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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第一章 迅八とクロウ
7/140

天使

 



 辺りには怒号が飛び交っている。


 クロウの遠吠えは、夜に差し掛かり人でごった返す町の中、隅々まで行き渡った。


(しまった……、奴らが来る!!)


 クロウはそう考えながら、足元で気絶している、この顛末(てんまつ)の元凶を見た。


 迅八の異形化はすでに止まっており、体を縦横に走っていた黒い線は消えている。上半身は裸に戻っていて、クロウが作ってやったズボンを穿()いて、時折うなされたように身をよじる。


「俺がするのか……? この後片付けを」


 クロウが見回せば、人々は混乱の極地だった。

突然、町に化け物が二体現れ、人間に構う事なくお互いで殺し合いをはじめたのだ。住民からすれば、全く意味が判らない。

 中にはクロウの姿を認めると、ひざまずき、諦めたように祈り出す者もいる。


(そんなことしてねえで、さっさと逃げろやこの虫ケラ共がっ!!)


 クロウはひたすら一人になりたかった。ゆっくり現状を考えたかった。

 人間に恐れられるのは慣れっこだが、別にクロウに害意はない。しかし人間からしてみれば、そこに居るだけでクロウは害意の塊に見えるのだからしょうがない。現に街中で暴れ回っていたのだ。


 クロウはこの時になり、ようやく自分がどれだけみっともなく狼狽ろうばいしていたのかを思い出す。


 そもそも、何故町に逃げ込んだのか。

 町に変化へんげもしないまま入り込めば、それはこうなる。

しかしあの時、クロウは何故かそんな事を考えずに、ただただ灯りの見える方に行ってしまった。

 自分以外の誰かが居る場所に行きたかったのだ。それは、生き物としての本能だった。


「くそ……、クソっ!!」


 それを認めると、クロウの心の中で、憤怒が渦を巻いた。

 ——この自分が、千年の大悪魔と恐れられる自分が、わけの判らないクソガキに追いかけられ、よだれをぬぐうこともなく逃げ回り、挙げ句の果てには真名まなまで付けられた。


「くそッ、さっきの遠吠えは、奴らの耳に届いたはずだ。……畜生、めんどくせえっ!!」


 もうすぐこの場所に『奴ら』が来る。

本当ならそんな厄介事は御免なのでさっさと逃げ出したいのだが、足元で気絶している子供のせいでそれが出来ない。

このまま放っておけば、迅八は殺されたり拘束される可能性が高い。クロウにとってそんなことは知った事ではないのだが、結魂けっこんを終え、定着してしまった今となってはそういうわけにもいかない。


「このガキを連れて逃げ出して、目が覚めたこいつとさっきの続きをやるのか? ……ふっざけやがって!!」


 怒りを抑えたクロウが、迅八を抱え離脱しようとしたその時、静かな声がクロウをその場に押し留めた。


「……いや、お前らはこの場から逃げ出せん」



 そこには、一人の男が立っていた。


 流れる様な金髪を腰まで伸ばし、その身には漆黒の甲冑を着込んでいる。無骨な形状の甲冑には、ところどころ白銀や真紅で見事な飾り付けがされていて、見る者に畏怖(いふ)憧憬(しょうけい)を感じさせる。


 ——ぶんっ!!

振るったのは巨大な槍。赤と黒の複雑な螺旋で作られたその槍の先には真紅の刃。

 真紅の刃の向こうに見える、男の瞳は美しい。

男ではあるが、美しいという表現の方が近い。整ってはいるが感情を感じさせないその眼からは、剣呑(けんのん)な光が油断なくクロウを見ていた。

その男がクロウに向けて口を開く。


「……これはこれは。悪食(あくじき)閣下とお見受けするが。眠りについていたと聞いていたはずだが……。いつ目覚められたのですかな?」


 その金髪の偉丈夫はクロウに問いかける。『悪食(あくじき)』と呼ばれたクロウは、声を返した。


「てめえ、教会の奴か?」

「そうなりますな。私はカザリア。『漆黒』と呼ぶ者もおります」



(天使……。厄介なヤツに見つかったようだな。負けるとは思わねえが、足手まといを抱えたまま相手にしたいヤツじゃねえ)


クロウが睨む視線を気にせず、『漆黒』のカザリアはなんの気負いもなくクロウに近付いた。


「……ところで閣下。その足元の子供は何者なのでしょうか? 話によると、二体(・・)の化け物が広場で暴れていると聞いて、確かめに参った次第なのですが」


(やああべええ……。ジンパチに目ぇつけられた)


 クロウは、この状況からどうやって抜け出すかを考えた。その結果、どう考えても言葉だけで済ませられる状況とは思えなかった。


「まさか、もう一体の化け物とは、その子供の事なのでしょうか? ……おや、その子供の左腕、なにやら奇妙な事になっておりますな」


 クロウが迅八の左腕に目をやると、先程まで赤子のようだったその腕は、すでに元の七割程の大きさに戻っており、今もうねうねと成長している。


「閣下、私も状況を知りたいのです。お話を聞かせては頂けませんか」

「………………」


 話すもなにも、クロウだって訳が判らない事ばかりなのだ。千年の大悪魔が心の底から迅八を恨み、無言のまま漆黒の天使を見据えると、その天使の口が開いた。


「閣下、まさかとは思いますが……。私をナメているのか?」


 カザリアはほんの一秒ほど目を閉じ、目を開くと同時に凄まじい殺気をクロウに叩きつけた。


「ま、待て待て待て待てっ、そうじゃねえ、そうじゃねえんだが、何から言えばいいのやら」

「なら答えよ。く答えよ。

 ……貴様ごとき魔物風情は聞かれた事に答えればいい。それとも塵も残さず消え去りたいのか? 本来なら私の前で口を開く事すら許さんぞ。理解出来たのならさっさと答えろ下衆(げす)が」


(……おいおいおいおい、随分な言い草だなこのガキャア。殺すか? 殺しちまうか?)


 クロウは我を忘れそうになったが、足手まといである迅八を抱えている事を思い出し、さっさとその場を離れる事にした。


 迅八に先ほど切り落とされ、癒着させたばかりの左腕を頭上に掲げると、クロウの手の平には拳大の輝く玉が浮かんでいた。


「くたばれえいっ!!」


 その光の玉を全力でカザリアに投げつける。大きな力の奔流(ほんりゅう)が巻き起こり、轟音をたててその身に迫る。


「ぬううううううっ!! 貴様っ!!」


 カザリアは槍を構えその力に備える。光の玉はカザリアに当たる直前に爆散し、とてつもない光を撒き散らした。


「……くかかかかかかかっ!! ただの目くらましだこの大馬鹿ヤロウが!! ビクッとなってんじゃねえぞ天使様が!! げひゃひゃひゃひゃひゃ!!」


 己の瞳をかばったカザリアが再び前を向いた時には、すでにクロウは迅八を抱きかかえ、宙に跳んだ後だった。


(……このまま離脱するッ! 依然(いぜん)このガキが目覚めた後の問題は残っているが、とりあえずはこの場を抜けるッ!)


 そのまま町の外に向かおうとしたクロウは、空中で見えない壁にその身を阻まれた。


「な……、結界かっ!? ヤロウッいつの間にっ」

「待ていっ!!」


 結界を殴りつけているクロウの体に、投げつけられた真紅の槍先が突き刺さる。


「くおおおおおおお! 焼き付きやがるか!」


 迅八を抱えたまま再び広場へと墜落したクロウの右脚から、ぶすぶすと肉を焼く匂いが立ち昇った。


「ぐああああっ!! 痛ってええええ!!」

「やはりナメているようだな。……どうやら悪食殿は滅殺されるのがお好みのようだ。ならば始めるとするか」

「テエエメエエエエエッ!!」


 まずクロウは、転がっている迅八を、かなりの強さで蹴飛ばした。

 それと同時に自分の体にも痛みを感じるが、クロウにとっては大した痛みではない。


 これから天使と悪魔の全力の戦闘が行われる。その余波だけでも迅八は死にかねない。そうすれば、結魂けっこんで繋がれた自分も命を落とす事となる。


 それらの事も迅八が目覚めたのなら理解させなくてはならない。緊迫した空気の中、クロウにはむしろそちらの方が厄介に思え、ため息をついた。


(……めんどくせええええっ!! 結界まで貼られてやがるしよっ!!)


 戦いになる事は想定内だったのだろう。すでに辺りにはカザリアによる結界が張られていた。もはや、その結界内に誰かが立ち入る事も、カザリアの許可なく抜け出す事も出来ない。


「……道理であれ程の騒ぎの割には天使が来るのが遅えとは思ったが。こんなチンケな細工をしていやがったのか」

「悪食よ。意味のない強がりを言うよりも、そのチンケな結界を壊してみせたらどうだ? 」


 お互い言葉で挑発しあう。

 それでもその目は相手の動きをを見逃す事なく光っている。



「そう言えばよ。カザリアとかいったか? 大事な事をまだ言ってなかったな 」

「……遺言か? 聞いてやろう 」


「死ね」



 気がつけばクロウは、カザリアに肉薄していた。凄まじい殺気を伴う爪撃が、カザリアに向けて放たれる。

 とっさの動作でその攻撃を槍で押し止めたカザリアは、内心驚愕していた。


「油断はなかった。途轍もない…!!」

「くかかかかかかかかっっ!! 」


 膠着こうちゃくする前に、カザリアは凄まじい蹴りを放ち、また両者の距離は保たれた。次に先に攻めたのはカザリアだった。


 右、左、上、下、鋭い刺突と斬撃は、薄暗い夜の中で紅い残光を走らせる。

 それらが時折クロウの肌を刺し、えぐりはするが、さほどのダメージを与えられない。


 自分の身を刺す槍などものともせず、暴風のようなクロウの腕が、カザリアに向けて振るわれる。その数合の撃ち合いから、カザリアは悟った。


「これはまずい。さすがは『悪食』よ……」


 悪食(あくじき)魂食(こんじき)の大悪魔、様々な異名を持つ目の前の大悪魔は歴史上の登場人物だ。

 千年を生きるこの大悪魔は、歴史の様々な場面において恐怖の象徴として存在する。この広い世界の中には悪食を神として崇める集団すらあるのだ。


 悪食は、なんでも喰らう。そして、その喰らった相手の能力を自分のものとする。


 そうやって千年の時を生き抜いた戦闘力は折り紙付き、そこいらの魔物や天使とは比べるべくもない。


 しかし、カザリアはそこいらの天使ではなく、現在活動中の天使のなかでも上位に食い込む実力者だった。

 上位悪魔族とも互角以上に戦えるその力の中には、カザリアにしか扱えない特別なものすらある。

 今でもどこかに実在するとされていた、歴史上の存在。目の前にいる千年の大悪魔とも対等に戦えると信じていた。


(ナメていたのは私の方だったかっ!)



 まだ、カザリアは全力を出してはいない。しかしそれは悪食……クロウも同じ事だろう。


 槍を繰り出し、その身を守り、しまいこんでいた翼を広げて宙に逃げる。


 クロウが地上からカザリアに向けて吠えると、漆黒の天使の真横に雷で出来た玉が浮かんでいた。

 その玉が閃光を放つと同時に、凄まじい雷撃がカザリアを襲った。


「ぬううううっ!」


 撃ち落とされたカザリアを休ませる事なく、クロウは炎のブレスを吐く。

 槍を風車のように回転させてその炎を散らすが、いつの間にか迫っていたクロウの爪撃はカザリアを逃がさない。


「手数が多すぎる……!!」


 カザリアは驚愕していた。

 まだ、お互い力の底がある。しかし目の前の悪食の底は、果てしない。

 カザリアもまた間違う事なく実力者だが、その優れた戦闘力、豊富な経験から、この短い戦闘の中で一つの答えを導き出してしまった。


(こいつと私の間には、どうやらかなりの差がある……!!)


「悪食、貴様ァ……!! どれだけの攻撃方法を持っているのだっっ!!」

「あと九百種類ぐれえ。……くかかかかかかっ!! くたばれえええいっ!!」


 先程から視界の端で、町の人間達がなにかを(わめ)いているが、そんな事はカザリアには関係ない。


 自分の持っている中での最強、最大の技でもってこの戦いに決着を着ける為、カザリアはその翼を広げて空に向かい飛翔した。






「ち、結界の外に逃げやがったか…!」


 クロウの目の前で、カザリアは空に向かい飛び去った。しかし逃走した訳ではない。これから本番が始まるのだ。

 クロウもまたそれを理解していたので、己の魔力を練り上げる。


「フゥゥウウウ……!!」


 ……怒号と悲鳴が満ちる町の広場の中、己の中だけを静寂で満たす。研ぎ澄まされた魔力を練り上げ天に消えたカザリアを見上げると、……聞こえる。


「……なんだ?」


先程から耳についていた泣き声、視界の端に見えていた人間の母子の方を見やる。


 ……その二人は、どうやら結界内部に巻き込まれたようだった。結界の外側では見えない壁を叩きながら、その母子を救おうと必死になる男がいる。

 素手でその壁を殴りつけ、蹴飛ばし、半狂乱になってわめいている。その手からは血が吹き出し、よほど強く殴りつけたのか、一部からは骨が突き出ていた。

 しかし今のクロウには、構ってやる余裕はないし、助けてやる義理もない。


「ふん。俺にはカンケーねえ」


 油断なく空を見つめるクロウの目の前で、緩やかに変化は起こった。

 それは、明るい夜空に闇が広がるようだった。すでに陽は完全に落ちている。町の灯りの届かない空では、無数の星が輝いていた。

 ……その星が、一つ、また一つと消えていく。


 漆黒、あるいは深紫の闇がじわじわと広がっていき、天に瞬く星々の光を、ゆっくりと覆っていく。

 その下には、もはや星の光さえ届かない。町の灯り以外は完全な暗闇だった。


「ヤロウ……、結界内部に大規模魔術を放つつもりか!?」


 厄介極まりない事だが、同時にクロウは安堵もした。

 迅八には魔術が効かない。自分の魔術さえ無効化したのだ。あの天使の魔術など効くはずもないだろう。


「……むしろトチ狂って、滅多やたらに槍を振り回されなくてよかった、と言ったところだが」


 カザリアの槍術はあなどれない。それを弾いた先に無防備な迅八がいれば、おそらく呆気(あっけ)なく死ぬだろう。

 だからどれだけ厄介な魔術だろうが、そちらの方が都合が良かった。


「……しかしまあ、あの母子は不運だったな」


 クロウはそちらをちらりと見ただけで、すぐに視線を外した。






———————————————






 泣き叫ぶ子供を抱きかかえ、全力で護るようにその身を丸めている母親。


「……大丈夫、大丈夫よシェリー。今に天使様が私達を助けてくださるわ」

「おがあさん、おがあざん!! うあああああっ!」


 鼻水を垂らし、涙を溢れさせ、泣きじゃくる子供。抱きかかえる母親の手は蒼白で、小刻みに震えていた。

 それでも子供を不安から救う為に、母親は必死で笑顔を作っている。


 それを結界の外から見ていた父親らしい男が、絶叫をあげながら、血まみれになった拳を再び結界に叩きつけた。


「シェリー、シェリー!! 大丈夫だ、父さんが、今すぐそこから助け出してやるッ。ロザーヌ、待ってろ、今すぐだ、……今すぐにだッッ!!」


 殴りつける拳は砕け、力なく叩きつけるのみになっていた。

 その叩きつけられた拳に、ロザーヌと呼ばれた母親が結界越しに手を合わせる。


「そうね……、天使様の前に、お父さんがあなたを助けてくれるわ。シェリー、大丈夫よ。大丈夫なの……」


 ロザーヌは、必死に歯の根を合わせ、震えが娘に伝わらない様にしていた。


 ……おそらく、なんとなく。自分はここで死ぬのだろう。

ロザーヌはその事はもう、あっさりと受け入れられた。


 それは途方もない恐怖ではあったのだが、それよりも、自分の腕の中で子供が死ぬ事が、……それだけが、なによりも恐ろしい。


「……ねえ、あなた。今までありがとう。あなたと暮らして、シェリーを授かって、私、本当に幸せだったのよ」

「なにを言うっ。これからもだ、いいから、お前達はなにも不安にならなくていい! 今すぐそこから助けるぞっ!!」


 そして男は再び結界を殴りつける。

 周りに集まる人々は、見ていられないというように視線を伏せた。


「お願いあなた、聞いてちょうだい。多分もう時間がないの」


 結界の内部にいるロザーヌとシェリーは、先程から恐ろしい波動を感じていた。このままここにいるだけでも、恐怖のあまりいずれ死んでしまうだろう。

 ……すると少しずつ、結界の上部から黒い闇が広がり出した。


 その闇に触れた、町の塔の先端が、ぶすぶすと音をたてて崩れ落ちた。

 やがてそれは塔の外壁にまとわりつき、その堅牢な姿を(むしば)む様に腐食させた。

 ……建物が、腐り落ちていく。


 闇はゆっくりと、しかし確実に、紙に染み込んでゆく水のように、結界内部を侵食していく。


「シェリーは、シェリーだけは、なにがあっても死なせない。あなたはこの結界が破れたなら、シェリーを連れて逃げ出して。私の事には構わないで……!!」

「なにを馬鹿なっ……ロザーヌ、そんな事にはならない、俺がそんな事にはさせないっ!」


 男は構わず結界を蹴りつける。その反動でみっともなく尻餅をつくが、すぐに立ち上がり再び蹴りつけ、また尻餅をついた。

 滑稽(こっけい)にも映る姿のはずなのに、誰も笑うものはなく、気が付けば周りからすすり泣きがあがっていた。



 ……闇は侵食を続ける。

 既に結界内部は大半が闇に包まれており、その恐ろしい(もや)はロザーヌとシェリーの近くまで迫っていた。


 その光景を見せないように、ロザーヌはシェリーを胸に押し付ける。その手は、もう震えを隠す事を出来ていなかった。



「あ、あああ、あなた、……ルシオッ! わ、わた、わたしは、……ほんとうに、す、すこやか、か、かかかっ! なる、ときもっ、ややや、病める、ときもっ……あなたを、あ、あ、あ、あいしていたのッッ!! 」

 

 もうその言葉は聞き取る事が困難な程に震えていた。


「ロザーヌ! ……ロザーヌッ!!」


 男、ルシオはもう動かない腕の代わりに、全力でその頭を結界に叩きつけた。

 その余りの力に一撃で額が割れた。


 それを見ていた周りの人間達がルシオの事を取り押さえた。

 目の前の痛ましい光景に胸を痛めてはいたが、このままではルシオまで自死してしまう。


「ほ、ほほほ、ほんとに、し、しあわせ、だった。……ししし、シェリーは、わ、わわ、わたしたちの、たったたた、たから、もの!! 」



 結界内部はもうほとんど見えない。

 しかしその最後の時に見えたロザーヌは、一切の震えを押さえ込んで、シェリーの全身を護るように抱きしめた。

 自分の体を盾にして、少しでも娘が闇に晒されないように。


「……どうか、この子だけはっ!!」


 その細い体のどこからそんな大声を出したのか。凛とした絶叫が響いた後、二人の姿は闇の中に沈んだ。

 それを見たルシオは、天に向かい絶望の慟哭をあげた。


「なぜ……なぜ俺達がこんな目に!? シェリー、シェリー!! ……ロザーーーヌッ!!」



 その言葉に応えるものはなにもなく、ただただ、結界の内部で闇が濃くなっていった。





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