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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第四章 絶対強者
61/140

筋肉

 



 そこには、見渡す限りの雄大な草原が広がっていた。


 迅八達が立っているのは、なだらかな丘の頂上付近だ。眼下にはどこまでも続く美しい緑が広がっている。

 南の木のような常識外の巨木も、草原を闊歩(かっぽ)する超巨大な魔物も、そんな一目見ただけで腰を抜かすような光景は広がっていない。

 しかし、そのあまりにも美しい雄大な自然に、迅八とシズは言葉を失くした。


 左手の方には遠くに美しい滝が見える。そこを水場として集まっている多種多様な生き物たち。

 近くで見れば迅八にとっては馴染みのない生き物達も、ここからではハッキリとその姿を見る事は出来ないが、遠く眺めているだけで迅八の心は浮き立った。


 右手には大地の力強さを凝縮させたような、美しい森と山が広がっている。荒々しい岩肌と、その裾野(すその)から広がっている青く繁る森。

遠くから獣の遠吠えが聞こえたかと思うと、その森から何百……もしかしたら千をも超えているかもしれない数の鳥達が飛び立った。

 その鳥達はまるで一つの生き物のようにうねり、黒い絨毯のようになって空を飛んでゆく。


 その、空も。

 その、雲も。

 太陽も風も、どこまでも広がる果てない青も、その全てが、大きい(・・・)


 元の世界でも、どこかではこの様な光景が広がっていたのだろう。けれど、迅八はそんな物を実際に見た事はない。

 迅八が住んでいたのは、広いけれども閉じられた世界だ。テレビで、パソコンで、何度も世界の果てを見た事はある。しかし、そこに自分が行くなんて本気で考えた事などなかった。


 だって、いつでも見れる。液晶パネルの中に。想像だって出来る。どんな感動が待ち受けているのかも。


 けれどもその感動は、迅八の想像を大きく超えていた。

 この世界にはテレビもないしパソコンもない。少なくとも迅八は見た事ない。それでも、その代わりに本当の意味での広い世界(・・・・)があった。


 自分がまだ見ていない場所。知らない事を知りたい(・・・・)と感じさせる好奇心。世界を動かし前に進ませるのは、『可能性』という名の筋肉だ。

 迅八は、その筋肉の躍動を、目の前の光景に見た。


 気がつくと、迅八は自分の鼻の奥におかしな熱を感じた。


「あ、あれ? なんだよコレ、涙……」


 隣に立っている妹を見ると、その綺麗な眉をくしゃりと歪めて、ぽろぽろと涙をこぼしていた。


「シズ、どうしたんだ? なんで、なんで泣いてんだよ」

「わからない、です。……悲しい、です」


 妹にはよく分かっていないようだったが、迅八はその言葉で自覚してしまった。

 自分達がどれだけ狭い世界の中で、苦しんで生きてきたのかを。


(……くそっ、畜生、ちくしょう!)


 どこにも逃げられないと思っていた。金を貯めてどこかに行こうと考えてはいたが、心の隅の深い場所では、子供だけで生きていけるはずなんてないと思っていた。

 実際にそれはそうだったのだろう。しかし、あんな最低の結末を迎える事は避けられたはずだ。


 ……身を叩く雨の中で霞んでゆく、泣き叫ぶ妹の顔。それを思い出した迅八は、涙を拭うと胸の中の決意を言葉に出した。



「……ここからだ。俺は、これからだ」



 妹と共に、この世界で生きてゆく。

 ここが夢の中だろうが死後の世界だろうが異世界だろうが、そんな事はどうでもいい。自分達は確かにここに存在している。今度こそは、自分の力で生き抜いてみせる。


 ……迅八のすぐそばから草を踏む音がした。そちらを見ると、ストールを巻いた少女がシズの顔を綺麗な布で優しく拭ってやっていた。シズの嗚咽(おえつ)に震える肩を、優しく撫でてやっている。

 すると、その少女はぶっきらぼうに迅八の方に手を突き出した。


「……ほら、汚いな。顔拭けよ」


 その手には、シズの顔を拭いてやった布とは違う布が握られていた。


「あ、ありがとう……」

「別に」


 その布で迅八は自分の顔を拭き、ついでに鼻もかむ。それを見たアゼルはストールとフードのすき間で顔を歪めた。


「おまえ……。もういいよ。それ捨てといて」


 普段だったら殴られそうだったが、それ以上は言うこともなく、優しくシズの肩を撫で続ける少女に迅八は言った。


「アゼル、ありがとう。……本当に、ありがとう」

「……アゼルスタンって呼べよ」


 ふん、と鼻を一つ鳴らし、アゼルはシズの肩を抱いて迅八から離れていった。




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 ほんの少しの時を置いて、迅八は自分の心を落ち着かせた。この美しい光景を前にして、いつまでも泣いているのはもったいない。


 迅八が鳥達の飛んで行った先を眺めていると、遠くにそれとは違う黒点が浮かんでいるのが見えた。

 ゆっくりとだが移動しているように見えた黒点の向かう先には、建物の様なおぼろげな影があった。


「……あの遠くにぼんやり見えるのがロンダルシアッすよ。ジンさん」


 迅八が落ち着くのを待っていたのだろう。キリエとトムが迅八に話し掛けてきた。


「あの、浮かんでるのって、まさか飛行機?」

「流石に飛行機は飛んでない。あれは飛空挺さ。……動力は色々あるんだけどアレはなんなんだろうな」

「飛空挺って……。飛行機と違うの?」

「空を飛ぶのは同じだけど、ジェット噴射を利用した高速飛行体とは全然違うよ。鉄の塊が空を飛ぶには制御する機械も必要だしな」


 トムの言葉で迅八の胸に疑問が浮かぶ。


「そういえばさ、電気ってあんのか?この世界には」

「そりゃああるさ。ただ、稲妻みたいな電気と、ケーブルを伝ってくる電力は違う」

「アレっしょ? ジンさんが聞きたいのは、電力が普及してるのかって事ッスよね?」


 その言葉に迅八は頷く。

 今までガス灯や魔光石などの灯りは目にしてきたが、いわゆる電灯は見た事がない。その事から電力は普及していないのだろうと迅八は思い込んでいた。

 しかし、電力が普及しているとすれば、この世界でこれから目にする光景は、だいぶ迅八の想像と違う物になるだろう。


「そういえば、そこらへんも教えておいた方がいいのかもな。ヘイ、ジン。天才のボクが君に教えてやろう。……だからさ、シズちゃんさんとさ、あの、なんていうか、……文通とかさせてくれないかな」

「喋れよ。なんでわざわざ手紙にすんだよ? すぐそこに居るのに」

「まあまあ……。トムの話は半分くらい無視して丁度いい感じッスよ。んで、電力ッスけど、普及させるかどうかは迷い中らしッスよ。転生者の偉い人達の間で」



 ……この世界に来た転生者達が目指した技術の最終的な目標の一つに、『電力』はあった。そして、それは当然とも言えた。元の世界の全ての生活はそれで成り立っていたのだから。

 専門的な知識を持たない一般人の集まりでは、初めはどうやっても無理だった。

 例えば電力を必要とする物の中で、代表的なものの一つに電話がある。情報の伝達速度を変えてしまうとんでもない発明だ。


 電力を発明し、電話を作りたいとして、その仕組みをなんとなく知っている者は居る。

 音声をある電気信号に変換して、それを受け取った受信機が再びそれを音声に変える。

 しかし、その後には疑問が続く。


 ——で、どうやって?


 その声に答えられる者はいない。

 そもそも電話の仕組みを知っている人間すら少ない。それ程に当たり前の技術だったし、電力なんてそもそも目に見えない物にはなかなか疑問も浮かばない。

 色々な事柄を、そういうものだ(・・・・・・・)、という風に考えないと、人間は普通に生きていけない。

 元の世界の数え切れない知識や技術は、とっくの昔に一人の人間が全ての事を知れる量ではなくなっていた。

 

 しかし、ある日、専門的な知識を持つ転生者が現れるが、それでも足りない。一つの技術を完成させるのに、そもそも他の技術を必要とする事が多いからだ。そして、また新たな違う知識を持つ転生者が現れる。

 それを何度も繰り返し、長い時をかけ、この世界の魔術も利用しながら少しずつ元の世界の技術は再現されていった。



「……結果から言うと、電力を普及させるのは可能っちゃ可能らしいッスよ。実は、すでに普及は終わっていて、あたし達みたいな一般人は知らされてないだけだ……なんて都市伝説もあるくらいッスからね」

「……都市伝説なんてこの世界で聞くと思わなかったよ」

「けど、よくわかんなくなっちゃったらしいッス。偉い人達も。電力を普及させていいのかどうか」



 電力が普及するという事は、この世界に一つの結果をもたらす。

 これからこの世界の『エネルギー物質』は、全て電力変換の為に使われる事になるという事だ。そして元の世界と同じように、それは必ず奪い合いとなる。


 この世界には魔術というおかしなものがあるが、万能ではない。生きているものにしか効かないからだ。

 しかし電力にはそんなものは関係ない。そして、魔術で出来る事は電力があればほぼ全て出来る。『便利』があれば人々はそちら側に向かう。この世界の方向性は元の世界に近いものになるだろう。


 そして、長い時間を掛けて、おそらくほとんどの魔術は廃れていき、雄大な風景も変わっていく。あるいは、それは思っているよりも短い時間で行われるのかもしれない。そうなってしまえば、この世界はもう異なる世界ではない。



「……ジンさん、この景色をどう思うッスか?」


 目の前には迅八が涙した光景が広がっている。人間にはどうする事も出来ないような、大自然の生命力が溢れている。


「けどね、電力さえあったら、どうとでもしちゃうッスよ人間は。……五十年もしたら、ここには東京があるかもしれないっすね」


 転生者達は気付き始めたのだ。電力を普及させるという事は、この世界を元の世界(・・・・)にしてしまうという事を。


「ヘイ ジン。もしも元の世界からこの世界に来る方法が確立されたとする。そしたら向こうの人間達の中にはこぞってこっちに来たがる奴らもいるだろう。それはわかるよな?」


「……いるだろうな」


「ある年代から下の子なんてほとんどそうでしょ。永住じゃなくて『旅行』だとしたら、人類の半分はこの世界に来てみたいって思うはずッスよ。けど電力が普及しちゃったら、もうこの世界は向こうと変わらないッス」


「ボクなんかはインターネットは使いたいけど、この世界がニューヨークみたいになるのはごめんだね。それに、出来るとしても流石にボクが生きている間にパソコンやら電力ケーブルやらが世界中に普及する事はないだろ。どうしてもインターネットがやりたいんだったら元の世界に帰る方法を必死になって探すさ」


「元の世界に帰りたいって人達も、文明に帰りたいってよりも、残してきた家族に会いたいとかそういう人達が多いッス。だから、電力問題は昔から話し合われてるらしいッスよ」


「そんで、結局どういう結論になったんだよ?」


「だから、結論は出てないッス。先延ばしッスね。多分、これからもずっとそうなんじゃないッスかね」


「そのまま先延ばしになるさ。……電力が普及したらこの世界はとんでもない事になるよ。まずドデカい戦争が何度かあるんじゃないか? ボカァそんなのには巻き込まれるのは嫌だな」


「……よくわかんないけど、つまり、この世界が変わっちゃうってこと?」


「そうさ。それが良いか悪いかは人によるけど、同時に間違いなく変化と争いの種にはなる。それだけは天才のボクじゃなくても分かる事だよ」



 迅八は、考える事は得意ではない。

 しかし、この話はきっと大事な事なのだろうと思い、記憶に留めるように意識した。



「……ま、あたし達みたいな一般人には関係ねッス。ジンさんもそんな深く考える事はないッスよ」

「そうさ。それにそんな話はずーっと前から出てるらしい。かなり前に電力は開発したんだけど、上手い塩梅(あんばい)の使い方にみんな迷ってるんだよ。いつまで経ってもガス灯使ってるしさ」

「そっか……うん、覚えとくよ。ありがとな。二人とも」


 すると、鼻息を荒くしたトムがメガネを忙しなく動かし出した。


「じゃ、じゃあさ、ほら、シズちゃんさんとさ、ほら、文通をさ、」

「……? 勝手にしろよ。俺はシズじゃねえぞ。反対なんかしないよ。ただ、俺に頼んでどうこうするとかはないな。情けないよ」

「ジンさん、結構キツイっすね……」


 ショックを受けた顔をして膝をつくトムを置いて、迅八とキリエは皆の居る馬車の周りに戻った。






 ————————————————






 迅八が戻ると、そこでは各々がどこかに行こうとしていた。


「ちょっと、みんなどこいくの?」

「お〜? 草原に古龍が出たってクエストがあるんだってよ。暇つぶしに探してみるわ〜」

「あ、それあたしらも行くっス。もしも居るなら見てみたいッス!」


「……水を差すようだが、居ないと思うぞ」


 ジークエンドがキリエに言うが、気にすることなくアマレロの後についていった。


「ふむ。俺も行くか……」


 その後に続くジークエンドに、慌てて迅八は声を掛けた。


「ちょ、ちょっとちょっと! 洞窟に花を取りに行くんでしょ!?」

「好きにしろと言っただけだ。お前が引き受けたんじゃないのか? 行ってこい」


 それだけ言ってジークエンドは行ってしまった。消沈したトムもその後についていった。残った者たちの中で、アゼルが優しくシズに声をかける。


「シズ。俺たちもそこらを見て回ろう。クーロンも来てくれないか? 万が一を考えると、俺だけじゃシズを守れないかもしれない」

「ん? ……そうだね。花を取ってくる位だったら危険はないだろ。坊や、その子にいいところ見せてやんなよ」


 イエールを見てからクーロンも行ってしまう。その場に残されたのは迅八とイエール、セリアとコルテの四人だった。


「ちょ、ちょっと!? 魔獣とか出たらどうすんのっ、俺が一人じゃやばいって!!」

「コルテー、あんた坊やについてってやんな〜」


 手をひらひらと振って、クーロン達の背中が遠ざかる。

 予想していなかった展開に迅八が言葉を失くしていると、その肩に手が掛けられた。


「ジン、まあまあ」

「コルテ、さん……?」

「全く。あいつらはひどい連中ですね。けどね、ジン。僕がいるからには安心です。……さ、とっとと花を取ってきましょう」


 おかしい。コルテが優しい。

 別に優しくない訳ではないのだろうが、進んで自分の事を助けてくれるなんて、迅八は思っていなかった。

 イエールもコルテに礼を言う。


「コルテさん、ありがとうございます!!」

「いいんですよ……フフ」


 黙ってその様子を見ていた青い天使はそこから離れようとした。その後ろ姿にコルテが鋭く声を掛ける。


「セリア。あんたも来るんですよ。タダ飯ばっか食らってないで、働く時にゃ働く事です」

「え、私も!? ……私、シズちゃん達の方に行こうかなって」

「いいから来なさいって。困ってる人を助けるのも天使の勤めでしょうよ」

「そんなの通常業務に含まれてないのにぃ……。もう、特例ですからね」


 役人のような事を言って、セリアもその場に残った。




 ・・・・・・・・・・・・・・・




「この洞窟です」


 イエールに案内されて辿り着いた場所には、ぽっかりと空いた洞窟の入り口があった。奥から漂う冷え冷えとした空気に思わず迅八は震えてしまう。


(うおお、変なのいないといいけど)


 周りを見ると、灰色のコートを着込んだコルテ、戦闘の匂いなど全く感じさせない可愛らしい服装のセリア、そして、そのまま町娘のイエールがいる。


(た、たよりねえ)


 コルテもセリアもおそらく強いのだろうが、どうにも迅八には信じられない。出来ればクロウやアマレロ……せめて、クーロンについてきて欲しかった。


(……けど、俺が自分で決めたんだ。ついてきてくれただけで感謝しねえと)


 そして、不安の中にも微かにあるのだ。高揚感が。洞窟の中には未知の冒険が待っているかもしれない。


「よし、みんな行こう!!」

「ジンくん元気ですね」

「みなさん、よろしくお願いします」

「…………ふ」


 迅八はその洞窟に足を踏み入れる。


 ……しかしその後ろでは、灰色の魔術師が眼鏡を押し上げる手の下で、頬を歪めて笑っていた。




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