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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第四章 絶対強者
75/140

バカ

 



 判決は下った。

 執行者はゆっくりと歩み寄る。


「じゃあ始めようかね」

「待て……。待ってくれ!!」

「なに言ってんだいあんた。……もう充分に待ったはずだ」


 死にかけ(ロックボトム)

 情報を扱うキッド達は、嫌というほど知っている。犠牲者がどんな目にあわされるのか。


 紫色の瞳のダークエルフは、キッドの耳をひねりあげた。キッドの耳の根元からミチミチと嫌な音が鳴り、ダークエルフの声が鼓膜から脳に伝わった。


「……朝までかける。一時間後にはあんた達は自分から死にたがる。けど、それは許さない」

「こっわ。母熊こわっ!! ……あははははは。楽しそ〜う」


 ケタケタと笑う場違いな声すら気にならない。

キッドはこの場で一番の発言力を持つ男に、再び叫んだ。


「待ってくれ……。これ以上、何を話せばいいんだ!!」

「ふむ。何か勘違いしているようだが」


 ジークエンドはポケットに手を入れたまま、キッドの瞳を見つめていた。


「お前の『先読み』の話は、お前にとって一番重要な話らしいが、俺たちにはさほど関係ない。面白い話くらいのものだ。……そんな事よりもな」


 ジークエンドは腰かけていた岩から立ち上がり、ゆっくりと御者に歩み寄った。震える御者の目を覗き込む。


「……どこに行ったんだ。もう一人は」


 御者は、ジークエンドの瞳を見ながら静かに泣き出した。それ(・・)は恐らく、自分達の死期を早める発言となる。

 泣きながら震える御者の代わりに、キッドが地面を見つめて言った。


「……ロンダルシアの、商人ギルドに向かっている」

「そうだ。そういうのが聞きたいんだ。 ……で? 何をしに?」

「……諸々(もろもろ)だ。千年の大悪魔の『魔人形態』や、そこにいるオズワルドの転生者の事を、仲間に知らせに行った」


「ジークエンド、もういいだろ。……生かしておく理由が無くなった」


 ロックボトム達には関係ない事だ。しかし、クーロンはもう迅八達に対して入れ込んでしまった。

 一撃で内臓を破裂させる程の蹴りを、一番近くにいたキリエに見舞う。


「死にな」

「ひぃっ!!」


 キリエの喉から叫びが漏れたが、衝撃はその手前で結界に阻まれ、クーロンの足はキリエに届かなかった。


「あんた……。邪魔するのかい?」

「ダメダメ、ダァアメ。殺さない方がいい。ジン達の事を考えるんだったら尚更だ。いたぶる程度ならいいよ。けど殺すのはダメだあ」


 そこでクーロン達、ロックボトムはイエリアを見た。

 光の翼を持つ天使は、今はその翼を消している。見た目には町娘そのままだが、その温度、口調、顔つき——全てが異質なものになっていた。


「……今は問題が多いんだ。あんたには後で話を聞く。……それともあんた、敵なのかい?」

「知ぃ〜らない。そうじゃないと思ってるけど、ジンの為にならない事をクーロンがやるんだったら敵になってもいいよ。……けどさあ、クーロンのこと嫌いじゃないよ。だからやめときなって。……『どうでもいい人』位には思ってるからさ。殺したくないなあ」


 その、挑発めいた言葉にロックボトムは反応しない。

目の前の天使は、悪意を乗せずに本気でそう言っている。

クーロンが緊張を高める横で、迅八がキッドに向けて口を開いた。


「なんで、クロウと俺の事を知ってた?」

「……一部の転生者は、もうみんな知っている。転生者だけじゃない。現地人もだ。……のんきに旅をしてるつもりなのはお前らだけで、長い眠りから覚めた千年の大悪魔と、それと結ばれた転生者。もうお前らは注目の的だ。劇にまでなってるくらいだからな」

「チッ、あの劇はそんなに有名なのか!?」

「……ボク達は本当にたまたまだ。けど、動き出している人間は他にもいるはずだ。そこの十二使徒みたいにな」


 キッドは光の天使を静かに見る。

 イエリアは何も言わず、甘えるような笑顔で迅八を見ていた。


「……ふむ。『ギリギリどっちでもいい』位にはなってきたぞ。もう少し何かないのか?」


 ジークエンドは語りかける。しかし、キッドの頭には何も思いつかない。


『ディアラインの懸賞金』についても本当にただの好奇心だった。誰かに指示を出された訳でもない。

 先読みしたら体重が減るが、その理由なんてロックボトムにとっては塵ほどの価値もない。喋ることなどなにもない。行きがけの駄賃ほどのつもりで手を出したのだ。


 脂汗を浮かべるキッドをジークエンドは静かに見ている。そこに光の天使が話し掛けた。


「……逃がしてやるのが一番いいよ。こいつらは商人ギルドの有名人だ。こいつらを生かしておけば、ギルドに渡りがつけられるんじゃないの? 異界の品物が手に入るよ。……それに、こいつら殺しても気が済むだけだけど、その後には敵が増えてるかもね〜」

「それは俺の一存では決められんな。しかし、それもそうだな。ふむ……」


「ジークエンド、あんた正気かい? セリアは、クロウは死にかけたんだよ」

「……クーロン。お前こそ何を言っている。それが俺たちに何か関係あるのか? 『ロックボトム』の方針を決めるのは俺だ」


 クーロンは押し黙る。すると、アマレロがのんびりとそこに口を挟んだ。


「どうでもいいけどよ〜。あの『バイク』って言ったか? あれ、俺が貰ってもいいか〜?」

「好きにしろ」


 その言葉にキリエが反応するが、アマレロと目が合うと下を向き黙った。

 キッドには場の流れが少しだけ好転しているように見えた。その気の緩みが、つい余計な一言を言ってしまう。


「ま、待ってくれ。元々あれを運ぶ途中だったんだ。あのバイクは依頼者の元に届けないと……っあぐ!!」

「あんたさん、さっきそんな事言ってなかったでしょうよ。……それと、アマレロがバイクが欲しいんですってよ。てめえらの意見なんて聞いてねえ」


 コルテが裏拳でキッドの鼻をえぐるように鋭く叩くと、手の甲にキッドの鼻血が付いた。

コルテは一度舌打ちすると、横で震えている御者の服で、手の甲についてしまった血を丹念に拭いた。


「……じゃあ、あたしは何を貰おうかねえ」


 先ほどから喋っていないキリエの前で、クーロンが腰をかがめる。

 目の前の日本人(・・・)——クーロンからしてみれば異世界の人間は、普段のふざけた態度など少しも見せずに震えている。


 丸い目が恐怖に濡れている。後ろ手に縛られて前に突き出された胸が、乱れた息のせいで走っているように上下している。……それを見て、ダークエルフの紫色の瞳が爛々(らんらん)と輝いた。


「さて、僕はどうしましょうかね。……じゃあ、残りはぜんぶ僕のもんですね」


 残り。……コルテが言ったその言葉の意味が分からないキッドが、問いかけるように言った。


「残りって、」

「銃とか爆発するやつ……ダイナマイトでしたっけ? あれとか。ま、全部もらっときましょ」

「そ……」

「なんです?」


 キッドは先を続けられない。そこにジークエンドが畳み掛けた。


「……なら俺も貰っておくか。お前ら全員 服を脱げ。コートが血に濡れてしまった。代わりが欲しい」


 縛られていた手を解放され、三人は下着だけ残して服を脱いだ。迷いはなかった。『助かる』方向に話は進んでいる。


「ふむ。趣味に合わんな。燃やせ」


 ジークエンドが呟くと、コルテがそれらを全て、焚き火のなかに投げ込んだ。


「あ……!」

「言いたい事でもあるのか?」


 その、何も乗せない声に、キリエは口をつぐむ。


「……ふむ。俺たちからはこれ位か。じゃあ後は頑張ってくれ。死なないようにな」


 ジークエンドは立ち上がり、焚き火から少し離れる。迅八を残し、他の者も皆そうした。


「ま、待て。どういう事だ? 逃がしてくれるんじゃないのか?」

「俺たちと『そいつら』は別物だ。さっき言ったろう、俺の一存では決められんと。俺たちは手を出さん。後は好きにやってくれ」






 焚き火の揺らめきの外からジークエンドが声を掛けると、キッド達の前に人が立った。


「ジ、ジン」

「………………」


 迅八は、黙っていた。そして、その目つきは(くら)い。


「……俺は正直、もうお前らを殴りたくねえよ」


 イエリアが結界でキッドの事を守っていたと知った時、迅八はホッとした。

 もうこっちの世界には慣れたつもりだった。しかし、キリエが泣きながら這ってゆく姿を目にした時、それは間違いだったと知った。まだ迅八は、そこまで心を決められない。


「……けど、決めるのは俺じゃない。アイツがそう決めたら、もう仕方ない。……お前らも言ってただろ。仕方ないってよ」


 ……馬車の方から、音がする。

 すると、中から人影が二つ出てきた。


 キッドの体中の毛穴が開き、そこから汗が流れ出る。

……キッド達は忘れていた。ジークエンドと話をつけたので、もう大丈夫だと錯覚した。この場で一番巨大な存在に、自分達がした事からは目を逸らし続けていた。



——コツ、コツ



 そいつは、杖を突きながら歩いてきた。大きな布をローブのように(まと)い、キッド達に近づいてくる。……キッド達が吹っ飛ばした右手が、ある。しかし左足がない。先ほど炎で作られていた足は、今は消えてしまっているようだった。

すると、現れた男はキッド達ではなく、迅八に向けて口を開いた。


「……よう。この阿呆が」

「ク、クロウ。大丈夫か!?」


 クロウの姿は人型だった。

 迅八がキッド達を怒りのままに追跡し始めた時には、両腕を失ったセリアと同じように半死半生だった。

今は、生命の危機から脱した様子に、迅八は安堵の息を吐いた。

 

「良かった……。平気そうだな」

「……大丈夫か、じゃねえわ。てめえから伝わってくる傷が多すぎてよ。てめえは俺を殺す気か?」

「ご、ごめん。それとさ、セリアは……、セリアは大丈夫なのか!?」

「大丈夫の訳ねえだろ。……そっちに聞け」


 クロウが指さす方を迅八が見ると、そこには沈んだ顔のアゼルが立っていた。


「アゼル……。セリアは!?」

「……両腕を失った。粉々に吹っ飛ばされたから、くっつける腕がない。もう、回復術じゃどうにもならない」

「お前の力……よくわかんないけどアレは」

「ジン。お前が言いたい事は分かるけど、アレは使えない。条件が色々とある」


 アゼルが無表情に言う。

 クロウは手に持っていた杖をゆっくりと前に出し、キッド達に近づいた。


「……よう。『絶対強者(ハッタリやろう)』。……散々やられたみてえだな。クソガキによ」


 キッドの震える足が、勝手に(ひざまず)く。

 元々、奇襲にダイナマイトを使わせるほどに巨大な相手だ。武器を奪われ、裸で立ち向かえるはずなどない。


 大悪魔の眉間には深いシワが刻まれている。激怒しているのは間違いない。

 しかし、その『怒り』の表情に、キッドは違和感を感じた。……大悪魔の目がちらちらと時々泳ぐ。そして、なぜか困惑(・・)を含んだ怒りの視線の先には、常に迅八がいた。


「……おい、ジークエンド。話はどうなってやがんだ?」

「こっちはもう済んだ。煮るなり焼くなり好きにしろ」

「な……!」


 話が違う。

 確かに、千年の大悪魔は無関係だと言っていたが、けしかけるような事まで言うとはキッドは思っていなかった。


「……そうか。好きにするか」


 御者はついにそこで気を失った。

 キリエは膝を抱えて震えている。

 キッドは息を止めて、クロウの言葉の続きを待った。



「……もうどうでもいい。放っとけ」



 キッド達は、その言葉に耳を疑った。


「……待て。何が望みなんだ」

「だあ〜かあら、なんもねえよ。もういい」


 キッド達は目を白黒させた。話の流れが理解出来ない。

 命が助かる方向で話を進めたいのは当たり前だが、『どうでもいい』などという結論は想定すらしていない。そんな事を言われたら、逆に恐ろしい。


 今度はキッドがハッキリと困惑した。

 大悪魔の真意を問いただしたい。しかし、終わった話を蒸し返すな、という心の声もする。

 キッドの心の中で結論が出る前に、その場に怒りを押し殺した声が響き渡った。


「ちょっと待て。……どうでもいいだと?」


 それは、アゼルだった。

 すると、焚き火の揺らめきの外に居たクーロンが、アゼルの横に並び立った。


「あたしも聞き捨てならないねえ。あんた、本気かい? どうでもいい(・・・・・・)?」

「……なんでテメエらが怒り出すんだよ。やられたのは俺とセリアじゃねえか。黙ってろ、機嫌が悪いんだよ俺は」

「機嫌が悪い? ……わかるよ。あたしも同じだからねえ。なんでそれをこいつらにぶつけない?」

「なんでどうでもいいんだ? そいつらに復讐しなくていいのか? 大悪魔のプライドは許すのか?」


 クロウの胸の位置に頭がある小柄なアゼルは、ストールの奥から冷たい目で大悪魔を睨んだ。


「本当にうるせえ女どもだ。別にいいんだよ。……どけ。邪魔だ。しなくちゃいけねえ事があるんだよ」

「待ちな」


 杖を突き、迅八の元に向かおうとするクロウの胸を、クーロンが強く押しかえす。


「……セリアはどうなる。あの子は両腕を失ったんだよ」

「それこそテメエらの知った事じゃねえだろが。……そもそもな。アイツが勝手にやった事だ。俺にだってカンケーねえな」

「きさま……!」


 アゼルが腰のナイフに手をやると、高速でそれを抜き払った。


「関係ないって言ったか? セリアのおかげでお前は死んでないんだぞ」

「はあ? だからどうした」


 クーロンが紫色の瞳を大きく見開く。呼吸音が、少しずつ荒くなってくる。

 アゼルはその口から泡を飛ばしてクロウに向かい喋り続けた。


「……アマレロから聞いた。セリアがジンを(かば)ったらしいな。けどな。セリアは、お前とジンが結魂で結ばれてるのを知っていた」

「だあ〜かあら、それがなんだってんだ」

「セリアは、お前を守ったんだっ。ジンにだけは、お前にだけは傷が及ばないように、翼で自分を守らずに両腕を失って!! ……どうでもいいだと!? どうでもいいはずがあるかッ、こいつらを殺せッ!!」


 千年の大悪魔は深々とため息をつくと、自分を殺す勢いの女たち二人に言い放った。













どうでもいい(・・・・・・)。あの天使がバカな女ってだけの事だ。……くかかかかかか、きかかかかかか……」



「……お前、死ねよ」



 神速でアゼルのナイフが振るわれた。流星のようなクーロンの拳が撃ち放たれる。


 しかし、二人の攻撃は、クロウの元まで辿り着かなかった。






 ————————————————






 クーロンは、己の目が信じられなかった。

 殺すつもりで殴りつけた。アゼルも同じだったはずだ。しかし、クーロンの拳とアゼルのナイフ、それを止めた人間。


「坊や……!」

「……やめてくれよ。二人とも」


 自分達の攻撃を受け止められる人間は少ない。しかし、アゼルのナイフは黒い魔剣に、クーロンの拳は片手で受け止められている。


「ジン……お前、そいつの味方をするのか? 結魂で繋がってるからって、そいつの言った事を許すのか!? ……お前がセリアに助けられたんだぞ!!」


 アゼルの叫びにクーロンは我に返る。クーロンはそれを忘れていた。クロウを傷つければ迅八にもそれは及ぶ。

 だが、迅八が止めるとは思っていなかった。むしろ、これは迅八の役割だと思っていた。


「坊や。ごめんよ。あんたの事を忘れてた。……けど、そいつの言った事は許せない。そいつに取り消させな」

「……クーロン、やめてくれ」


 迅八は退かない。

 すると、今まで黙っていたイエリアが、場違いな声をあげた。


「ジンがやめろって言ってるからさあ。ごめんね〜。すっこんでてね」


 迅八とクロウの方から、見えない壁がクーロン達を押し出す。アゼルが再びナイフを振るうが、それは結界に阻まれた。


「きさま、余計な事を!!」

「あはははは。こわ〜い」


 翼を広げてイエリアは宙に浮く。そして、迅八達の元まで飛んでいった。


「ねえねえ、千年の大悪魔。クロウ(・・・)って呼べばいいの? ……ていうか、ほんとに千年の大悪魔なの? らしくない事しようとしてない?」

「……おかしな娘だとは思ってたがな。誰なんだよテメエは。なんで天使がここで遊んでやがる?」

「あははははっ。……めんどくさいから自己紹介は後でまとめてね」


「ごめんな二人とも。……すぐに終わると思うからさ」


 迅八はそう言うと、結界の向こう側でクロウと何かを話しだした。



 アゼルは口汚く迅八達を(ののし)っている。ジークエンド達は無表情にキッド達を見ている。クーロンは、信じられない思いで迅八を見ていた。


 ……雨の中で拾った少年は、死にそうになりながらもジークエンドに生きる意思を示した。

 これまでの旅で、クーロンは迅八とシズを弟や妹のように見ていた。アゼルの友人になれるかもしれない彼らは、善良で優しい者たちに見えた。迅八と結ばれたという大悪魔も、善良ではないのだろうが、邪悪な存在だとは思えなかった。



「……騙したのかい?」



 クーロンの口から小さく、呟きが漏れた。しかしその呟きを、クーロンは自分の中で打ち消した。


 ……別に騙した訳ではないのだろう。元からそういう奴らだったのだ。


 しょせんは悪魔と、それと行動を共にする人間だ。自分の都合しか考えない。

 ロックボトムは強いし助けてくれた。だから仲良くしていただけで、元の世界の『仲間』を生かす方が大切なのだ。

 後々こちらの世界で利用出来る、商人ギルドの方が大切なのだ。

 ダイナマイトの前に出てきたバカな女の事なんて、この二人にはどうでもいい(・・・・・・)のだ。


「……イエリアって言ったかい」

「ん、クーロンなあに? こ〜わいカオしちゃってさあ」

「この結界をあんたが解いたら、そいつらを殺す」

「出来ないと思うよ〜。クーロンじゃ」

「それでもやるよ。千年の大悪魔だろうが、未知の力を持つ転生者だろうが、必ずだ。……せいぜい結界を途切れさせないようにしときな」

「う〜ん。そういう意味じゃないんだけどなあ……」


 クーロンが、その心を冷たく決意で固めた頃、迅八達は普通の口調で何かを話し続けていた。


「……うまくいくの? 本当に?」

「さっきあのバカ女の事は読んだ(・・・)。 それにあいつとは以前繋がってる。うまくいくだろうよ。……うまくいかなくても知ったこっちゃねえな」

「お前さあ、なんでそんなに口悪いの? 誤解されちゃうよ?」

「誤解も六階もねえだろ。……俺は悪魔だ」


 世間話のようなそれに、憤怒がクーロンの頭を()く。

 目の前に殺したい人間がいるのに何も出来ない悔しさに、アゼルが瞳に涙をためて結界をナイフで切りつけた。


 ……殺意には、上限がない。裏切られた悲しみには果てがない。それを、クーロンは久しぶりに思い出した。



「ねえねえジン、なにするの?」

「イエリア……で、いいのか?」

「うん!」

「ちょっと離れててくれよ。どこに飛ぶか分からねえから……」

「よく分からないけどさ。は〜い。どいてるね」


 そして、それは大した時間を掛けずに行われた。

 まず、クロウがそのローブを上半身だけ降ろした。そして、両手で杖を握った。迅八はその横に少し離れて立った。

 すると、迅八はクロウに向けて大上段に迅九郎を構えた。


「……なにを」


 クーロン達が結界内部の異状に気付いた次の瞬間には、それは終わった。


 迅八はその刀を打ち下ろした。

 クロウは防御する事もなくそれを受けた。

 クロウの両腕——女のような細い腕が、飛んだ。迅八の腕も同じ瞬間に飛んでいった。


 血を撒き散らして放物線を描き、迅八の腕はクーロン達の目の前で結界に阻まれ、空中でびしゃりと血液が叩きつけられる音がした。


 そして、腕は地面に落ちた。

 それだけだった。













 誰も喋らない。


 キッド達は恐れおののいていた。クーロンの先程までの怒りに。また、自分達の方に飛んできそうな怒りに。しかし、場は静まり返っている。

 キッドも何も言葉を喋る事が出来ない。しかし、もう何回思ったか分からない思いが、いつの間にか口からこぼれていた。


「……バカな」






 満面の笑みでイエリアがクーロンの元に向かう。すでに結界は解いたようだった。


「……ねえねえクーロン。殺すんじゃなかったの?」


 アゼルは毒気を抜かれたように、迅八の腕が生えていた場所を見ていた。再生はまだ始まっていない。恐ろしい量の血液が二人分——足元に池を作っている。


「……アゼル」


 それは、迅八の静かな声だった。何かを抑えるような、静かな声。


「それを、」


 アゼルは動けない。

 血の池の中で横たわるクロウが低い唸りをあげる。その体からは、両腕と左足が失われていた。


「……さっさとしろ小娘。俺様の腕が痛み始めるだろうが」

「僕がやりましょ」


 いつの間にか、コルテがクロウのそばに立っていた。


「女の腕……。これも変化ですか?」

「うるせえ。さっさとしろ」


 鼻から息を一つ吐き出し、血まみれの腕を拾うと馬車の中にコルテは戻る。ジークエンドは笑っている。アマレロは頭をかいている。


 そして、とてつもない傷を負った悪魔と転生者——二人は叫び声もあげずに目を合わせると、迅八は残った肘までの腕を使い、不器用にクロウの体を起こした。二人で身を寄せ合い、その場から離れようとする。


「ま、待て……。待てよっ!」


 アゼルが二人を呼び止める。迅八とクロウは、何も喋らずに目で応えた。


「あ……、」


 アゼルが何も喋れないのを確かめると、二人は暗闇に向かい去って行った。






「……ねえクーロン。だから言ったよね。出来ないって」


 その言葉が遠く聞こえる。クーロンがイエリアを見ると、光の天使は頬をうっとりと歪めていた。


「いい……すごくいい。本当にいいよ。アレは」


 かくりと。

 クーロンの膝から力が抜けた。

 見てみると、アゼルもその場にへたり込み、じっと『血の池』を見ている。


「あいつら、は……」


 クーロンが独り言のように呟くと、イエリアがその言葉に答えた。


「人間と、悪魔だあああ……。あははははははははっ。天使の為に自分の腕をぶった切る悪魔だ。痛みを恐れない人間だ!! ……そんな奴ら見たことない。最高だああぁ……。あはははははは、あははははははっ!!」






 ————————————————






 迅八とクロウは馬車から離れ、今は森の中にいた。

 遠く見える焚き火は豆粒程の大きさになっている。歩いてきた跡には血が点々と——所々が線のように繋がりながら続いていた。


「クロウ……」

「……もう平気だ。誰も来ちゃいねえ」


 クロウのその言葉を皮切りに、突然、二人は地面に転がり出した。













「……痛い痛い痛いっ、死ぬ、死んじゃうよ!! 助けてええええッッ!! ……痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いイイッ!!」

「いでえええええええ!! お、俺様の腕が……腕があああああああッ!?」


 迅八は泣きながら自分の両腕を見る。そこは、ウネウネと気味悪く蠕動(ぜんどう)していた。


「痛い痛い痛いィィイイイッッ!! ……クロウ、回復術かけてっ。本当に、本当に死んじゃうよ俺ッッ!!」

「てめえはもう薄っすら生えてきてるじゃねえか。このデタラメ野郎……!! 俺様の方が時間がかかるわあああッッ!!」


 クロウは必死に己の傷口に回復術を掛けている。それを、恨みがましく迅八が見つめていた。


「いたい、いたいイィッ!! ……ダメだ。これ、ヤバいって!! 本当にダメだってコレッ!!」


 当たり前だ。戦闘でもなんでもない時に、己の意思で腕を切り落としたのだ。その痛みは耐え切れるものではない。

 迅八の顔には滝のような脂汗が流れ、その目はピクピクと痙攣していた。


「おい待てッ!! ……てめえ、気絶して楽になろうとしやがるか!? させねえ。させねえぞコラッ!!」

「やめて、やめて……。寝かせて、寝かせてえええッッ!!」

「かっこつけるんだったら最後までやり通せやクソガキがあああ!! てめえ一人で楽にはさせねえ……!!」


 迅八とクロウは悶え狂う。

 痛いのは分かっていた。痛いどころではない事も。


「マジで無理だよ……。普通の高校生なんだよ俺は!! いてえいてえ、……いたい……ひっ、ひ、ひっ! ひぐっ」

「……おい、てめえ、まさか」


 泣いている。ボロボロと涙をこぼしている。


「……なんて情けねえ野郎なんだ」

「ゔ、ゔゔゔゔゔゔ……いだ、いだいぃぃぃいい!!」



 目の前で情けなく泣きながら這いずり回る少年を、クロウは色んな思いで見ていた。


 クロウの傷は両腕以外はもう痛みはない。左足は失ってしまったが傷口は塞がっているし、魂の再生によりその内また生えてくる。両腕には絶え間無く回復を掛けているのでその内塞がるし、そこからも腕は生えてくる。


 今までも、何度でもこんな事はあった。死にそうになる事なんて、何度でもあった。


「……気に入らねえ」


 クロウは泣き続ける少年を見る。

 キッド達のダイナマイトで吹っ飛ばされた時、突然の混乱にクロウは恐怖した。それはいい。許しがたいが、それすらもよくある事だ。


 ……ただ、痛みと混乱の中で、あの時、自分は何をした?



「くろうぅぅううう!ぐぅぅうろおおおお!!」



 泣きながら自分を見ている迅八の、なくなってしまった左手の辺りを見る。


(……気に入らねえ)



 あの時、クロウは迅八の手を掴んだ。強く掴んだ。


「ッッ……!!」


 セリアの事もそうだ。瀕死のセリアを見た時、クロウの中でおかしな熱が湧いた。

 キリエとキッドは殺してもいい。しかし、恐らくその後にクロウと迅八に(・・・・・・・)降りかかる問題を、セリアは望まない。



「……ねえ、お前冷たくない? 少しは心配しろよ。俺のこと」

「こんな短時間で腕を生やしておいて、テメエの何を心配するんだッ!? こんのクソガキが!!」


 痛い痛いと喚いていた迅八が、クロウの方に寄ってくる。いまだその両腕は蠢いているが、すでに形は作られていた。

 すると、その手が、クロウの前に差し出された。


「あん? ……なんだこりゃ」

「お前立てねえだろ? ほら」


 その手をクロウは髪の毛で弾く。赤と金の長髪は、鞭のように迅八の手を打った。


「ふざっけんな。馴れ馴れしいんだよ小僧」

「お前、今さらなに言ってんの? ……仕方ねえ奴だなあ」


 迅八が、再生したばかりの腕を、クロウの残った肩に回す。そして、担ぐように二人で立ち上がった。


「そろそろ戻ろうぜ。……セリアがどうなったかも確かめねえと」

「おい、クソガキ」

「ん?」

「なんで、さっきクーロンとアゼルを止めた? ……ありゃあ普段だったらてめえがする事じゃねえのか?」


 ——う〜ん……。迅八は頭を捻る。そして眉を下げて言った。


「なんかさ、おまえ、言い過ぎてるな……って思ってさ」

「……はあ?」

「よくわかんないよ。けど、セリアの事はお前がどうにかするって信じてたよ」

「…………」



 クロウの頭に、唐突に昔の事が思い出された。ある一人の天使の事が。

 長すぎる人生、長すぎる時間。クロウに思い出せない事など山ほどあるし、忘れられない事だって幾つかはある。



「ワルギリア……」


「ん? なに?」

「……ふん。なんでもねえよ。おうコラ、俺様は疲れた。こんな時くらい役に立ちやがれボンクラ」

「はいはい……もう」


 その体重を迅八に預けてくる千年の大悪魔に、迅八は苦笑する。遠くで燃える焚き火の光が、少しずつ大きくなってくる。


「セリアさ、大丈夫だよな?」

「……知らねえよ」


 その後に続いたのはクロウにしては珍しい声色で、気のせいかもしれないが、迅八の耳にはほんの少しだけ悲しげに響いた。


「……フン。俺には、カンケーねえ」






 焚き火まで戻ってきた迅八達は、その炎のそばに立っている青い天使の背中を見た。


「……セリア、良かった!!」


 その、両腕がある。

 断面だった部分に引きれのような傷が残っているが、問題なさそうに腕がついている。


「セリア!!」

「おま、ちょ()っ、……いでえ!!」


 クロウを放り出し、セリアに駆け寄った迅八は、そこで辺りの雰囲気が異様なのに気付いた。


「あ、あれ? みんな、どうしたの?」


 キッド達が死にそうな顔をしている。

 あれだけセリアを心配していたクーロンとアゼルまでもがその顔を青くしていた。ジークエンドはいない。アマレロとコルテはシズと共に馬車の陰で身を丸めていた。

 すると、ゆっくりと青い天使が振り返った。


「お……、あ……」


 そこには、般若がいた。

 その背中に鮮血の翼が浮かぶ。

 殺る気満々、意気軒昂(いきけんこう)、赤い瞳が焚き火の炎を写している。


「……なんで、なんでェェ……? なんでェェ、こいつらが、生きてるのおおオオオ……!!」

「えッッ!?」


 クロウが間抜けな声を出した。


「そうね……みんな私にとっておいてくれたんですね。ありがとぉぉおお……!!」

「ちょ、ちょっと待ちなよセリアぁ……。ほら、もうさ、そんな感じじゃないんだよね〜」

「……イエール、……違う? あんた誰よ」


 イエリアがセリアをなだめようとする間に、気絶していた御者が目覚めた。そして、最初に目に飛び込んだのは般若の姿だった。


「ヒィィィィィいいいいい!?」

「もう、もうイヤっす……。殺すんなら早く殺して欲しいッス!」

「ス、スタップ、スターーップ!! やめろ、た、助けてくれ!!」


「今から殺してあげます。言われなくってもねええええ……!!」


 場は混迷を極めている。

 そして、迅八はいなくなったジークエンドを思い、呟いた。


「……なんかあのひと、こういう時はすぐに逃げるよな」


 その後、セリアが落ち着くまで少なくない時間が必要とされた。




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