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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第四章 絶対強者
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水の翼

 



「全く……冗談でしょ!? なんでこんな羽目に……!!」


 その身を包む氷の鎧に、コルテは絶え間なく魔力を通す。すでに動き始めた、蟲龍の二本目の首。それを相手にコルテは拳を振るっていた。


「やべえですね……。魔術でぶっ放してやろうか。この薄汚ねえムカデがっっ!!」


 自らを捕食しようと迫るムカデの大口を両手で掴む。

渾身の力でその口を押さえていると、その中に濁々(だくだく)と溜まる薄黄色い唾液……そして、隙間なく生えているプツプツとした牙が目に入った。


(……ヒィィィっ、無理。……ぜっってえ無理です!! 鎧ナシでこんなの相手にするなんて!!)


 氷の鎧は魔術で作られている。

 普通、そんなものを長時間維持させるのは並大抵の魔術師には出来ないのだが、コルテは並の魔術師ではなかった。


「けど、このまま大魔術は無理くせえっ!」


 小さな魔術なら使えるだろうが、そんなもの蟲龍は歯牙にも掛けないだろう。

 そして、効く(・・)魔術を使いたいなら、集中する為に鎧を消す必要がある。


(……そ、それだけは出来ねえっ!!)



 コルテは蟲龍の口を掴んだまま、その右足を全力で蹴り上げた。

 人間には理解出来ない言葉で蟲龍が叫びをあげる。硬い外骨格を外れて柔らかな腹の部分を蹴り上げたコルテの足に、蟲龍の蠢く脚がまとわりついた。


「ひィィッッ!?」


 鎧に包まれたコルテにはその感触は届かない。しかし、ぞわぞわと動き回るそれを想像してしまうだけで、コルテの戦意は大きく(くじ)かれた。


「この……このッ!! クソッタレ野郎()があアアッ!!」


 コルテは目の前の蟲龍と、離れた場所で戦っている黒髪の少年に本気の怒りをぶつけていた。






 ……蟲龍の首を相手にしているコルテから少し離れた場所では、セリアがイエールを後ろに置き、迅八の戦いを見ていた。セリアの耳に、後ろにいるイエールの声が届く。


「……すごい。『古龍』と戦ってるの?」

「イエールさん。油断しないで下さいね。三本目と四本目は動いてません」


 驚きはセリアにもあった。

 目の前で蟲龍の頭の一つと戦っているのは、カザリアを倒したという噂の『名無し(ネームレス)』だ。

 今ではセリアには迅八という名前が分かったが、恐らくセリアとアグリア以外は、そのままネームレスと呼んでいるだろう。


 カザリアを倒したというその少年を初めて見た時、セリアはそれは嘘だったのだろうと思った。

 嘘というよりも、千年の大悪魔がほとんど手を下したが、その話がどこかで歪んだのだろうと思っていた。

 セリアが迅八と行動を共にした時には千年の大悪魔はいなかった。近くに潜んでいるのかどうかは分からなかったが、迅八はその事に対して多く語らなかった。



『知らない。結魂解除の方法を探しにどこかに行ってしまった』



 迅八はそれだけ言ったがセリアはその言葉を信じなかったし、迅八には詳しく話を聞くつもりだった。しかし、迅八はロックボトムと行動を共にし始めた。


 カザリアを倒したという転生者と、悪名高いロックボトム。彼らが千年の大悪魔の事をかばい、隠しているのだとしたら、その全員を敵に回すのは危険が大きすぎる。

 セリアはなんとか穏便に、彼らから情報を掴みたかった。幸い彼らは普段は気のいい人間だったのだ。……目の前の異形の少年も。


(ジンくん。古龍と戦っている。……それに、あの姿は、)



 迅八の異形についてもアグリアから聞いてはいたが、セリアがそれを目にしたのは今が初めてだ。そして、戦いを目にするのも。


 セリアが見ている前で少年は跳ぶ。巨大な蟲龍(ムカデ)の頭に向かい、その体を踏み台にして。

ワラワラとムカデの脚が迅八の体に突き刺さる。迅八はそれに構わず己の左肩に手をやると、そこからナイフを取り出しムカデの腹に突き立てた。

 甲高い鳴き声をあげ、黄色い体液をムカデが撒き散らす。そのまま迅八はナイフを足場にして、頭に向かい少しずつ登ってゆく。


「人間が、古龍と戦ってる……。本当に、千年の大悪魔とは離れてるんですか……?」


 この少年は、自分の身は自分で守れる位の戦闘能力は持っている。だから、千年の大悪魔は一人で情報を探しに行ったのか。


 セリアは千年の大悪魔を探しているというよりも、『サジタリア』を探している。しかし、誰に聞いてもそんな人間は知らない。

 有名な歌に出てくる、伝説の騎士(サジタリア)の事は知っていても、オズワルドにはそんな者は住んでいないし、死んだという妻も存在しなかった。


 なら、あのサジタリアは、誰なのか(・・・・)。そしてどこに消えてしまったのか。千年の大悪魔に殺されたのか。……それとも。

 信じたくない考えが、セリアの頭をよぎる。今までも何回もその考えは浮かんだけれど、それは悲しすぎる。


(……サジタリアなんて人は、本当に居るの?)




「……セリアさん?」


 イエールの声で我に返る。

セリアは、戦闘中に似合わない暗い考えを振り払う為、目の前で繰り広げられている戦いに集中した。


「セリアさん? どうしました?」

「……ううん、ごめんなさい。なんでもないですっ」


 セリアは油断なく戦況を見ていた。まだ、三本目と四本目は動き出していないし、長い時を経た蟲龍は『龍魔術』を使っていない。


「喋ってはいたけれど、蟲龍の言葉が聞き取れない。なりたて(・・・・)なのかも。……出来れば、龍魔術も使えないと嬉しいんですけど」


 しかし、その考えをセリアは頭の中で打ち消した。さすがに、それは楽観的すぎる。


「セリアさんっ、セリアさんは十二使徒なんですよね? ……私は大丈夫なので、ジンさん達を助けて!!」

「……やです」

「え?」

「……だってだって、怖いですよあんなの。古龍ですよ!? なんであんなのと戦えるのか不思議でしょうがないです!」


 イエールは、目の前で自分を守るように立っている少女の面影を残す天使を見た。セリアの足は、震えていた。


「……ごめんなさい。私についてきてもらったせいなのに。私、勝手な事を」

「もう帰りましょうよイエールさんっ。 ……おばあちゃんも、こんなとこ見たら悲しみますようっ!」


 イエールはコルテと迅八が戦っている場所の先を見る。そこには、小さな花が咲いていた。


「……私、取ってきます。そしたら、みんなで逃げましょう」

「な、なに考えてんですかあ!? 死んじゃいますようっ!!」

「それでも、わたしが……」


 セリアはずっと戦況を見ていたのだが、その会話で注意が逸れていた。

 そして、その時には『三本目』がすぐそこまで迫っていた。


「……セリア、イエールッッ!!」


 蟲龍の体をよじ登る迅八の声を聞き、セリアがすぐに状況を感知する。しかし、同時にイエールが花に向かい走り出した。


「ばっ……なにしてやがんだセリア! イエールを止めろッッ!!」


 迅八は目の前の蟲龍にかかりきりでそちらには行けない。そして、迅八が見ている前で、イエールに『三本目』は襲いかかった。



「イエールッ!!」

「…………あ」



 イエールの眼前に迫る、不潔な蟲龍の大顎。しかし、その目の前を青い影が走った。


 ——すとんっ。

 迫る蟲龍の口を前にして、固まるイエールの耳にその音は届いた。

 目の前で、蟲龍が止まった。そして、ズレ(・・)てゆく。まるで、その胴体の真ん中に線を引いた様に、巨大な体がズレてゆく。

 そして一拍置いた後、その頭が胴体から離れ、地面に落ちた。


《・・・ギ!・・・・・・アル!!・・・・トエ!!》


 耳をつんざく絶叫。人間には意味を為さない大声が、その場にいる者の鼓膜を震わせる。頭を一つ失った蟲龍の、残る三つの頭が痛みに悶えて暴れ狂った。


「……もう、勝手な真似しないでください本当に!!」


 イエールの体が後ろに引っ張られる。すると、そこには翼を生やした『天使』がいた。

 その深い青の髪と同じ様な色。深海のような色の翼を広げて、天使が自分に向かって怒っている。


「もう……! 本当に嫌いなんですよ。戦いは!」


 イエールを背後に追いやり、天使はまだ残る胴体へと進む。


「セリアさん!?」

「もう……本当にやなんですってば!!」


 頭を切り落とされた胴体、それが突然動き出すと、青い天使へと襲いかかった。

 迫り来る胴体を前にして、青い翼が大きくなる。その翼は、流れる川を切り取ってそこに貼り付けたように、常に流動していた。

 ……その翼の外枠がギザギザとした形になり、それが高速で動き出すと、蟲龍の残された胴体に振るわれた。


 ——ざんっ! ざざんっ!!

 もはや翼の形ではない流動的に動くそれは、セリアの背中から伸び、触手の様に無数に広がり、蟲龍の胴体を細切れにした。


「……ま、マジかあっ!?」


 迅八は驚愕の思いでセリアを見ていた。背中に広がる美しい水の翼。それが流れ、揺らめき、尖りながら動いている。そしてその翼は恐ろしい硬さの外骨格を物ともせず、蟲龍の体を切り刻む。

 それを見ていた迅八は、眼下の美しい天使に恐る恐る声を掛けた。


「セリアッッ、……戦い、嫌いなんじゃないのっ!?」

「嫌いですようっ! ……けど、」


 今まで身じろぎせずにいた、四本目・・・。その頭が怒りに震えて凄まじい速度でセリアに迫る。

 蟲龍の名に恥じない大きさの百足むかでは、百以上あるのではないかと思わせる足を全力で動かし、青い髪の天使に突進した。


「……嫌いです。けど、得意です」


 とん、と軽く地を蹴ると、セリアの体がふわりと浮かび上がる。背中の青い触手はまた翼へと形を変えてセリアは空中でとどまった。

 その翼はまた形を変える。

 翼の根元が細くなり、その代わりという様に先端がどんどん太くなってゆく。

 わずか一拍ほどの間を置いて、その翼は巨大な二つの『鎌』になっていた。



「…… すごく(・・・) 、得意です 」



 宙を飛ぶ力を失った鎌は、重力に引かれ真下に落ちる。そしてそれは、濁流のように振るわれた。

 ——バシャンッッ!! 美しい音ではない。なにか、巨大な繊維が断ち切られる、粘性を伴う汚い音(・・・)


 迅八がその光景に目を丸くしていると、二つの頭を失い、暴れ狂うムカデの体から振り落とされた。


「うお、あっっぶねえ!!」


 頭から地面に落下する前、なんとか体を回転させて着地する。間を置かずそのままセリアの元に戻ると、そこにはコルテも戻っていた。


「とんでもねえ……。あんたさん、本当に第六位なんですね」

「やめてくださいよう……。それ、本当に嫌なんですから!」

「すげえよセリア。さすが『青き鮮血』のセリアだな!」

「本当にやめて! 恥ずかしいんですからそれ!!」


 青い天使は顔を赤くしてわめくと、突然その翼を広げた。


「もう……許しませんっ! 早くあのムカデを倒して帰りましょう!」

「コルテ、帰ったら和食作ってくれよ」

「……いや、パスタにしましょ。塩は控え目にします」


 青い天使を中心に、灰色の魔術師と異形の少年も再び構える。蟲龍はその水晶の目を怒りに震わせている。

再び人間には理解出来ない絶叫をあげると、威嚇するようにその頭を大きく上に伸ばした。

セリアは、一度ふかく息を吸い込んでから迅八に言った。


「あと、ジンくん」

「なんだよ!?」

「これが終わったら、話を聞かせてください。もう回りくどいのは嫌になってきました」

「……分かったよ。けど、その前に」



 目の前には残る二本の首。

 そして、この世界の上位存在は、その理由たる『龍魔術』を発動させようとしていた。




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