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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
幕間
82/140

外伝 亜人国家

 



 シェリーはご機嫌だった。

 大森林の亜人国にやってきてからというもの、毎日は楽しかった。


 町のそばに住んでいた頃に不満があった訳ではないけれど、急に自分をからかい始めた町の子供たち。理由がわからない悲しみが、シェリーを襲った。


 それでも、それ自体は勝気なシェリーにとって大した事ではなかったが、自分がからかわれていた時、普段仲良くしていた友達が、その場でシェリーの目を見なかった事は幼い心を傷付けた。

 それに、父と母も最近は沈んでいる事が多かったのに、この国に来てからそれは少なくなった。それもあってシェリーは自分に納得させた。……この国、大森林の亜人国に来たのは良かった事なのだと。


 大好きなクロウはこの国に少しだけいて、すぐに町に戻ってしまった。それは少し寂しかったが、新しい友達がたくさん出来た。その中の二人とこれから遊びに行くのだ。

 シェリーの幼い心は浮き立っていた。






 ————————————————






「……こらこらシェリー。あんまりはしゃいじゃダメよ。怪我したらスーローン様に怒られちゃうわよ」


 緑色の肌を持った美少女がシェリーを追いかける。すると、その小鬼(ゴブリン)族の少女に後ろから声が掛けられた。


「怒られるのはあんただけどねー。気をつけなさいよ。最近丸くなったけど、あのひと怖いから」


 それは豚人(オーク)の美しい女だった。小鬼の少女も豚人の女も、同じように活動的な服装だったが、与える印象は全く違う。


 亜人は寿命が長い種族が多い。そして、人族と同じような成長——老化をするとも限らない。

 小鬼の美少女はシェリーよりもずっと年上だが、その肌の色は違うものの、並んで立ってみればまるで姉妹のようだ。

 かたや豚人の女は小鬼の美少女よりも年下だが、見た目だけで言えばこの場の最年長に見える。その活動的な服装から覗く、美しい肢体からだ。それは、成熟した女性のものだった。


「フィーナ、あんたも怒られるわよ! ……私の身にもなってよ。ただでさえ私はスーローン様に目をつけられてるんだから!!」

「自分の男があんたと寝たからって……。あのオバサンも器が小さいわよねえ」

「フィーナ!!!」


「トットちゃ〜ん、これこれ〜」

「シェリーっ。そ、それ毒キノコっ。……た、食べないで、食べないで!!」



 豚人の女、フィーナ。

 小鬼の少女、トット。

 彼女達はシェリーのお守りとしてこの場にいる。もっともシェリーはそうは思っていないようだが。

 大森林の亜人国家は、収穫祭の終りの後、改革と調和、相反するものを求める道を進み始めた。しかし、それは簡単な事ではない。


 亜人の各部族達が手を取り合ったからといって、いきなり仲良く同じ場所に住めるわけもない。

 別に、亜人同士で抗争があった過去などはないが、抗争とは言わなくても狩場を巡る小さな小競り合い、生活習慣や部族の風習、お互いの誇りから生じる喧嘩などはある。


 心から打ち解けるには、精神的にも少なくない時間が必要だし、物理的に住める場所もない。なにせ、大森林は広いしそこら中に部族は広がっている。急に巨大な町などは作れない。

 そして、『亜人国家』の噂を聞きつけて、近隣の亜人達が続々と大森林にやって来ている。そんな亜人国家は、すでにこの世界の注目の的だった。



「トットちゃん。これあげる〜」

「いらないわよ毒キノコなん、か……。ちょ、ちょっと。そんな顔しないでっ、私を悪者にしないで!!」


 風は梢を揺らす。

大森林は生命に溢れている。

緑の樹々も、美しい花々も、そこに住む動物達も。

……そして、危険な魔獣も。


 森の中で、時おり影が走る。

 その影はフィーナ達からつかず離れず、一定の距離を保っている。

 フィーナの耳に、遠くから魔獣の唸りが聞こえると、その次の瞬間に影が走る。

 すると魔獣の唸りは消えた。その命の灯火と共に。


(あいつらも仕事熱心ね……)



 ……彼ら(・・)は、シェリーの護衛だ。そして、それは豚人の中でも屈指の戦士であるフィーナも、小鬼の魔術師であるトットも同じ事だった。


 この場には、命に順位が存在する。

 この場に立つ人間達の命の価値は、等しくない。この場でもっとも死んではならない存在は、シェリーだ。

 辺りを守る護衛達は、シェリーの代わりに死ぬ為にここにいる。周りの護衛が全員死ねば、次はフィーナとトットが死ぬ番だ。しかし、フィーナとトットが本当に死ぬ事は許されない。

 死ぬ気で守る(・・・・・・)。それが二人の仕事だった。


「フィーナあ〜。キノコ食べてえ〜」

「嫌。嫌っていうか、ムリ。……シェリー。人が嫌がる事をすんじゃないの」

「は〜い」


 フィーナは豚人の中では珍しい性格だった。自由を好み、異性にあまり興味がなく、物事にすぐに飽きる。

 フィーナから見たシェリーは可愛い少女だった。シェリーは亜人らしいが、その見た目は人族と変わらない。……フィーナは人族があまり好きではない。特に、いやらしい目つきの男たちは。

 それでも、可愛らしく人懐こいシェリーは、フィーナから見ても守ってやりたい存在だった。


 オークの里は、今は一応、亜人国家の首都という事になる。小鬼のトットは最近そこに移り住んだ。

 いきなりみんなで一緒に暮らすのは無理だ。しかし、いつかはそれを目指すのだ。その為の第一歩として、それぞれの里から色々な里へ、様々な人員を移住させる事になった。

そして、ゴブリンの少女であるトットがオークの里に来る事になった理由には、千年の大悪魔が関係していた。


「フィーナ〜。ふわふわってしてえ」

「はいはい……。もう、ちょっとだけだからね」


 フィーナは美しい肢体を包む上着を脱ぐ。その下には何も身につけてはいない。

 男達が見れば騒ぎ出す光景だが、ここにはそんな者はいない。フィーナは腰を屈めると、シェリーの事を背負ってやった。


「う〜んんん……もふもふぅ……」


 フィーナの乳房やお腹、体の前面には毛が生えていないが、後ろ髪からたてがみのように、背中に体毛が生えている。

豚人の中でも毛深いフィーナはそれが少し嫌だったが、シェリーはお気に入りのようだった。



「くろちゃんみたい……。えへへ〜……」



 クロウ——千年の大悪魔。

 悪食、魂食の大悪魔、そして新しい森の主であり、亜人国家の国王たるロドの、名付けの上での


 シェリーと、その両親であるルシオとロザーヌは、そのクロウが直々に連れてきた、この大森林でも上位の『賓客』だ。

 クロウはシェリー達を特別扱いしろなどとは言わなかったが、ロドとスーローンがシェリー達にした扱いは、最上級のものだった。なにしろ今では同じ家に住まわせているのだ。


「フィーナ……そのまま、そのままでいて。少し休ませて……」


 トットは疲れ果てている。その腰に下げた水筒を手に取ると、中身を喉に流し込んだ。……ゴブリンの美少女であるトットは、クロウから直々に寵愛(ちょうあい)を受けた。と言っても、それはトットだけではない。


 オークの前里長であるスーローンは、トットよりも深く気に入られているようだし、あまり表立ってはいないが他にもお手つきになった女は山程いる。そう。山程(・・)いるのだ。クロウが滞在したのはたった二週間程だったが、凄まじいクズだった。

 しかし、それが理由となり、トットはオークの里に住む事になった。そして、今はフィーナと共に、シェリーのお守りとして日々を過ごしている。


「……まあ、別にシェリーと遊んでればいいんだから楽な仕事だけど」


 フィーナの背中でゴロゴロとしているシェリーの軽い体重。

 しかし、この少女の命の重みは実際には違う。いざとなれば、国王であるロドですら彼女を守る為に戦うだろう。


「けど、危険なんてないしね。あー、いい生活ねー」


 護衛達は精鋭ばかりだし、そもそも危険な魔獣の生息域には近寄らない。出会ったとしても一匹や二匹どうとでもなる。見守っている護衛達も含め、この場に居るのは精鋭だけだ。

 これで三食昼寝付きだ。フィーナもトットも、今の毎日に満足だった。そして、自分達が寝てるうちに、各部族の親交は勝手に深められるだろうし、大森林はどんどん住みやすくなるだろう。






「フィーナ。そろそろ戻るわよ」


 充分に休んだトットが、フィーナに声をかけると、シェリーがぐずりだした。


「もっとあそぼうよ〜」

「こら。ロザーヌさんに言いつけちゃうぞ」

「やだ〜!」


 渋々と納得したシェリーを背負ったまま、フィーナは来た道を戻る。


「……もうそんな時間? トット、その話し合いって、本当に私達も居なくちゃダメなの?」

「シェリーの護衛に関わるかもしれない話よ。フィーナ、あなたは戦士長でしょ? 関係ないはずないじゃない」

「エルフの問題事だっけ?」


 ……大森林——亜人国家成立の為には、幾つかの問題があった。

 その中でも最大であり、そして一番困難だったもの。それは、全体の『空気』だった。

 何かが変わる時、人は大多数の意見と共に居たがる。尻馬に乗ると言うと言い方は悪いが、安心が欲しいのだ。

 それの最大の障害だったはずの、保守派の筆頭で強い力を持っている耳長(エルフ)族が、真っ先に『国家』に対して賛成したのは大きな要素だった。


「まあ、なんかあるんだろうなとは思ってたけどね」

「けど、その為の互助組織である『国家』よ」

「あんた詳しい話は知らないの?」

「うっすらとは聞いたけど……。まあ詳しい事はこれから分かるわよ。……嫌でもね」



 大森林の因習、『収穫祭』は終わりを告げた。しかし、亜人の問題はそれだけではないのだ。



「ところでフィーナ」

「なに?」

「そろそろ服着なさいよ」


 背中でもふもふし続けるシェリーを思うと別にこのままでもフィーナは構いやしないのだが、そういう訳にもいかないのだろう。


 三人とそれを取り巻く護衛達はオークの里のすぐそばまで戻っていた。

 ちょうどその頃、エルフの有力者達もオークの里に入っていた。




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