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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第四章 絶対強者
71/140

先読み

 



 己の憎悪が血となり流れる。

 撃ち抜かれた手と足はだくだくと血で濡れる。

しかし、千年の大悪魔の本当の姿からすれば、それは些細(ささい)な傷のはずだった。



(……なんだこの傷は。チカラがっ!!)



 貫かれた膝に力を込めようとするが、うまくいかない。


 クロウが眠りにつく前にもこの世界に銃はあった。ただし、それは一対一で使う武器と呼べる程に精巧な物ではない。

 キリエ達が持つ、拳銃(ハンドガン)。そんな物はクロウの知識にはない。


「しかも、魔道具か……ッッ!!」


 先程から動かない、動けない(・・・・)ジークエンド達を見る。

 その顔には疲労が色濃い。そして、喋らない。口を開くのに割く力さえ惜しんでいる。


「……おい。動くなって言ってるんだぞ。それともやるのか? 第一ラウンドか?」


 調子に乗った転生者がクロウの事を挑発するように言う。その言葉で、クロウは完璧に、切れた。


「五秒もかけねえッッ!!」


 迅八は混乱しきっている。クロウにとって、今はそれが幸いと言えた。下手な横槍を入れられてはたまらない。

 傷を負った悪魔の体、湧き出る憎悪に心が引きずられる。


(……この身の程知らずのチンケな人間を、出来るだけ残虐に殺すッ!!)


 そして、クロウが動き出そうとしたその瞬間、今度はもう片方の炎で作られた足が、魔銃の弾丸に撃ち抜かれる。

 口から漏れそうになる声を飲み込み、無理やり足に力を入れる。——なぜかは分からない。だが、敵はこちらが攻撃する一拍前に、先制してくる!!



「……多少痛かろうが、分かってりゃどってことねえッ! 死ねいッ!!」

「ジンさんには悪いッスけど、ゴング代わりッスよ〜」



 ……ポイっと。

 投げつけると言うよりも、下から山なりにほうられたそれを、クロウはとっさに手で掴んだ。

そして、自分が掴んでいる見たこともないそれに、一瞬、気を取られた。


「あ?」

「クロウッッ!! それを(はな)せえええッッッ!!」


(コレ、何……!!)


 その次の瞬間、クロウの視界は赤く染まった。






 ————————————————






迅八は、空を見上げていた。傾いた太陽に照らされて、空が赤く染まっている。



 ——カーーン。 本当だ。五秒も掛からなかったぞ。千年の大悪魔も『先読み』が出来るのかな

 ——TKOってとこッスか? 派手に撒き散らしてるッスねえ


 

 気を失っていたのか、放心していたのか。定かではないが、頭の中に空白がある。そして、キリエが投げたもの……クロウの手の中で爆発したそれを、迅八は思い出す。


(……爆弾、ダイナ、マイト?)


 取り出されたそれの形は、映像で見た事のある爆発物とよく似ていた。



 ——まだ馬車は来ないのか?『虐殺』コルテがここに来たら厄介だぞ。そいつら死にかけてるじゃないか

 ——けど、威力抑え目ッスよ



 迅八は辺りを見回そうとして、まず一番身近な異変に気付いた。右手が、ない。

 肘から先が、まるでミキサーの中に無理やり押し込んだ肉塊のようになっていて、それも手首から先は存在しなかった。


「……ぁぁぁぁぁっ」


 絶叫をあげようとして喉から出た声は、ため息のようにか細く弱いもので、その声を押し退けるように胸の奥から血がせり上がる。



 ——キリエ。ジンを見ろ。こいつ、本当に人間なのか?

 ——なんか、ウネウネしてるッスねえ



「……ぐ、ぐろう……」


 迅八が首を動かすと、頭に突き刺すような痛みが走った。うまく、体が動かせない。

かろうじて首を動かし辺りを見回すと、空が赤くなっていた訳では無かった。見るもの全てが、赤く濁っている。



 ——旦那達は、まあほっといても平気っしょ。爆風で吹っ飛んだだけっすね〜



 迅八の赤く(にご)る視界の隅に、人影が倒れていた。その人影は、ぶるぶると震えていた。


「くろ、う……」


 迅八の体は、蟲龍のブレスで落ちた左足は、すでに再生していた。しかし、今は右手がなく、体の所々が動かしずらい。

 左手を伸ばし、体をよじり、砂を食みながらクロウに這い寄る。


「くろうっ、……ぐろう!!」


 その声は潰れている。

 迅八が伸ばした左手を、クロウが伸ばした手が掴んだ。


「クロウッ!!」

「……かっ、か、かかかか……がはっ、ひっ、ひっ……!!」


 迅八からは、クロウの倒れている左側しか見えなかった。悪魔は目を大きく開いて迅八の顔を見ている。

 その目は、今まで迅八が見てきたクロウの表情の中で、どれでもない感情を宿していた。


「かは、かはっ……ひっ、…ひィっ、は、はっ!」


 その体の右側は、ほとんど弾け飛んでいた。……右手がない。断面すら分からない程にぐしゃぐしゃに潰れた傷口からは、今も衰える事なく血が溢れ出している。


「ヒッ……、がひっ、イィ……!!」


クロウの胸の内側にあるはずの肋骨は、まるで巨大な爪で開かれたように内側から突き出していた。……血と肉片と、(くだ)と筋、あらゆる組織が辺りに散らばっている。

 そして、大きく開いた目の右側に、髪の毛がついたままの頭皮がべろりと剥がれていた。

 細かく刻む息は荒い。

 そして、迅八の左手に伝わってくる熱。

 

「ひィっ、がはっ!!」

「クロウ……クロウッッ!!」


 とっさに迅八は、その右手(・・)でクロウの体を掴んだ。特になんの意味もない、反射的な行動だった。

そこで、今まで不明瞭な雑音だった『話し声』が、音声として耳に届いた。



「……おいキリエ。本当に、なんなんだこいつ」

「もう、治ってるッス。……治ってるっていうか、()えてるじゃないッスか」

「チートどころじゃないぞ。キリエ、本当にどうする。放っておいていいと思うか?」

「……迷うッス。けど、ロックボトムの他の人らがこれを見たら、問答無用で襲いかかってくるっしょ」

「そうだな。さすがに、本当に皆殺し(・・・)にするのも後味が悪い」



 皆殺し。

 なんでもない事のように言っている。自分達にはそれが出来て当然だと言うように。


「……キリエ、トムッッ!! なんで、なんでっ!?」


 迅八が、口から血を吐き出し振り返ると、体にわずかな自由が戻ってきた。赤かった視界が正常な色に戻り、空の色が目に入る。

しかし、クロウを見てみると、やはり千年の大悪魔は真っ赤な血で染まっていた。


「クロウッッ!! おい、トム、なんでダイナマイトなんて、」

「なんでって……。おい、何ボク達が悪者みたいなムード出してんだ? 動くなと言ったし、宣戦布告と見なすとも言ったぞ」

「ジンさん、別にあたしらこれ以上なにもするつもりないッス。 そいつが本当に千年の大悪魔ならこの程度じゃ死なないっしょ。……ほら、あたしらの馬車も来たッス。帰るんで忘れて欲しいッスよ」


 キリエの視線の先からは、馬車が激しい音を立てて迅八達の元へ向かってきていた。御者台に座る男は大きく手を振りながら、キリエ達二人組に声を掛けた。


「……キッドさん、キリエさん、十二使徒がこっちに飛んできてますよ!! なにしてんですか!?」

「あちゃー、ヤバいッス。ほらトム、もう行くッスよ!!」


 キリエが馬車の荷台に入り込む。それをチラリと見ると、トムと呼ばれたキッド(・・・)は諭すように迅八に口を開いた。


「おいジン。今の状況じゃお前が混乱するのも無理はない。だけどな、正当防衛なんだ。……それにな。そいつらは千年の大悪魔と、ロックボトムだぞ? まあ、仕方ないだろ」

「なにが……、なにが、仕方ねえんだ?」

「ボク達の身にもなってくれ。殺されるのはこっちだったかもしれないし、そんな悪党共はそうなる末路も想定済みのはずだ。仕方ないだろ」


 すると、キッドは迅八に向けていた拳銃の角度を変え、突然、空に向かい引き金を引いた。

 思わず迅八がその方向を見ると、青い天使が空中で体を硬直させた後、そのまま地面に墜落してきた。


「な……セリアッッ!!」


 迅八は走る。まだ動かしずらい足を前に出し、頭から地面に落ちようとするセリアに向かう。


「間に合わ……『翼』アアアアア!!」


 迅八の背中から血が吹き出す。

 鮮血の翼を噴出させた体は、宙を飛ぶのではなく空を切るように、加速して地面と水平に滑ってゆく。

なんとか追いついた迅八は、そのまま自分の体をクッションにして、セリアの体を受け止めた。


「ぐうっっっ!!」

「……おいおい。ジン、本当にどうなってるんだお前の体は」


 キッドがその青い瞳で迅八の一挙一動を見つめている。迅八は目の前の脅威を忘れ、腕の中のセリアに叫んだ。


「セリア、大丈夫かっ!?」

「力が、抜けてっ……ジンくん、一体なにがっ!」

「ジン。本当に一歩も動くなよ。お前、なんなんだ。もうためらいなく撃つぞ。……少し認識を改める。次にお前が動いたら第二ラウンドだ。ボクに撃たせるなよ」

「……ナメんじゃねえぞ。てめえッ!!」


 セリアを地面に横たえてから、キッドに向けて吠える。その瞬間キッドの右手が動くと、迅八の肩を衝撃が突き抜けた。


「がッッ!!」

「ナメてねえよ黄色人種(モンキー)。カミカゼされたらたまらないからな」


 迅八の体から、力が抜けてゆく。肩を貫いた銃弾は、まるで迅八の体から何かを奪っていったようだった。流れ出る血に比例するように、迅八の体が『脱力』してゆく。


「なんだコレ……チカラが入らねえっ!」

「追いかけてくるなよ。本当に第二ラウンドだぞ」

「……トム、早く乗るッスよ!!」

「キリエ、それ試作品だろ? 大丈夫なのか?」


 膝をつく迅八の視界から、キリエとキッドを置いて馬車が走り去ってゆくと、代わりに馬車の荷台から二人が運んでいた『商品』が降ろされていた。


「なんだそりゃ……。てめえらこそなんなんだ!? そんなもんまであるのか!?」


 キリエが右手を動かすと、その乗り物(・・・)から低い唸り声がした。黒い煙を吐き出しながら、鋼鉄の化け物が動き出す。


「……ハハハッ、懐かしいだろ? バイクだ(・・・・)!! ……金が貯まったら買いに来てくれよ。転生者なら売ってやれるかもな」

「逃がすと思ってやがるのか!!」


 動かない足に頼らず鮮血の翼を広げる。

ロケットのように発射された迅八に、また、ぽいっとそれ(・・)は投げつけられた。


「……ジン、第二ラウンドだ」

「で、終了ッスね〜」

「……ッッ!? ダイナマイトッ!!」


 翼を減速させ、迅八は防御の為にその体を丸める。

——この翼は自分の思う通りに動くのか、翼で爆発の衝撃から身を守る事が出来るのか……そこまで考えた時、迅八の脳裏にクロウの姿がよぎった。



(ダメだ。今、これを食らったら……!)



 迅八は恐らく死にはしない。

 しかし、瀕死のクロウがどうなるかは分からない。


「……てめえら、てええめええらあああああッッ!!」

「ゴングだ。カーーン」



 しかし、迅八の視界が赤く染まる瞬間。

青い影が迅八の前に立った。






 ————————————————






「あ……」


 セリアは、自分の両腕を見つめていた。そこにあるはずの、腕がない。青き鮮血の天使は、その背中の翼と同じように、両腕から鮮血を迸らせていた。


「これじゃ……」


 抱きしめられない。


「せっかく……また会えたのに」


 そして、後ろで立っている迅八に体を預けるように、とさりと倒れた。


「……セリア?」



 耳をつんざく轟音と、炸裂した光の後、セリアの可愛らしい服装は、ほとんどぼろ切れのようになっていた。翼も今は消えている。


 両腕を失った少女は、本当に普通の女の子だった。

木っ端微塵に砕かれた肉片が散らばり、ぶじゅぶじゅと溢れる血と、そこから覗く断面。

 腕を失くしたその女の子は、迅八の腕の中でよだれを垂らして痙攣していた。


「セリアああああああっっ!!」


 セリアは、迅八に爆発が及ばないように、その翼を大きく広げていた。そして、ダイナマイトを受け止めるように両手を前に突き出していた。


「……あちゃー、これはヤバくないっすか? 十二使徒ッスよ。あたし知〜らないッス」

「勝手に前に出てきたんだよ」


 胸が震える。喉が震える。

 ベドワウを殺した時の感情が、迅八の頭の中を塗りつぶしてゆく。

 迅八がえ声をあげ、キッド達に飛びかかろうとするその寸前(・・・・)、キッドの指先が微かに動いた。


「寝てろ」


 肩の辺りを衝撃が貫く。唐突に頭が重くなり、足がもつれて倒れこむ。

 何が起こったか考える間も無く、迅八の意識は闇に落ちた。




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