絶対強者 後編
コルテは、混乱した頭の中を、一言で表した。
「なんです。こりゃ」
『五本目』が出てきた。
と思ったらクロウが魔人の姿で現れて、詠唱省略で一撃で葬った。
と思ったら崖が崩れて迅八達が落ちた。
と思ったら翼を生やしてどこかに飛んでいった。
「と、思ったら。……近寄りがたい雰囲気出しやがって」
コルテから少し離れた場所で、地面を見つめているセリア。
セリアは何を考えているのか、あるいは何も考えられないのか、形容し難い顔をしていた。聞こえない位の小さな声で、何かを呟いている。
「結局セリアになにも話さねえで逃げ出しやがった。あの悪魔が……。僕たちも気になりますね」
千年の大悪魔。
変化を得意とするその悪魔は、多くは神獣の姿で語られる。
(あれが、本当の姿か……。『黒のマリア』なら張り合える? 冗談じゃあねえです。あんなの、人間が立ち向かえる相手じゃあねえ……!!)
冒険者の最高——『規格外』という転生者。『黒のマリア』をコルテは見たことがないが、信じがたい噂は幾らでも転がっている。
それらが全部本当だとしても、あの大悪魔に勝てるなどとは思えない。
あれは、もはや魔人ならぬ、魔神だ。大魔術師のコルテをもってしても、あの悪魔の途方もない魔力に怖気だつ。
すぐ近くで虚脱している第六位天使は、この世界でも屈指の実力者のはずだ。その力の底はコルテにも見えない。しかし、戦える気はする。
あの悪魔にはそれすら湧かない。勝利か敗北か、そんな二択を感じさせない存在だった。……そして、あの転生者。
「なんだってんです。ジンのあれは」
翼が生えていた。
しかし、そんな事が可能なのかコルテは考える。
(魔術じゃない。そんな事は魔術じゃ出来ねえ。『翼の形』を作るだけなら出来る。氷の鎧を作るように。……だが、実際に飛んでみせるだと? あれは、なんだ? ……魔術じゃねえ。実際に飛べる——物理?)
「……コルテ、俺たちも出よう。ここもいつまで安全か分からない」
アゼルが言うと、放心していたクーロンも我に返る。
「はー。色々と凄い坊やだねえ」
「凄い? ……ありゃ『おかしい』って言うんでしょうよ。今の戦いを始めから見てたらあんた達もそう言いますよ」
黒陽と呼んでいた迅八の技。コルテはあんなもの見た事ない。そもそもあの、変身とでも言うような異形は、なんだ?
そして、花を守る為に自らの身を犠牲にしてみせた、あの精神。
「花じゃあ、ねえのか……」
迅八が守ろうとしていたのは、その先にあるものだ。しかし、コルテにはそれでも納得出来ない。
妹の為ならまだ分かる。しかし、イエールは言ってはなんだが、赤の他人だ。
「あの千年の大悪魔は、よくもまあ……同情しますね」
「ほら、いつまでブツブツ言ってんのさ」
クーロンがコルテの肩を叩くと、その後ろでアゼルが口を開いた。
「……おかしな爆発音が外から聞こえた。ジークエンド達も何かに巻き込まれてるのかもしれない。シズ、おいで」
アゼルが振り向くと、シズはセリアのそばに居た。
消沈しているセリアの手を、労わるように握っていた。
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「なんだ、こりゃ」
コルテがぼやいていた頃、迅八も同じ呟きを漏らしていた。草原は、その場所だけ荒野のように変わっていた。
「すげえな。なんなんだよコレ……」
至る所の地面が抉れている。
まるで、なにかが爆発したような跡。
緑の草原は、その一帯だけ激しい戦闘を繰り広げた跡がある。
地面に降り立ち、迅八はイエールの前に出た。
「イエール、何が居るか分からない。ここにいてくれよ」
「……うん」
「あん? もう居やしねえよ。デケエ魂が消えてやがるな」
クロウは、近くに唐突に置かれていた巨石をコツコツと叩いた。
「……まさか、あいつら地竜と戦ってやがったのか? ……なかなかやるじゃねえか。ま、俺様だったら一撃でやるがな」
迅八は、巨石を叩いている千年の大悪魔を見る。
迅八には魔力の波動など分からないが、見ているだけで分かる。クロウの本当の姿は、強すぎる。
「……ジンパチ、魔獣は近くにいねえ。ジークエンド達が向こうにいやがるぞ」
迅八はそちらに向かう。傾斜した丘を登ると、少し離れた場所に四人は居た。
そこには、ジークエンドとアマレロが、迅八たちに背中を向けて立っていた。その場にいるもう二人と、距離を置き、相対している。しかし、その様子がおかしい。
「ジークエンドさんっ!!」
「……ジンか? 動くな」
振り返りもせず言うジークエンドの白いコートが、血に塗れている。その横で大剣を構えるアマレロの足元にも、血溜まりが出来ていた。
そして、ジークエンド達が見すえる先にいる二人組。その二人の異状に迅八が気付いた時、クロウが先に口を開いた。
「おい、ジンパチ。ありゃあ、誰だ?」
……迅八がそちらを見ると、キリエがこちらに何かを向けて立っていた。
その手に握っている『何か』は強く注意を引いたが、それよりも、キリエの横に立っている人物が、強く迅八達の目を奪った。
寝癖のような跳ねた金髪。
スマートさのない丸眼鏡。
薄く生えた無精髭も髪と同じ金色だった。
しかし、顔立ちは整っていて、青い光を湛えた瞳がこちらを油断なく見ている。
迅八がこの世界で何度も見た、ロドやジークエンド達のような男が放つ、強い力を持つ瞳だ。
着ている服は、なぜかどれもサイズを間違えたようにダボついているが、そのシャツには『萌え魂』と書かれていた。
「……あんな二枚目知らねえよ。誰だよあれ」
「ジンさん、動かないで欲しいッス」
見知らぬ男に注意を引かれすぎていた迅八が、声の方に目をやる。
キリエがこちらに向けている『何か』。それが何かを理解すると共に、疑問と混乱が迅八の頭を占めた。
「ちょ、ちょっと待てよ。ジークエンドさん、何がどうなってんの!?」
「おい、ジンパチ。ありゃなんだ? ひょっとして、武器か? ……そんなもんを、この俺様に向けてやがんのか?」
キリエがその両手に握るもの。
それは、元の世界で『拳銃』と呼ばれていた。
「ちょ、ちょっと待てって。トムは!? トムはどこに行ったんだよ!!」
「……ヘイ、ジャパニーズ。もう一回言うぞ。ボカぁトムじゃない」
『萌え魂』の男も懐から銃を出す。
それは、迅八が見た事も無いような形だったが、向けられた銃口から、それが武器だと理解させられた。
「……キッドだ。商人ギルドの『先読み』キッドだ。忘れるなよ」
キリエの両手に収まる銃が鈍く光る。
それを一度、器用に回してからキリエが笑う。
二人が持つ『拳銃』は、その四つの銃口で迅八達を正確に捉えた。
迅八の頭の中は混乱と疑問、そして、その間を大きな空白が占めていた。
「先読み? 拳銃? ……なんだよそれ。お前、なんで痩せてんの!?」
「『先読み』するとこうなる。……いいかジン、動くな。そっちの千年の大悪魔もだ。動いたら宣戦布告と見なすぞ」
「宣戦布告と見なす、だあ? ……てめえ、誰様に向かってそんな口をききやがる……」
クロウが一歩足を踏み出そうとしたその瞬間——踏み出した後ではない。
足を動かす前に、銃口が火を噴いた。
「な……!?」
クロウの足元から薄く煙があがる。
それを見て、『キッド』が口を開いた。
「動くな。言ったはずだぞ。次は当てる」
血管から音が出そうな程に、クロウの顔色が変わってゆく。その敵意を向けられた訳でもないジークエンドとアマレロが息を呑んだ。
「魔人形態になるとな。いつもよりも、ちいっとだけ残酷な気持ちになれるぜ……!!」
「……待てクロウ。動くな」
それはジークエンドの言葉だった。アマレロも微動だにせず目の前の転生者二人を睨みつけている。すると、キリエが喋り出した。
「さっき信号上げたんで、ウチらの馬車がそろそろこっちに来るッス。……いいッスか、ジンさんと千年の大悪魔。あたしらはここから消えたい。こんなの予定になかった。だから帰るッス」
「消えたいだあ? じゃあ消してやろう」
——パンッ
キッドの拳銃から音が響く。
腰をかがめ飛びかかろうとした魔人の体が、そのまま膝から崩れ落ちた。
それに疑問を抱く前に、迅八の膝を結魂による激痛が襲う。
「っが!! いってえええッッ!?」
「だから、動くな。何度も言わせるなよ。別にお前らと事を構えたい訳じゃないんだ」
撃ち抜かれた己の膝を、クロウは呆然と見つめてから、不意に笑い出した。
「くく、くきききききき……っ。貴様ら、本気でこの俺様とやり合うってんだな……」
「だからそんなつもりないッスよ。魔人形態まで出てくるなんて。お互いね、考えたい事いっぱいあるっしょ? だから、ここでお別れしましょ」
「キリエ、……なんで!? なんでジークエンドさん達と揉めてるんだよ!!」
迅八がふらつきながら立ち上がると、キッドが目を細めた。
「千年の大悪魔と、それと結ばれたオズワルドの転生者。予想以上の回復だな。もう立てるのか? ……キリエ、どうする? もうこうなったら仕事にするか?」
「しないッス!! オフの日は商売しかしたくないッス!!」
その会話の最中、クロウは密かに魔力を己の右手に纏わせる。すると、その右手が撃ち抜かれた。
「ぐおおおおおッッ!?」
「おい、理解力が足りない奴だな。別にな、本当にお前ら皆殺しにしてもいいんだぞ。……勘違いするなよロートル。この場の支配者が誰なのか」
信じられない思いで、クロウは撃ち抜かれた自らの手と足を見る。
ジークエンドとアマレロの顔には、苦悶と汗が浮かんでいた。
「……よお。時代遅れの千年の大悪魔。お前が活躍出来た時代はとっくに終わってるんだよ。だから、動くな。……この場の絶対強者は僕達だ」
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VS 『絶対強者』
オズワルドの転生者 寺田 迅八
『心臓剣』
『翼』
『迅九郎』
* 超回復
* 魔術無効
千年の大悪魔 クロウ
『千の技』
『魂食らい』
* 自動回復
* 変化身
* 変化身解除——魔人形態
先読み キディ・ジョー・オブライエン
一人軍隊 柴崎霧絵
『先読み』
『異界武器』
* その他不明




