怪物
アゼル達がその場所に辿り着いた時には、全てが終わっていた。
「アマレロッッ!!」
大剣使いの元にクーロンが駆け寄ると、アマレロは閉じていた目をゆっくりと開けた。
「……お〜? 久しぶりだな。おめえに抱えられんのはよ〜」
「バカ言ってんじゃないよアンタはっ!! ……いったい何があった!?」
「クーロン、こっちでクロウとセリアが!!」
アゼルとコルテもそれぞれ天使と悪魔に駆け寄ってゆくと、その傷の深さに目を見張った。
「う……。コルテ、回復を!!」
アゼルはすでに始めている。セリアの失われた腕を中心に、回復術をかけている。
コルテも瀕死のクロウに回復術をかけると、その傷に息を呑んだ。
「……誰がこれをやれた?」
コルテは戦慄する。
瀕死のクロウは魔人の姿から人間の姿に変わっていた。しかし、飛んで行った時には魔人だったはずだ。誰が、途方もない力を持つ千年の大悪魔を、ここまで追い込んだ?
「……か、かか、かひッ!! が、がはッ!!」
「やべえですね。このままじゃ、」
こんな状態で生きている方が驚きだった。右半身の前面——胸と腹がほとんど無い。ちぎれ飛んだ腕がすぐそこに転がっている。
すると、回復術をかけ続けているコルテの傍らに、クロウの千切れた腕を胸に抱いて、シズが近寄ってきた。
……泣きそうな顔をして、その挽肉のように変わってしまった腕を、肩の断面に接ぎ合わせようとする。
「シズ、そんな事しても……」
一部の種族には、そういう再生能力が備わっているが、この傷は酷すぎる。
繋ぎ合わせようにも、どこが断面なのかさえよく分からない。……しかし、コルテの前で異変は起きた。
「な……」
淡い光に包まれて、その腕が少しずつ癒着してゆく。
まだ完全にくっついている訳ではないが、それだけでも出血はかなり抑えられている。それを見たコルテは、思わずアゼルを見た。
アゼルもセリアに回復術をかけてはいるが、両手の欠損はそのままだった。アゼルは『あの力』を使ってはいない。
(……なんですこりゃ。アゼルの『アレ』と似たような力か!?)
「かひっ、かひっ、……は、……はっ、………………」
「……こりゃ、とんでもねえ奴らを拾ったかもしれませんね」
クロウはいまだ窮地を脱してはいないが、恐らくこのまま回復術を続けていれば死にはしないだろう。
コルテは、己が血で汚れるのを構わずにクロウの腕を押さえているシズを見る。
「ふざけた兄貴の妹も、やっぱりふざけてやがる……」
この問題は、捨て置けない。『ロックボトム』の間で話し合う必要がある。
そこでコルテは気付いた。この場にはいない人間達の存在に。
「クーロン。あんた辺りを見てきなさい。アマレロは大丈夫でしょう」
その言葉を受けたクーロンは、大きな傷を負っていないアマレロを置いてその場から離れた。
すると、そこから王都ロンダルシアに向かう方角に、倒れている人影を発見した。
「……ジークエンドッ!!」
ジークエンドは、剣を杖の代わりにして、ゆっくりと足を動かそうとしていた。
「ジークエンド……何があった!? 坊やはどこにいった!? 転生者二人組は、」
「く、ククククク……。奴らめ、とんだ食わせ者だ。クク、……これは盛大にやられてしまったな」
「ジークエンド、坊やはどこにいったんだい!!」
クーロンの問いに答える事はなく、ジークエンドはその場に崩れ落ちた。
クーロンはジークエンドに駆け寄りその状態を見る。
幾つかの傷や出血はあるものの、アマレロと同じような状態で、命に別状はない。クーロンは辺りを探る。
(近くには誰もいない……!!)
そして、地面に残る轍に気付く。
一つは馬車が残した物だろう。しかし、もう一つ。そちらは馬車の車輪の跡によく似ていたが、少し違う物だった。
その馬車と『なにか』は、クーロンの視界からはすでに遠ざかっているようだった。
「……坊や!!」
迅八が、いない。
どこに消えた?
そして、もう一人が居ないのにも気付く。
「イエール、あの子までっ!」
迅八が受けたクエストの依頼主。
その姿もそこからは消えていた。
先へと伸びる車輪の跡を追おうとした時、自分の影が長く伸びている事にクーロンは気付いた。見上げれば太陽は傾き、横からこちらを照りつける。
「夜が来る……!」
大草原——魔物や野生の動物達の領域の中で。
普段なら大丈夫だ。だが、今はどう考えてもまずい。
迅八とイエールは消えた。誰かに攫われたのかもしれない。そして、同じように姿を消した、転生者二人組。
「高くつくよ……!!」
クーロンは、普段なら見せない顔で轍の先を睨みつけた後、ジークエンドの体を背負い、コルテ達の元に戻った。
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すでに残照は消え、空には星が瞬いている。
地龍と戦っていた場所から西方の森の中で、焚き火をおこしている一団がいた。
「……大丈夫ッスかね? 火なんかおこして」
「平気だろ。まだ追ってくるなら本当に皆殺しだ」
馬車で先に行かせた御者ともここで合流した。この場所は、商人ギルドがよく使っている小さな野営地の一つだった。
野営地と言っても常駐している人間はいない。小さな小屋と、幾つかの道具が備えられているだけの休憩所だ。
「お二人とも困りますよ。こんなの聞いてないですから」
「わりっスわりッス。にひひっ……」
御者が『バイク』を触りながら続ける。
そのバイクはサイドカー付きのもので、流麗というよりも、剛健といった感じのデザインだった。
「仕事なんて言われてないんですから。……揉め事は勘弁して下さいよ。このバイクが壊れたらどうするんですか」
「ボク達もそんなつもりなかったんだよ。……巨竜を倒したのは失敗だったな」
「けど、ありゃ仕方ないっしょ。その後も」
ジークエンド達は凄まじい達人だったが、巨竜にまで育った地竜の回復能力は、それを上回っていた。
ジークエンド達は攻めあぐねていたし、何度か危険な場面もあった。そこで、ついキリエとキッドは、自分達もやってしまった。
「……ジークエンド達は全力じゃなかったんだろうな。ボク達が見てたからか」
「あそこから仲良くなれるかと思ったんスけどね〜。まさか、こっちに矛が向くとは思わなかったッス」
「ボク達が脅威になるかもしれないと踏んだんだろうな」
キッドの『先読み』と異界武器、二人はそれで地竜の核となる部分を木っ端微塵に吹っ飛ばした。……核を失った地龍は、再生することもなくただの土塊に還ったが、それを見たジークエンド達は、すぐさまキリエ達に攻撃を開始した。
「オズワルドの転生者とロックボトム、……まさかあの子狐が千年の大悪魔だとは思わなかったが、あの声はそうだろうな。情報欲しさに遊びのつもりで手を出したのは失敗だったよ」
「あの人達、な〜んも隠してないッスからねえ……。よく今まで他の奴らにちょっかい出されてないッスねえ」
主に情報を扱うキッド達は、ロックボトムの顔くらい全員知っている。特にキッドの頭の中には、この世界の主たる有名人の似顔絵が全て入っていた。
自由貿易都市で、ロックボトムのクーロンと日本人が騒ぎを起こしていたのを目にして、キッドはすぐさま介入した。理由はなんでも良かった。
「……オズワルドの転生者と千年の大悪魔の騒ぎ。ロックボトムがやったっていう領主襲撃の際、その場にいたっていう誰も見たことがない二人組。で、そのあとロックボトム達と行動している転生者。……当たりだったな」
「シズちゃんが千年の大悪魔じゃなくて良かったッスねえ」
「全く……本当だよ。爆殺しかけたからな」
暗闇の中で、焚き火の炎がゆらゆらと揺れている。その炎が、千年の大悪魔の本当の姿をキッドに思い出させた。
「しかし、あれはまずかったな。……よく生きてるもんだよボク達は。ダイナマイトをあいつが知ってたらヤバかったよ」
「とんでもないッスね。ありゃバケモンでしょ。それにしても、『魔人形態』って……」
「真っ正面から全力でやりあったら、……負けるかもな。けどまあボクらは商人だ。そんな必要ないね」
「……黒のマリアだったらどっすかねえ」
「そんなの決まってる」
咀嚼していた肉の塊を飲み下してから、キッドは炎を見たまま告げる。
「……黒のマリアの圧勝だ。噂が本当なら、そんな奴には誰も勝てやしない」
現地人達は知らない。
転生者達しか知らない噂。
『黒のマリア』の特殊な力。
それが本当なら、そんな奴には誰も勝てない。
「……けどまあ、『ゲーム組』の奴らの言うこともたまには当たるもんだな。千年の大悪魔っていう位だから、ボスキャラには『最終形態』があるはずだってさ。……馬鹿馬鹿しいと思ってたが、馬鹿にできないもんだ」
「魔人形態……本当にあったなんて。けど、ずいぶんとイケメンだったッスねえ」
「ま、この世界がゲームの中だとかは馬鹿らしい考えだけどな」
「あれ? トムは実はそっちの人かと思ってたッスよ」
炎を見つめながら、キッドは常に何かを食べている。スマートになった腹に、どんどん食べ物を詰め込んでいた。
「ゲームは好きだったけどな。……それでも、この世界がゲームの中だなんて、さすがに思えないな」
キッドとキリエは空を見上げる。
一部の転生者たちが盛んに言っている、『この世界はゲームの中だ』という理由の一つを思い出す。
「動かない夜空か……」
星は何も語らない。
ただただ、そこで輝き続ける。
昨日も一昨日も、今日も明日も、同じ場所で輝き続ける。
……その夜空に、黒い影が横切った。
はじめは一つだったそれが、どんどんと数を増してゆく。数多くの鳥たちが様々な鳴き声を上げながら、散り散りになり飛んで行った。
「鳥が……」
「うわ、コワッ。ちょっとビビったッス」
そして、燃える炎の真ん中に、それは空から舞い降りた。
「え……」
ぶわおんっ!! 散らばる炎から顔をかばう事も忘れ、キリエとキッドは、焚き火の真ん中に舞い降りた『何か』を見た。
すると、そいつは赤い翼を血液のように撒き散らした。じゅう……と沸き立つ音が聞こえると、辺りは闇に包まれる。
「な……!!」
何も見えない。
炎に慣れきった視界から急に暗闇に放り込まれたせいで、星の明かりにすら順応しない。
……暗闇の中で馬車を引いていた馬が暴れ出す。キリエがなにかを喚いている。
混乱の中でキッドが考えていたのは、闇に包まれる前に一瞬だけ見えた『顔』だった。
「……仕方ないって、言ってたな」
闇の中から声が響く。
まとわりつくように、這い寄るように、その声はキッドの耳から入り込む。
「……悪党だから、悪魔だから。……ああなっても仕方がないって言ってたな。……天使も、仕方がなかったか?」
暗闇の中で、キッドはキリエの気配を探る。キリエは恐らくランタンに火を灯す。
(……ボクは視界が戻った瞬間に、あの『顔』を撃ち抜くッ!)
「……助けてくれたんだ。死ぬとこだったシズを、俺を!! ……あの人達が、アイツがっ、助けてくれたんだッッ!!」
懐から魔銃を取り出し、いつでも『先読み』出来るように集中させる。
そして、キッドがその心に覚悟を宿した時、同時にキリエがランタンに火を入れた。
「え……」
キッドのすぐ目の前、数センチ先に『顔』があった。
その顔は、歯を剥き出しにして、泡をこぼれさせ、血走った目でキッドを睨みつけていた。
その顔の全ては乾いた血に覆われていて、まるで巨大なかさぶたが動いているようだった。
——確かに、再生はしていた。
しかし、痛みは感じていたはずだ。
心折れずに『こいつ』が、再び自分達の事を追ってくるはずなどない!!
「ジッ……!!」
「第三ラウンドだッッ!!」
その咆哮がキッドの顔をビリビリと揺らす。
怒りで充血した瞳から伸びる黒線が、静かな光を纏わせる。
「……お、ウオオオアアアアアッッ!!」
キッドは固まりそうになる足で後ろに跳び、両手の魔銃を前に突き出す。
恐怖に突き動かされた絶対強者は、その魔銃の全弾を、目の前の怪物に食らわせた。




