揺れ
「……すげえ揺れだったなあ」
迅八はイエールをその胸にかばい、パラパラと落ちてくる石から彼女を守っていた。
そのすぐそばには巨大なムカデの死体が転がっている。真ん中辺りで両断されたその死体が、突然また動き出した。
「ッ!? ……大人しく死んでろってのっ!!」
『迅九郎』一閃。
魔剣は薄暗い洞窟に、紅い軌跡を走らせる。
迅八が黒刀を振るい血を払うと、ムカデの体は更に細かく分断された。
「ジ、ジンさんっ」
イエールはその頬を染めて、逆立つ髪を持つ少年を見る。その目は、物語の英雄を見るものだった。
そこから少し離れた場所からは、セリアの声がした。
「ちょ、ちょっと……。離して下さいようっ。わ、私には、サジタリアっていうもう決まった人が!!」
それは、巨大な昆虫を見た瞬間に、悲鳴をあげてセリアにしがみついたコルテに向けられたものだった。迅八がコルテに言う。
「コルテ。もう大丈夫だよ。ムカデなら倒したから」
「ほ、本当でしょうね!? あんた方、騙してないでしょうね!? あ、あと、呼びつけにするんじゃねえッッ!!」
「きゃあっ、ちょ、ちょっと、どこ触ってんですかああっ!?」
セリアにしがみついていたコルテが青い天使の胸に触れてしまう。すると、強烈な平手がコルテの顔に見舞われた。
「いづあっ!?」
「……もうっ。どさくさに紛れてっ」
湯気が出そうに赤い顔のセリアは、迅八達の元に向かった。
「ジンくん、かっこよかったですよ。……虫が嫌いな男の人って、どうかと思うんですよね〜」
セリアが冷たくコルテを見ると、イエールが口を挟んだ。
「け、けど、いきなりあんな大きなムカデが出てきたら誰だってビックリします。……ジンさんはかっこよかったですけど」
そう言ったイエールは、うっとりとした顔で迅八を見上げる。その両手はしっかりと迅八の腰に回されていた。
「ちょっと、イエール。そ、そろそろ離れてもいいだろ。もう地震は終わったよ」
名残惜しそうに迅八から離れるイエール。迅八を褒めそやすセリア。
そして、ビンタで吹っ飛んだメガネを手探りで探すコルテは心の中でつぶやいた。
(……どうして、こうなった……!?)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
洞窟を歩き始めて幾ばくか、コルテは道の奥から何かが近付いてくるのを感じた。
「……ジン、セリア、来ましたよ。その子の事を守っておやんなさい……」
颯爽と先頭に歩み出る。そして、臨戦態勢に入ろうとした第六位天使を見ずに告げた。
「セリア。……あんたに後ろは任せました。ちゃんと、その二人を守るんですよ」
「コルテ……」
「コルテさん……」
見なくともコルテには浮かんだ。
自分を見つめる憧れの目を。……この男は『お母さん』ではなく、頼れる男なのだという空気を。
(……さ〜て、どうしてやりましょうかね。ド派手なの一発で決めますか。それとも、魔術師なのに魔術すら使わないで、素手で倒してみせてもいいですね)
この洞窟から出る頃には、迅八とセリアにも、コルテは気安く侮っていい存在なんかではないと分かるだろう。
コルテは強い。しかも、とても。
『太陽』やら『竜殺し』やら『串刺し』やら、ロックボトムの面々は色んな異名を持つ者がいるが、コルテの異名が一番分かりやすく、そして怖れられている。
コルテは別に人に怖がられて嬉しいと思う程に器の小さな男ではないが、ナメられて黙っている程のお人好しでもなかった。
(……いや、わざと負けそうになった所で覚醒したっぽく魔術を使う……。これだっ。これでいくことにしましょ)
コルテが不敵に笑いながら眼鏡を押し上げると、前方の闇からカサカサと音がした。
その音は大きくなり、カサカサ……から、ガサっ、ガサガサガサっ……と変わっていった。
眼鏡を押し上げていたコルテの右手が、その音を聞いてピタリと止まった。
「ま、まさか…………」
・・・・・・・・・・・・・・・
「な、なに? コルテ」
自分を見て歯ぎしりしているコルテに迅八が声を掛けると、突然コルテが噴火した。
「呼びつけにするんじゃあねえっ!! 何回も言わせやがってこのガキがっ!!」
——ちょっと、なにいきなりキレてんですかあの人
——ど、どうしちゃったんですか急に
セリアとイエールがこそこそ喋っているが、コルテは意に介さない。
ムカデの死体には近寄らないまま、迅八達から離れた場所で、腰が引けたままがなりたてた。
「なんであんな気持ち悪い昆虫なんぞ平気で相手に出来る!? お前の世界じゃ普通なのか!?」
「あ〜……。前に大森林ってとこで、デカい蜘蛛の化け物と戦ったんだ。なんかそれで慣れたよ。強烈な見た目の奴だったからなあ」
「慣れねえだろっ!? どんな適応力してんだてめえは!?」
コルテはゴキブリが出ただけで、魔術強化した肉体で台所を吹っ飛ばした事があった。そんな彼には目の前の奴らの普通の感じが理解できなかった。
「セリア……あんた方もなに平気な顔してんです!? 普通、そんなもん女は無理でしょうよ!!」
「まあ……そりゃ気持ち悪いですけど」
「そ、そうですね。けど、ね」
「ははは、コルテも苦手なもんがあんだな。まあ、こんくらいだったら俺でも大丈夫そうだよ。なんか強そうな奴が出てきたら頼むからさ。……コルテは少し休んでてよ」
……プチン、と音がした。ブチッ、だったかもしれない。迅八達が辺りを見回すが何もない。すると、灰色の魔術師の方から低い笑い声がした。
「くく、くくくくく……」
——いきなりキレたと思ったら笑ってます
——ちょっとキモ……なんでもないです
——やめろよお前ら。聞こえちゃうだろって
今日は優しかったコルテの乱心に迅八達は囁き合う。すると、おずおずとイエールが言った。
「あの……コルテさん。お気持ちは嬉しいので、よろしかったら休んでてくださっても……。ジンさんだけでも平気そうですし」
「……くくくくくくくくく。……クハハハハハハハハハッッ!!」
ぱりん、ぱりん。何かが割れる音がした。
「さ、寒い!」
「なんですか!?」
「え、なになにっ!?」
セリアとイエールが、肩を抱き凍えている。
迅八には何も感じないが、洞窟内の空気の色が変わっている。
異常を感じ始めた迅八の視界の端で、何かがチラついた。
「……雪の、結晶?」
そんなものが肉眼で見えるはずがない。
しかし、視界の端にしか見えなかったそれは、どんどんとその数を増やしてゆき、灰色の魔術師を中心にして渦を巻いてゆく。
「こ、コルテ、さん?」
なにか、まずい気がする。
セリアとイエールは寒がっているが、迅八はそれを感じない。しかし違う寒気を強く感じた。
もはやコルテの姿は見えない。渦巻き、低い音を鳴らす雪の結晶——その中心から声がした。
「……クハハハハハハ。てめえら、この『虐殺』コルテをナメくさりやがって。いいだろ。じゃあ見せてやろうじゃねえか。……クハハハハハハハハハッッ!!」
セリアとイエールは、下がっていく気温を感じ、抱き合いながら震えている。
迅八にはそれが全く分からなかったのだが、なぜかタラリと冷や汗を流した。
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「逃げられたか……」
「お〜? どうすんだ。追うか?」
草原のジークエンド達は、油断なく構えていた剣を下ろした。
……かなり大きな揺れだった。もしも、違う存在からの攻撃だった場合に備え、目の前の転生者二人組から気が逸れた。
その一瞬の隙を突き、二人組は一目散に逃げ出した。
「ど〜すんだ〜?」
「……ふむ。別にいいだろう。放っておけ」
面倒そうだから殺してしまうか。ジークエンドはその位の考えだった。
別に目に見える害があった訳でもないし、あの二人組にちょろちょろされようと、大した脅威にもならなさそうだ。
「んで? な〜んで殺そうと思ったんだ、おめ〜はよ〜」
「西の『ディアライン』で俺たちに掛けられている懸賞金。それが欲しいのではなく、理由を知りたいらしい」
「ほ〜……」
先程の大きな地震のせいで、辺りから魔獣の姿は見えなくなっていた。
遠くには数々の獣が群れとなって走ってゆき、見あげれば空を埋め尽くしそうな数の、翼を持つ魔獣や鳥が、どこかに向かい飛んでゆく。
「お〜? 数多くねえか〜?」
「…………」
ジークエンドは腕を組み、離れてゆく魔獣の群れを見つめている。その内、その光景の違和感に気付いた。
「……おかしい」
「あん?」
とんでもない量の生き物達がここから離れてゆく。しかし、その群れの中身がおかしい。
「なにがおかしいんだ〜?」
「……一緒になって逃げてるな」
アマレロがジークエンドの視線を追うと、その先では多種多様な生き物——草食獣も肉食獣も、己の群れなど関係なく、一緒になって走ってゆく。
「あ〜ん? ……お。なんだなんだ。それよりあいつら戻ってきやがったぞ〜。どうすんだ?」
獣達の群れに逆行するように、なぜか転生者二人組がこちらに向かい走ってくる。
それを見て、ジークエンドにしては珍しい事だが、疑問が顔に出てしまった。
二人組は大慌てでこちらに向かいながら何かを叫んでいる。
——やーーーーー
「お〜?なんて言ってやがんだ?」
「……嫌な予感がするな」
——いやーーーーーーー!!
その二人組は、一人はそこそこボリュームのある胸を、片やもうひとりは弛んだ腹をぶるんぶるん揺らして、ジークエンド達の方に突進してくる。
——ごんすれいやーーーーー!!
「なに言ってやがんだあいつらはよ〜。やっちまうか〜?」
「いや、待て。……あいつらの後ろを見ろ」
二人組の後ろには誰もいないが、その後を追うように、大地がボコンボコンと隆起している。
そして、もうすぐそこまで二人組が来た時、その言葉がはっきりと聞こえた。
「「助けてドラゴンスレイヤーーッ!!」」
その時、キリエとトムの後ろの大地が爆発した。
「お〜〜っ!?」
「……ふむ」
目の前、轟音を立てこちらに迫る岩石をアマレロがその大剣で吹き飛ばす。そこから漏れて迫り来る飛礫を、ジークエンドはポケットに手を突っ込んだまま、易々と蹴り砕いた。
……爆発の中心点、そこには多量の粉塵が舞い、見通す事が出来ない。しかし、なにかがそこにいる!!
アマレロはその巨躯からまるで重さを無くしたように、噴煙の中心に飛び出した。……飛び出しから最高速までほんの一秒足らず。両手に握りしめた大剣の柄に、途轍もない力を込める。
「ゼアッ!!」
その軌跡は弧を描かない。弾頭のように発射されたアマレロは、その身を一度沈ませてから斜め上に飛び上がる。そして溜め込んだ両腕の力を空中で解放させた。
『七つ旋!!』
空中を、縦横無尽に駆け巡る青い旋風。その大剣は圧倒的な速度と質量で噴煙を吹き飛ばす。
そして、その度に聞こえる。——ぎゃりん、ガギン、となにかにぶつかる音。
アマレロは走る。その噴煙の中、まだ姿を現さない巨体の上を。
「……七つ!!」
最後、渾身の力で振るわれた旋風は、そのまま地面に叩きつけられた。
大地に深く食い込む無骨な鋼。すぐにそれを引き戻し、『七つ旋』で払われた噴煙……そこから現れた巨体を見つめる。
そこにはこの世界の上位者がいた。単純な肉体の強さだけなら、天使や悪魔さえ凌ぐ存在。
「あわわわわ……ヤバいっす! マジヤバいっすっ!」
「ド、ドラゴンスレイヤー……。なんとかしてくれ!」
「……厄介なの連れてきやがって。俺が倒した事あんのは飛竜だっつってんだろ〜が!!」
……その体は、岩石で出来ている。
腕を払えば山が崩れる。尻尾を振るえば森が飛ぶ。その翼が巻き起こす風圧だけで、人間は立っていられない。
そして、その種族最大の武器。なんでも噛み砕く牙の奥から吐き出されるブレスは、なにも残さない。
「ククク……。生で見せてくれよ『竜殺し』」
「お〜!? てめえもやれジークエンド!!」
目の前に顕現した『竜』。
そいつは、その必殺のブレスを吐き出す大きな口を天に向け、激怒なのか、歓喜なのか、人間には判別できない咆哮をあげた。




