千年歩行者
目覚めた頃の事は、もう覚えちゃいねえ。
それから、幾つの夜を越えてきたか。
仲間たちと語り明かした真夏の夜はいつだった?
狭い寝床の中で、愛する女に抱かれて眠った秋は。
長い冬のあと、春の光を待ち望んだのはいつだった?
それだって、ほとんど思い出せやしねえ。
忘れられねえ事もある。
愛する女がいた。そいつと家庭を作った。
出会いは運命のように訪れた。
こいつに隣に居て欲しいと思った。
一年、幸福のうちに時は過ぎる。
二年、穏やかな時間が流れる。
三年、お互いを意識しなくなる。
そして、俺達は本当に家族になった。
それからも時は流れる。
五年が過ぎた。十年を共に過ごす。
時間は、誰にも平等に降り注ぐ。
降り注ぎ、貫き、いつの間にか通りすぎる。
……俺以外には。
——あなたは歳を取らないわね
あいつがそう言ったのはいつだった?
初めは笑いながらだった。
けれど、その瞳の中に、疑問が見て取れるようになったのは、いつだった?
……二十年。
顔に刻まれ始めたシワを、あいつが隠すようになったのはいつからだった?
……三十年。
俺の前であいつが肌を見せることがなくなったのは、いつからだった?
……四十年。
それでも愛する女に触れたい俺の手が、あいつの髪を撫でた時。
……あいつが、悲鳴をあげた夜から。一体どれだけの時が流れたんだ?
時は流れる。俺以外の全てを巻き込んで。
あいつが死んで、慣れ親しんだその土地を離れた。畑を耕す鍬の代わりに、その手に武器を持った。
血を流す。血を流す。耐えきれぬ痛みに涙を流す。それでもマシだった。あんな思いをするよりは。
……運命は再び訪れる。
あんな思いをするのなら、
もう二度と人と関わりは持たない。
それでも、俺はすがってしまった。
人の熱。長い夜を忘れさせるものに。
あとは面白い事なんかありゃしねえ。
同じ事の繰り返しだ。
そんな事を繰り返していた、あの頃はいつだった?
永遠に変わらない俺が、永遠に続くものを望んでいたのはいつだった?
涙は枯れ果てた。
……いつの事だった?




