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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第四章 絶対強者
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(熱い…)

 



 残る蟲龍の頭は、あと二本。

 目の前を睨みつける迅八は、手の中の黒刀の握りを確かめる。


「ふうう……!!」

「ジン、待て。……まずいですね。魔力を溜め込んでやがる」


 コルテが蟲龍の左の頭を見ると、それはゆっくりと後退してゆく。その代わりというように、右の頭が突然動き出した。


「二人とも、後ろに!!」


 セリアが翼を大きく前に出すと、それは広がり、盾のように展開された。

 右の翼と左の翼は、円を描いて混ざり合う。そして、その螺旋の中心。水で出来た盾の真ん中に、轟音を立て蟲龍の頭が激突した。


「……凄いチカラ、ジンくん、離れて!!」

「その翼はそんな事まで出来んのか!?」


 その盾に守られた空間。そこから迅八は横に跳ぶと、握りしめた迅九郎に力を込め、そのまま蟲龍の頭に斬りかかる。

 上から斜め、返す刀で真横、硬い外骨格のすき間を狙い、力の許す限りに切りつける。

その中の一撃がうまくはまり、迅八の手に肉を斬る感触を伝えると、右の頭が悲鳴をあげて後退した。


「逃がさねえッッ!!」

「待てっ!! 引けっジンッ!!」


 黒刀を払い蟲龍を追う。そして、高く跳躍しようとした迅八の耳に、コルテの叫びが届いた。

 ……ぞくりと。

 振り上げた両腕のそば、耳の後ろに寒気が走る。


(やばい、なにか(・・・)が来る!!)



 跳躍しようと沈めた体、飛び上がるのではなく飛び込むように、右へとその進路を変えた。

 そして、地面を回転しながら見た。……後退していた左の蟲龍。その口が大きく開いている。


「……来るぞっ!!」


 コルテが叫ぶと、セリアはイエールを抱いて後ろに飛ぶ。そして、迅八達の目の前で龍魔術は発動された。

 迅八に向かって、黄色い濁流が吐き出される。それは途轍もない臭気を(ともな)い、絶え間無く降り注ぐ。


「う、っおおおおおおお!?」


 恥も外聞もなく、迅八はそのまま転がり続ける。荒い息で立ち上がり、その濁流の跡を見ると、地面からは煙が立ち上っていた。


「魔術って……これ、(さん)じゃねえのか!?」

半分魔術(・・・・)だ! 龍が使うを龍魔術って呼ぶんだ!」


 古龍は肉体が衰え知性を獲得すると、魔術を使うようになる。その魔術で衰えた肉体を強化したり、技を強化したりする。


「その(ブレス)に生者が当たれば、その数倍の威力になる!! 龍魔術は、物理攻撃を強化するんだ!!」


 ブレスは物理現象だ。しかし、龍魔術はそれに魔術を纏わせる(・・・・)。殴りつける拳を強化するように、吐き出したブレスを強化する。

そして、強化された『炎』や『酸』は、吐き出されたあとには何も残さない。



(……ハッ、つまり……!!)



 コルテの言葉を聞いて迅八の体が固まる。……そして、ゆっくりとコルテの方を振り返ると、その首を傾げた。


「つまり、なんなの……?」

「て、てめえはもう考えるんじゃねえっ!! 後で教えてやるから、とにかくそれには当たるなああっ!!」


 セリアは、二人の間抜けな会話を最後まで聞かずに疾走する。

 その小さな体についてゆくように、流れる水が(ほとばし)る。その水が再び翼の形をとると、セリアは高く飛翔した。


「もう、終わらせます」


 翼は休まず動き続ける。

 鎌の形になり、セリアが体を回転させると、それに追随し鎌も回る。

 そして、その青き大鎌を蟲龍の右の頭に叩きつけると、その場所から、ガギンッと鈍い音がした。


「……切れない!?」


 先ほどの頭はたやすく切れた。

 疑問が頭に浮かぶ前に、セリアの視界の端で『左の頭』が動き出す。


「アシッドブレス……!!」


 ……翼に戻してから羽ばたいたのでは間に合わない!


 一瞬の思考で魔力を足に通し、全力で自分の前方にある大鎌を蹴りつける。

 反動で後ろに落ちていくセリアがその翼を引っ込めると、すぐ目の前を酸の濁流が横切った。セリアの背筋が凍る。


(……今、反応が遅れてたら!)


 息を整えようと、地面に着地する。しかし、そこには蟲龍の右の頭が、ムチのように迫っていた。


「……気ぃ抜いてんじゃあねえですッ!」


 そこに凄まじい速度で氷の魔術師が立ちはだかる。バガンッ!! ……コルテは高く両腕を交差させると、蟲龍の一撃を受け止めた。


「コルテさんっ!」

「早く逃げろっ……。このままじゃ、保たない!!」


 セリアが離脱する気配を感じ、コルテは蟲龍の頭をそのまま横にずらす。すると、蟲龍は百の脚を蠢かせ、また元の位置に戻っていった。


「……右は肉体強化。左はブレスを使ってきやがる。たかだか百足(ムカデ)が古龍になりゃ、ここまで厄介極まりねえとは……!」


追いついた迅八も、蟲龍を睨みながら言う。


「コルテ、どうすればいいっ!?」

「ちょっと待ってろっ、今考えて、」


 しかし蟲龍はそれを待たない。

 右の頭が、突然、狂ったように暴れ出す。己の体をそのまま武器にして、壁を、地面を殴りつける。


「う、おおっ!? おいこれ、相当怒ってるんじゃねえのか!?」


 先程の地震が比ではない程の、凄まじい揺れがその場を襲う。

 ガラガラと音を立てて岩が崩れ、天井の一部も崩落した。


「イエール!」


 迅八は揺れに足を取られながら、必死で少女の元に向かう。そしてそこに辿り着くと、落ちる岩から守るようにイエールに覆いかぶさった。


「ジンさんっ、後ろにっ!」


 迅八は、後ろから迫る殺気を感じた。今からでは逃げても間に合わない。

 ならばその腕の中の少女だけは守ろうと、迫る蟲龍に振り返る事はせず、泣きそうな顔の少女に微笑みかけた。


「……大丈夫だよ」






 







 ……イエールは衝撃を感じた。

 しかし、体のどこにも痛みはない。

 強いて言うなら、打ち付けた尻の痛みくらいだった。


「……あっ」

「どけッ。このムカデがっ!!」


 コルテの叫びとともに、蟲龍の口が殴りつけられる。

 すると、蟲龍の頭は元の場所に戻っていった。


「ジンッッ! 大丈夫かっ!?」


 コルテが迅八の肩を引っ張ると、その体は呆気なく崩れた。

 ……鋭利な脚をそのまま武器にして、蟲龍はその胴体を鞭のようにしならせて、迅八に叩きつけた。それを受けた迅八の背中は、穴だらけになっていた。一番小さな穴でも人間の親指ほどはある。

 そこから絶え間無く流れる血液が、イエールの体を濡らした。


(……なんで、そのまま受けたの?)


 迅八は、自分の腕で防御する事も出来たはずだ。

 しかし、イエールの両脇につっかえ棒のように置かれている、迅八の両手。


(私を、守る為に……)



 イエールの上で体を起こした迅八が、苦悶を抑えて微笑んだ。


「……どうしたイエール。なんで泣きそうな顔してんだ」

「え……」


 イエールは自分の顔を触る。

 そんなつもりはなかった。イエールは、今までの人生で泣いたことなど一度もない(・・・・・)


「くそっ。あのムカデ、調子にのりやがって……!」


 迅八は、暴れまわる二本の頭を一人で相手しているセリアを見る。

第六位天使は、迅八達に迫ろうとする蟲龍を一人で相手にしている。しかし、それも長くは続かないだろう。

それを認めたコルテは、迅八に言った。


「ジン。僕は行きますが、あんたは少し休んでなさい。そのおかしな体だったらすぐに回復するでしょ」

「……いや、俺も行くよ」


 迅八は、イエールの見ている前で、歯を食いしばり立ち上がると、そのまま蟲龍に向かおうとした。

その姿を見たコルテが迅八の肩を掴むと、それだけで迅八は悲鳴をあげた。


「ほら、馬鹿かてめえはっ!? 痛みを感じねえ訳じゃあないだろうが!!」

「……痛くねえよ。こんなの」


 その背中から、押し出されるように血が流れ出す。噴き出すように出た血液が、座り込んだままのイエールの顔にかかった。

 イエールは無意識でその血を触り、迅八の血液で濡れた自分の手を見つめた。



(熱い……)













「……コルテ。コレは、痛くねえよ。こんなのは、痛いって言わねえ……!」


 『己』を振り絞る機会(・・)

全力でやるべき時を、本当は誰もが()っている。

そして、ほとんどの場合は、いつの間にか、『それ』は通り過ぎている。

迅八はそれを知っている。元の世界で、通り過ぎたからだ。


「 こんなのは、痛くねえッ!! 今はやる時だ。引いたら負けるぞッ!!」


 セリアに加勢しようと、足をフラつかせながらも進もうとする迅八の肩を、コルテが強く引いた。


「……生意気言いやがって」


 コルテの顔を包む氷。それにバリバリと亀裂が走る。それは間を置かず全身に広がると、一気に鎧は砕け散った。


「分かってんだよそんな事は……。本当に、気に入らねえガキだ」


 やるべき時にやらなかった、やれなかった人間がどうなるか。

 それは、コルテもよく知っていた。痛いほどに。






 掴んだ肩から手を離し、そのままコルテは自分の手を握りしめた。そして、その手は迷うように空中をさまよった後、己の眼鏡を押し上げた。


「……ジン。右の頭には、もうセリアの斬撃すら通らねえ。あんたの刀なんて効かねえはずです」


 それでも迅八は己の黒刀を握りしめる。『効くまで斬る』それだけ考えて。


「……なに考えてるのか丸わかりの顔だ。いいか、ジン。これから僕は大魔術の準備に入る。それをあのムカデにぶっ放すから、あんたさん方でそれまで保たせなさい」

「そんな事出来んのか? なんでさっさとやらないんだよ!!」

「……はあ。千年の大悪魔がため息ばっかりついてる理由が分かりますね。いいかジン。とにかく、この僕に、あの少しデカい虫ケラを近付けるな。準備が出来たら合図する。……さっさと行け」


 そう言ってコルテは眼鏡から手を離すと、迅八の胸を強く叩いた。






 ————————————————






 セリアは冷静に状況を考えていた。


(このままだとまずいかも…)


 右の頭が暴れすぎている。

 頭を二本失った蟲龍はその怒りを抑えようともせずに、めったやたらに洞窟内を打ち付ける。


(これ、崩れる……?)


 自分一人なら逃げ出す事は出来る。簡単だ。幸い天井には大きな穴が空いている。そこから飛んで逃げればいい。


「……そういうわけにも、ね」

「セリアッ!!」


 宙を舞いながら蟲龍を撹乱かくらんしていたセリアは、聞こえてきた迅八の声を聞きながらも攻撃の手を緩めない。


 右の頭にはもう攻撃が通らない。しかし、左の頭に向かえば右の頭が邪魔をする。そして、膠着(こうちゃく)しそうになると、左の頭が酸を吐き出す。完璧に手詰まりだった。


「セリアッ!! コルテが大魔術を使うから、時間稼ぎしろってよ!!」

「……大魔術。それならっ」


 駆け寄ってきた迅八が左の頭を相手にする。セリアが後ろをチラリと見ると、コルテの周りに雪の結晶が渦巻いていた。


「本当に、大した魔力量です。あれなら……!!」


 翼をはためかせ応戦するセリアを見ながら、迅八も己の黒刀に力を込める。


「お、お、お、おおおおおおっっ……!!」


 全力(・・)を込めたその体、背中から再び血が溢れ出る。構わず一つ、息を吸う。睨みつけ二つ、息を吐く。

 溢れ出る力に呼応するように、体の黒線は輝き出す。


 迅八は跳ぶ。

 青白い残光を描き、巨大な古龍の腹に目掛け、ちっぽけな花をひとつ取る為に、知らない少女が流すかもしれない涙を止める為、その数倍の血を流す。


「オオオオオッッ!! ……『黒陽(こくよう)』ッッ!!」


 振るわれた黒刀から『黒陽』が飛ぶ。

それは段々と大きさを増してゆくと、蟲龍の胴体に当たった瞬間、大きく膨らんだ。

 右に左に蟲龍の頭が逃げまどう。しかし、『黒陽』はそのままゆっくりと進み、汚らしい大ムカデの頭を、ゆっくりと洞窟の壁に縫い付けた。


「はあっ……はぁっ……。コルテエエエエッ!!」


 荒い息を吐きながら迅八が後ろを振り返ると、丁度コルテが迅八達に向かい叫んだところだった。


「……よしっ。二人とも、どけっっ!!」


 コルテの周りでは、可視できる程に濃密な魔力が渦を巻いていた。それを見て迅八がほんの少しだけ安心した所に、セリアの切迫した声が飛んだ。


「……っ!? ジンくんよけてっ!!」

「なっ!!」


 ……ぞわりと。背骨を冷たい氷の舌で舐め上げられる。

 迅八が振り返ると、黒陽に押し潰され身動き取れない左の蟲龍が、まるで笑うように大きく口を開いていた。

 その中には薄黄色い液体。それが今まさに、迅八に向かって吐き出されようとしている。


(やっべ……!!)



 すぐにそこから逃れようと重心を傾けた片足の先に、迅八は見つけてしまった。そこに、白い花が咲いているのを。


「……あっ」


 体重を逆に動かす。

 足が、危険という本能に逆らう。


「ジンくんっっ!!」

「なにしてやがるっ!? 逃げろッッ!!」


 迅八がその小さな花に向かい飛び込むのと、蟲龍の大口から酸の濁流が流れ出たのは、ほぼ同時だった。




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