光の
「ひっ、ぜひっ、はっはっ……!!」
商人ギルドの御者は、ランタンの明かりを頼りに森から出ようと走り続ける。
「……き、聞いてないっての。ふざっけんなよ!!」
キッドたち二人は、御者からしてみれば厄介な客だった。彼らは商人ギルドの若きエースであり、主に情報集めを中心に行う者たちだった。その仕事には血生臭いものも多いが、今回はそんな事は聞かされていなかった。
「ロックボトムとか千年の大悪魔とか……聞いてねえよ!!」
そして、あの人間。
しかし、本当にあれが人間なのか。
キッド達がロックボトムと交戦した場所から離れた時には陽は傾いていたが、あれから少なくない時間が経っている。
……車輪の跡を追って、敵の匂いを追って、あれだけの傷を負わされた相手を、わざわざ追ってくる、人間。
「……聞いてねえ。そんな奴がいるなんて聞いてねえよっっ、あがっ!?」
突然、なにかにぶち当たり尻餅をつく。
必死に走っていた御者は、それが木なのだろうと思った。しかし、その空間には何もない。
恐る恐る、何もない空間を手で押し込むようにすると、ある場所から先に手が進まない。見えない壁があるように。
「け、結界……!!」
御者は、道中で迅八を乗せた馬車を操っていた。迅八は本当に普通の少年だった。
翼を生やす事もなかった。あんなに恐ろしく吠える事もなかった。本当に、本当にどこにでもいる普通の少年だった。
「あのガキ、結界まで張れるのか!? ……聞いてねえ、聞いてねええええ!!」
「…………出たいの?」
頭上から、突然響いてきた声。
御者の体が硬直する。……なぜ、頭上から声がするのか、見上げたい。なにが居るのか確かめたい。
しかしその気持ちとは裏腹に、視線は地面に釘付けとなる。そこで気付く。……辺りが、明るい。
ランタンの光だけではない。自分の頭上に、光を放つモノが浮かんでいる。
「出たいんだね。……でもダメだよ。ダァアメ。ざあんね〜んで〜した〜。……あははははははっ」
————————————————
「ウッ、アアアアアアアッッ!!」
キッドは両手の魔銃の引き金をひたすらに引く。もう『先読み』もなにもない。
ただ、恐れを振り払うように闇に向かい銃弾を撃ち込む。
「……キリエええええ!! 弾をくれ。魔弾はもう無いのかッ!? 『脱力』か『睡眠』をくれ!!」
「も、もうないッスよっ。今日だけで幾ら使ってるんスかあッ!?」
魔弾と呼ばれる特殊な弾丸。
魔石を埋め込まれたそれは、一発だけでもとんでもない金額になる。
「命より高いものはないだろ。全部寄越せ!!」
「だ、だからもうないッスよ!! 馬車の中にならあるかもしんないっスけど、あとは普通のヤツしか……」
キッドとキリエは暗い森を疾走しながら、後ろから迫る声に身をすくませた。
——ランタンの光の届かない闇の中、アイツは確実に追ってきている!!
「だいたい、ほとんど当たってないっしょおお!!」
「暗闇でやるFPSなんてやった事ないんだよ!!」
森の中の道なき道を、ひたすらに走ってゆく。
ときおり振り返ると、闇の中でぼんやりと青白い光がこちらに迫ってくる。そしてそれが見える度に、その光に向かい銃を撃つ。
「ダイナマイトを全部投げろ!! あいつを殺せっ!!」
「だ、だから、それも馬車の中ッスよ!!」
「……ッッッッッデム!!」
炎の中に舞い降りた迅八は、その体を焦がしながらキッドに襲いかかってきた。
恐怖と混乱から、キッドは魔銃の弾丸を全て迅八に撃ち込んだ。それで終わったと思った。
「カミカゼ野郎がッ……。先読みしても、アイツには意味がないぞッッ!!」
キッドは、相手の行動の先を読む。これはキッドだけが見つけた能力、『魔術のおかしな使い方』だ。
「あんなヤツは想定してないんだ。どうすればいい!?」
普通、先を読まれた相手は動けなくなる。
動けばそこを撃たれる。ならば人は動けない。そして、キッドはその心理を突く戦い方を好んでいた。
『先読み』だと相手に名乗る。動いた場所をわざとらしく撃つ。
そんな事をしなくても、心臓や額を撃てばそれで決着はつく。しかし、それはしない。
奇襲と不意打ちで相手の戦意を挫かせて、勝負にさせずに勝利する。それがキッド達のやり方だった。
「それが……なんなんだ、アイツは!?」
「……撃たれても撃たれても、何しても向かってくるじゃないッスかあああ!!」
キリエも闇に向かい引き金を絞る。
キリエとキッドでは、キリエの方が武器の扱いは上手い。しかし、闇の中に消えてゆく銃弾は目に見えない。
「当たってるんすかコレえええ!?」
「撃て撃て撃て撃て!! ……撃ゥゥてえええええッッ!!」
銃声と地を駆ける音だけが闇に響く。キリエは後ろを向き滅多やたらに撃ちまくる。そして、ろくに前を向いていなかったキリエは、キッドの体に激突した。
「あ痛っ! ……なにやってんスか。ゴーゴーゴーゴー!!」
「……け、結界!? だ、誰がこんなものを!?」
キリエもキッドの横に並び、目の前の空間に手を伸ばす。そこには見えない『壁』があった。
——フゥゥゥウウウ……ゥォオオオオオ……!!
すぐ後ろから、獣のような呼吸音。
耳の後ろをその音に舐められたように、キリエの肌が粟立ってゆく。
そして、ランタンに照らされる範囲に怪物は入ってきた。
「お………」
二人は同時に拳銃を構えた。
しかし、ランタンに照らされたその姿に引き金を引くことは出来なかった。
血まみれのその体——暗闇に向けて撃った銃弾は、迅八の体に幾つも当たっていた。立っているのが不思議な程の傷を負っても、その瞳はますます力を増している。
しかし、そんな事は今のキッド達には気にならなかった。
「おまえ。本当に、人間なのか……?」
真紅の翼は形を変えていた。
迅八の上に掲げられ、開かれたそれは、まるで巨大な手のひらのように映った。
そして、その手のひらの、五本指。それが、一つずつ握りこまれてゆく。
「まさか、まさか、……ちょ、ちょっと待って欲しいッス」
真紅の翼は巨大な握り拳になり、力を溜めるようにゆっくりと後ろに引かれた。
「撃ゥゥてええええええッッ!!」
「あわああああああああっっ!?」
狂ったように二人は引き金を引く。
しかし、握り拳となっていない迅八の左の翼が、血で作られた盾のように展開され、全ての銃弾を堰き止めた。
「ま、まて、やめろ!」
「待って、待ってーーー!!」
「……ブッッ飛べッッ!!!!」
迅八の怒りの咆哮を聞くのと、二人が暗闇の中に吹っ飛ばされたのはほぼ同時だった。
「がはあああああっ!!」
キッドの体中の骨がきしむ。
呼吸する度に胸が痛む。
少し離れた所にキリエが転がっている。キリエの腰から離れたランタンは、か細く炎を揺らしていたが、やがて消えた。
再びの暗闇に、キッドは一瞬だけ意識を失いそうになったが、視界の端に映る青白い光に、すぐに意識は戻された。
「ひ、はっ、は…… き、ぎりえ……」
すぐに逃げなくてはならない。殴られた瞬間に、なぜか結界は消えていた。
——武器があるなら戦える。昼間ならば自分達が勝つ。しかし、武器のほとんどは馬車に積んだままだし、この暗闇では『先読み』が活かせない。
「は。……あ、ああ、あああああっ」
キッドは見上げていた。
星の光を背負う人影を。
その背後で、また巨大な握り拳が作られていくのを。
「や、やめ……やめろっ!!」
「トム……キッド、キッド!! やめてっ!!」
このまま、地面に横たわる自分にあの拳が振るわれれば、自分は、道路のカエルのように潰される。
「……なんでだ」
星空を人の形に切り取ったような闇が、キッドに向かい問い掛ける。
「なんで、あんな事をしたんだ!!」
「せ……」
正当防衛だ。
しかし、そんな言葉が通じる相手ではない事は、すでにキッドは思い知らされた。
だから、その『許された一言』で、他の言葉を絞り出した。
「……キリエッッ!! 逃げろおおおおおおっ!!」
その言葉を最後まで聞かず、迅八の怒りの鉄槌は振り下ろされた。
————————————————
「あ…………」
殺した。
殺してしまった。
同じ転生者を。
その事実は怒りで濁った迅八の頭を、少し冷静にさせると共に、体中の痛みを思い出させた。
「いっっ、ぎ、ぎぎっ!!」
「キッドッ!!」
キリエが這いずりながらキッドの元に近寄ってゆく。暗闇の中、星明かりに照らされて、迅八の目の前を日本人の女が泣きながら這っていった。
「お………あ………」
こいつらは殺しても飽き足らない。
だが、実際に事が終わってみれば、冷たい汗だけが肌の上を流れている。
「よくも……よくもキッドを!!」
迅八は怒りのままに、巨大な拳でキッドとキリエを殴りつけた。
その痛みはキリエにとって耐え難いもののはずで、迅八に向けて怨嗟の言葉を吐き出した。
「おれ、は、俺は……!!」
「……ねえジン。どうでもいいんだけどさあ。キリエは殺さないの?」
突然聞こえたその言葉に、迅八とキリエは身を固くした。
「な〜んか生意気な目で見てるよ。……どうするのお?」
この声を、聞いた事がある。
馬車の中で泣き出したトムを慰めてやっていた少女。祖母の為に危険な場所に花を取りに行った少女。
「あはははははは。二人共さあ、な〜にナマケウズラみたいなカオしてんのさあ」
「おまえ……」
森の茂みの奥から少しずつ人影が現れる。そして、少女のその顔は、今まで見た中で一番楽しそうなものだった。
「……イエール」
「ん〜、ジン。その呼び方とかさあ。色々これから決めていきたいんだけど、とりあえずそいつ殺すのか殺さないのか決めて欲しいんだよね」
キリエは呆気に取られている。そして、それは迅八も同じ事だった。
何も口に出せずにいる迅八に、イエールは続ける。
「で、どっち?」
「おまえ、何を」
「うーん。もうさ、ちょっと話が進みそうにないからさ。とりあえず殺すね」
笑いながら語るイエールがその右手を上げると、迅八の背筋が凍った。
——分からない、理由は分からないが、イエールは危険だ。
「やめろ。イエール!!」
「ん? じゃあ殺さないの?」
「なんでもいい、やめろ!!」
「はあ〜いっ」
イエールは上げていた手をゆっくりと降ろすと、迅八に微笑みかけた。しかし、その顔を見ても迅八の心には親愛の情が湧いてこない。
「……ねえジン。君さ、すごくいいよ。本当にいい。……たださ、なんていうのかさ、後先考えないって言うか、スロースターターだし、う〜ん……」
イエールは人差し指をその頬につけて、言葉を選んでいる。
「けどさ、それが君の『いい所』だよ。だから気にはしないで欲しいんだけど、う〜ん……。けど、よくそんなんでゴミリアさんに勝てたよねえ」
迅八は、静かに呼吸しながらキリエの事を見た。キリエもこの状況についてゆけず、言葉を失っている。
「まあさ。なにが言いたいのかっていうとさ、……『殺さない』方向でいいんだよね? とりあえず結界で守っておいたんだけど、怒られたらやだったし……」
イエールが喋る最中、キリエが不意に声を出した。
「キッド?」
「……キ、キリエ? ぼかあ、生きてるのか?」
「キッド、……キッド!!」
目を開けるキッドにキリエが泣きながらすがりつく。
しかし、迅八は完全にキッドを殺したと思っていた。
何かを叩いた感触はあったのだ。
そして、涙を流しキッドの生存を喜ぶキリエの顔が、なぜか光に照らされたように、段々とハッキリ見えてきた。
「イエール……おまえは」
イエールの背後にぼんやりと、初めは幻のように揺らいでいたそれが、どんどんと光を増してゆく。
「イエール……? おまえ、だれだ?」
「ひどい言い方するなあ。……あんなに強く抱きしめてくれたのにィ」
イエールがその『光の翼』をばさりと一度はためかせると、暗闇の中にきらめく胞子が幾つも飛んだ。
まるで綿毛のように漂う光に包まれて、そいつは歌うように名乗りをあげた。
「十二使徒第十二位。『喜色』のイエリアだああ……。あははははははッ……はじめましてって言っておくかい?」
満面の笑顔のその上唇。
そこだけは、生意気そうに歪められていた。




