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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第四章 絶対強者
74/140

判決

 



喜色きしょくのイエリアだああ……。あははははッ。……ねえねえジン、びっくりした? びっくりした? あははははッ!!」


 目の前で笑っている、光り輝く翼を広げた天使。それに対してなんの言葉も出すことが出来ない。

 しかし、迅八の中で何かの糸が緩んだ。たまらずその場に膝をつく。


「あはははは……あ、ジン。大丈夫?」


 天使(イエリア)が迅八に近寄り、その顔を両手で掴むと、覗き込むように顔を近付けた。


「……スロースターターで、おまけにピークが長続きしないんだね。もっとしっかりしてよお。これからも、君は血を流し続けるんだからさあ」


 イエリアは、生乾きの血を両手にすりこむように、優しく頬を撫で続ける。すると、不意に細い舌で、べろりとそこを舐め上げた。


「や………」

「あはああぁぁ……。熱い。やっぱり熱いね。いい、すごくいい……!」


 さっき、キッドは呟いた。これは、誰だ?

 迅八も同じ想いで、自分の顔を舐めている天使に言葉を失った。


「……なあ〜に逃げようとしてんのさあ。殺さなくっても、逃がす訳ないでしょお」


 迅八の視界の端で、キッドとキリエの体が動いた気がした。


「ジン。こいつらは殺さない方がいい。……もう一人いたはずなのに、そいつの姿が見えない。ど〜こいっちゃったのかなあ?」


 キリエ達の馬車を操っていた人間と、迅八が乗っていた馬車を操っていた人間。御者は二人(・・)いた。


「一人はあっちで気絶してるよ。けどもう一人は知〜らない。……ねえ、どこいっちゃったのかなあぁ?」


 キッドとキリエは何も喋らない。ただ、新しく現れた『敵』かもしれない存在を警戒している。


「あはははははは。別に言わなくってもいいよ。『尋問』はあの人達に任せればいい。……いつまで我慢してられるのかね〜」


 迅八の顔からゆっくりと手を離すと、イエリアはキッドの前にかがみこんだ。

 膝の上に頬をつけて、小首を傾げて微笑んでいる。


「……悪名高いロックボトムの尋問だあ。お前らどうなっちゃうのかね」


 その瞳の中に愉悦の色を見て。

 キッドとキリエは、この天使が味方ではない事を悟った。






 ————————————————






「……キリがないねえ!!」

「お〜? おめえこういうの好きだろうが。殴り放題だぞ〜っと」


 アマレロがその大剣を振り回すと、襲いかかる魔物が吹き飛ばされる。

 クーロンとアマレロは、まだ回復が充分ではないジークエンド達を乗せた馬車を守る為に、焚き火の周りで奮闘していた。


「大した事はないけどさ。ドラゴンなんか出てきたらヤバいよねえ」

「やめろよおめ〜。洒落にならねえだろうが。すでに出くわしてんだからよ〜」


 この世界の生き物は、火を恐れない。

 恐れるものもやはりいるが、恐れないものも多い。炎を自分の武器として扱う魔物が多く存在するからだ。

 大草原の真ん中で、暗闇の中で煌煌(こうこう)と輝く焚き火は、魔物にとって恐怖の対象ではなく『エサのありか』を示すものだった。


「……血の匂いで興奮してやがる。いっそ火ィ消しちまうか〜?」

「このばかっ。そしたらあたしらが戦えなくなるだろっ!」


 コルテやアゼル達は馬車の中で回復につきっきりになっている。こんな場面でこそ魔術師の力の見せ所なのだが、その援護は期待出来ない。

 襲ってくる魔物はクーロンにとっては余裕の相手で、アマレロにとってはただの雑魚だった。しかし、夜は長い。


「ああああ、鬱陶しい……。本当に『高くつく』よ!!」

「……同情しちまうな〜。あの二人組によ〜」


 クーロンは、アマレロからなんとなくの顛末(てんまつ)を聞いていた。詳細は分からないが、あの転生者二人組が暴れて去っていった事を。

 ……襲い来る魔物から身をかわす。そして無防備な腹を全力で蹴り上げる。

 それだけで戦意を喪失した魔物を、クーロンは逃がさない。


「高くつく。高くつくよ……!!」


 四足歩行の恐ろしい魔物。その伸びた爪がクーロンの体を裂こうとするが、それをかわして柔らかい腹に『串刺し』の一撃を放つ。

 甲高い鳴き声が夜に響く。しかしそれでもクーロンの拳は止まらない。


「あいつら……あいつらアアアア!!」


 絶命した魔物の返り血を浴びながら、美しいダークエルフは頬を上気させて殴り続ける。打撃音が柔らかく変わっていき、ぬちゃりぬちゃりと粘っこい音を出し始めた頃に、やっとその拳は止まった。


「ふぅ……ふぅ〜〜ゥゥウッ!!」

「ちょ、ちょっと落ち着けよおめ〜よ〜」


 クーロンの瞳が闇の中で紫色に輝いている。そして次の獲物に飛びかかろうとした時、その体に悪寒が走った。


「……は〜いクーロン。ちょっと下がってね〜。……そうそうその位。動かないでね〜。下手に動くと死んじゃうからね〜」

「誰だッッ!?」


 闇の中、焚き火の炎の届かない距離に微かな光が見えると、クーロン達を囲んでいた魔物たちが、突然潰れた(・・・)


 クーロンの紫の瞳が険しく歪められる。

アマレロはその大剣を腰だめに構えた。

すると、そんな二人の緊張を無視して『そいつ』は姿を現わした。


「あはははは……怖〜い。まるで子供を攫われた母熊みたいだあ。けどさあ、それは君の『いい所』だね。クーロン」


 『光』は、初めはぼんやりと、だんだんはっきりと、その姿をクーロン達の前に現す。

 その、見たことのある顔にクーロン達は呆気に取られる。町娘のような少女。しかし、その背中に生えている光の翼。


「イエール!? あんた、」

「はいはい待って待って〜。 ……何回も説明すんの嫌だからさ〜。みんな集まったらにしてね」


 その背後から、ゆっくりと馬車が姿を現す。

 減速された馬車が完全に止まると、中から人が降りてきた。力をなくした歩みで、ゆっくりとクーロンに近寄ってくる。


「……クーロン」

「ジン!」


 クーロンが駆け寄り、弱ってしまった少年を抱きしめようとすると、二人の間に光の天使は舞い降りた。


「はいはい。だからそういうのも後にしてね〜。 それよりもさあ。やらなくちゃいけない事、あるでしょお……?」


 唇を突き出して、イエール(・・・・)がクーロンにクスクスと笑う。その目は馬車の中を示していた。


「ねえ、クーロン。やらなくちゃいけない事、あるよねえ……?」

「イエール、あんた……。まあいい。あんたは後だ」

「あははははっ!!」


 クーロンは、無言で御者の横を通りすぎる。その御者は馬の背中をじっと見つめ、立ち上がれない程に震えていた。

 クーロンが馬車のドアを全力で蹴りつけると、御者の喉から悲鳴が漏れた。光が届かない馬車の中で、身を縮めて息を呑む気配がする。

クーロンはその気配に向けて、底冷えのする声で言った。


「……オモテに出な」






 ————————————————






 キッドは震えを表に出さないのに必死だった。

 馬車の御者を含めたキッド達三人をかこみ、幾つもの瞳が闇に浮かんでいる。


 ……焚き火の揺らめきは、キッド達の不安を如実(にょじつ)に世界に映し出す。今は、その炎に照らされて出来た、岩が作る影すら恐ろしい。


『虐殺』コルテ

『串刺し』クーロン

『竜殺し』アマレロ


 そして、謎の十二使徒とオズワルドの転生者。そいつらがじっとキッド達を見つめていた。

やがて、震えるキッドの前で、黙っていた迅八が口を開いた。


「……ジークエンドさんは?」

「今出てきます。 ……しかし、こんな冴えない奴らに僕達が振り回されるなんてねえ。冗談じゃねえですね」


 すると、本当になんの前触れもなく、コルテがキッドの顔を殴りつけた。


「がっっ!!」

「キッド!!」


 キリエが倒れこむキッドに近寄ると、その肩が後ろから引かれた。


「キリエ……あんた、なんか勘違いしてないかい?」

「ひっ!」

「心配してる場合じゃないんだよあんた。……あんた達は考えなくちゃいけない」


 クーロンの低く冷え込んだその声に、キリエと御者は震えを抑える事が出来ない。


「何を差し出せるのか。……何もないんだったら、それは『命』になる」


「うああああああああああっっっ!!」


 突然、狂ったように御者が暴れ出す。その体を、やすやすとアマレロが押さえつけた。


「俺は関係ないんだよ……。本当なんだ!! あんた達の事すら聞いてなかったんだ!! ……家族がいるんだよ。こいつらとは違うんだよ!!」

「そうかい。 残念(・・)だったね」

「……ああああああっ。やめてくれっ。家に帰してくれ!!」


 コルテとアマレロは何も言わない。

 イエリアはその様子を楽しそうに眺めていた。


「……お? さて、大将が来たぞ〜。まあ俺はどうでもいいからよ〜」


 アマレロがのんびりと言うと、馬車から人が降り立った。

その男は、いつもの白いコートを着ていた。血で染まり赤く変わってしまったコートを。……降りてきたジークエンドが静かに歩を進めると、その前に立っていたコルテが道を譲った。

 そのまま、キッド達をチラリとも見ずにジークエンドは進むと、近くの岩の上に腰を下ろした。



「さて、ルールを説明しよう。加点方式だ」



 その声にキッド達の体が揺れる。

 普通に吐き出されたその声に、場の空気が一瞬だけ(ゆる)んだ。


「スタートは『死刑』だ。俺たちの事は知ってるな。そうならないように頑張ってくれ。……さあ、好きな事を話すといい」


 一瞬の空白の後、顔を青くさせた御者は、真っ先に自分が知っている全てを喋り出した。




 ・・・・・・・・・・・・




 キッドとキリエは商人ギルドのエースであり、情報集めを特に得意としている。高い戦闘能力からスパイのような事もしている彼らの特筆すべき点は、キッドの『先読み』だ。


「……ふむ。あの、人の行動の先を読むやつか。それは本人に聞いた方が良さそうだな。……おい。なんだあの力は。聞いてやろう。別に嫌なら構わんが」


 その言葉——遠回しな脅迫に、キッドは頭が沸き立ちそうになったが、自分達が居るのがどんな場所なのかを思い出し、怒りを抑えた。


「先読みは……肉体強化だ」

「死にたいみたいだね。…ジークエンド、もういいだろう。こいつは嘘をついた」


 クーロンが拳に魔力を纏わせる。しかしキッドはその言葉を取り消さない。

 その様子を見たジークエンドは、続きを(うなが)した。


「……脳味噌を強化するんだよ。そこに魔力を通すと『先読み』が出来る」


 人間の脳味噌は幾つもの部分に分かれている。大脳、小脳、海馬、脳梁——しかし、そこからの話はジークエンド達の理解を超えていた。

その事から、キッドは自然と迅八に語りかける形となっていた。



「けど、誰にでも出来る訳じゃない。僕には元の世界から備わっていた力があった。僕は、一度見たものをほぼ記憶できる」


 直感像記憶力。一度見た事象を、頭に焼き付ける事が出来る。

 テストをやりながら、教科書をめくるように頭の中の答えを見る(・・)事が出来る。

 少しずつ画像が変わってゆくクイズで、頭の中の元の絵(・・・)を思い出し、変わった部分を簡単に指摘する事が出来る。


 そして、車に轢かれた猫の断末魔を、自分が失敗した時に向けられた周りの目線を、愛する人が去ってゆく時の表情を、ずっと、ずーーっと、憶えている事が出来る。

 しかし、この素質には程度の差がある。



「……元の世界に居た頃は、なんていうか、『軽め』だった。単に記憶力が良いだけだと思ってた。医者に直感像記憶素質者だと言われた時は驚いた」


 しかし、この世界に来てから、キッドのその『能力』は、研ぎ澄まされていった。


「……はじめは、天気だ。漁師はいつも空を見てるから、明日の天気が分かるらしいな。僕にも、それが出来た」


 そして、記憶されたのは『空の画像』だけではなかった。


「その時の風の匂いを、日の光の温度を、髪を湿らせる湿気まで僕は憶えていられるようになった。明日の天気を教えてもらっていた相手に、いつの間にか僕が教えるようになっていた」


「ちょっと待てよ。……おまえ、それじゃあ、今までの事を全部憶えているのか? それで生きていけるのか?」


「誤解するなよ。思い出さない事だって出来るんだ。常に頭の中に情報が氾濫(はんらん)してる訳じゃない」



 ……ある時、本当に暇つぶし程度の思いつきだった。

 人間の脳味噌は、主に白質と灰白質と呼ばれる部分に分かれている。

 灰白質は『灰色の脳細胞』と呼ばれる所以(ゆえん)の、思考や判断などを司る脳味噌の表層部だ。

 その部分を、キッドは元の世界の記憶から、画像として憶えていた(・・・・・)



「そこに魔力を通したらどうなるのかと思ったんだ。 ……初めは、鼻血を出してぶっ倒れた」


 しかし、鼻血を出して倒れたという事は、何らかの効果があったという事だ。そうキッドは考えた。


「闘いを見世物にする場所に足を運び続けた。そこで毎日観察して、記憶したんだ。……ある日、戦っているそいつの次の行動が、全て分かった」



 腰を沈めた。次は右の上段切りだ。

 左手が踊った。魔術を放とうとしている。

 膝を崩した。しかし目になんの動揺もない。あれはフェイントだ……



「達人になればなるほど、その動きは整合性がある。ボクからすると読みやすい。『先読み』は、周りの人間が呼び始めたけど、僕自身はこの力を推理・・だと思っている。……けど、この力は無敵じゃない。未知の魔術や技の予備動作は、記憶にない。材料がないと推理は不完全だ。そういう相手には奇襲で対処する」


ダイナマイト(・・・・・・)でかっ!」


 迅八の頭を黒い想念が占めてゆく。

 饒舌(じょうぜつ)に語っている男の顔に、拳を埋めてやりたくなる。しかし、キッドがその口を閉じる事はなかった。


「……死ぬかもしれないんだ。全て話させてもらうぞ。お前らに近寄ったのは、仕事じゃない。『いつか役に立つかもしれない』情報欲しさだ。敵対するつもりはなかった。……本当だ。この世界で自分の能力を話すのは致命的なんだ。信じてくれ!」



 今まで黙って何かを考え込んでいたジークエンドは、キッドではなく迅八に語りかけた。


「ジン。『先読み』については本当だと思うか?」

「俺は難しい事も魔術の事もよくわかんないよ。 ……けど、一回見た事を忘れない人がいるっていうのは本当だ。元の世界で聞いた事がある」

「ふむ……」


 ジークエンドは立ち上がる。

 そして、キッドとキリエ、震える御者に告げた。


「……当然、死刑だ。別にそんな話どうでもいいからな」




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