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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第四章 絶対強者
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両雄並び立つ



 



 ……俺の名前はブルサドニア。ブルって呼んでくれ。

いかつい名前かもしれないが、俺は小心者だ。そして、俺はそんな自分をよく知っている。


 危険には近寄らない。危ない仕事は引き受けない。それが高額であってもだ。馬車の御者として、コツコツと仕事をこなして、安定した生活を送りたい。……だって、俺はこいつらとは違うんだ。




 ——ほら。そこが汚れてるよ。もっと舌を突き出すんだ。……そう、そうだ

 ——は、はい、ひぃ……




 俺には家族がいる。

 守らなくちゃいけないものがある。金と引き換えには出来ない。俺の命は尊い。……だって、俺の帰りを待ってくれている妻と子どもの命が、俺の肩にかかってるんだ。




 ——あらあら、掃除もろくに出来ないのかいこの子は。……いけない子だねえ。どうやらお仕置きが必要みたいだ

 ——い、ひっ! やめて、やめてえっ! 舐めます、なめますから……!




 ああ……なのに、なのにだ。今すぐ帰りたい。愛する家族に会いたい。 ……それなのにっ!!




 ——じゃあどうするんだい? ……ほら。あんたの好きにするといい

 ——なめさせて、なめさせてえぇ……




 なんで、俺は。

 こんなにも、目が釘付けになってるんだ……!!






 ————————————————






 商人ギルドの御者——ブルサドニアは、目の前の光景から目が離せなかった。……それでも意思の力で目を動かして、ブルサドニアは、四つん這いにさせられているキッドを見た。


「……アー、アーー、アアアアアア」


 ブルサドニアの目に映るキッドは、ほぼ壊れかけていた。はっきりとしない目であーあー呻いている。こいつは危ない。


「……ほら、キリエ。続けるんだよ。……そうだ、段々うまくなってきたねえ」

「は、はひ、はひ、」


 四つん這いになり『椅子』代わりにされているキッドの背中には、女王が座っている。この場を支配する者、本当の絶対強者が。


「ビ、ビビビビ、ビッチがあああ……! 僕は、負けないぞおおおおっ! ……き、か、は、ははは、あひゃ、動かないで! 背中に当てないでえええ!!」


(……ヤバい。本当にキッドがヤバい)



 キッドの目が右に左に光速で動いている。その背中に押し付けられる女王、クーロンの尻。……当てないでと言いながら動こうとはしないキッドの姿は、奴隷そのものだった。


「……キリエ。あたしの事を呼んでごらん」

「く、クーロン姐さん、」


 優しく女王の足の裏が、キリエの顔を撫で回す。


「……間違えちゃいけない。もう一回だ」

「ごめんなさい、ごめんなさい……。お姉さま、お姉さまあああ……!!」

「いい子だね。 ……ン、そうだ。段々うまくなってきたねえ。小指と薬指の間だ。綺麗にしてくれるかい……?」

「お姉さま、お姉さまあああああ……」



 はあ…、はあ……。

 ブルサドニアの耳に、荒い息遣いが聞こえる。紫の瞳を美しく輝かせる女王。その艶かしい唇から、それは香りを伴い部屋に広がる。……甘い匂い。ダークエルフの欲情を知らせる、危険の信号。


「美味しいかい? あたしの汗は」

「はい、はい……。もっと、もっとください……あ、あああああ」


 女王は、『椅子』の背中に置かれていた酒瓶を手に取り、長く美しい己の足に中身を垂らす。

 褐色の肌の上を赤い液体は走ってゆき、それはキリエの口へと流れこんだ。


「……美味しいかい?」

「はあ、はあ……あ、いやっ! なんで、なんで……!?」


 キリエの右手はさっきからモゾモゾと動いている。……触りたい。手を伸ばしたい。

 しかし、その気配を察した女王に、キリエの手は踏みつけられた。


「イ……っ!!」

「自分でする事は許さない。……ほら、あんたが触っていいのはあたしの足だけだ。舌を這わせるんだ。……あたしに全てを差し出すんだ」

「はい、はい……っ。お姉さま、お姉さま!!」



 ブルサドニアは鼻血を吹き出す寸前だった。

目の前では戦女神のような美しい女が、やはり美しい転生者に『奉仕』を続けさせている。


 転生者——キリエは可愛い女だった。そして、今は下着姿で四つん這いになり、自分から求めるように女王の足にすがりついていた。

 ブルサドニアの耳に、ブツブツと呟きが聞こえる。それは、『椅子』の口の辺りから聞こえた。



 ——ありがとうございます。ありがとうございます……! ご褒美です、ご褒美です!!



 その瞬間、ブルサドニアの頭の中で、商人ギルドの若きエース、頼れる絶対強者、実は陰ではギルドの職員にキャーキャー言われていた『先読み』キッドは、死んだ。


(みんな……キッドは死んだ。ここに居るのは……トム(・・)だ)




「……キリエ。可愛い下着だね。触って欲しいかい?」

「あ……、ん……」

「それじゃあ分からない。……可愛い子。言葉に出しておくれ?」

「…………触って」

「ん?」

「触って……触ってください……」

「どこをだ? ……なにを触って欲しいんだい?」


 ブルサドニアの鼻から、とろりと何かが流れ出た。それがブルサドニアの口まで到達すると、口の中に鉄の味が広がった。


「……やめて、言わせないで。やだ、やだああぁぁ……」

「可愛い子だねえ」



 ——ありがとうございます、ありがとうございますっ、ご褒美ありがとうございます



 壊れた椅子のつぶやきが暗い部屋に響く中、ブルサドニアの頭の中では一人の女の名前だけが浮かんでいた。


(……ターニャ……ターニャ。俺を助けてくれ。ここから、救い出してくれ……!!)



 それはブルサドニアの幼なじみであり、今では愛する妻となった女の名前だった。

 ……世界中で一番、彼女の事を愛していると誓える。彼女や子どもの為だったら、自分の人生をつまらないものに変える事だって出来るのだ。……しかし、しかし。


「……おやぁ? あんたはどうしたんだい。……混ざりたくないのかい?」


 ブルサドニアの目の前で、女王が自分を地獄に引き摺り下ろそうとしている。


「ターニャ、ターニャ……。お前を、俺は、お前を……!!」

「愛する女の名前かい? ……いいねえ。やりがい(・・・・)がある」


 女王は椅子から立ち上がる。椅子はその重みが背中から離れると、情けない声をあげた。


「……ブル。あんたはターニャが大事なんだねえ」

「愛している……。愛してるんだっ。ターニャあああ!!」

「……じゃあ、これは要らないよねえ?」


 ブルサドニアの目の前に、女王の美しい胸が突き出された。

 羽織っていた赤いジャケットを脱ぎ捨てて、今は黒い下着しか身に付けていない。そして、その丸い胸を覆っている布の淵に、女王は人差し指をゆっくりとかけた。


「この中身をあんたにあげたいんだけど、要らないんだよねえ……?」

「おねえさまっ。わたしに、わたしにっ」

「黙ってな。あんたはあたしの足を舐め続けるんだ」

「ああ……。はい、はいぃぃぃ」


 ブルサドニアの頬を、美しい指が撫でる。部屋の薄暗い明かりの中で、その指が残像のように踊った。


「ブル。あたしはあんたに尽くしてやりたい。けど、あんたはターニャの方が大事なんだよねえ……?」


 ——こ、こ、ここっ、こけーー!!


 奇声がブルの耳に届く。椅子は、もうダメだった。色々とダメだった。


「好きにしていいのに……。思うように、想像出来る全てをあたしにしていいのに……。なーのーに、……あんたはターニャが大事なんだよねええええええ?」

「たあ、にゃ、……たー、ニャ……」


 ブルサドニアの手が、震える。

 そして、それは丸い胸に向かい伸びていった。






 ————————————————






 一方その頃、迅八はジークエンドに馬車から追い出された。というか、余りの眼光に漏らしそうになり、自分から逃げ出した。

 迅八の右腕にしがみついているイエリアは、嬉しそうな顔をして『胸』を押し付けている。


「ちょ、ちょっと本当にやめてよ。押し付けるなって」

「あれえ? ジンが優しくなったあ。あはは。こっちの方がいいのお?」

「つーか、お前なんなの? 本当になんなんだよ。男なの? 女なの!?」

「そんなもんないよ。天使にも悪魔にも性別なんてありゃしないんだから」


 天使も悪魔も生まれたばかりの頃には性別がない。成長するとそれが決定するのだ。

 迅八の元の世界でも海洋生物や一部の生き物の中にはそういった生態が存在する。成長するに従いその役割が定められるのだ。


「クロウは男だろ!? セリアも女だ!! ……お前はなんなんだよ!!」

「ジン。オレは君の事が好きだけど、そういうのは好きじゃない。……傷付けないで欲しいな」

「む」

 

 その言葉を聞き、迅八の頭の中に、元の世界での記憶が蘇った。

 そういう人は、テレビでも本でもいっぱい見た。自分が知らないだけで、迅八の身の回りにもいたのだろう。

いつでも社会に傷つけられている彼ら、彼女らの姿を見て、迅八は色んな事に憤りを感じていた。


「……ごめん。悪かったよ。俺が言葉を考えなさすぎた。……ごめんな」

「ん……もう。本当にジンはかわいいなあ。 ……ねえ、ちょっとだけ、ちょっとだけキスしてみない?」

「しねえよっ! ……てゆうかさ、話すり替えんなよ。そういう心の話じゃなくてさ。なんで胸が膨らんでるの!?」

「オレはまだ決めてないんだあ。自分が男なのか女なのか。だからどっちにもなれるよ」

「じゃあ戻れ。男に戻れ。 早く戻れ。すぐ戻れ!!」

「なんで? こっちの方がいいんじゃないの?」


 迅八の手をイエリアが引き、その柔らかな胸に抱く。


「ほら……。いい(・・)でしょ?」

「あひゃ……」


 そして、迅八の手を更に下に導いてゆく。


「……触った事、ある?」

「やめ……!! 戻れ。マジですぐ戻れ!! その姿のままでもいいけど、だったら俺には触るな!!」

「う〜ん。じゃあ、男の姿だったら触っていいんだよね?」

「ぬ」


 ひゅるひゅると。

 イエリアの胸が平たくなってゆく。それが真っ平らになると、再び満面の笑みで迅八の腕にしがみついた。


「ねえ、本当にいいよジンは。どんどん好きになるなあ……。ねえ、これからもオレに優しくしてね。オレは優しくされるのが好きなんだ」

「もう、お前、なんなの……?」

「オレは、君の盾で、剣だ。……多分ね」

「だから……はあ。もういいよ……」


 ふらふらとした足取りで歩く迅八の耳に、おかしな悲鳴が届いた。それは小屋の方から聞こえた。


「……クーロン!?」


 あそこにはクーロンとキッド達がいるはずだ。

 今更、キッド達が歯向かってくるとは思えないが、迅八はクーロンの事が心配だったのでそちらに様子を見に行く事にした。


「……てゆーか、そもそも、クーロンは何しにいったんだ?」




 ・・・・・・・・・・・・・・・




「……ん〜? 欲しいのかい? 触りたいのかい? ……だったら捨てなくちゃいけない。何か一つ求めるのなら、一つ捨てるのがスジってもんだ。そうだろ?」

「お、あ、あ、ああああ……?」


 ブルは目の前でひらりと身をかわした美しい女王よりも、空中に浮かんでいる自分の手を見つめていた。


「違う……、違うっ。ターニャ、違うんだ!!」

「いいやあああ……違くないねえ。あんたは手を伸ばした。手を伸ばしたんだアァ……。コレが欲しいんだろう?」


 明かりに照らされた艶かしい褐色の肌。その胸に付けられた下着から、するりと肩紐が外された。


「じゃあ、言うんだ。捨てるんだ(・・・・・)。……汝、美しきものを捨てよ。さらば対価は与えられん。……はは、ははははは……、あははははははっ!!」




 ・・・・・・・・・・・・・・・




「……監督が、増えてやがる」


 クロウの作品を、迅八は最後まで観ることが出来なかった。しかし今度はダークエルフがとんでもない事をしている。



 ——おねえさま、欲しいですっ! わたしに、わたしに

 ——あばばばばばば、ぼおくはああああ、ぼくはあああああ?

 ——あんた達は見てな。今はブルと話してるんだよ



 ブルというのは馬車の御者の事だろうか。しかし、それは迅八にはどうでもいい事だった。それよりも。



「すげえ……。クーロン、すげえ……。は、はやく。ブルはいいから、どうでもいいから!! キリエと、キリエと……!!」


 というか、ブルやキッドの必要性を迅八は考える。そして一つの結論を出した。


「てゆーか、あれ、違くねえか!? あそこに居る男は、俺のはずじゃねえのか!?」

「……ねえジン。きみ、何言ってんの?」

「ああ……、けどさ、ヤバくない? なんか色々ヤバくない? それ以上は、それ以上はああああ!!」


 クーロン(お姉ちゃん)のそんな姿は見たくない。見たい。迅八にはよく分からない。……そして、煩悶する少年の横を、が通り過ぎた。


「え?」


「どけ……小僧ッ!

 本番はこれからだッッ!!」






 ————————————————






 ばーん。

 扉が開け放たれる音に、クーロンはとっさに身構えた。肩紐がずらされて形の良い胸がこぼれ落ちそうになるが、それは奇跡的に踏みとどまった。


(……踏みとどまってんじゃねええっ!!)


 ドアの外から聞こえてくる心の声は、誰の耳にも聞こえない。すると、迅八とイエリアが居る扉とは反対側の窓の方から物音がしたが、その時は誰も気が付かなかった。


「……よう鉄拳女。楽しそうな事してるじゃねえか」

「あんた……」


 そこには、『魔人』がいた。

 流れ出る魔力の奔流——みなぎる力が場を圧倒する。

 キッド達はその瞬間、我に返った。女王の呪縛から解き放たれ、目の前の存在に恐怖した。


「『声』が聞こえた……。俺を呼ぶ声が……」


 魔人の両腕は炎で作られている。そして、同じように炎で作られた片足を、一歩前に踏み出した。


「……『ちがう、そうじゃねえ』っていう声がなああああッッ!!」


 魔人はどこからか服を取り出すと、それをキリエに投げ掛けた。


「着ろ!! 早く着ろッ!!」

「え、え、」


 キリエはいそいそとその服を着る。


「言えクーロン。早く言え。説明しろ!!」

「え、え、ああ……」


 とりあえず、クーロンは言われた通りにした。


「今、キリエは……、なんだろう、初めて見たね。なんだいこの服は。半袖の白い服だ。胸の部分に刺繍があるね。キリエって書いてある。下は……、半ズボンだね。紺色だ」


(り、陸上部!?)




「そ〜うだあああ……。なあ〜んで、初めっから下着なんだ? 馬鹿なのかてめえは? ……ここからだろうがあああ!! アシーーッド!!」


 びゅおんっ!! クロウの手から液体が噴き出すと、それはキリエの服をぶすぶすと焦がした。


「あ……いやっ!」

「こ、れ、どあああっ!!『あ……いやっ!』どああっ!! これがなくちゃダメだろうがっ!! くかかかかきかかかかかか!!」


 クーロンはその目を険しくさせると、一歩クロウの方に寄って行った。


「あんた……。やるじゃないか」


 男と女は目で通じ合う。それは、種族を超えた友情が育まれた美しい瞬間だった。奇跡のようなきらめきだった。


「……よしクーロン。ここからが本番だ。てめえについてこれるか?」

「は、言ってくれるねえ……」






 扉の外で迅八は、膝を抱えて星を眺めていた。


「違う…。ちげえよ、二人とも…」






 ——や、やめてっ! いや、それは本当にやめてっ!! ボクの……ムリ! そんな変なのムリだって!!

——おねえさま、おねえさまあああっ!

——ち、ちが、話がちがっ、……なんで悪魔がそんな変なのいっぱい……あ。ターニャ! ターニャあああああ!!!






「それは……、ギャグだよ……」


 すっかり空気の色は変わってしまった。中の二人の男には同情を禁じ得ない。


 イエリアはなんとも表現しずらい表情で、迅八を見ていた。






 ————————————————






「……おいコルテー、そっちどうだ〜?」

「クソッタレ……。あの十二使徒めっ!!」


 野営地の外ではアマレロとコルテがぐるぐると回っていた。……広域結界。それは何者も通さない。


「おい……。魔物が集まってきやがったぞ。しかも、なんかおかしかねえか〜?」

「……発情してやがる。やべえ、クーロンが中で始めてるみたいです!」


 ジリジリと自分達に近寄ってくる、おかしな目の色の魔獣たち。


「……おいおい。数多くね〜か?」

「じょ、冗談じゃねえ。魔獣に貞操奪われてたまるか! ……あ、やめ、やめろ。こ、このうすぎたねえ魔物があああ!!」



 夜の森に盛大な音が響き始める。

 ……野営地の夜は長い。




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