重い内容だったが、フィーナには余り興味がない。
すると、スーローンから厳しい目線が送られた。
(……睨むなよババア)
スーローンは里長を退いてから、人間として丸くなった。しかしフィーナは知らないが、年配の者達が言うには元々スーローンは穏やかな女だったらしい。若い頃は余りにも大きな胸をからかわれて、泣いたりしていたという。フィーナには信じられない。
スーローンの、切りつけるような魔性の美貌は今なお健在だ。しかしその目つきは前よりも柔らかい。時おり、里の中で他の種族の子供たちと遊んだりしている。
その姿が『絵師』により描かれていて、フィレットの絵と人気を二分している事を本人は知らない。
「……王よ。どうなさいますか」
スーローンがロドに声をかけると、周りの者たちの視線が、『王』に集中した。
王は腕を組み瞳を閉じている。
そして、そのまま静かに呟いた。
「亜人狩りか……」
フィレットは変わった。
スーローンも変わった。
しかし、一番変わったのはこの男だ。
ロド・クロウ。
この大森林の王であり、現在の戦士長であるフィーナの前任者。
ロドは寡黙な男だ。その感情を表に激しく出す事はない。そんなロドはフィーナにとって戦闘の師匠でもある。
彼の斧に何度打ちのめされたか数え切れない。そして、ロドは手合わせをする時にも口数少ない男だった。
黙って何度も同じ場所を打ちすえ、言葉ではなく体で分からせる。
その時のロドの目つきは余りにも鋭くて、手合わせだと分かっていてもフィーナは震え上がったものだった。
……そして、その国王の口から、言葉は紡がれた。
「……まかせとけまかせとけ!! うははははははははっ、そんなもん俺の斧で一発だ!! チョロいチョロい!!」
「ですよね〜!! うはははははははは!!」
——わっはっはっはっは〜
(……本当に、師匠変わったなぁ)
フィーナは今度はアクビを隠す事をしなかった。
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——どうせだったら酒盛りでもしよう
ロドの言葉により里の広場では突然の宴会が開かれた。様々な種族が楽しげに酒を飲みあい談笑している。
その間で忙しそうに立ち回る豚人の女達、その中にはシェリーの母であるロザーヌの姿もあった。
「フィーナ。あなたは飲まないの?」
「飲もうかな。ロザーヌ、なにがあるの?」
泡立つ液体が並々と注がれた木のジョッキをロザーヌから渡されると、フィーナはそれを一気に飲み干した。
「ふー……」
フィーナは座り込んで宴会の様子を眺める。最近では見慣れた光景だった。
最初は色々な種族が集まる光景に違和感があったが、今では珍しくもなんともない。
「ルシオは何してるの? またオバサンにこき使われてるの?」
「フィーナ。戦士長がスーローン様の事をそんな風に呼んじゃダメよ」
ロザーヌもフィーナの横に腰をおろすと、二人で静かに酒を飲んだ。
「師匠は変わったなあ……」
フィーナの視線の先では、ロドがエルフの大司祭と酒を酌み交わしていた。
ほがらかに笑い、豪快に酒を飲むその姿は、フィーナのよく知るロドとは程遠い。
「大体、亜人狩りの話を切り上げてお酒飲んじゃダメでしょ……。あたしはどうでもいいけどね」
亜人狩り。
元々エルフが『国家』成立に賛成したのはそれが理由だった。
亜人は、人間だ。
少なくとも亜人達はそう思っている。しかし、人族の中にはそれを認めない者達もいる。
迅八の元の世界では、肌の色が違うだけで、血筋が気に入らないというおかしな理由だけで、その者たちが人間として認められない時代や文化があった。
こちらの世界では肌の色どころではなく、姿形が違う。しかも彼らは人族よりも数が少ない。迫害される理由は色々とあった。
亜人達は実際に『劣っている』わけではない。
知能なんて大して変わらないし、肉体の強さを見れば、大抵亜人の方が優れている。そして、外見が美しい者たちが多い。色々な需要があるのだ。
「亜人狩りね……。エルフはよく町でも見たわ」
ロザーヌはオズワルドや他の町を思い出す。金持ちの後ろに付き従う奴隷の姿を。
「エルフは華奢な人が多いし人族に一番外見が近い、その上みんな美しいからね。亜人狩りの被害は一番多いと思うわ」
「それなのになんで酒なんか飲んでるんだか」
ロドはエルフの大司祭から離れ、今はリザードの族長と話している。バンバンと肩を叩き合い、豪快に笑って酒を飲んでいた。
「……もうエルフの里の避難は終えてるらしいわよ。今日はその後の話が主になるって言ってたわ」
「ロザーヌは色々とやらされてるわね」
「仕事があるのはいい事だわ。ありがたいわよ」
ロザーヌ達はロドの家で暮らしている。
その為、自然とロド達の仕事を手伝うようになっていった。ロザーヌ達は亜人ではあるがその血は薄れていて、ほとんど人族と変わらない。その思想もだ。
亜人国家が目指すのは他種族との調和だ。なので、人族に近い彼女達一家は、ロド達からしてみても貴重な存在だった。
「フィーナは気に入らないかもしれないけど、あなたの師匠は色々と考えてるわよ。もちろんスーローン様も、フィレットもね」
「それは分かってるけどねー。ま、あたしはどうでもいいかな」
「……なに話してるの?」
その声はフィレットだった。
彼女も二人の横に腰をおろす。
「フィレット。シェリーは?」
「向こうでトットお姉さんと遊んでるよ」
フィーナがそちらに目を向けると、シェリーがトットを追いかけていた。周りの者たちは微笑ましいものを見るような目をしていたが、追いかけられているトットの顔は引き攣っていた。それを見てフィーナも笑う。
「……兄さんは言ってたわ。『俺は王者にはなれない』って」
フィレットの突然の言葉にフィーナは眉をひそめたが、特に何も言わなかった。
「クロウ様やジンくんの事をそばで見て、なにか感じたらしいの。自分で出来る事と出来ない事を。……それで言ってた。『王者にはなれない』って」
それはつまり、絶対的な力で皆を引っ張る事は出来ないという事だろう。
ロドは目の前で見てしまった。自分では辿り着けない絶対的な力を。
しかし、ロドはそれなら違う存在になろうと思った。今は、そこに至る途中なのだ。
「だから……ね。フィーナも兄さんを助けてあげてね」
……オークの里は活気に満ち溢れている。笑い声が溢れている。
おそらくロドは、フィーナが思っているよりも多くの事を考えているのだろう。それをサポートするスーローンも。
そして他の族長達もそれが分かっているから、この空気にあえて乗っているのだ。
そうでなかったら堅物のエルフの連中まで、あんなバカ騒ぎに興じるはずもない。
……しかし、フィーナの心には、いつでもしこりがある。
師匠であるロドは尊敬しているし、フィレットもスーローンも、なんだかんだと好ましい人物達だ。
けれど。
里長の一家に対する気持ちは、忘れたはずなのに、いまだに何か刺さっているトゲがある。特に、収穫祭を行っていた、元里長のスーローンに対しては。
……いつの間にかどんどん人は増えている。フィーナはそれを見ると、暗い気持ちを沈めて、楽しく笑いあっている輪の中に加わった。
その時その場にいる者は、みんな明るい未来を信じていた。あるいは、信じていたかった。
しかし、まだ誰も気付いていない。
大森林の方を向かい、闇の中で笑う者たちがいるのを。
……迅八達は知らない。
自分達から遠く離れた場所で、大森林に闇がにじり寄るのを。
幕間おしまい。
次のお話から第五章です。




